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三話 秘密基地②

 そう、苦しかった……。

 飼っていた猫が亡くなってしまって、本当は笑っていたくなかった。

 だけど、休むなんて許してもらえなくて、取り巻きの方々に隙を見せるわけにもいかなくて、奴隷たちが見てるから、いつも完璧でなくちゃいけなくて……。

 そうじゃなきゃ、お父様にまた、怒られてしまう。

 良いと言われたけれど……まだ、戸惑いはあった。でも……。

「後で湯を持ってきてやる。それとそこの湧水で、目の周りを冷やしたり温めたりすれば痕も消せる。……泣いたってバレやしねぇよ」

「っ⁉︎」

 泣いていいって、言ってくれたのもアラタが……っ。

 そのまま溢れ始めてしまった涙を、アラタはさも困ったといった表情で見ていたわ。自分で良いって言ったくせに、おかしいわよね。だけど視線を逸らして、そのまま泣くことを許してくれた……。

 しばらくはそうしてソワソワとしてたのだけど、そのうち急に私の手を取った。

「眩しいよなぁここ」

 陽の光はまだまだ強くて暑かったけれど、この木陰は優しく柔らかく、熱と眩しさを遮ってくれていたのに。

 私の手をさらに引いて、すぐ隣に座らせてから、抱きしめてくれた……。

「俺ちょっと眠いから、つきあって」

 そのまま引き倒された時は、流石に慌てたわ。

 殿方にそうされるのがどういうことかくらい、もう分かる年だった。でもアラタは私を胸に抱いて、敷物に横たわって、それ以上は何もしなくて……。

 泣いてる子どもをあやすみたいに、ただ抱きしめているばかり……。

「はしたないわ……」

「何が?」

「殿方の腕に抱かれているだなんて……」

 そう言ったら、ブハッと、盛大に吹き出して。

「殿方ぁ⁉︎ うっわ、ガキのくせして言うわぁ」

「私が子どもなら、貴方だって子どもよ」

 ついムッとして言い返してしまってから、ハッとしたの。

 またやってしまった。

 殿方の前では常に従順に。そう言い聞かせられているのにっ。

 またいけない癖が出た。

 私は、何度やっても、何回言われても、どうしても……!

 だけどアラタはそんな私を、責めたりなんてしなかった。

「そうそう、俺たちはたった十二歳のガキなんだから、そんなにいつも張り詰めてなくていい。

 ガキのうちだけだぞ、失敗を笑って許してもらえるのはさ……」

 まるで大人みたいに落ち着いた口調で、私を見て頭を撫でたの。

「サクラはまだ、失敗していい。生意気とかそんなん、俺は思わねぇし、どうだっていいし」

 急に悪い笑顔でニヤリと笑って。

「だいたい、口答えしちゃ駄目って、そりゃ無理だろ? 人生何十年あると思ってンだよ。つーか、口答えくらい許してくれる、寛大な夫を探しゃいいんだから、気負うことねぇって」

「口答えくらい……許してくれる、夫……?」

「人類の半分が男なんだから、そんな奴もいる」

 無責任にあっけらかんと、そう言ったアラタ。

 貴方みたいな?

 思ったけれど、口にできない私……。

 だけどアラタの言葉は、私の心に小さな灯りをひとつくれたわ。

 そうなんだ。そんな人もいるのね。

 こうして、少なくとも一人、私の前に……。

 そこで、ガサリと藪が揺れた。

 不意のことでびっくりしてしまった私は、とっさにアラタの胸にしがみついたの。

 木々の中だし、てっきり動物か何かかと思ったのだけど……。

 アラタは気楽に声を上げた。

「おー、クルトも来た」

 藪をかき分けて来たクァルトゥス様が、抱き合い敷物に横たわる私達を見て、あんぐりと口を開いて……っ!

 慌てて身を離したけれど、目敏(めさど)く私に涙の痕跡を見つけてしまったクァルトゥス様は、たいへんお怒りになって、アラタに詰め寄ったの。

「アラタ! お前っ、セクスティリア嬢に何をした⁉︎」

「ち、違うの。アラタは何も……私、何もされていないわ!」

「だがその涙は!」

「違うのよ。これは悲しい涙じゃないわ。私……私、嬉しかったの!」

 泣いて良いって言ってもらえて、悲しむことを許してもらえて、嬉しかったの。

 でもそのせいで、アラタは誤解されてしまった。

 けれど当のアラタは、気分を害した様子もなく、ニヤニヤ笑って「お前に誓って、彼女に手出しはしていない」なんて言うのよ!

 そうしてなんとか誤解を解いたあと、アラタはこう言った。

「クルト、サクラも秘密基地の隊員になるから、ここのことは三人の秘密だ」

 三人だけの、秘密の場所……。

 その特別な響きが嬉しくって、くすぐったくて……。

 気持ちがなんだか昂ってしまった私は、勢いに任せて言ってしまった。

「よろしくね、クルト!」

「よ、よろしく……サクラ」


 その日私は、人生で二人目の友達まで手に入れたわ!

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