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エルミアの敵

「……で、これはどういう状況かな」


僕は目の前の光景に、眉をぴくりとさせて首を傾げた。


報告のあった現場にレインズと一緒に到着すると、そこには紋章などない無傷の中型馬車が一台。


その馬車を背にしてもたれかかっている目隠しと猿ぐつわをされた上、身ぐるみを剥がされ下着一枚になっている男達が並ばされていた。


でも、そんなことより目を引いたのは、僕がやってくるなり目の前に突如として赤い絨毯が敷かれ、馬車の横に大きな日傘とテーブルが設置されたことだ。


ご丁寧なことに、テーブルの上にはお菓子が用意されている。


さらにその横では黒の燕尾服に身を包み、礼儀正しく畏まる給仕らしい青年が立っていた。


彼は清潔感のある焦げ茶の髪に、目尻の下がった目に茶色い瞳を浮かべ、やや頬を赤らめて微笑んでいる。


「お待ちしておりました。我が君、エルミア様」


「相変わらず仕事が速いね、0009(スリー・オー・ナイン)」


そう、彼こそがDIAの誇る『000諜報員スリーオーメンバー』の一人にして、『無気配ノーサイン』の異名を持つ『0009』だ。


彼の本名は『ジョン・シェパード』と言って、見た目こそ人族と変わらないが、獣人族(狼)と人間のハーフだ。僕が幼い頃に貧困街で拾った子の一人である。


「とんでもないことでございます。ディルハルト侯爵家に、いえ、エルミア様に忠誠を誓い、忠義を果たし、忠実を尽くし、忠直に遂行する……それこそが『DIA』でございます」


0009はにこりと目を細めるが、その瞳の奥には狂気じみた忠誠が浮かんでいるのが見て取れる。


いや、忠誠を誓ってくれるのはいいんだけどね。


行きすぎると重いというか、見ている分にはちょっと怖い。


まぁ、そういうふうに育てたのは僕なんだけど。


彼を始めとして『000諜報員』は、誰も彼もが癖が強い子達ばかりなんだよなぁ。


「ささ、エルミア様。そんなところに立たず、どうぞ絨毯の上を歩いてこちらにお越しくださいませ」


「わかった、わかった」


小さなため息を吐くと、僕は赤い絨毯を歩いて進んでいく。


背後にはレインズもいる。


テーブルの前に辿り着くと、0009が自身の『影』から椅子を取り出した。


0009は闇魔法の使い手で闇に溶け込み、影を操ることができること加え、自らの影に物を出し入れできるという能力を持っている。


「どうぞ、こちらにお座りください」


「ありがとう。0009」


お礼を告げる間に、0009はテーブルの上に置いてあったポットを手に取るとティーカップに紅茶を注ぎ、僕の前に置いてくれた。


「あぁ、この程度のことでエルミア様に褒められるなんて。今日は吉日でございます」


0009は身をよじりながら僕の前に跪くと、すっと頭を差し出した。


0009は褒めると、必ずこうやってくる。


僕に頭を撫でられるのが、なによりも心地良いそうだ。


「あはは……」


苦笑しながら頭を撫でると、彼はうっとりと恍惚の表情を浮かべた。


「至福の時でございます」


「恐れながら、0009。そろそろ状況を説明してくれませんか」


咳払いをして告げたのは、僕の背後に立つレインズだった。


0009はすっと真顔になってその場に立ち上がると、彼を鋭い目付きで冷たい眼差しを向ける。


「レインズ。君はいつから私とエルミア様の時間に割って入れるようになったのかな」


「……いつとか、そういう問題ではないでしょう。私は生け捕りするようには伝えましたが、身ぐるみを剥がせとは伝えておりませんよ」


「愚かな。エルミア様が行う事を考えれば、その準備をしたまでとわかるはず。そのように察しが悪くて、エルミア様の執事が務まるとでも」


「少々口が過ぎるんじゃないか。0009」


当初、至って冷静に対処していたレインズだったが、今は青筋を立てている。


0009は『僕の専属執事』を一時期希望していたけど、その能力高いから執事は認められないと断った経緯がある。


忠誠心の高い0009は渋々ながらもその件は了承してくれたが、他の者よりも僕の専属執事に求めるものが高いらしい。


「二人とも、やめるんだ。それよりも彼等に聞かないといけないことがあるからね」


紅茶を飲んでそう告げると、睨み合っていた二人はピタリと言い争いをやめる。


紅茶の入ったティーカップをテーブルの上に置き、お菓子の中からクッキーを取って頬張った。


ゆっくり立ち上がると、僕は馬車の前で下着一枚で拘束された男達の前に進んだ。


左から右へとゆっくり目を流していく。


男達は震えつつも鍛えられた肉体を持ち、身長も高くてがたいも良い。


どう見たって、観光客には見えないね。


そもそも、ディルハルト侯爵家の屋敷近辺は一般人は立ち入り禁止だ。


「……こいつらが持っていたという魔銃マガンと短剣は?」


「こちらでございます」


すかさず0009が差し出してきた。


短剣に名匠の記載や装飾は施されていない。


でも、刃こぼれないし、刀身も輝いている。


業物ではないにしろ、なかなかの一品で実用的だ。


魔銃は回転式魔拳銃ではなく、手持ち部分に弾倉が組み込まれた黒の自動式魔拳銃である。


弾倉を出してみれば、弾は入ったままだ。


弾倉を元に戻し、安全装置を外して撃鉄を起こすべくスライドを引いた。


玩具を触ったような無機質な鉄の音が周囲に響くと、男達の体がびくりと震える。


動作も問題なく、錆も見られない。


よく手入れされた自動式魔拳銃だ。


この手の拳銃は王都の闇ルートで比較的簡単に手に入る。


だが、それらの作りは歪で、こうした精巧な作りではない。


銃口を男達に向け、僕は引き金を三回引いた。


連続で銃声が轟き、拘束した男達近くの地面に三発の弾丸がめり込んだ。


「なるほど。こんな簡単に問題なく撃てるというのは、大問題だね」


冷淡に告げて男達を見やると、彼等は全身に冷や汗をかき、怯え、震えている。


「さて、今日は人を待たせているから、あんまり時間を使いたくない。お前達の主人を教えてもらいたいんだ。君達、五人に一人ずつ聞いていく。死にたくなければ、さっさと答えることだね」


僕は0009とレインズに目配せをして、まず一番右端の男の猿ぐつわを外させた。


猿ぐつわを外された男は咳き込み、口内に溜まっていた涎が口元に垂れている。


「さぁ、教えてくれ。君達の主人は誰だ」


「し、知りません。私達はただの観光客で……」


男が頭を振って震える口調で発した次の瞬間、僕は引き金を引いて銃声を轟かせた。


周囲に硝煙が漂い、火薬のような臭いが立ち込める。


まぁ、火薬の代わりに火の魔石が用いられているんだけどね。


「言っただろ、今日は人を待たせているんだ。無駄な話は聞きたくない」


「……⁉」


目隠しと猿ぐつわをされたままの男達四人は、銃声の後にどさりと地面に仲間が倒れる音を聞いてますます震え上がった。


「さぁ、残りは四人だ。誰が最初に教えてくれるかな」


目配せをすると、0009とレインズが次の男の猿ぐつわを外す。


だが、二人目と三人目は最初の一人目と同じで口を割らず、地面に倒れ込む結果となった。


「残り二人か。なかなか、忠誠心がある捨て駒だね」


例に漏れず0009とレインズが四人目の猿ぐつわを外すと、男は咳き込みながら目隠しされた顔を上げた。


「わ、私達は末端の兵士で命令されてきただけです。主人と言われても、存じ上げません」


「へぇ、いいね。ようやく話が通じそうだよ。じゃあ、君達が所属する組織名を教えてもらえるかな」


「そ、それは……」


男は言い淀み、五人目の男が『言うな』といわんばかりに唸り声を上げ、身をよじり始めた。


どうやら、そこそこの組織ではあるらしい。


ディルハルト侯爵家に人を送り込んでくるとなれば、何も知らないか。


もしくは明確な悪意や敵意を持ってのどちらかでしかない。


そして、彼等の身なりを見る限り、確実に後者だろう。


僕はしゃがみ込むと、男の耳元で囁いた。


「ところで、君達は当家がどのような存在か知っていたのかな」


「ど、どういう意味でしょうか?」


「僕達もね。多少、情報収集には自信があるんだよ。君の顔さえわかれば、数日中に身元をある程度把握することができるだろう。出生から今に至るまでどんな生き方をしてきたのか。故郷、親類、両親、配偶者、恋人、愛人、子供に至るまで全てだ。そして、僕は決して敵対する者を許さない。これがどういう意味かわかるだろう」


数日中……は言い過ぎかもしれないが、一週間もあれば精巧な顔絵を作製して身元を調べることはできる。


そうして追っていくことも可能だが、時間がかかるからここで聞けるなら、それに越したことはない。


僕の声を聞き、四人目の男がごくりと喉を鳴らした。


「でもね、今なら君だけで許されるかもしれない。よく考えて返事をすることだ……もう一度聞く。所属する組織を教えろ」


「……鉄線花クレマチスと呼ばれておりました。しかし、詳しいことは知らされておりません」


鉄線花クレマチス、か。


確か、人族至上主義と選民思想を掲げ、獣人やエルフといった他種族を敵視するカルト的な秘密政治団体だったはずだ。


エレジアの高位貴族も所属しているという情報は得ていたが、その実態はDIAを持ってしてもなかなか掴めなかった。


だが、DIAの存在を知っていた輩が鉄線花に関わっていたのであれば、情報を得られなかった理由も合点がいく。


今のところ小規模で大それたことをしていなかったから放置していたが、どうやらとんでもない輩の集まりだったらしい。


「なるほど、大体見えてきたな。もう一つ聞く」


そう言うと、僕は四人目の男の首筋にそっと手を当てた。


「アルガスという名前に聞き覚えがあるか」


「あ、アルガス? アルガスって、まさかアルガス王子のことですか。はは、そんな大物、会ったことも話したこともありませんよ」


男の口調や脈拍から察した感じ、嘘を言っている様子はない。


所詮、こいつらは捨て駒の兵隊だ。


詳細は本当に知らないんだろう。


背後にいる組織、黒幕がいるという事実がわかっただけでも儲けものか。


僕は立ち上がると、周囲を見やった。


一人目から三人目までの男達は、地面に横たわっているが死んではいない。


僕が発砲すると同時にレインズと0009が気絶させたのだ。


「0009、こいつら全員をDIA収容所に運べ。四人目は丁重に扱い、残りの奴等は『0006』に任せて徹底的に吐かせろ。馬車は手掛かりがないか調べ、証拠を残さないよう処分しろ」


『0006』はDIAにおける尋問に特化した諜報員だ。


どのような現場であれ対象者に適切な尋問を行い、速やかな情報を得る手腕から『生地獄ライフオブヘル』の異名を持つ恐ろしい人物である。


「畏まりました、我が君」


彼が畏まって一礼すると、僕はレインズに視線を向けた。


「屋敷に戻って、すぐに鉄線花の情報を集めるぞ」


「承知しました」


それにしても、鉄線花、か。


『クラウン・エレジア』のゲーム内には、存在していなかった。


だからこそ、カルト的でもあっても大したことがないだろうと、そこまで気に掛けてはいなかったんだけどな。


もしかすると僕の、ディルハルト侯爵家の断罪はまだ終わっていなかったのかもしれない。


でも、何人であろうとも、僕の未来に立ち塞がる者は許さない。


喧嘩を売られたなら買ってあげよう、徹底的にね。


僕は踵を返し、赤い絨毯を歩いて屋敷への帰途についた。






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