6話 オーク肉の赤ワイン煮込み
「す、すごい……すごすぎる……」
オークが一瞬で素材に変わる光景を目の当たりにして、俺はしばらく呆然としていた。
レイナさんは「たいしたことないですよー」と謙遜しているが、どう見てもたいしたことありまくりだ。
あれが、Dランク探索者……いや、もっと上の実力なのだろうか。
「ささ、佐藤さん! ぼーっとしてないで、早くお肉を! 新鮮なうちに調理しないと!」
レイナさんに急かされ、我に返る。
(そうだ、俺の目的は……)
新鮮なオーク肉は見るからに上質な赤身肉がメインだ。
ゴブリンミートとは比べ物にならないくらい、肉厚で、きめ細かい。
「は、はい! すぐに取り掛かります!」
俺はリュックから愛用のナイフと携帯用のまな板、そして大きめの鍋を取り出した。
今日のメニューは、事前にレシピを調べまくって決めていた「オーク肉の赤ワイン煮込み」だ。オーク肉は硬い部位もあると聞いていたので、じっくり煮込むことで柔らかく、旨味を引き出す作戦だ。
まずは、オーク肉の塊から、余分な脂身や筋を丁寧に取り除く。赤身の部分を大きめの一口大にカットしていく。
その間、レイナさんは周囲を警戒しつつ、時々俺の手元を覗き込んでは「わぁ、綺麗なお肉……」「美味しそう……」と呟いている。
完全に食いしん坊モードである。
カットしたオーク肉に塩コショウ、そして持参した数種類の乾燥ハーブを揉み込み、下味をつける。
鍋を簡易コンロにかけて熱し、オリーブオイルをひいて、肉の表面に焼き色をつける。
ジュワァァァッ!
香ばしい匂いが森の中に広がる。
肉の表面を焼き固めることで、旨味を中に閉じ込めるのだ。
「ん〜〜! いい匂い! 佐藤さん、もう食べられますか!?」
「まだです! これから煮込むんですから!」
レイナさんの食欲をいなしつつ、作業を進める。
肉に焼き色がついたら、一旦取り出し、同じ鍋にスライスした玉ねぎ、ニンジン、セロリを炒める。野菜がしんなりしてきたら、小麦粉を加えてさらに炒め、安物の赤ワインを投入。
アルコールを飛ばしながら、鍋底についた旨味をこそげ取る。
焼き色をつけたオーク肉を戻し、カットトマト缶、ブイヨンキューブ、ローリエ、そしてひたひたになるくらいの水を加える。
「あとは、弱火でコトコト煮込むだけです。最低でも1時間はかかりますけど」
「1時間……!?」
レイナさんが、絶望したような顔をする。
「そんなに待てません……! 私のお腹が……!」
ぐうぅぅぅ〜〜〜……。
再び、盛大にお腹の音が鳴り響く。
仕方ないな……。
「じゃあ、煮込んでいる間に簡単なものを作りましょうか。さっきのオークの脂身、少し取っておいたんで」
俺は先ほど取り除いたオークの脂身の一部を取り出し、細かく刻んでフライパンで炒め始めた。じっくり炒めると、良質なラードが溶け出してくる。カリカリになった脂身を取り出し、そのラードで、スーパーの特売品だった持参したパンを軽く焼く。
「はい、どうぞ。オークベーコンの脂で焼いた、即席ガーリックトーストです」
刻みニンニクも少し加えて焼いたパンを差し出すと、レイナさんは目を輝かせた。
「わーい! いただきます!」
熱々のパンを、ふーふーしながら頬張るレイナさん。
「んんっ! カリカリで、オークの脂の旨味がじゅわ〜って! ニンニクも効いてて、美味しいです!」
さっきまでの絶望の顔が嘘のように、幸せそうな顔でパンを平らげていく。その姿を見ていると、なんだかこっちまで嬉しくなってくる。
そうこうしているうちに、1時間以上が経過していた。鍋からは、赤ワインと肉、野菜の旨味が凝縮された、たまらなく良い匂いが立ち上っている。
「よし、そろそろいいかな」
蓋を開けると、湯気と共に濃厚な香りが溢れ出す。オーク肉は柔らかくなっているようだ。
スプーンで軽く押すだけで、ほろりと崩れるほどに。ソースも良い感じに煮詰まっている。
「お待たせしました! オーク肉の赤ワイン煮込み、完成です!」
持参した深めの器に、たっぷりの煮込みを盛り付け、仕上げに乾燥パセリを散らす。
「うわぁぁぁぁ……!!」
レイナさんは、目の前に置かれた料理を見て、感嘆の声を上げた。
その瞳は、キラキラと輝いている。
「ど、どうぞ、召し上がれ」
「い、いただきますっ!」
スプーンで、ほろほろになったオーク肉とソースをすくい上げ、ゆっくりと口に運ぶ。
「…………っ!!」
レイナさんの動きが止まった。
(あまり美味しくなかったか……?)
しかし、次の瞬間。
「んんんんん〜〜〜〜〜〜っ!!!!!! 美味ひぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
森中に響き渡るような、歓喜の叫び。
「お、お肉が、とろっとろです……! 口の中で、溶けます……! ソースも、濃厚で、深みがあって……オークの旨味が、ぎゅーって詰まってて、 赤ワインの酸味と野菜の甘みが絶妙で……! こんな美味しいもの、人生で初めて食べましたっ!!!」
彼女は感極まったのか、少し涙ぐみながら、夢中でスプーンを動かしている。
その食べっぷりは、もはや芸術的ですらある。
「佐藤さん……! 佐藤さんは、天才です! 神です! 料理の神様です!」
「い、いやいや、そんな……レシピ通りに作っただけですから……」
あまりの褒めちぎりように、俺は照れてしまって、まともに顔を上げられない。
「この美味しさ、私だけが知ってるなんてもったいないです! ねぇ、佐藤さん! この料理、私の友達にも紹介していいですか? 写真撮って、SNSにアップしても?」
「えっ!? SNS!? いやいや、それはちょっと……!」
俺の貧弱な探索者ライフが、これ以上奇妙な方向に進んでいくのは避けたい。
しかし、レイナさんはキラキラした目で、期待に満ちた表情でこちらを見ている。
(ぐぬぬ……断れない……!)
この笑顔に、俺はとことん弱いのだ。
「……まあ、レイナさんがいいなら……」
「やったー! ありがとうございます!」
レイナさんは、嬉しそうにスマホを取り出し、オーク肉の赤ワイン煮込みを様々な角度から撮影し始めた。
その手つきは、妙に慣れているように見えるのは俺の気のせいだろうか。