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ミチシルベの魔法  作者: 咲桜炸朔
第二章 白うさぎを追い越して
23/23

最初から

〈ラバル島、エラフィールとロザンナ〉


 川のせせらぎは耳を伝っていく。

 景色はさほど変わらない森の中。

 

 緑の香りが鼻をくすぐり、足元には苔と落ち葉がふかふかと落ちる。ロザンナは興味深く周りの植物を観察しながら、エラフィールについていく。


「ねえ、エラフィール、さっきの話の続きなんだけどさ」


 少々ご機嫌なエラフィールは棒付きの飴玉を口の中で転がしながら歩く。


「まだ何かあったの?」


「うん、この島に来る前に食べたフランクフルトも、船の中のご飯も、エラフィールの魔法?」

 

 一度見た魔法は同じ形で、同じ威力で、同じ質を持って再現することができ、その他の現象や物体でさえも同じように再現してしまう。

 そんなエラフィールの魔法は、ロザンナの知ってる魔法の中でも断トツで自由な魔法。


 ロザンナの問いかけに、エラフィールは当然のことを繰り返すように、さっぱりとした返事で返した。


「ん? まぁ、そうだよ」


「やっぱりそうだったんだ。エラフィールの魔法って結構使い勝手良さそうだね」


「それが私の魔法の強みだからね」


「いいなぁ、ちょっと羨ましい」


 ロザンナが呟く。その呟きは広い森の中でかき消され、エラフィールの耳に届くことはなかった。


 エラフィールが一瞬だけロザンナの方を振り返る。すぐに前へ向き直り、舐め終えた飴の残った棒をエラフィールが指で弾くように燃やし、立ち止まる。振り返ると同時に彼女は木刀を再現した。


「この辺かな」


 その場所は森冠ギャップのちょうど真ん中、少し傾く日の光が木々を縫うように差し込む。

 ロザンナもエラフィールにつられるように立ち止まった。


「ロザンナ、私と戦うでしょ?」


「え? あ、うん」


 そんなことすっかりと忘れていたロザンナは「そういえば、そうだった」と心でひっそりとつぶやく。


 それに、彼女には戦いの疲れがまだ残っている。エラフィールに怪我は治してもらったが、芯に残る疲れは取りきれていない。


「私は戦えるけど、エラフィールはさっきの戦いで疲れてるんじゃないの?」


 エラフィールは余裕な表情を浮かべ、木刀をお手玉のように回す。その流れの中でロザンナに向けて木刀を一本投げ渡し、自分は同じ木刀を再現した。


「私はちょうど良いくらいだよ」


 若干の面倒くささを感じながらも、ロザンナは木刀をエラフィールに向けて構えをとる。自分からお願いして、エラフィールに戦いを挑んだ手前、有耶無耶にしてなかったことにする訳にはいかない。

 エラフィールもロザンナに応えるように構える。


「木刀での戦いとは言え、本気で、殺す気でかかって来なさい。そうじゃないと、意味がないからね」


 その言葉にロザンナはニヤリと返す。その瞬間、彼女の周囲を白い霧が回転する。


「なら私は、最初から全力で行く!!」


 深く沈み込み、ロザンナが木刀を担ぐように走り出す。彼女の周りの霧が広がり、吐息も白く、地面を踏み締める足から氷の結晶が広がる。


 エラフィールが立っている場所にも白銀が広がり、彼女の足が氷によって覆われる。

 しかし、エラフィールは足の氷を振り払おうともせず、その場から動こうともしない。


 彼女が霧の奥を見つめる。

 木刀を握り直し、ただ一点を見つめる。

 

 やがて、影絵のように色濃くなる霧の中から、ロザンナが姿を現す。


 彼女は木刀を大きく振りかぶって、防御を一切考えず、エラフィールに向かって突進してきた。


 エラフィールはロザンナの動きを知っていたかのように、振り下ろされる軌道上に木刀を構える。


 衝突の瞬間、エラフィールの熟練の刀捌きによって、ロザンナは力を込めるタイミングを逃し、一瞬にして形勢が逆転した。


 エラフィールはロザンナの木刀を払いのけるように、ロザンナの手から木刀を弾き飛ばす。

 武器を失ったロザンナに一撃鋭い刺突をお見舞いするために、エラフィールは刀を握り直し、まるでブン殴るように突き出す。


 ロザンナは弾き飛ばされた木刀を目で追いかけた。そして彼女は掴めないと判断し、即座に両手で氷の剣を作り始める。氷の剣が自身の身体を守れるように、二つをクロスさせ、打撃に備える。


 エラフィールの刺突が突き刺さる直前、ロザンナは右手の剣でエラフィールの木刀を受け流し、身体を翻す体勢を取りながら、左手の剣で攻撃を仕掛ける。


 脇を締めて、腕は振り上げすぎない、速攻重視の急所を狙った攻撃を繰り出した。

 そして彼女は目を輝かせ呟く「勝った」と。

 エラフィールの刺突を制した完璧なカウンターは、これまでにない完成度だった。


 しかし、それだけではエラフィールを越えられなかった。ロザンナの思う完璧はエラフィールにとっての普通だった。


「イヤァッ!!」

 

 勝利を確信した氷の刃がエラフィールをぶっ叩こうとしたとき、ロザンナは脇腹が破裂したような激しい痛みに襲われる。

 瞬間的な気の緩みもあり、痛みは耐え難いものになってロザンナを苦しめた。


 呼吸が止まる。立ってることすらできなくなり、エラフィールを睨みつけながらぶっ倒れる。まるで視界は灯油の足りない街灯のように光が現れたり、失ったりを繰り返す。


「また、これ」


 望縁魔法で彩られた世界がボロボロと崩れ落ちる。握りしめていた氷の剣もシャーベットのように、脆く形を失っていく。


 痛みで呼吸を荒げて悶えるロザンナ、エラフィールが彼女の抑えている脇腹にそっと手を添える。


「ロザンナ、大きく息を吸って、口からじゃなくて鼻から」


 ロザンナは言われたことにおとなしく従う。歯を食いしばって痛みに耐えながら、エラフィールの言葉に耳を傾ける。


「絶対、内臓破裂してる……」


「大丈夫、破裂してたらもう死んでる。はい、そしたら身体の空気を全部吐き出して」


 微かな呻き声を震わせながら、ロザンナは言われた通り全身の空気を吐き出す。それでもまだ、苦しそうな表情をエラフィールに向ける。


「痛いよ……」


「じゃあ痛みが引くまで何回か繰り返して」


 そしてロザンナは目を閉じて、エラフィールに言われた呼吸法を何度も繰り返し行う。

 エラフィールは優しく、彼女が痛みで抑えている部分を撫でる。


 時間が経ち、痛みも大分引いてきたくらいでロザンナが立ち上がった。


「もう死んじゃったと思うぐらいだった」


「岩で殴られたのとどっちが痛かった?」


「それは、まだ岩の方が痛かった……」


「じゃあ大したことないよ」


 ロザンナは口元をわずかに歪ませ、眉を一つだけ吊り上げる。顔の線は硬く張りつき、頬の筋肉が微妙に引きつる。「マジかよ」と彼女の喉の奥から低く、断片的に言葉が落ちる。

 

 明らかに聞こえたはずのその声を、エラフィールは知らん顔で流す。首に手を置き、周囲を見回した後、ロザンナを連れて葉が生い茂る木の下に入る。


「お腹空いたから、ご飯にしましょう」

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