出港の日
〈王都・ネメロス港〉
普段この場所は漁港として扱われ、漁獲物の陸揚げ、輸送のための加工や貯蔵をするとき以外は人があまり来ない。人が来たとしても、漁師や釣り人と言うような限られた人だけが集まる。
そんな港に、今日は漁師や釣り人以外にもいろんな人が集まっている。なぜなら今日は争奪戦の開催場所まで向かう船が、この港から出港される日だ。
数千人を超える参加者や争奪戦関係者、出港を見守る者たち、大勢の人がこの漁港に集まっている。
殺風景だった漁港の荷さばき地には、屋台や露店なんかがずらりとひしめきあっている。いつもなら廃墟と変わらないような静寂な漁港に、楽団による甲高いトランペットとド派手な太鼓がマッチしたファンファーレが鳴り響く。
指揮者が腕を前方に真っ直ぐ伸ばし、 左足を一歩前に踏み出し、演奏が終わる。その場にいた人のほとんどが拍手喝采「最高の演奏だった」と楽団を褒め称える。
演奏が終わると同時に、大海原を背にした一人の男がお立ち台に立っていた。白髪でダンディな身なりと顔立ち、長い白髭を貯え、如何にも金を沢山持っていそうなおじさん。見た目から、ある程度推測できる。彼が世界最大の資産家、ジェン・スナベスだろう。
漁港全体にアナウンスが入る。
「それでは『ミスリル争奪戦』の大会理事兼主催者のジェン・スナベスによる氏のあいさつがございます」
ジェンの後ろには金貨が山のように積み上げられていた。おそらく、今回の争奪戦の賞金だろう。山積みになった金貨を目の当たりにして、圧倒されない人はいないと思うくらい、迫力があった。
奥にいる人でも聞こえるような、大きな声でジェンは演説を始めた。
「人間が生きるには水が欠かせず、経済が成り立つには金が欠かせない!! そして、魔法を使うにはミスリルが欠かせない!! 私は、そうなる時代が来ると確信している!! 君たちの多くはこの金貨二千枚のためだと思う。金のためにこの争奪戦に参加する。それも悪くない。だがしかし、新時代が幕を開けようとしている今、ミスリルを掴んだ者!! つまり新時代を切り開く道標を手にした者こそが覇者となれる!! さあ!! 勇敢なる野蛮人よ!! 金のためじゃない!! 新時代の覇者となるべく奪いあうがいい!!」
演説を終えるとともに右手の拳を掲げ、勇ましく叫び声を上げた。
そこにいる参加者たちも、彼のように拳を掲げて、勇ましく叫んでいる。
彼の演説によって参加者たちは奮い立たせられたのだ。命を賭すことも厭わない、いつ死んでもおかしくない、普通なら恐怖や不安で足が竦んでしまいそうになる争奪戦だが、誰も彼も活気が満ち溢れている。
きっとここにいる参加者全員が決意したのだろう、新時代の覇者となり、栄冠を勝ち取るのは自分だけだと。
演説のほとぼりが冷める。参加者たちは、各々自分が乗る船まで向かって行った。船は全部で十隻、一隻に大体百人近く乗り込むため、それなりの大型船だ。船は端から端まで漁港を埋め尽くしている。
参加者の中には船には向かわず、見送りに来ている家族や恋人に別れを告げている者もいた。五歳くらいの女の子だろうか、父親を見送ろうとして泣き出してしまった。母親はその子を必死に泣き止ませようとし、父親はその子を抱きかかえてあげていた。生きて戻って来れる訳じゃない、これが最後の別れになってしまうかもしれない。あのくらいの歳の子にはとても辛いことだろう、別れというのは。
ロザンナは、ぼうっとしながら周りの景色を眺めていた。見送りに来ている人たちの中から誰かを探しているような。おそらく彼女が探している人は、来てないことは彼女自身も気付いている。それでも、来ているのではないかと考えてしまう。
そんな風に感傷に浸る彼女を見たエラフィールは、ロザンナの肩を叩き、声をかける。
「もうそろそろ行くよ。思い残すことはない?」
「ええ……別れ、ならとっくに済ませてある」
「そっか、それならもう行こう。ここにずっといたら、置いてかれちゃうかもしれないし」
エラフィールが冗談混じりに言う。
ロザンナは彼女に案内されながら、その後ろを着いていき船まで向かう。
ロザンナは最後にもう一度だけ、見送りに来ている人たちがいる方を振り返った。あり得ないこと、と分かっていながらも「もしかしたら」と思い、後ろを振り返る。
そして彼女は偶然にも、見つけ出した。後ろ姿で顔は見えないが、朱色の髪のメイド服を着た女性を。
見つけた瞬間、ロザンナの感情は、沸騰したお湯のような喜びで溢れかえった。
喜びは全身を駆け巡り、大きな身振りと大きな声で彼女の名前を叫ぼうとする。
「フラ!!……ンカ?」
チラリと見えた横顔は全然フランカじゃなかった。顔の輪郭も、鼻筋も、目の色も何もかもが違う。ただ後ろ姿が似ていたため、フランカと見間違えてしまった。
それに、本当にフランカがいるなら、真っ先にエミを探して彼女の元に駆け寄って来る。しかし誰も駆け寄って来ないということは、やはりこの場にフランカはいない。
ロザンナの湧き上がっていた喜びは、砂のようにサラサラと飛ばされてた。
「もしかしたら」なんてなかった。心には寂しさと不安が募る。
フランカと、もう一度会うことは出来るのか、もしかしたらフランカは……なんて暗いことばかり考えてしまう。
そんな時、遠い目をしているロザンナの唇に熱い何かがピタッと触れる。
それは火傷してしまうほど熱く、条件反射で思わず声が出る。
「ウワッ!! アッツ!!」
口元に、白い湯気が吹き出ているフランクフルトがあった。エラフィールがロザンナの口元にそれを近づけていた。
フランクフルトは出来立てらしく、油で揚げたばかりの美味しそうな匂いで、ついお腹が空いてしまう。
「ごめんなさい、熱かったよね? これあなたの分、私たちまだ朝ごはん食べてなかったでしょ?」
「ありがとう。でもエラフィールお金持ってたっけ? というか、これいつ買いに行ったの?」
ロザンナがフランカに似た人を見つけて、立ち止まっていたときもエラフィールはずっとロザンナの前にいた。このフランクフルトを買いに行ってる瞬間なんてなかった。そもそもエラフィールのお財布はすっからかん、だからフランクフルトを二本も買う余裕なんてない。
「このフランクフルトを一体どうやって……?」
「そんなことはどうだっていいでしょ? ほら、食べながら船まで向かいましょう」
フランクフルトは中がとても熱く、かじった時に溢れる肉汁で舌が火傷した。けれど肉厚なソーセージは食べ応えがあり、スパイスの効いた旨味は火傷なんて気にならないくらい美味しいものだった。
二人はそれを食べながら、出港の準備を終えている船に乗った。
乗船してから数分が経ち、カンッカンッという船の鐘が鳴る。出港の合図だ。それぞれのマストに巻かれていた帆が張られ、船が風を受けて動き出す。
次第に遠ざかる港をロザンナは船のデッキから眺めていた。穏やかな波の音を聞き、潮の風を浴びて髪が靡く。
横にいるエラフィールもロザンナと同じく海の雰囲気を感じてた。
「私、国を出てどこかに行くの初めて」
「そっか、それなら折角だし、楽しまないとね」
「争奪戦って楽しめるものなの?」
「楽しもうと思えば、大抵の事は楽しめるよ」




