第2章:新たな戦場
クロノ大尉が月面基地に到着したのは、地球を発って三日後のことだった。輸送艦が滑らかに着陸し、ハッチが開くと、薄い空気の冷たさが頬に触れる。目の前に広がるのは巨大なドーム状の施設。月の砂地に埋め込まれるように作られた基地は、外から見ただけでその規模と先進性を感じさせた。
基地の内部に入ると、クロノを迎えたのはタイトな軍服を着た女性だった。彼女は明るい金髪を後ろに束ね、鋭い眼光を持つ。
「クロノ大尉ですね?お待ちしていました。私はオペレーション担当のリアン少尉です」
少尉は機械的に名乗り、手際よく基地の案内を始めた。
「ここが研究セクター。TERMINUSの調整とコフィンの実験が行われる部屋です」
ガラス張りの廊下を歩くと、研究セクターが見えてきた。内部では白衣を着た技術者たちが忙しく作業をしており、巨大なモニターにはTERMINUSの設計図や実験データが映し出されている。
その奥に鎮座しているのが、クロノがこれから操縦するH.M.E.D. X-00-1 TERMINUSだった。光沢のある黒い装甲に覆われたその機体は、どこか不気味さを感じさせる異形のフォルムを持つ。胴体部分にはまだ未完成のコフィンが装着され、テスト段階であることを示していた。
「これが…TERMINUSか」
クロノは息を飲んだ。その場の空気が一瞬張り詰めるような感覚に包まれる。近未来的なデザインに加え、明らかに通常の機体とは一線を画すその存在感。周囲で動き回る技術者たちの緊張した表情からも、この機体の特別さが伝わってくる。
「そうです。あなたがこの機体を操縦することになります」
リアンの冷静な声が、クロノの思考を現実に引き戻した。
「こちらが、コフィンの担当主任であるダリル博士です」
リアンが紹介したのは、白髪交じりの中年男性だった。彼は厚手の眼鏡を指で押し上げながらクロノを見上げると、穏やかながらも鋭い口調で話し始めた。
「大尉、君がTERMINUSのパイロットか。まあ、顔を見る限り勇敢そうだな。だが覚えておけ、これはただの試験機じゃない。成功すれば次世代の軍事技術になるが、失敗すれば…」
ダリルはそこで言葉を切り、意味深な笑みを浮かべた。その表情に含まれる「失敗」の重みをクロノは理解した。
「覚悟はできています。どんな危険があろうとも」
その答えを聞いたダリルは、短く頷いた。
その後、クロノは自室へ案内された。簡素だが必要な設備は揃っており、月面という特殊な環境に合わせた設計になっている。クロノは窓から外を眺めた。灰色の砂地と、その上に浮かぶ地球の青い輝きが見える。
「異質な景色だな…」
思わずそう呟いた。地球で見慣れた風景とはあまりに違うその光景に、戦場が完全に変わったことを実感する。
その夜、クロノは翌日のブリーフィングに備え、TERMINUSに関する機密資料を読み込んだ。中でも「コフィン」の記述には目を奪われた。この外骨格兵装は操縦者の神経と機体を直接リンクさせ、従来の操縦桿による操作を超える反応速度を可能にするという。しかし、それに伴うリスクも大きかった。神経への負荷が限界を超えた場合、操縦者の精神や身体に取り返しのつかないダメージを与える恐れがあるのだ。
「これが俺の相棒か…」
クロノは資料を閉じ、静かに目を閉じた。不安と期待が入り混じる中、彼は自分がこの先どれだけの重圧を背負うのかを薄々感じていた。それでも逃げるわけにはいかない。この機体と共に戦場に立つ覚悟を決めたからだ。
夜の静けさの中、クロノは遠くで聞こえる基地の機械音を聞きながら、ゆっくりと眠りについた。明日から始まる新たな戦いを前に、彼の心は静かに燃え上がっていた。