18話 ゴーレムの秘薬?
グルメフロンティアとの打ち合わせから数日後。なんだか大きな契約に関わってしまった反動か、俺は無性にダンジョンに行きたくなっていた。もちろん、目的はストレス発散……ではなく、食材調達だ。
『レイナさん、今週末、どこかダンジョン行きませんか? ちょっと気分転換したくて』
メッセージを送ると、すぐに返信があった。
『本当ですか!? 嬉しいです! 私もちょうど、行ってみたいダンジョンがあったんです!』
『どこですか?』
『【古代遺跡アルカディア】っていう、Fランクダンジョンです!』
『Fランク? 珍しいですね、レイナさんがFランクに興味を持つなんて』
これまでのD、C、Bランクに比べると、ずいぶんと難易度が低い。正直、少し拍子抜けした。
まあ、俺の身の安全を考えればありがたいが。
『ふふ、実はこのダンジョン、モンスターは弱いんですけど、古代文明の罠とか仕掛けがたくさんあって、謎解き要素が面白いって評判なんです! それに、最深部にはガーディアンゴーレムがいて、それが落とす『ゴーレムコア』っていうアイテムが、すごいパワーを秘めてるらしいんですよ!』
『ゴーレムコア……? それ、食べられるんですか?』
俺の思考は、すぐに食材へと向かう。
『いえ、残念ながら食べられません(笑) 。でも、そのコアを材料にすると、すごい効果のあるエナジードリンクが作れるっていう噂があるんです! 飲んだら、どんな疲れも吹っ飛ぶとか……!』
『エナジードリンク……!』
それは、社畜の俺にとって、非常に魅力的な響きだった。徹夜明けや連日の残業で疲弊しきった身体に、一発で活力を注入できる秘薬……!
『作りましょう! その究極のエナジードリンク!』
俺は、すっかり乗り気になっていた。
食欲ではなく、疲労回復への渇望が、俺を突き動かしたのだ。
週末、俺たちは古代遺跡アルカディアにいた。入り口は石造りの門構えで、内部は薄暗く、ひんやりとしている。壁には、解読不能な古代文字や奇妙なレリーフが刻まれていた。
「わぁ……! なんだか、冒険してるって感じですね!」
レイナさんは、目を輝かせて周囲を見回している。謎解きや冒険といった要素も彼女の好奇心をくすぐるようだ。
ダンジョン内は、レイナさんの言う通り、モンスターはそれほど強くなかった。小型の石像モンスター「リトルゴーレム」や、壁画から飛び出してくる「リビングペイント」など、Fランクの俺でもなんとか対処できるレベルだった。
(油断したら即終了案件だけど)
しかし、問題は罠だった。
床から槍が飛び出す仕掛け、毒矢が飛んでくる仕掛け、落とし穴……俺は、ことごとくそれらの罠に引っかかりまくった。
「うわっ!」
槍をギリギリでかわした。
「あぶなっ!」
飛んできた毒矢をレイナさんが弾き飛ばしてくれた。
「おわーーーっ!」
落とし穴に落ちかけた俺を、レイナさんが引き上げてくれた。
「佐藤さん、大丈夫ですか? もう少し、足元をよく見てくださいね」
「す、すみません……」
完全に、お荷物状態だ。
一方のレイナさんは、まるでゲームでも攻略するように、次々と罠を見抜き、解除していった。遺跡の謎解きにも才能があるらしい。
警戒しながら俺たちは遺跡の最深部らしき、広大なホールにたどり着いた。ホールの中心には、高さ5メートルはあろうかという巨大な石像……ガーディアンゴーレムが鎮座していた。
「ゴゴゴゴゴ……」
俺たちが足を踏み入れると、ゴーレムが地響きを立てて動き出した。その巨体から放たれるプレッシャーは、Fランクダンジョンのボスとは思えないほどだ。
「レイナさん、あれ、本当にFランクですか……?」
「データ上はそうなってますけど……ちょっと普通のゴーレムより強そうですね。でも、大丈夫です!」
レイナさんは、短剣を構えてゴーレムに向かっていく。巨体から繰り出される重いパンチや岩石を投げつける攻撃を、華麗にかわしながら、ゴーレムの装甲の隙間を的確に攻撃していく。
激しい戦闘の末、レイナさんはゴーレムの動きを止め、その胸部にあるコア……赤く輝く宝石のような物体を、見事にえぐり出した。
ゴーレムは、コアを失うと同時に動きを止め、瓦礫となって崩れ落ちる。
「やりました! ゴーレムコア、ゲットです!」
レイナさんが、勝利の証であるコアを掲げた。それは、脈打つように、不気味な赤い光を放っている。
「さて、と……これで、究極のエナジードリンクを作りますか!」
俺は、リュックから実験器具としても使われるビーカーとかフラスコなどを取り出した。
この日のために、ネットでエナジードリンクの作り方を調べてきたのだ。
ゴーレムコアを乳鉢で粉末にし、ダンジョンに生えてた薬草数種類――月影草、元気竹、修羅の実など。それをスポーツドリンクと混ぜ合わせ、フラスコで軽く加熱する……。
出来上がったのは、どす黒く、怪しい泡が立つ、見るからにヤバそうな液体だった。
「……できました。究極のエナジードリンクです。試作品ですが……」
俺は、その怪しげな液体をビーカーに注ぎ、レイナさんに差し出した。
「わぁ……! なんか、すごい色……!」
レイナさんは、一瞬顔を引きつらせたが、すぐに好奇心が勝ったのか、意を決してビーカーを受け取った。
「じゃ、じゃあ、いただきます……!」
ゴクリ、と一口飲むレイナさん。
「…………!!!!!」
次の瞬間、彼女の身体が、ビクン!と大きく跳ね上がった。そして、目を見開き、叫んだ。
「か、か、か、体が……! みなぎるーーーーーーっ!!!」
彼女の全身から、オーラのようなものが見える気がする。瞳は爛々と輝き、髪は逆立っているようにも見えた。目がおかしくなったか?
「す、すごい……! 身体の奥から、力が湧き上がってくるようです! これなら、Sランクダンジョンも一日中探索できそう……! っていうか、今すぐ走り出したい気分です!」
(……なんか、思った以上にヤバいものができてしまったかもしれない)
効果は絶大なようだが、副作用もすごそうだ。
俺は、自分で作ったにも関わらず飲むのはやめておこう、と心に誓った。