第5章: 壊れた神経リンク
クロノの意識が戻ったのは、幾度となく自分の名前を呼ばれてからしばらく経っていた。目を開けると、薄暗い医務室の天井が視界に映る。身体の感覚が鈍く、頭を動かすのが苦痛だ。
「大尉、大丈夫ですか?」
リアン少尉の声が耳に届き、クロノは力なく目を閉じたまま答える。
「……ああ、大丈夫だ。少し頭が痛いだけだ。」
その言葉がどれほど空虚だったのか、クロノ自身が一番よく知っていた。あの戦闘で発生した膨大な情報量が、彼の神経を限界以上に圧迫したのだ。TERMINUSの神経リンクシステムは一度解放されると、操縦者の脳に想像を超える負荷をかける。その負荷を超えた先に待っているのは、肉体の限界を超える過負荷、そして精神の崩壊だ。
「実戦投入からの急激な負荷で、神経接続が一時的に壊れたようです。幸い、身体に致命的な損傷はありませんが、精神的なストレスが大きいです。しばらく休養が必要でしょう。」
医務官がクロノの状態を告げると、リアンが不安げに彼の顔を見つめる。
「大尉、フェーズ2でのリンクはかなり無理がありました。あれを繰り返すのは……」
「わかってる。」
クロノは再び目を閉じ、深く息をついた。あの瞬間、レブナントに勝つためには何としてでもフェーズ2を解放するしかなかった。だが、その代償は想像以上に大きかった。彼の脳は、あまりにも多くの情報を処理しきれず、限界を迎えていた。精神的に自分を壊し、再起不能になる寸前まで追い込まれていたのだ。
「でも、俺にはもう一つ選択肢がない。」
クロノは心の中で自問自答する。もしフェーズ2の神経リンクが使用できなければ、次にどう戦うのか。戦場に出れば、次はもっと大きなリスクが待っているのだと知っている。だが、それでも彼は戦いを選ばなければならない。
「次は、どうすればいい…」
その時、リアンがクロノの前に椅子を引き寄せ、座った。彼女の表情は、これまで見たことのないほど真剣で、少しの不安を隠しきれずにいた。
「大尉…、もう一度、TERMINUSに乗るつもりですか?」
クロノは答えなかった。ただ、視線を天井に向け、言葉を選ぶように黙っていた。どこか遠くを見つめるような、虚ろな目をしている。
「私は、あなたが無理をする姿を見たくない。けれど、あなたも理解しているはずよ。」
リアンの言葉に、クロノはゆっくりと目を閉じた。そう、彼にはもう引き下がる場所がない。戦争は続いていて、彼はその最前線に立つ者として戦わなくてはならない。そして、その戦いにおいて彼の役目は、TERMINUSの試験を完了させることだった。
「俺がいなきゃ、誰がこの戦争を終わらせるんだ?」
そう呟くと、クロノは身を起こした。医務官が止めようとするのを無視して、彼はゆっくりとベッドから降り立つ。体は重く、頭はまだぼやけているが、それでも戦わなくてはならない。彼にはその覚悟があった。
「まだ終わってない。俺は戦わなくてはならない。」
リアンは少し戸惑った表情を浮かべたが、やがて彼女は頷いた。
「わかりました。でも、あまり無理はしないでください。」
クロノは短く頷き、医務室を後にする。彼の体は不安定で、歩くことさえままならないが、心は決まっていた。彼は、再びTERMINUSのコクピットに乗り込む準備をするため、急ぎ向かった。
その時、彼の心に浮かんだのはただ一つの思いだった。
「戦わなければ、何も変わらない。」
そう、自分に言い聞かせるように。
月面基地に戻ったクロノは、再びTERMINUSのコクピットに座った。今回の戦いでは、フェーズ2の解放を控えめに、慎重に使用するつもりだ。だが、彼の心の中では、すでに新たな決意が固まっていた。次こそは、全てを終わらせるために戦う。