36話 雪原の食卓
一条シェフの持つデータと炎華の地形を読む力を頼りに、俺たちは雪山のさらに奥深くへと進んでいった。
目指すは、イエティの生息地とされる、巨大な氷の洞窟だ。
洞窟の入り口は、巨大な獣が通ったような跡があり、内部からは、低い唸り声のようなものが聞こえてくる。
「……いるな」
一条シェフが、静かに呟く。
俺たちは、息を殺して洞窟内部へと侵入した。
洞窟の中は、外よりもさらに寒く、壁や天井からは巨大な氷柱が垂れ下がっている。神秘的だが、同時に恐ろしい雰囲気も漂っている。
しばらく進むと、広大な空間に出た。
そして、そこに……いたのだ。
「「グルォォ……」」
全身が白い毛で覆われた、巨大な獣人。
それがイエティだ。身長は3メートル以上あり、鋭い爪と牙を持っている。見た目は、非常に恐ろしい。
しかも、一匹ではない。数匹のイエティが寄り添うように集まっている。よく見ると、小さな子供のイエティもいる。どうやら、ここはイエティの家族の巣のようだ。
イエティたちは、俺たちの侵入に気づき、警戒した様子でこちらを睨みつけてくる。
特に子供を守るように、大きなオスのイエティが前に出て、威嚇の唸り声を上げた。
「うわぁ……! 大きい……!」
レイナさんが、少しだけ後ずさる。
さすがの彼女も、イエティの迫力には驚いているようだった。
「下手に刺激するな。彼らは、本来は温厚な性格だと聞くが、縄張り意識が強く子供を守るためなら凶暴化する」
一条シェフが、冷静に注意を促す。
「ど、どうする? ミルク、分けてもらえそうにないぞ……」
炎華が、不安そうに言う。
俺も、どうしたものかと考えていた。
戦って無理やり奪うなんてことはしたくない。
(できれば、平和的に……)
その時だった。
「グルルルァァァァァ!!!」
洞窟の別の入り口から、イエティたちとは違う、凶暴な咆哮が響き渡った。
現れたのは、全身が氷でできた巨大な熊「アイスベア・ロード」。
この雪山に潜む別の領域のヌシ級モンスターだ。 アイスベア・ロードは、イエティたちを敵と見なしたのか、猛然と襲いかかった。
「きゃうん!」
子供のイエティが危ない!
「させるか!」
俺たちが動くよりも早く、オスのイエティがアイスベア・ロードに飛びかかった。しかし相手はヌシ級だ。体格もパワーも、アイスベア・ロードの方が上。
イエティは、あっさりと弾き飛ばされてしまう。
「まずい! 加勢するぞ!」
一条シェフの号令で俺たちも戦闘に参加した。
「レイナはイエティの援護! 炎華は火魔法でアイスベアの動きを鈍らせろ! Sは……下がってろ!」
(やっぱり、こういう展開!!)
「はいっ!」
「任せろ!」
レイナさんと炎華さんが戦う中、俺は後ろに下がるだけ。
「りょ、了解!」
レイナさんがイエティと共にアイスベアに立ち向かい、一条シェフが的確な攻撃で弱点を狙う。
炎華の火魔法が、氷の巨体にダメージを与えていく。
俺は……みんなの邪魔にならないように、遠くから応援していた。そして激しい戦いの末、ついにアイスベア・ロードは地に伏した。
「ふぅ……やった……」
イエティたちも、俺たちも、満身創痍だ。
オスのイエティは、俺たちの方を見て、小さく頭を下げたように見えた。
どうやら、感謝してくれているらしい。
「あの……俺たち、あなたたちのミルクを、その少しだけ分けてもらえませんか?」
俺が、ダメ元でイエティに話しかけてみる。
(言葉が通じるかは分からないが)
するとメスのイエティが、どこからか大きな氷の器のようなものを持ってきた。そこに自分のミルクを搾り始めたのだ。
そして、その器を、俺たちの前に差し出してくれた。
「わけてくれるのか!?」
どうやら心が通じたらしい。
あるいは、アイスベア・ロードを倒したお礼なのかもしれない。
「ありがとうございます!」
俺たちは、貴重なイエティミルクを手に入れることができた。
炎華も、イエティたちが危険ではないと分かると、近くにあった氷晶鋼の鉱脈から必要な分だけ鉱石を採取している。
目的を果たした俺たちは、イエティたちに別れを告げ、洞窟の外へと戻る。
外は、穏やかな夕暮れが近づいていた。
「さあ、皆さん! お待ちかねの、イエティミルクを使った料理の時間ですよ!」
俺は、冷えた体を温めるために、早速調理に取り掛かった。
メニューは「濃厚イエティミルクのクリームシチュー」と、デザートに「雪見プリン」。
新鮮なイエティミルクは、想像以上に濃厚でクリーミーだった。それを使って作るシチューは、体の芯から温まる、優しい味わい。
雪山で手に入れた凍結野菜も加えて、栄養満点だ。プリンも、ミルクのコクと甘みが際立つ、絶品デザートになった。
「んん~~~っ! ミルクが濃い! クリーミーで、あったまる~!」
「……なるほど。これがイエティミルクか。素晴らしいポテンシャルだ」
「……あったかくて、美味い……」
寒空の下、温かいシチューと甘いプリンを囲み、俺たち四人は心も体も満たされた。
極寒の雪山での冒険は、大変だったけれど、それ以上に、温かい思い出と、美味しい恵みをもたらしてくれたのだ。




