16話 神格化される料理人
レイナさんがSNSに投稿した「#伝説の湖畔フレンチ」は、これまでのダンジョン飯シリーズの中でも特に大きな反響を呼んだ。
『美しすぎる……! これがダンジョン飯だと!?』
『料理人S、ついにフレンチの領域にまで……』
『もはや芸術の域』
『一生に一度でいいから食べてみたい』
コメント欄は、もはや料理への称賛を超えて一種の崇拝のような感じになっていた。
「料理人S」は、一部のネットユーザーの間で、もはや「ダンジョンに潜む伝説の料理の神」として神格化されつつあったのだ。
もちろん、その「神」本人である俺は、安アパートでカップ麺をすすっている、ただのしがないサラリーマンなのだが。
その影響は、やはり俺の日常にも及んでいた。会社に行くと、田中が待ち構えていたかのように声をかけてきたのだ。
「よお、神様。おはよう」
「……誰が神様だよ」
「とぼけんなって。お前のことだよ、料理人S。なあ、今度料理教室開くんだろ? 俺も通おうかなーなんて。サインとかもらえる?」
完全にバレている。というか、からかわれている。俺は田中の言葉を無視して、自分のデスクに向かった。
もう、何を言っても無駄な気がしたからだ。
(こうなったら、意地でも認めてやるものか……!)
そんな俺のささやかな抵抗も虚しく、事態はさらに予想外の方向へと進んでいった。
ある日の仕事終わり、レイナさんから興奮気味のメッセージが届いたのだ。
『佐藤さん! 大ニュースです!! なんと、大手食品メーカーの『グルメフロンティア』さんから、佐藤さん監修のダンジョン飯レトルトシリーズを商品化したいって、正式なオファーが来ちゃいました! すごくないですか!?(≧∇≦)/』
「ぐ、グルメフロンティア!?」
思わずスマホを落としそうになる。
グルメフロンティアといえば、業界最大手の食品メーカーだ。レトルト食品から高級食材まで幅広く手がけ、その品質には定評がある。
そんな大企業が、俺のダンジョン飯を……?
『レ、レトルト!? 俺の料理を!? 無理無理無理! 絶対無理です! 家庭料理レベルのものを商品化なんて……!』
『大丈夫ですよー! グルメフロンティアさん、佐藤さんのレシピとアイデアをぜひ商品開発に活かしたいって、すごく熱心なんです! 私も、佐藤さんの美味しい料理が、もっと手軽にたくさんの人に届けられたら素敵だなって思います!』
『いや、でも……!』
『とりあえず、一度お話だけでも聞いてみませんか? 私も一緒に行きますから! ね? お願いします!』
キラキラしたお願いスタンプの連続攻撃。
そして「私も一緒に行きますから」という殺し文句。……断れるわけがない。
(なんで、俺が食品メーカーと打ち合わせなんか……)
もはや自分の意思とは関係なく、物事が勝手に進んでいく。
巨大な流れに飲み込まれている気分だ。
結局、俺はため息をつきながら「分かりました……話だけなら……」と返信するしかなかった。