禁断の境界線
教室の窓から差し込む夕陽が、黒板に長い影を落としていた。放課後の静寂の中、数学教師・佐藤悠真(27歳)は、机に山積みになった答案用紙を前にため息をつく。眼鏡の奥の瞳は疲れで曇り、ネクタイは緩くほどけていた。
「先生、こんな時間まで残ってんの? 相変わらず真面目すぎだろ。」
低い声が教室に響き、悠真の背筋がピンと伸びる。振り返ると、教室の入り口に立つのは3年A組の生徒・高槻怜(18歳)。長身で鋭い目つき、制服のブレザーを肩に引っ掛けただけの不遜な態度。校内で「問題児」と囁かれる怜だが、悠真にはなぜかその存在が特別に感じられた。
「高槻くん…もう遅いよ。帰りなさい。」悠真は平静を装いながら言うが、声がわずかに震える。怜の視線はまるで心の奥まで見透かすようで、悠真をいつも落ち着かなくさせた。
「帰れって? ふーん、先生ってほんとつまんねえな。」怜はニヤリと笑い、悠真の机に近づく。答案用紙を一瞥し、まるで興味なさげに言う。「 先生、俺に教えてよ」
答案用紙を慌ててファイルにしまい、
「これは秘密だからダメ」と、その場の空気に流されぬよう、自分を律する。
ふと顔を上げると、不敵な笑みでこちらを覗く彼の顔が見えた。
「違う、そのつまんねえやつじゃなくて、先生が俺のことどう思ってるかってこと」
悠真の頬が熱くなる。怜の言葉はいつもこうだ。意地悪で、挑発的で、でもどこか甘い響きがあって、悠真の心をかき乱す。「高槻くん、からかうのはやめなさい。教師と生徒なんだから…。」
「教師と生徒、ねえ。」怜は机に手をつき、悠真の顔を覗き込む。距離が近すぎて、悠真は息を呑む。「それがどうした? 先生、俺のこと嫌い? それとも…俺がこうやって近くにいると、ドキドキしてんの?」
悠真は目を逸らす。心臓がうるさいほどに鼓動を刻む。怜の言う通りだ。怜の冷たくも熱い視線に、悠真は抗えない何かを感じていた。教師として、こんな感情を抱くのは許されない。それなのに、怜が近づくたびに、自分の理性が揺らぐ。
「高槻くん、ダメだよ…こんなこと…。」悠真の声は弱々しく、ほとんど懇願のようだった。
「ダメ? 何が?」怜はさらに一歩踏み込み、悠真の眼鏡をそっと外す。視界がぼやける中、怜の顔が近づく。「先生、いつもそんな情けない顔してっけどさ、俺、そういうとこ嫌いじゃねえよ。むしろ…もっと見たくなる。」
悠真の手が震える。怜の指が耳に触れ、首筋を細い線を描くようになぞられ、胸部の先端を優しく服の上から掠め、腰に手を止めた。どうすることも出来ない焦らされるような感触に体が反応してしまう。「高槻くん…お願いだから…。」
「お願い? 何を?」怜の声が低く、甘く響く。「先生がこんな風に俺のこと見てんのに、俺が我慢できると思う?」
その瞬間、怜の指が悠真の下腹部にするりと撫で下ろすように触れた。ほんの一瞬の接触だったが、悠真の頭は真っ白になる。教師と生徒という境界線が、まるで溶けるように崩れていく。
「高槻くん…っ…。」悠真は言葉を絞り出すが、スーツの上からでも分かるこの屹立を指先でなぞりながら、怜は静かに笑う。
「いいじゃん、先生。誰にも言わねえよ。俺と先生の秘密…悪くねえだろ?」
夕陽が教室を赤く染める中、悠真は怜の瞳を見つめる。そこには冷たさと熱さが共存し、悠真を引きずり込むような力があった。教師としての自分と、怜に惹かれる自分。どちらを選ぶべきか、悠真にはまだ答えが出せなかった。
ただ一つ確かなのは、この禁断の関係が、二人をどこへ連れていくのか、誰も知らないということだった。
その日から、悠真と怜の間には言葉にできない緊張感が漂い始めた。怜は授業中も悠真を挑発するような視線を投げ、悠真はそれを無視しようとしながらも、心のどこかで怜の存在を求めてしまう。教師と生徒という立場が二人を縛る中、彼らの心は少しずつ、確実に近づいていく。
しかし、この関係が明るみに出れば、悠真は教師としての全てを失うだろう。それでも、怜の笑顔を見るたび、悠真は思う。
この危険な恋に、どれだけ抗えるのだろうか。