26話 三ツ星の厨房
数日後、俺は、一条シェフの店『|Lecrin de Reve』の厨房に立っていた。広々として、清潔で、最新鋭の調理器具がずらりと並んだ空間だ。
そこで働く料理人たちも、皆、洗練された動きで、一切の無駄がない。まさに、プロフェッショナルの仕事場だ。
俺のような素人がいていい場所ではない。
完全に場違いで、縮み上がりそうだ。
「何をぼさっとしている。さっさと準備しろ」
一条シェフの厳しい声が飛ぶ。
今日は、彼が特別に用意したダンジョン食材を使って、コース料理を作るのだという。
メインの食材は、「ロック鳥のフィレ肉」と「ランドシャークの肝」。
どちらも俺が扱ったことのない高級なダンジョン食材だ。
「まずは、ロック鳥の火入れからだ。低温調理でじっくりと中心温度が58度になるように正確にコントロールしろ。1度でもずれれば、最高の食感は失われる」
「は、はいっ!」
一条シェフの指示は、ミリ単位、秒単位で、非常に厳格だ。普段、目分量と感覚で料理している俺にとっては、まるで精密機械を操作しているような感覚になる。何度も叱咤されながら、必死に食らいついていく。
しかし、料理が進むにつれて、俺も持ち前の応用力を発揮し始めた。ロック鳥のソースを作る際、俺は隠し味として、持参していた「ゴブリンミートから抽出した秘伝の出汁」を少量加えてみた。
「何を勝手なことをしている!」
一条シェフは眉をひそめたが、ソースの味見をして、目を見開いた。
「……!? この、複雑な旨味と香りは……なんだ? まさか……ゴブリン?」
「は、はい。少量なら、全体の味を引き立てるかと……」
「……ふん。悪くない判断だ。採用しよう」
意外にも一条シェフは俺のアイデアを認めた。
その後もランドシャークの肝の臭み消しに、俺がダンジョンで採取した特殊なハーブを使ったり、付け合わせの野菜の調理法に、俺が普段やっている短時間蒸し焼きのテクニックを取り入れたりした。
自由な発想と一条シェフの洗練された技術が、思わぬ形で融合していく。
最初はぎこちなかった二人の料理が、次第に呼吸を合わせ、互いの良いところを引き出し合い、一つのハーモニーを奏でていく。厨房には、ピリピリとした緊張感と同時に創造的な興奮が満ちていた。
コース料理が完成する頃には、俺と一条シェフの間には、師弟ともライバルとも違う、不思議な絆のようなものが芽生え始めていた。
「……ふぅ。まあ、及第点、といったところか」
一条シェフは、完成した料理を見て、ぶっきらぼうに言ったが、その表情はどこか満足げだ。
そして、その料理を試食するために、特別ゲストがお忍びで来店していた。
もちろん、レイナさんだ。
「わぁ……! すごく綺麗で、美味しそう!」
レイナさんは、目の前に並べられた俺と一条シェフの合作であるダンジョンフレンチのコース料理に目を輝かせた。
「いただきます!」
前菜からデザートまで、一皿一皿を幸せそうな顔で堪能していくレイナさん。
「んん~~~っ! どっちの料理も、それぞれの良さが出てて、最高に美味しいです! 一条シェフの繊細な技術と佐藤さんの大胆な発想が、見事に合わさってますね!」
最高の褒め言葉に、俺と一条シェフは、思わず顔を見合わせて、少しだけ笑い合った。




