深まる闇
屋敷に戻ってくると、僕はレインズを引き連れてアリシアが休んでいる部屋を訪ねた。
扉前には僕が着用している貴族服を簡易化した制服に身を包み、黒いサングラスをした厳ついDIA諜報員が男女一人ずつで立ち並んでいる。
物々しい雰囲気で、そこだけ異様な緊張感に包まれていた。
二人は僕達を一瞥すると、揃って会釈した。
「警戒レベル4の規則です。失礼ながらお名前を伺い、身体検査をさせていただきます」
男が畏まって野太い声を発すると、僕はにこりと微笑んだ。
「あぁ、構わないよ。僕が作った規則だからね」
『警戒レベル』はディルハルト侯爵家において重要な問題が発生した際、DIA内で早急に情報共有するための規則だ。
警戒レベル1は平常運転、緊急事態は起きていないが常に警戒を怠るな、である。
現在、僕がレインズを通じてDIAに出した警戒レベル4は『明らかな敵対者がディルハルト侯爵家を狙っている状況かつ緊急事態が想定される。誰であっても身元確認と身体調査を怠るな。断れば、やましいことがあると見なせ』である。
警戒レベルはもう一段階の上に『5』があるが、これは『ディルハルト侯爵家滅亡の危機に相当する事態』となるので、今回は当たらない。
「エルミア・ディルハルトだ」
「レインズ・バルネスです」
僕達が名乗る間に二人は手短に身体調査を済ませ、僕が持っていた回転式魔拳銃と短剣。
そして、レインズが持っていた自動式魔拳銃と短剣を確認していく。
でも、レインズが持っていたでっかい銀色の自動式魔拳銃が目に入って、僕は「あれ……」と首を傾げた。
「その自動式魔拳銃。確か回転式魔拳銃と同等の威力確保で作った奴でしょ」
「えぇ、そうです。エルミア様を御守りするためには、普通の自動魔拳銃では心許ないので。これでしたら、エレジア正規兵の鎧も貫通できますからね」
回転式魔拳銃はその構造から弾薬に仕込める火魔石の量が多いが、弾数6発と少ない上に次弾装填に手間がかかる。
一方、自動式魔拳銃は弾数が7~15発程度で装填も速いが、構造的に弾薬に仕込める火魔石の量が少ないため、威力が低くなりがちだ。
レインズが持っている魔拳銃は自動式魔拳銃でありながら、回転式魔拳銃と同等の威力を持たせた魔銃である。
ただし、発砲時の反動が強くて扱いづらい上、でかくて重いから携帯性が悪く、DIAでは正式採用していない。
僕が以前、威力のある自動式魔拳銃を作ってみたい、という男の子の浪漫的発想から生み出した魔銃だ。
ちなみに国軍でも正式採用はされていないけど、エレジア国内の貴族や軍関係者からちょいちょい注文をもらう銃でもある。
「頼もしいね。いざという時は、レインズにお願いするよ」
「お任せ下さい。しかし、エルミア様も銃の扱いに長けておりますから、こちらに変えた方が良いのではありませんか?」
「残念だけど、僕は回転式が好きなんだ」
レインズとやり取りをしている間に身体調査は終わった。
「大変失礼をいたしました。こちらはお返しいたします」
「気にしないで」
男性のDIA隊員が野太い声を発すると、僕は武具を受け取ってホルスターにしまった。
「フィリア様、エルミア様とレインズが参られました」
「わかりました。案内してください」
女性の隊員が扉を丁寧に叩くと、部屋の中から母さんの声が聞こえてきた。
「どうぞ」
「ありがとう」
扉を開けてくれた隊員にお礼を告げて室内に入ると数名のメイド達が壁際に控え、母さんがベッド横の椅子に腰掛けている。
ゆっくり歩いて近寄ると、母さんがアリシアの頭を優しく撫でていた。
ここに来た時のアリシアの服装はボロボロの平民服だったが、いまは白くてふわっとした少し厚手のワンピースを着ている。
母さんとメイド達が着替えさせてくれたんだろう。
「……さっきまでエルの名前を呼んでいたんだけれど。薬が効いてきたのか、少し落ち着いたのよ」
「そうでしたか」
相槌を打ちながらアリシアの表情を見ると、確かに僕と初めて会った時よりも顔色が少し良くなっている。
荒かった息づかいも、少し落ち着いているみたい。
それにしても、見れば見るほどアリシアは綺麗で可憐だ。
目鼻立ちがしっかりしているだけじゃなく、長く整ったまつげ、細くて真っ直ぐとした眉毛。
月並みだけど、眉目秀麗という言葉がこんなに当てはまる女の子を見たのは初めてだ。
加えて介抱されて血色が良くなってきたのか、出会った時よりも白い肌は艶めているように思える。
もし、君が元気になったら、きっと綺麗な赤紫の長髪を靡かせて颯爽と歩くだろう。
その姿はどんな姿だろうか。
そして、どんな目で世界を見つめるんだろう。
知りたい、アリシアの喜怒哀楽に溢れた表情をこの目で見てみたい。
胸のどきどきが刻一刻と強くなって、波紋の如く体全体に広がっていく。
でも、このままずっと彼女の寝顔を見ていても飽きないだろうな。
ぼんやりとアリシアを見つめていると、自然と手が彼女の頬に伸びていく。
触ってもいいだろうか。
いや、それは男子として、ディルハルト侯爵家の嫡男としてあるまじき行為だ。
でも、この胸の鼓動が収まらない。
「エル」
母さんに名前を呼ばれてハッとする。
「え、あ、はい。なんでしょうか」
「もう、ちゃんとしなさい。胸がときめいて自制が利かなくなりそうなんでしょ」
「い、いえ。そんなことはありません。僕はいつも通りです」
平静を装って強がってはみたものの、母さんの言うとおりだった。
まさか、運命の候補者とやらに出会った時、妖精族の血がこんなに騒ぐなんて思いもしない。
アリシアと出会うまで半信半疑だったけど、今は身を持って自分に流れる妖精族の血を痛感していた。
「ようやく、母さんの言ったことを実感してくれたみたいね。皆もエルがアリシア様を見つめている時の顔、見たでしょ」
「え、僕の顔……?」
なんのことかわからず、部屋にいたメイド達を見渡すと、彼女達は揃いも揃って顔を赤らめていた。
「すっごく、素敵なお顔でした」
「もし、エルミア様にあんな表情で見つめられたら、私は死んじゃうかもしれません」
「あんなに優しそうで、慈愛に満ちたエルミア様を見たのは初めてでした」
「当主のアイシス様、次男のユミル様。お二人とも素晴らしい顔立ちですが、今のエルミア様はそのお二人を超えておりました」
「いえ、むしろある種の神々しささえあったかと存じます」
「な、ななな……⁉」
メイド達が次々と歯が浮きそうな言葉を発したので、僕は急激に顔が火照るのを感じてたじろいだ。
「そ、そんなことないだろう。アリシア様は綺麗で可憐だから、誰だって見蕩れるさ。レインズ、お前だって見蕩れるだろ?」
慌てて振り向くと、彼は真顔で頭を振った。
「エルミア様、確かにアリシア様は美しくて可憐です。しかし、私はエルミア様ほど見蕩れることはないでしょう」
「な……⁉」
体全体が熱くなるのを感じながらたじろぐと、レインズはにこりと微笑んだ。
「ですが、ご安心ください。エルミア様は縁談失敗で彼女いない歴18年です。だからこそ、妖精族の血によるときめきが一際強かったのでしょう。むしろ、これは正常な反……ぶわぁ⁉」
かちんときたから、水魔法を発動してレインズの口にたっぷりの水を突っ込んでやった。
次いで、そのままレインズの顔を水で覆ってやった。
「レインズ、お前みたいな奴は地上で溺れて死ぬのがお似合いだ」
「ぼんばぁ。ばばぼ、ぼーばんばぶばぁ⁉」
「なんだ、何を言っているのか聞こえないぞ」
レインズは涙目になりながら必死に顔を覆っている水を手で何とかしようとするが、どうにもならない。
「あらあら。相変わらず、仲がいいのね。でも、寝ているとは言えアリシア様の前よ。控えなさい、エル」
「そうでしたね、失礼しました」
母さんの言葉で頭の冷えた僕は、指を鳴らしてレインズの顔を覆っていた水を消した。
すると、彼はその場で両膝を突いてがくりと項垂れてしまう。
「はぁ……はぁ……。今回ばかりはチビって、溺れ死ぬかと思いましたよ」
「その時は胸部圧迫処置で肋骨を折ってでも生き返らせてやる。だから、次回は安心して死ね」
「ひ、酷い……⁉」
レインズの軽口に鼻を鳴らして冷たくあしらうと、僕は咳払いをして母さんを見やった。
「ところで、アリシア様は何か気になることを言っていませんでしたか?」
「そうね……」
母さんは顔を曇らせると、耳を寄せるよう目配せをしてくる。
僕がすっと顔を寄せると、母さんは小声で囁いた。
「一回だけだけど、『申し訳ありません、アルガス様。そして、リーリエ様』って……すごく怯えた様子でそう言っていたわ」
「……⁉ 本当にアリシア様は『リーリエ』と言ったんですか」
「え、えぇ。ま、間違いないと思うわ」
とんでもない名前が出てきて、僕は思わず顔を顰めて聞き返した。
母さんは、何事かと思ったらしくぎょっとしてしまう。
「どうしたの、エル。貴方がそんな怖い顔をするなんて……」
「いえ、リーリエという名前にちょっと聞き覚えがありましてね。母さん、ありがとうございました。素晴らしい手掛かりです」
「そ、そう? それなら良かったけど……」
僕がお礼を言って目を細めると、母さんはほっと胸を撫で下ろした。
でも、僕の鼓動は密かにどくんと強く波打っている。
アリシアが綺麗で可憐だから、ということではない。
リーリエという名前が『クラウンエレジア』における主人公の『初期設定』に使われていたからだ。
前世の記憶を取り戻して以降、DIAを設立する前から『主人公であるヒロイン』の存在は探していたが、何故か一向に足取りが掴めなかった。
『実は王族の血を引いている平民』
『初期設定名はリーリエ・フラヴァート』
『容姿は金髪で黄色の瞳』
ゲームに登場するヒロインの出生に関わる情報はこれぐらいだ。
リーリエという名前、フラヴァートという名字はこの世界にありふれていたし、容姿もそこまで珍しくはない。
それでも対象となる年代の子達は、エレジア全土をしらみつぶしに探したが見つからなかった。
他国からやってくるのか、はたまた王族の血を引いているということで身を隠していたのか。
何にしても、見つからなかった理由は不明だ。
もしかすると名前が違う可能性もあったから、対象者が出るまで静観するしかなかった。
その状況に変化が訪れたのが、弟のユミルが学園に入学した時だ。
『金髪と黄色い瞳を持つリーリエ・フラヴァート』がどこからともなく現れたのである。
しかし、彼女は特定の異性と恋仲になるような活動は何もせず、静かな学園生活を送るだけ。
僕がいろいろ動いた結果、未来が変わったのかと考えたりもしたが、もしかすると彼女はきな臭いことに関わっているのかもしれない。
「母さん、アリシア様のことをお願いします。僕は少し調べたいことができましたので、これでお暇します」
「わかったわ。無理はしないでね」
「もちろんです。レインズ、行くぞ」
「畏まりました」
踵を返して退室すると、扉前に控えていたDIA隊員の男性を見やった。
「念のため、アリシア様と母さんの警護を二倍にするんだ。大騒ぎになるから発令はしないけど、二人の警護は警戒レベル5の任務と心得て運用しろ。言っておくが、これは訓練や冗談じゃないぞ」
「……⁉ 承知しました。すぐに手配します」
「うん、頼んだよ」
僕は会釈する彼の肩を軽く叩くと、レインズを連れて執務室に急いだ。
王都で何かが蠢いている、全ては鉄線花の仕業なのか。
はたまた、その裏にもっと大きな存在が隠れているのか。
どちらにしても、DIAの情報網から逃げおおせていた奴等だ。
油断できない相手であることは間違いない。
まずは当主である父さんに状況を報告し、学園に通うユミルに連絡を取って情報共有する……すべては、それからだ。
ディルハルト侯爵家とアリシア様に手を出したこと、何人であろうと絶対に許さない。
許してなるものか。
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