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ミチシルベの魔法  作者: 咲桜炸朔
第一章 争奪戦参加者
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少女の魔法②

 一頭のアトロキラプトルが砂煙を上げながら、ロザンナに向かって駆け出す。力強く地面を蹴る音が遠くから聞こえる。走った足跡は地面が深く抉れ、盛り上がっている。


 そのアトロキラプトルの後ろには何頭もの仲間たちが続いていた。草原の生命が一斉に駆け出したかのように、彼らは勢いよく走り出す。


 草原は彼らの足音と共に震え、その勢いに圧倒される。草の穂は彼らの通り道を優雅になびかせ、小さな生き物たちは彼らの騒動におびえて逃げ惑う。


 一驚を喫したロザンナは、目を白黒させ、体が氷を浴びたようにすくむ。


「嘘でしょ……?」


 アトロキラプトルの本当の恐ろしさは牙でも爪でもない、狡猾な知恵と強い仲間意識だ。

 奴らが群れで狩りをするとき、獲物と同じ数の仲間を、群れの中から選出して戦わせに行く。こうすることにより、群れのリーダーが獲物の戦闘能力を把握できる。そしてリーダーの指示により、戦わせに行った個体を群れに引き帰す。


 その後は獲物を殺すために一斉に、群れ全体で獲物に対して奇襲を仕掛ける。すでにある程度戦い、疲弊した獲物を倒すというのがアトロキラプトルの狩りの定石。


 ロザンナはこのことをよく知らなかった。だから、二頭目以降も同じように氷をぶつけて、怒らせながら戦おうとしていた。


 しかし、そんなことをする間もなく、アトロキラプトルの群れが彼女に奇襲を仕掛けようとしている。


「群れで行動するとは聞いていたけど、わざわざ一体のために全員で倒しにくるとは思ってなかった……」


 けれど、ロザンナは何故か落ち着いていた。彼女が命の危機に瀕していることは変わりない。寧ろ、さっきよりも危険な状況にも関わらず、彼女は落ち着いていた。握っていた剣を鞘に納め、両手を自分の胸に置いた。


「フランカに教えてもらった()()、今ここでやってみるわ」


 そう言って、楽しそうに笑った。

 ゆっくりを瞼を閉じて、たんぽぽの綿毛を飛ばすくらいの強さで息を吐いた。息は冬の日のように真っ白に染まっていた。


「望縁魔法『氷雪相愛(アイス・エンパイア)』」


 さっきのようにじわじわと凍結が広がるのではなく、一瞬にして氷の世界が創られた。ロザンナに奇襲を仕掛けようとしていたアトロキラプトルの群れは全身を凍結させられ、石像のように動かなくなった。草原に元々あった木々や草はこの世界に存在せず、氷によって模倣されたオブジェクトが立ち並ぶだけだった。


 全てが氷で出来た世界。この世界に入ってきた発動者以外の生命体は瞬時に凍らされて死んでしまう。身体が寒さを感じるよりも前に全身が凍りついてしまう。寒さすら感じることが許されない。


 ロザンナはこれまでに三回、望縁魔法を発動したことがある。


 一回目は、フランカとの手合わせ中に発動。

 二回目は、通っていた学院の模擬戦中に発動。

 三回目は、町で起きた強盗事件の犯人を捕えるために発動。


 このうち二回は成功できた。しかし、フランカとの手合わせのときだけは失敗してしまった。


 手合わせに白熱した二人が同時に望縁魔法を発動した。この日初めて、ロザンナは自分の望縁魔法を発動しようとした。しかし、フランカの望縁魔法はエミのよりも圧倒的に威力が強く、エミの望縁魔法はフランカの望縁魔法に押し潰された。それが唯一の突破だった。


 その方法以外に、エミの望縁魔法を突破されたことはない。


「久々にしては、よくできた感じね。前よりも威力が上がったかな?」


 ロザンナは自分で作り出した氷の玉座に座り、凍りついたアトロキラプトルの群れを眺めていた。手を膝の上に置いて、足をキレイに揃えて、まるで肖像画を描かれるときのような整えられた姿勢で座った。


 自信に満ち溢れた表情のロザンナ。

 彼女自身も勝ちを確信し、このままアトロキラプトルの首を断ち切ろうとしたときだった。

 凍っているアトロキラプトルたちが、カタカタと動き出した。

 全身は凍らされ、身体中を分厚い氷が覆っている。身動きもままならない、普通なら少しも動くことなんてできない筈。


 驚愕したロザンナは勢いよく玉座から立ち上がり、剣を鞘から抜いた。


「有り得ないわ!! 望縁魔法内の氷は一番硬いはずよ……鉱石よりも硬いんだから」


 アトロキラプトルを覆っていた氷がボロボロと崩れ落ちていく。氷が崩れ落ちた穴からアトロキラプトルの目がキラリと輝く。ロザンナを睨みつけるような、まだ獲物を狙うハンターの目だ。


 全ての氷から解き放たれたアトロキラプトルが咆哮する。

 咆哮の迫力に押し負けたロザンナは、じりじりと後ずさりする。


「もう、剣で戦うしかなさそうね」


 結界内の氷が全て割れた。氷で出来たオブジェクトも玉座も粉々に砕け、砂粒のようになった。やがて結界は跡形もなく消え去り、結界を構成し、溶けた氷の粒が雨のように草原に降り注ぐ。


 氷の雨に打たれながらアトロキラプトルは牙をロザンナに見せつけ近づく。

 距離をつめたアトロキラプトルは土煙りを上げ、走り出した。

 それはまるで、彼女目掛けて飛んでくる矢のように速く、鋭かった。


「こんなに速いと、逃げられない……!!」


 逃げようとする前に、アトロキラプトルのカギ爪が目と鼻の先にある。

 彼女は心の底から自分の死を感じ取った。


「死にたくない!!」


 涙が溢れそうになった。

 死の淵に立ちながら、自分の存在がいかに脆く、いかに無力なものなのかを痛感する。

 

 もしかしたら、あの日のようにフランカが助けに来てくれるんじゃないか、と思ってしまう自分が情けない。自分の力じゃどうしようもない状況。抗うこともできない。


「嫌だ……死にたくない」


 刹那、アトロキラプトルの首が宙を舞う。

 カギ爪がダランと力なくぶら下がり、胴体が膝から崩れ落ちる。


「はい、おしまい。初めてにしては頑張ったんじゃない?」


 後ろを振り返るとそこにはエラフィールが立っていた。エラフィールの剣から、アトロキラプトルの血が滴り落ちている。


「エラフィール、来てくれたの?」


 エラフィールはそっと、剣に着いた血を布で拭き取った。拭き取った布は光の粒子となって散った。


「明日の準備が終わったから、様子を見に来ただけよ」


「……ありがとう、助けてくれて」


「残ってるのは、あそこの群れだけね」


 エラフィールはロザンナよりも前に出ると、鞘に剣を納めた。カチンと言う音が小さく鳴り響く。


 他の音が死んだ。エラフィールが草原に響いていた音を殺した。

 静寂を遮るようにロザンナが口を開く。


「エラフィール、何して……」


 奇襲を掛けてきた、アトロキラプトルの群れが一斉に動きを止めた。まるで時が止まったかのように走っている状態から動かなくなった。瞬きの後、アトロキラプトルの首が胴体からずり落ちる。

 一瞬にして、全ての個体をエラフィールが殺した。とても硬かった皮膚、ロザンナが精一杯力を込めないと切れなかった相手をエラフィールは易々と切り伏せた。


 エラフィールがロザンナの方を振り返る。


「それじゃ戻ろっか」


 ロザンナは困惑した表情のまま、エラフィールに尋ねた。


「……今のは何!? あんなにいっぱい、あいつらを一瞬で、ズバッてやったヤツ!!」

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