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ミチシルベの魔法  作者: 咲桜炸朔
第二章 白うさぎを追い越して
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悪夢到来

 柔らかい日差しに照らされ、目を覚ます。


「ここは?」


 目の前に広がる草原、風に流されながら優雅に舞う蝶、それらの平和な要素、ルーシィは全てを悟った。煌煌と輝く太陽に照らされる。


「ああ、そうか……私は死んだんでしまったんだな」


 涙が溢れないように目をそっと瞑る。なぜだか顔の表情が緩んでしまう。


「ここが、死後の……」


 そう言おうとした時、自分以外の声が聞こえた。


「何言ってんの? あなた、まだ死んでないから」


「へ?」


 ルーシィは二つの驚きで、口から変な音が出た。


 耳元でエリーゼの声がした。それにまだ死んでいなかったらしい。

 横向きの身体になっていた身体を捩って仰向けになる。柔らかなクッションのようなエリーゼの膝に頭を乗せていた。

 エリーゼと目が合い、彼女は微笑みながら尋ねる。


「おはよ、よく眠れたかい?」


 エリーゼの言葉が右から左に流れる。

 理解の及ばぬ状況に頭の容量が空っぽになってしまう。エリーゼはなぜここにいるのか、確かに殺されたはずなのに死んでいないとはどう言うことなのか。


 そもそもエリーゼも本当に生きているのか。実は彼女も殺されたけれど、自分が死んだことに気がつけていないだけではないだろうか。

 思考が流れ星のように巡っているとき、エリーゼが話しかける。


「安心して、私は死んでいないし、あなたも死んでない。これは事実よ」


 エリーゼの膝からサッと起き上がる。ふいに自分の首が落ちてしまう気がしたが、そんなことは起こらなかった。


「でも私はあの瞬間に首から上が吹き飛ばされた。一瞬の死を直感する痛みが私の感覚を支配したんだ。それなのに、死んでいないとはどういうことなんだ?」


 自分が生きていることは感覚でなんとなく分かってきた。それでも何故、死んでいないのかが謎だった。根拠のない命に確証は持てない。


 あのとき何が起こったのか分からないルーシィに対して、エリーゼもただ疑問が頭に浮かぶだけだった。


「あなたの言う通り、私もあの場にいて一部始終を見ていたから分かるわ。あなたの頭はあの瞬間に確実に吹き飛ばされていた。私から見てもそうだった」


「ならどうして……」


「でも、あの二人が去った後にあなたの元まで行ったら、あなたはまだ生きていた。頭が残っていた。呼吸をしていた。身体の怪我も綺麗になくなっていた」


 言われて初めて気が付いた。身体の怪我や、服に着いた血の汚れがなくなっている。


 その瞬間、ルーシィは全てが理解できた。

 至る所に散りばめられていた点と点が線となって理解への糸を辿る。


「なんだそう言うことか、これは全てエラフィールの仕業だ」


 未だ理解及ばないエリーゼは、ルーシィの発言の意図を汲めず、首を傾げる。


「つまり、どういうこと?」


「エリーゼも見ていたから分かるだろう。エラフィールの魔法、あれは一度見たものだとかを再現する魔法だ。再現したものは修復に使うこともできる。つまり、エラフィールは私を殺した瞬間、直ぐに私を治したということだ」


 エリーゼは微妙な表情をして、一旦納得した。まだ彼女の中には疑問が残されている。


「なんとなく分かったけれど、なんでエラフィールさんはわざわざあなたを治したの? 殺し合ってたんでしょ?」


「さぁ、知らないな。あいつの勝手な気紛れだろ」


 ルーシィはゆっくりと立ち上がり歩き始める。周囲には戦の名残が漂っていた。血の臭い、抉れて盛り上がった地面、へし折れた木々。


 視線を落とすと、戦いに残された自分の剣が地面に突き刺さっていた。ルーシィは両手で剣の柄を掴み、勢いよく剣を引き抜いた。

 引き抜いた剣の汚れを布で拭き取り、鞘に納めた。

 生きているのなら、まだ戦い続けるだけ。本当の死が自分を連れ去るそのときまで。


「行くぞエリーゼ、旅の続きだ」


「またエラフィールさんと、ナイトメアって人を追うの?」


「それからエラフィールと一緒にいたあの女、あいつもどこか……きな臭い」


 どこかで見たような感じがしたが、全く思い出すことができない。けれど、あの女も追わなくてはいけないような気がする。そんなところも怪しさがある。


 エリーゼは服の汚れを落としながら立ち上がる。


「別にあの子臭くなかったよ」


「……そう言うことじゃないんだよ」


◇◆◇◆


 ラバル島の森の中、エラフィールたちが降り立った場所とは別の所。

 二人の少女が森の中を見渡すように散策している。


「姉さま、姉さま、ミスリルってどの辺にあるのかしら」


「分からないわ。けれど、近くなったら何かしらで気付けるはずよ。私には分かるわ」


「流石、姉さま。姉さまに着いていけば間違いないってことね」


「ええ、当たり前じゃない」


 二人の見た目はドッペルゲンガーのように瓜二つ。顔の輪郭や服装に至るまで全て同じ。いくら探しても二人の違いなんて見つかることができないくらいに。


 彼女ら姉妹はルーシィと同じく称号「七星覇」を持つ最強の姉妹。しかし、彼女らの場合は他と違い、二人揃って一つの七星覇となる。


 薄い紫色の髪、赤い瞳、人形のような真っ白い肌、およそ強い奴とは思えないような身体の細さ。見た目こそ、か弱い少女のようだが、これらの要素が不気味にも交わり合い、異質な雰囲気を醸し出す。


「姉さま、ここからどこに進めば良いのでしょう?」


「そうね、流れは向こうから……!?」


「姉さま?」


 姉が何かに気がつく。

 それは自分たち以外の他の生物の気配、動物かもしれないし、人間かもしれない。

 木々が生い茂る森の中、何者かが姉妹のことを監視している。


「誰かが、私たちのことを見ているわ」


「まぁなんと、私以外に姉さまを見るなんて、不遜なカスがいるのですね」


 陽の光が遮られている森の深い闇の中から、徐々に人影が浮かんでくる。草木を踏みつぶし、周りの木々を震えさせながらそいつは近づいてくる。

 姉妹は互いに目を合わせ、合図を送り合う。


「姉さま」


「ええ、魔法の準備よ」


 二人の周りを光の粒子が飛び交う、蝶のように自由に飛び回る。


 やがて闇の中から、そいつが姿を現す。

 闇から出てきてなお、そいつの姿は闇のようだった。悪夢の始まりのような男。


「よく俺の気配を感じ取ったな、そんなに殺気が漏れていたか? まぁ貴様らに用はないがな」


 姉妹は警戒する。

 漆黒に身を包み、冷たい目をしたそれは、まるで「悲しい殺すためだけの化物」のようだった。


「姉さま、私はあいつを知っています」


「ええ、もちろん私も知ってるわ」


「あいつはナイトメア、私たち七星覇が殺さなければならない存在」


「姉さま、私たちであいつを殺せば、他の七星覇からも認められる?」


「もちろん、きっとそうに違いないわ」


 二人はナイトメアを前に顔を合わせてニヤリと笑う。


 ナイトメアの両腕に纏わりついていた流動体が形を変え、ブレードのように先端が鋭い、刃となる。まるで黒曜石のような光を反射していた。


「もう一度言うが、貴様らに興味はない。俺を殺したいのならそうすればいい、だが一つ答えろ、エラフィール・セレーネをこの島で見かけたか?」


 二人の周りを漂う光が形を成し、輝く矢となった。そして、ナイトメアが流動体を動かすよりも速く、矢は放たれる。

 彼がその光を避けようと、身体を捻るが、もう遅く、光の矢は彼の鎖骨付近に突き刺さる。


「クソガキどもが……!!」


 姉妹が手をかざし、新たに光の矢を生成、さらなる追撃をする瞬間、ナイトメアの影の中から一人の男が這い出てくる。

 身体には鎖が巻きつけられ、無数の傷跡が彼の狂気を物語。見た目も相まって、地獄の底から這い上がってきたようだった。


「ナイトメア!!」


「いいぞザルダード!! 奴らを壊せ!! 破壊しろ!!」


「了解ッ!!」 


 ザルダードは猛獣のごとく、猪のように突進した。荒々しい足音が地面を叩き、その振動が二人の元まで響く。


 光の矢の先がナイトメアからザルダードに向くと同時、魔法陣を描きながら矢は射出された。射出された全ての矢はザルダードの腕や腹に突き刺さる。


 しかし、飛んできた矢の負傷など、まるで意に介さず、一切のスピードもパワーも落とさないまま、突き進んだ。


「まずはお前からだ!!」


 ザルダードが手を伸ばす。

 彼は一瞬のうちに姉の首を掴み、力強く持ち上げた。呼吸をするための空気ですら、吸うことも吐くこともできないほど首を絞められる。あと少しで首の骨がへし折れてしまいそうだった。


「この程度か、七星覇?」


 姉は必死に彼の両腕を掴んで引き剥がそうとするがピクリともしない。足を振り上げて腕を蹴飛ばそうとするが、蹴りが当たる寸前で足が力なく垂れ下がってしまう。


「あ、、、が、、」


 息が詰まり、喉の奥で苦しさが広がる。次第に目の前が暗くなり始め、彼女の思考の言葉がバラバラに砕ける。


 目はまるで夜の砂嵐のようで、前を見ようとしても何も見えない。指先からじわじわと痺れ、感覚が麻痺してくる。


 遠ざかる意識の中、一か八か、指先に込めた魔法を光の弾丸として飛ばす。放たれた弾丸は、ザルダードの肩に命中。

 その威力により、ザルダードの肩は穴が空いたように焼ける。


 けれど、それでも尚、首を握る力は一切変わらず、片方の手で姉の顔面を鷲掴みにし、もう片方は肩を掴んだ。


「引き裂いてやる」


 ザルダードが首と胴体を逆方向に引っ張る。

 ミチミチと首の肉が裂けていき、ボキボキと首関節が無理矢理外されていく。


 糸のように細くなった気道から、掠れた呻き声が漏れる。涙のような、涎のような液体が頬を伝い、口から血が溢れる。


 姉が最後に見た景色は真っ暗で、最後に聞いた音は生々しく自分が殺されていく音だった。


 その姿は惨たらしく、見るに堪えない。引き裂かれた首には折れた脊髄や千切れた臓器が引っ張り出され、掴まれている肩は骨が変形し、元の形を失っていた。


 僅か数秒のことだったが、彼女にはその痛みが永遠のように感じられた。

 そしてまた、それを見ていた妹の心も締め付けられる。


「お前よくも姉さまを!!」


 怒りに満ちた声で叫ぶ。

 拳を握りしめ、ザルダードを本気でぶん殴る。が、拳が届くあと少しで、ナイトメアによって腕を切り落とされる。

 スパッと痛みが伝わるよりも速く、鋭く斬られる。


「お前の相手はこの俺だ」


 斬り落とされた腕、元々肘だった場所から止まることなく流れる血。地面に投げ捨てられた姉の死体は瞳孔が開き切っている。

 その光景が脳裏に焼き付く。


 いつまでも頼りにしていた姉を目の前で失い、自分の腕は切り落とされた。


 もう戦うことができない。


 戦意を失った妹とただ涙を流し、許しをこう事しかできなかった。


「も、もう、お願いします……許、許して、下さい」


 ナイトメアは不思議そうな顔をする。


「許す? そうか、お前怖がっているな? 何にだ? 姉が殺されたことに対してか? それとも、自分も殺されるかもしれないという恐怖か?」


「お願いします、もうやめ……うっ!!」


 彼女の背筋に冷たいものが走った。次の瞬間、ナイトメアは素早く手を伸ばし、口に流動体で作られた刃を押し込んできた。その冷たさが唇に触れ、思わず身体が硬直する。息を飲み込むこともできない。


 刃によって切られた喉の奥から血が逆流し、口から溢れ出る。


「いっ、ぉえっ……」


 咳をするたびに喉が閉まり、そのたびに刃が喉の奥を傷つける。

 涙も嗚咽も止まらない。嫌だ。自分の身体が冷たくなっていくのを感じる。小声で呟く。


「もう、嫌だ……パパ助け」


 そして、ナイトメアは口に突っ込んだ刃を振り上げ、彼女の頭を真っ二つに切り裂く。

 その身体は頭から血を噴き出し、膝から崩れ落ち倒れる。


 ザルダードが不満気に、転がる死体を見ながら言う。


「なぁナイトメア、こいつら本当に七星覇だったのか? つまらなかったぜ」


 ナイトメアは流動体を服の中に戻し、彼女らの血がついた場所を振り払う。


「こいつらは七星覇になってから半年も経っていない。しかも普通とは違って、二人で一つの七星覇、一人ずつの戦闘は分が悪かったのだろうな」


「あーあ、もっと張り合いたかったのによぉ」


 チッと舌打ちをし、足元に転がる小石を蹴飛ばす。刑務所から出て久々の戦闘に胸踊る気持ちだったが、終わってみれば消化不良で味気なかった。


 その時、ナイトメアの影から一人の少女が姿を現す。


「ナイトメア、この周辺には私たち以外、誰もいないわ」


 年齢はエミと同じくらい、中途半端に伸びた黒髪で、あまり手入れがされていないのか、少しボサっとしている。

 ナイトメアと同じような黒い服に身を包み、メガネをかけた地味な印象の女性。


「偵察ご苦労だったな、ミユキ」


「ええ、別に構わないわ」


「ならば島の先に進むぞ。おそらくエラフィールも到着しているはずだ」


 ナイトメアたちは森の中を歩き始める。

 他の参加者たちとは違い、復讐のために島を進む。

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