45話 マーメイド・パン誕生
CMが放送されると、その豪華なメンバー構成と謎に包まれた「料理人S」の存在感が大きな話題を呼んだ。
特に、アイドル、シェフ、鍛冶師、そして謎の料理人という異色の組み合わせが「まるでリアルRPGパーティーだ!」とネット上で盛り上がり、レトルト食品の売上は、第二弾も記録的な数字を叩き出した。
同時に「料理人S」の正体に関する憶測合戦も、さらに白熱していた。
『Sのシルエット、よく見ると一条シェフに似てない?』
『いや、あの動きのぎこちなさは素人だろ。レイナの親戚とか?』
『炎華が男装してる説を推したい』
『実は、グルメフロンティア社長の道楽なのでは?』
もはや、何でもありのカオスな考察が飛び交っている。そのたびに、俺の胃はキリキリと痛んだ。……もう、いっそ正体を明かした方が楽になれるんじゃないか? いや、でも、そんなことをしたら……。俺の悩みは尽きない。
そんなある日、炎華から「例のブツ、できたぞ!」と連絡があった。
俺は、期待に胸を膨らませて、彼女の工房を訪ねた。
工房の中は、様々な工具や金属素材、そして設計図などが散乱しており、まさに職人の仕事場といった雰囲気だ。
その中央の作業台の上に、それはあった。
「これが、あんた専用調理器具『マーメイド・ティアーズ・パン』だ!」
炎華が、誇らしげに差し出したのは、美しい流線型のフォルムを持つ、青みがかった銀色のフライパンだった。持ち手の部分には、人魚の涙が埋め込まれており、それが淡い光を放っている。
見た目からして、ただのフライパンではないことが分かる。
「すごい……! まるで芸術品みたいだ……!」
「見た目だけじゃないぜ! 人魚の涙の魔力で、熱伝導率は理論上の限界値まで高めてある。どんな食材も一瞬で最適な温度に達するし、絶対に焦げ付かない特殊コーティングも施した。おまけに、自動温度調整機能付きだ!」
炎華が自信満々に説明する。
まさに誰もが憧れた魔法のフライパンである。
「ありがとう、炎華さん! 大切に使うよ!」
俺は、感動しながらフライパンを受け取った。ずっしりとした重みと、手に吸い付くような感触。早く、これで料理がしてみたい。
アパートに戻った俺は、早速マーメイド・パンの性能を試してみることにした。まずは、普通の目玉焼きから。フライパンを火にかけると、本当に一瞬で適温になった。
卵を割り入れると、ジュッと小気味良い音がして、白身は理想的な半熟、黄身はとろりとした、完璧な目玉焼きがあっという間に完成した。しかも、本当に全く焦げ付かない。
(なんだこれ……すごすぎる……!)
次に、難易度を上げて、絶対に焦げ付くと言われている、あの食材に挑戦してみることにした。
ダンジョンで稀に手に入るゲル状のモンスター「スライム」から採取できる「スライムゼリー」だ。
これは、加熱するとすぐに焦げ付き、苦味が出てしまうため、調理が非常に難しいとされている。
マーメイド・パンにスライムゼリーを投入し、自動温度調整機能をオンにする。すると、フライパンが勝手に最適な温度を保ち、スライムゼリーは焦げ付くことなく、ゆっくりと加熱されていく。やがて、ゼリーは美しい琥珀色に変化し、甘くフルーティーな香りを放ち始めた。
「……できた! スライムゼリーのカラメル風!」
恐る恐るスプーンで口に運ぶ。
「……美味い! 」
焦げ付きによる苦味は全くなく、ゼリー本来の優しい甘さと、ほのかな酸味、そしてカラメルのような香ばしさが絶妙にマッチしている。
これは、高級スイーツにも匹敵する味だ!
「マーメイド・パン……! これさえあれば、俺は……無敵だ!」
俺は、新たな相棒の驚異的な性能に打ち震えるのだった。この魔法のフライパンがあれば、どんな素材も、最高の料理に変えられるかもしれない。




