第3章: 訓練開始
月面基地での初日が明けた翌朝、クロノは訓練エリアに向かった。薄暗い廊下を抜けると、広大な施設が姿を現す。そこには複数の試験機や模擬戦闘用の設備が整備されており、TERMINUSが設置された特別エリアも見えた。
「おはよう、大尉。準備はできている?」
リアン少尉がすでに待機していた。軍服を整えた彼女は早朝から変わらぬ冷静さを保っている。クロノは軽く頷き、TERMINUSの元へ向かった。
機体のすぐ近くにはダリル博士が立っており、何かを技術者たちに指示している。博士はクロノの姿を認めると、工具を持つ手を止めて振り返った。
「おい、大尉。今日からいよいよ本格的なテストに入るぞ。心の準備はできているか?」
「もちろんだ。好きなだけ試してくれ」
クロノが自信を見せると、ダリルは微かに笑いながら答えた。
「言ったな。その言葉、後で後悔するかもな」
リアンがクロノを呼び止め、簡単なブリーフィングを行う。
「まずはTERMINUSの基礎機能をテストするわ。コフィンの初期リンクも確認するから、慎重にね。それと、今日はあくまでデータ収集が目的だから、無理はしないように」
「了解だ」
クロノはTERMINUSに搭乗した。コクピット内は従来の機体とは全く異なる設計がされている。従来の操縦桿やスイッチ類はほとんどなく、代わりに神経リンク用のヘルメットと、少数の補助的なインターフェースが備えられていた。
「これが…コフィンのシステムか」
クロノは深呼吸しながらヘルメットを被り、システムの起動を指示する。
「TERMINUS、起動する」
彼の言葉に応じて、機体内部が動き始めた。冷たい金属音と共にシステムが稼働し、クロノの脳に微弱な電気信号が流れ込む。頭の中に不思議な感覚が広がる。
「神経リンクを確立します…」
オペレーターの女性の声が耳に届く。クロノの脳内に、TERMINUSの視覚情報が直接送り込まれた。まるで自分の目で見ているかのように、外部の景色が鮮明に浮かび上がる。
「すごいな…これがコフィンの力か」
「リンクが安定しました。これから基礎動作をテストします」
リアンが通信越しに指示を出す。クロノは慎重に機体を動かし始めた。
「歩行動作は問題ないな。感覚としては自分の体を動かしているみたいだ」
クロノはTERMINUSをゆっくりと前進させた。その動きは滑らかで、違和感を覚えることはほとんどなかった。だが、試験を進めるうちに、次第にTERMINUSの反応速度が自分の体の限界を超えることを感じ始める。
「大尉、次は模擬戦闘のテストに入るわ。ターゲットドローンを展開するから、それを撃破して」
遠くに複数のドローンが展開され、レーザーの標的がクロノの機体をロックオンする。
「了解した。やってみる」
クロノはターゲットを確認すると、TERMINUSの武装を作動させた。機体の右腕からエネルギーライフルが展開され、一瞬の間もなく光線が放たれる。ドローンが次々と爆発し、月面の灰色の砂地に破片が散らばった。
「反応速度が尋常じゃないな…。まるで俺が考える前に動いているみたいだ」
「それがコフィンの本領よ。だけど、まだフェーズ1の状態。これ以上解放すると、神経負荷が跳ね上がるわ」
リアンの声に、クロノは軽く頷いた。この機体の真価がまだ解放されていないことを理解しつつ、TERMINUSのポテンシャルに驚きを隠せなかった。
模擬戦闘が終了し、クロノはTERMINUSを基地へ戻す。機体の停止後、コフィンのリンクを解除すると、一気に疲労感が押し寄せた。頭が重く、体力を吸い取られたような感覚だ。
「リンク解除完了。お疲れ様、大尉」
リアンが通信で声をかけてくる。クロノはヘルメットを外しながら答えた。
「ああ、思った以上に疲れるな。これじゃ長時間の戦闘はきつい」
「だからこそ慎重にテストを進めるの。TERMINUSはその潜在能力を引き出すために、あなた自身の耐久性も問われるわ」
クロノは深く息を吐き、椅子に沈み込んだ。TERMINUSのポテンシャルは計り知れないが、それを引き出すためには大きな犠牲が伴うことを改めて実感した。
訓練初日は順調に終わったものの、TERMINUSとの神経リンクが持つ可能性と危険性に、クロノの心は複雑な思いを抱えていた。この先の戦いに向けて、彼の覚悟はますます試されることになる。