十六話 暗躍⑤
そうして少し落ち着いてから、私はぽつりぽつりと、感じていたことを言葉にし、アラタに伝えたの。
クルトは学者になるべきだと思う。
私を助けるためだけに婚約なんてするべきじゃなかった。
今クルトはお父様からの無理難題にがんじがらめ。楽しいはずの現場も、きっと楽しいだけじゃない。
「へぇ……主席百人隊長になれれば、結婚を許す、ね……」
クルトには言えなかった言葉も、アラタにならすんなり口にできた。
「おそらくクルトがそれを得たとしても、お父様は予定を変更するだけよ。彼の努力はなんの意味も持たず、無駄になってしまうわ……」
彼の誠意を踏み躙るお父様の所業が、恥ずかしくて、申し訳ない……。
「でもそれお前の予想だろ?」
「……私、十五年お父様の顔色を伺ってきているのよ? お父様の考えることは、ある程度なら推測できるわ」
そう言うと、アラタはフッと、表情を緩めて。
「……じゃ俺も、クルトとは十年くらいつき合いあるけどな……あれであいつ、楽しくやってると思うぞ」
また茶化すように言われて、私はムッとしたのだけど。
「たとえば……そうだな、お前を婚約者にすることで、上位平民と貴族の軋轢を回避する作戦、提案したのは俺だけど、即行やるっつって食いついたのはクルトだしな」
アラタが促すより先に、自ら動いたのだと、そう言ったわ。
「親父に何度突っぱねられても食らいついていったンだぜあいつ。結局三ヶ月くらいかけて説得して、そっから根回し。んで結局半年くらいかかったンだ」
懐かしい。あの時の裏事情、私は何も知らなかった……。
「それにその工事現場の遺構も……あいつが騎士階級にならなければ触れられない遺跡だったんだぜ? 公共事業だしな」
「……そんなの屁理屈よ」
ムスッとそう返すと、アラタは笑って。
「……お前、今の話クルトにはしてないだろ?」
「……できるわけないじゃない」
彼の努力を冒涜するようなこと、口にできるわけない……。
「機会があれば、自分で聞いてみろって。あいつは多分、好きでやってるって言うから」
「…………」
聞けるわけ、ないじゃない。
彼は必ず私のための言葉を口にする。
本心がどうだったとしても、好きでやっているって、そう言うわ……。
――彼に今以上、気を遣わせたくない……。
私の考えていること、アラタには筒抜けだったのだと思う。
俯いたまま言葉を口にしない私に、彼は苦笑して腕を伸ばし――。
わしっと頭を掴まれたと思ったのだけれど、その手は優しく私の頭を撫で、髪をすいた。
アラタが触れている場所が熱かったわ。そこに血が集うみたいに、神経が集中する。
――荒れた指ね……。
少し髪に引っかかる。でも、心地よい動き……。
ゾフィがすごい視線でアラタを睨んでいたけれど、彼は全く気にせず、私を慰めてくれた。
アラタは私たちと同い年なのに、こういう時、妙に大人びた感じを滲ませる……。幼い子供を相手にしてるみたいに、私をあやすの。
ずっとその感覚に身を任せていたかった。
だけど子供扱いする彼に反発する気持ちと、縋りたい気持ちが私の口を滑らせてしまったわ。
「言うに決まってるわ。彼は紳士だもの。女性を困らせるようなことをするはずがないじゃない。そうじゃなくても、そうだって言うのよ……」
言うつもりなかった本音を引っ張り出すことに成功したアラタは、それを笑ったりはしなかった。だけどキッパリと言い返してきたわ。
「他のやつにだったらやらねぇよ。お前だから、そうするンだ」
「……そんなの、分からないじゃない……」
「お前だからだ。その理由も、機会があったら聞いてみろ」
それになと、アラタは言葉を続けたわ。
「どんな選択も、経験も……本当に無意味だったかどうか分かるのは、今じゃねぇし」
「?」
「お前が決めることでもねぇし、お前の親父が決められることでもねぇよ。十年、二十年と年を重ねた後、クルト自身が結論を出すことだ」
幼子二人を見守る、大人みたいな顔をしたアラタは、まるでずっと先を見透かすように、訳知り顔でそう言ったの――。
◆
その日から、クルトは今まで以上、仕事に身を入れはじめた。
本来なら、彼は現場を見守っているだけで良いのだけれど……人手の足りない場所へは積極的に手を貸し、汗をかくことも厭わなかった。
彼は体格にも恵まれていたから、力仕事では特に重宝された。
そして、遺構や遺物が出てきた時が、彼の真骨頂。
今まで、専門知識を持たない騎士たちの現場管理はかなり杜撰なものだったのだけど、クルトは遺構の測量、遺物の管理等にきちんとお金と時間を割いた。
公共事業だから予算は決まっていたのだけれど、それ以外の費用はアウレンティウスが寄付するという形にして、遺跡の作業に参加する人夫らには、工事でもらうものとは別に追加賃金が支払われた。
そんな作業を挟んでいたら工事が遅れそうなものなのだけど……クルトはとてもうまくやったわ。遺跡調査で作業が止まる現場以外に余った人員を回して、そちらを前倒しで進めたり、きちんとまとまった休みを順に取らせたり。
測量と遺物保管が済んだ現場は速やかに作業を再開。
そして遺物と調査書は、考古学者たちへ直ちに無償で提供されたの。
おはようございます。
本日アップの3話が、最後になります。
最後までお楽しみいただければ幸いです。




