第59話「影、目覚める時」
その夜、蒼の帰還を祝って一同はささやかな焚き火を囲んでいた。
だが、誰もがどこか緊張していた。
静かすぎる風。
揺らめきすぎる炎。
そして――ZEROの姿が見えない。
「……ZERO、どこ行ったんだろ?」
紅の声に、蒼はすぐ立ち上がる。
「感じた。気配が消えた。まるで“影”そのものに溶けたみたいに」
――森の奥、黒い月の下。
そこにZEROは、ひとり静かに立っていた。
眼帯の下の右目が、じわりと熱を持ち始める。
「……制御、限界。開眼まで……あと30秒」
かつて、ZEROは完全な人間ではなかった。
彼女は“影を纏う人形”――特殊任務用KUNOICHI義体だった。
彼女の中には、記録者コード“Z-00”、
そして“蒼”と同じく異世界由来のスキルコードが埋め込まれていた。
それが、今――覚醒しようとしている。
一方、蒼もその気配に気づき、走る。
「……ZERO!」
だが、たどり着いた時にはもう、眼帯は――外されていた。
「この目で、真実を映す。
蒼……いや、烈火。君のすべてを知るために」
その瞳――金色と黒のオッドアイが、蒼の心を貫いた。
「……思い出した……。君と会ったことがある」
「まさか……異世界で?」
ZEROの中の眠れる記憶が語り出す。
――かつて烈火は、異世界で仲間を救うため、一体の影人形を犠牲にした。
それが、ZEROの“核”だった。
「私は、君の“影”そのものだったのかもしれない」
そしてZEROの中の感情が、一気に溢れ出す。
「……なぜ、あの時、私を……見てくれなかった」
震える声、でも確かに“人間”の心。
蒼はそっと彼女に近づき、抱きしめる。
「ごめん……でも、今は見てる。ちゃんと、ZEROを“人”として見てる」
抱擁の中で、ZEROの体が震える。
そして――譲渡スキル《共鳴:人化》が発動する。
ZEROの肌に、熱が灯る。
人としての体温、人としてのぬくもり。
「……あったかい……これが……涙?」
彼女の頬に、初めて“人間の涙”が流れた。
その朝、蒼たちは再び集う。
「ZERO……おかえり」
紅が優しく微笑み、楓はハンマーを軽く振って喜びを示した。
「でも、ちょっと!その抱きしめ方、反則じゃない?」
「そ、それは……不可抗力だ!」
と慌てふためく蒼を囲んで、ふわりと笑いが弾ける。
だがその裏で、彼女たちの前に忍び寄る“旧世界”の影が静かに迫っていた――
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