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アイシス・ディルハルト

執務室に戻ると、僕は執務椅子に腰を落としてレインズに目配せする。


彼はこくりと頷くと部屋の明かりを消し、室内のカーテンを締め、扉の鍵を掛けた。


部屋の中が薄暗くなると、僕は執務机の引き出しの中からリモコンを取り出して赤いボタンを押した。


すると、扉近くの天井から静かな駆動音と共にモニターが降りてくる。


次いで、リモコンを操作していくとモニターから『プルル……』と発信音が小さく鳴り始めた。


これは僕が前世の記憶とこの世界の魔法や魔石を組み合わせて造った通信機器である。


悪用が危惧されるから公表はしておらず、一般に流通もさせていないけどね。


「はいはい……」


程なく、のんびりした声が聞こえ、モニターにこの世界では茶髪で細い目に青い瞳を浮かべる男性が映った。


僕の父であり、ディルハルト侯爵家の当主『アイシス・ディルハルト』だ。


「どうした、エル。これで連絡してくるとは余程急用らしいな」


モニターに映し出された父さんは、少しおどけた様子で微笑んだ。


父さんはいつも笑みを絶やさず、声も明るくて人当たりもとても良い。


しかし、一代で男爵位を獲得した切れ者でもあるため、細い目の奥ではいつも本質を見つめている怖い人でもある。


「はい、突然の連絡で申し訳ありません。警戒レベル5相当、と言えばご理解いただけるかと」


「ほう、レインズから報告を受けた『アリシア・ヴァレンティア』の件だな。エルが惚れ込んだと聞いたが、まさか私情ではないあるまいな。まぁ、エルに今まで浮いた話がなかったし、気持ちはわからんでもないが……」


相槌を打ちながらもおどけ続ける父さんに、僕はにこりと微笑んだ。


「……父さん、ふざけている場合ではありませんよ」


「その表情。怒った時のフィリアそっくりだな」


父さんは笑みをこぼすと、咳払いして威儀を正した。


「レインズから報告を受け、ダリアの行方を追っているがまだ掴めん。だが、学園に通うユミルにアリシア嬢のことを尋ねたところ興味深いことがわかったぞ」


「興味深いこと、ですか」


少し身を乗り出して聞き返すと、父さんは静かに頷いた。


「アリシア嬢は普段通り学園に通っているそうだ。アルガス王子と仲睦まじく、な。ダリアの報告から察するに替え玉と見て間違いないだろう」



「なるほど、やはりそうですか」


本物のアリシアが脱走したことを把握しているのにもかかわらず、アルガスと替え玉のアリシアは普段通りに登校していた。


どうやら、相手も中々に強かな輩のようだ。


アルガスと替え玉のアリシアが繋がっているのは間違いないだろうが、王子のアルガスは立場こそあれど、そこまで脅威には感じない。


問題はアリシアの替え玉と、その背後にいる黒幕の連中だ。黒幕の中にDIAを知る者が必ず混ざっている。


下手に王家と連携すれば、情報はたちまち筒抜けになるだろう。


「……ところで父さんは、鉄線花クレマチスという選民思想と人族至上主義を掲げる秘密政治団体について、どこまでご存じでしょうか」


話頭を転じて切り出すと、画面越しの父さんは眉をぴくりとさせて口元を覆うように手を当てた。


鉄線花クレマチス、か。まれに社交界でも囁かれることもあるそうだが、不思議と私やユミルがいる場においては聞いたことがないな」


「その鉄線花クレマチスの中にDIAの存在を知る者がいて、今回の黒幕だとしたらどうでしょうか」


「面白い推察だが、根拠はあるのか」


僕の問い掛けに、父さんの声が低くなった。


「はい。実はディルハルト侯爵家の屋敷の近辺で銃を携帯してうろつく輩がいましてね。0009が捕縛後、私が軽く尋問したところ鉄線花クレマチスの名前が出て来ました。輩共は訓練された兵隊で持っていた武具の質から察するに、かの組織を率いる輩は相当な資金力もあるんでしょう」


「ほう……」


画面越しに映る父さんは身を乗り出すと机の上に肘を付き、両手を口の前で組んだ。


多分、僕の報告を聞いて、内心で凄まじい怒りが渦巻いているんだろう。


父さんは愛妻家で、母さんを今でも熱烈に愛していることはエレジア国内でも有名な話である。


その様子は端から見れば、今でも新婚や恋人に見えるほどだ。


そんな母さんの近くに、輩共は銃を持った兵隊を送り込んだ……これはディルハルト侯爵家の当主アイシス・ディルハルトに背中から喧嘩を売る行為、騙し討ちによる宣戦布告と見なしても良いだろう。


「それで捕縛した兵隊達はどうしたんだ」


「他の情報を引き出すため、DIA収容所の『0006(スリーオーシックス)』のところに送りました。数日もすれば、情報を引き出してくれるでしょう」


「いきなり『生地獄ライフ・オブ・ヘル』のところに送ったのか。どうやらエルも大分お冠なようだな」


ディルハルト侯爵家で尋問を行う場合、通常はDIAではなく一般騎士達がまず執り行う。


それで情報を吐かない場合、もしくは有益な情報を持っていると判断された場合に限って、DIAが尋問を引き継ぐ流れだ。


最初から0006に尋問を任せるということは、通常ではあり得ない。


重要性、緊急性が極めて高く、早急な対応が必要ということを示唆している。


「DIAを知る裏切り者がエレジアの中枢に潜み、反国家組織とも言える秘密政治団体と関わりを持ち、あまつさえ公爵令嬢アリシア・ヴァレンティアを拉致監禁。おまけに堂々と学園に未だ替え玉を通わせているんです。これぐらいは当然でしょう」


僕がにこりと微笑むと、父さんが不敵に笑った。


「そうだな。国家の中枢にいてDIAを知る者が鉄線花と繋がっていると仮定すれば、彼らの情報が集まらなかった理由もわかる。だが、原因がわかればやりようはいくらでもあるがな」


「はい、王都での動きは父さんにお任せいたします」


父さんは一代でディルハルト家をここまで大きくした手腕を持つ切れ者だ。


後はDIAを巧みに使って、裏切り者を炙り出してくれるだろう。


でも、まだ敵か味方かわからない相手が一人いる。


「ところで話は変わりますが……」


僕はそう切り出すと、低い声で続けた。


「本物のアリシアが行方不明となった今現在、王都のヴァレンティア公爵家はどのような様子でしょうか」


「……今のところ慌ただしい動きは見られんな。公爵家も絡んでいるのか、それとも替え玉に騙されているのか。判断が難しいところだ」


「そうですか。下手に伝えれば無用な混乱が起き、敵方の有利な状況になるかもしれません。しばらくは様子見でしょうね。個人的には前者であることを望みますけど」


「おや、これは珍しい」


父さんは何やら口元をにやりと緩めた。


「な、なんですか……?」


「どんな相手でも情を持たず、冷徹な判断を下してきたエルがアリシア嬢を心配するとはな。どうやら惚れたという報告は、間違っていないようだ」


「い、いえ、僕はただ、一般的な心配をしただけですよ」


「照れるな、照れるな。顔が耳まで赤くなっているぞ」


「な……⁉」


ハッとして前を見やれば、レインズがこくりと頷いた。


どうやら、本当に僕の顔は真っ赤になっているらしい。


というか体も火照って、全身から何故か汗が出ているからすぐに自覚したけど。


僕は深呼吸して咳払いをすると、「父さん」と切り出した。


「茶化すのはよしてください」


「はは、悪かったな。息子にようやく色恋沙汰の話が出たんだ。つい、聞いてみたくてな」


「それよりも、ユミルはまだ戻っていないんですか」


「あぁ、今日は学園からまだ帰ってきていないよ。いつもだったら、もう帰って来るんだがな」


僕の弟ユミル・ディルハルトは、国立エレジア学園に通っている。


アリシアが寝言で漏らした『リーリエ・フラヴァート』のことを聞ければ良かったんだけど。


「ユミルに何か聞きたいことでもあったのか」


「えぇ、実はアリシア様が寝言で『申し訳ありません、アルガス様。そして、リーリエ様』と呟いたんです」


「……それは奇っ怪な話だな」


父さんは椅子の背もたれに背中を預け、眉を顰めた。


「はい。王子のアルガスに敬称を付けるのは理解できますが、リーリエという名でアリシア様より高位の人物はいなかったはずです。そして、気になるのがユミルとアリシア様の同級生に『リーリエ・フラヴァート』という名の少女がいました。彼女が何かしら関わっている可能性はあるでしょう」


「わかった。では、こちらで『リーリエ・フラヴァート』の情報集めてみよう」


「よろしくお願いします」


王都にいる父さんと必要な情報共有は終わった。


後はダリアの無事を祈り、アリシアの回復を待って動くことになるだろう。


画面越しに映る父さんは、「任せておけ」と頷いた。


「それとアリシア嬢には、しばらくディルハルト侯爵領で安静に過ごしてもらうのがよかろう。ちゃんと専用の部屋をお前が用意するんだぞ、予算に糸目はつけん」


「わかりました……って、僕が用意するんですか⁉ それこそ母さんやメイドにお願いするべきでしょう」


「一般的な令嬢であればそうだな。しかし、アリシア嬢は公爵令嬢だぞ。失礼のないよう予算管理を任されているお前が中心となって、フィリアやメイド達に意見を聞いて決めるべきだろう。違うかな?」


「うぐ……⁉」


ディルハルト侯爵領における僕の立場は、父さんの名代だ。


侯爵家よりも位の高い公爵家の令嬢をもてなすとなれば、確かに僕が動くべき事案ともいえる。


「当主からの使命だ。くれぐれも失礼のないようにな」


「承知しました。では、早速準備に取り掛かりますので通信はこれで終わります」


ため息を吐くと、父さんは細い目で微笑んだ。


「お前がアリシア嬢のために考える部屋、楽しみにしているぞ」


「父さんが楽しみにしてどうするんですか。では、通信を切ります」


「兄さ……」


僕がリモコンのボタンを押して通信を終了した瞬間、何やらユミルの声が聞こえたような気がした。


もしかすると、入れ違いのような形で帰ってきたのかもしれない。


でも、父さんに必要事項は伝えたから大丈夫だろう。


レインズに目配せすると、彼は部屋の明かりを付けてカーテンを開けていく。


差し込む日の光に思わず目を瞬きながら「ふぅ……」と僕は息を吐いた。


「さて、レインズ。聞いての通り、重要任務ができたぞ」


「はい、アリシア様が目を覚ました後についての準備でございますね」


「あぁ、そうだ。父さんからも許可は出たし、予算に糸目はつけない。領内全域の商店はもちろん、DIAの息が掛かった商店にも連絡を取って必要と思われるカタログを全部取り寄せるんだ」


「畏まりました。すぐに手配して参ります」


こうして、ディルハルト侯爵家では僕の指示で大量の新家具を短期間で購入したのである。


しかし、あまりに豪快で奔放な買いっぷりの結果『ディルハルト侯爵家の嫡男がいよいよ結婚するらしい』という噂が領内で囁かれることになったのは予想外だった。






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