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ミチシルベの魔法  作者: 咲桜炸朔
第一章 争奪戦参加者
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プロローグ

 空が異常だった。

 まるで空が悲鳴を上げてるように、うるさかった。

 まだ昼間なのに、夜と勘違いするくらい暗かった。

 普段じゃ絶対にあり得ない。何かとてつもない悲劇が始まる。空を見上げた者は、皆そう思った。


「何だあれ?」


 夢でも見ているような気分。もしもこれが夢なら早く覚めてほしいような恐ろしい気分。


「今日死ぬかもしれないな」


 空に現れたその姿形なら色んな伝説や逸話で聞いたことがある。ただし、それが本当にいるとは誰も思っていない。人々は目の前で起きている事象を疑うことしかできなかった。


 渦巻く雲の中心から現れた巨大な影は「ドラゴン」だった。鱗に覆われた爬虫類を思わせる体、胴体よりも大きく暴力的な翼、鋭い爪と牙がキラリと煌めく。


 ただの自然現象ではない。恐らく、何らかの魔力が暴走している。

ドラゴンが咆哮する。空がさらに激しく暴れ出す。木々が踊るように揺れる。


 妹のツムギが、兄にピッタリとしがみつく。ツムギの身体は恐怖で震えている。


「お兄ちゃん、怖いよ……」


「大丈夫だよツムギ、お兄ちゃんがついてる」


 ツムギの頭を優しく撫でる。彼女の、獣人族ならではのモフモフな耳と尻尾が揺れた。少しは安心してくれたらしい。


 ツムギと兄は本当の兄妹じゃない。森に捨てられていた子どもをツムギの両親が拾った。ツムギの両親はその子どもを本当の家族のように育て、名前も付けた。「レミン」という名前を。


 空から姿を見せたドラゴンが動き出した。


 翼を大いに広げ、空高く飛翔した。爆風が吹き荒れ、家々の屋根が吹き飛ばされ、木が根っこから抉れるほどの突風が起こる。


「ツムギ! 俺に掴まって!」


 ツムギを必死に抱えながら飛んでくる瓦礫や石ころなどから必死に避けた。避けても避けても次から次へと飛んでくる。雨粒を避けてるような気分になる。


 ドラゴンがもう一度咆哮した。さっきの叫びとは違い、体の奥底に響くような咆哮。重力が何倍にもなったかのように体が重い。足が上がらない、肺が痛い、頭がカチ割れる。


 やがて、ドラゴンの咆哮が終わった。体の重圧は何事もなかったかのように消える。空高く飛翔していたドラゴンは、空のさらに上へと飛び去っていった。


「今のは、なんだったんだ?」


 レミンは辺りを見渡した。ほとんどの建物が倒壊し、たくさんの人が倒れていた。中には崩れた家に押しつぶされている人や木の枝に突き刺さっている人もいる。まさに地獄絵図そのものだった。


 そして、さらに一つ深刻な問題が発生していた。


「ツムギ!?」


 兄の腕で抱えられているツムギは眠ってしまったように目を開けなかった。何度も名前を呼んでも起きることはない。それどころか息をしていない。

 けれど不思議なことに、心臓は鼓動している。


 レミンは思考を巡らせた。


(王都の病院ならこんな時でも、緊急で対応してくれるはず……早く行かないとツムギが本当に死んでしまう!!)


「待っててくれツムギ、絶対に助けるから」 


 レミンを拾ったツムギの両親は三年前に病気で亡くなった。ツムギの両親からは、色んなことを教わり、沢山の愛情を込められた。まるで、本当の家族のように。


 だからこそ、両親が亡くなった日、胸が悲しい気持ちでいっぱいになった。そして心に誓った。もうあんな想いは絶対したくない。もう家族を失いたくない。ツムギを決して死なせない。


 ツムギを抱えながら必死に走った。息が途切れようとも、無理矢理走った。病院に着くまで、走るのをやめなかった。


◇◆◇◆


〈王都・病院〉


「クソッ……人が多い」


 王都周辺の地域もドラゴンの被害に受けたらしく病院には沢山の人で溢れかえっていてた。医者はみんな出払っていて自分の番は当分来そうにない。ツムギの体は冷え始め、心臓の鼓動もゆっくりになってきた。


「あと少しでいい、あと少し頑張ってくれ」


 一人の足音が聞こえる。病院には沢山の人がいて誰が誰の足音か分からないのに、その足音だけは鮮明に聞き分けられた。ゆったりとした足取りでこっち側に近づいて来ている。周りを見ても誰なのか全く分からない。けれど近づく足音だけは分かる。


「誰だ」


 足音が消えた瞬間、レミンとツムギは大きな影で覆われた。振り返ると背丈の大きいフードの被った男がレミンたちを見下ろしていた。男は静かな口調で話し始めた。周りの音でかき消されてしまいそうな声だが、何故かレミンにはその男の声が明確に聞こえた。


「その娘、魔力を浴び過ぎている」


 その男はツムギに手を伸ばしてきた。レミンは咄嗟に男からツムギを遠ざけ、一歩後ろに引き下がった。


「ツムギに何をするつもりだ?」


「何もしない、ただ安定させるだけだ。でないとその娘、死ぬぞ」 


 このまま何もしなかったら、ツムギは死んでしまう。かと言ってこの男にツムギを渡してたら、何をされるか分からない。でも、今のレミンにはツムギを治す手段も方法も何もない。


 悩んだ末、レミンはこの男の言ってることを信じてみよう。


「あんたを信用してみるよ」


 男にツムギを預けた。男はツムギをそっと優しく抱えると額に手を置いた。


「これで一命は取り留めた。あとはこの町の教会に行ってこの娘を休ませろ」


 ツムギが呼吸を取り戻していた。まだ呼吸は浅く、起きる気配はないが、レミンは心の底から安堵した。


「良かった、本当に良かった」


 ツムギを治してくれた男に感謝の言葉を伝えた。


「本当にありがとうございます。俺だけじゃツムギはどうなっていたか……」


 男はまた、静かな口調で語り出す。


「いいや、まだだ。その娘は自分の魔力を取り戻せていない。まだ目を開けることができない。ラバル島の果実を与えろ。そうすれば魔力を取り戻せる」


 ラバル島? そんな島を聞いたことがない。でも、そこに行かなくてはツムギの意識が戻ることはないらしい。

 レミンはその男にラバル島のことについて聞こうとした。


「ラバル島って一体……」


 そこに男の姿はなく、院内をくまなく探しても、どこにも男らしき人はいなかった。

 取り敢えずその日は、王都の隣町の教会にツムギを預けることにした。教会は快く受け入れてくれて、ツムギの意識が取り戻せるまで預かってくれるらしい。


 翌日からラバル島について調べることにした。いずれ、あの男にもちゃんとした感謝を伝えるために。

 




後にレミンが聞いた話によると、今回の災害で町が一つ消滅したらしい。

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