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十六話 暗躍②

 城塞都市(ムルス)には、騎士階級(エクイテス)の十六歳だけに許された、特別な名誉がある。

 

 それは視察隊の一員に選ばれ、樹海に遠征を果たすことなのだけど、馬術と剣術で優秀と認めらたうえで実績を重ねた者だけに与えられる、特別な栄誉だったわ。

 とくに、その中でもたった一人、もっとも都市に貢献し、人望を得、優秀であるとされた者が、視察隊を指揮する立場となる首席百人隊長(プリムス・ピルス)に抜擢されるのだけど、歴代の主席百人隊長はほとんどが元老院議員まで上り詰めていたから、この役職を(たまわ)ることが、将来元老院議員の椅子を得るという約束を取りつけるに等しいこととされていた。

 とはいえ、こればかりは努力やお金でどうにかなるものじゃない。

 誰よりも働き、同僚や上司、市民からの信頼と支持を得て、運までもを味方につけることに成功した者だけが与えられる特別の中の特別が、主席百人隊長の(ほまれ)

 クルトがそんな難関に挑んでいたのは、私のお父様が婚姻の条件を首席百人隊長になることとしたせいだった。

 

 騎士階級(エクイテス)となったクルトは、そうでなくても忙しくしていたの。

 アウレンティウスの家業を幼い頃から見てきた彼は、人の使い方がとても巧みだったし、人当たりも良いから好かれたわ。

 そのため何かと呼び出され、騎士階級者としての仕事をこなすようになっていた。

 私が十五歳を迎えた日、お父様から婚姻の条件を聞かされたクルトは、それまで以上に仕事を増やしたわ。

 特に、成り手が少なかった公共事業の現場管理を積極的に買って出るようになったの。

 それでもクルトは極力学び舎に来ていたし、アラタの試合に通い、半月に一度は私と逢瀬(デート)の時間を作ってくれた。

 夏場は特に辛そうだった……。

 炎天下の作業だもの。当然よね……。

 私に会いに来る時間を捻出するのだって大変なはずと思ったから、逢瀬の時、ここに来るより休むべきだと進言したこともあったのよ。だけど彼は――。

「せっかく君と二人きりになれる機会を減らしたくないんだ」

 と、婚約者の鏡みたいなことを真顔で言うの。

「そういうことを言うのは、人目がある場所だけでいいって言ってるじゃないの」

 二人きりの時くらい、羽根を伸ばしてくれたらいいのにって思った。無理をし続ける彼をそう追いやっているのは私なのだという、負い目もあったから……。

 けれどクルトは苦笑して。

「……いいや。どこに誰の目があるかなんて分からないから、極力ちゃんとやりたいんだ」

 そう言って譲らなかった。

「……お父様の無理難題は、気にしなくていいわ。あんな無茶な内容……」

 クルトが条件をのまなければ、きっとまた一悶着あるのでしょうけれど、おそらく婚姻時期が伸びるだけでまだ解消はされない。もうしばらくは様子を見るはずよ……。

 そう伝えても、やっぱり彼は無理を続けたわ。

 けれど、秋の始まり……そろそろクルトが十六歳を迎えるという時期に差し掛かった頃。

 学び舎を連日休み、半月に一度、必ず入っていた逢瀬(デート)までもが中止(キャンセル)されるという初めてのアクシデントが舞い込んだものだから、心配になった私はゾフィだけを(ともな)って家を出た。

 逢瀬中止で空いた時間ができたし、クルトのお見舞いに行きたいと言ったら、すんなり出してもらえたわ。

 

 行き先には困らなかった。比較的近くで、道路補正の現場を管理していると知っていたから。

 彼のことだし、ちょっとくらい体調が悪くても現場に出ていると思った。怪我などしていなければ良いのだけど……。

「あら?」

 けれど、私の不安は全て的を外していたみたい。

 どういうわけか、クルトは人夫と一緒に地面を掘っていたわ。

 元気そうだし、怪我でもなかったよう。良かった、純粋に忙しくて時間が取れなかったのね。

 しばらく現場の様子を見守っていたのだけど、クルトは重たい荷物を運ぶ人夫に手を貸したり、地面を掘る者に指示を飛ばしたりと忙しくしつつ、時に声を上げて笑っていた。大変な仕事だと思っていたけれど、彼にとってこれは、それほど苦になることではない様子。少し意外だったけれど、そのことにもホッとしたわ。

 そのうち、人夫の誰かが私に気づいたのか、何かを話しかけられたクルトが、驚いたようにこちらを見た。

 私と視線が合い、慌てたように駆けてきた彼の背中に、人夫たちの口笛や(はや)し立てるような声が飛んで、クルトはさらに慌てたみたい。

「さ、サクラ!」

「ごめんなさい、忙しいのに来てしまって……邪魔するつもりはないから、もう帰るわね」

「気を悪くした⁉︎ ごめん、彼らは君を馬鹿にしたわけじゃないんだ、俗語(スラング)だから下世話に聞こえるだけで……!」

 何か誤解した様子のクルトは、必死の形相で私の手首を掴んで引きとめたけれど、パッと手を離した。

「あっ、ご……ごめんっ」

 私の手首に砂の手形がついていたわ。クルトは自分が粉塵に(まみ)れていることも失念していたのね。

 だけどこの程度のことなら平気よ?

「気にしないで、拭けばすむもの。彼らの言葉だって別にどうとも思ってないわ。というか……何を言っているのか、ちょっと聞き取りにくくて分からなかったから……」

 だって知らない言葉なうえに、とても早口なんですもの。

「ここに来たのは、貴方に何かあったのかもって、ちょっと心配になっただけなのよ。大丈夫そうで良かったわ」

 そう言うと、クルトは少し居心地悪そうに首の後ろを掻いた。

「あの……逢瀬のことは本当にごめん……今だけは、ここから目を離したくなくて……」

「何か問題が起こってしまったの?」

「そ、そうじゃないんだ! いや、問題といえばそうなんだけど……その……」

 言い淀んだクルトの様子には既視感があった。

 私に言っていいものかどうか悩むのは、もしかして――。

「……遺物か何かが、出てきそうなの?」

「そ、そう、なんだ! 前にここの工事をした人が、どうやら申請してなかったみたいで……」

「まぁ!」

「いや、それ自体はよくあることなんだよ。遺跡の価値なんて、普通の人には分からないし……」

「それでは今忙しいのは遺物管理の現場指揮もしているからなのね?」

 確か、遺構の測量をしたり、遺物を保管したり、遺物の出た場所を記録したりしないといけないのよね?

 専門知識がなければ難しいのは当然のことだと思うわ。本来は学者を呼んで対処しなきゃいけないことだったはずよ。

「まぁそうなんだけどね……基本的に、ほとんど呼ばれない。時間がかかるし、工事も滞るしね」

「それでクルトが一人で頑張っていたのね?」

「まぁ最低限のことなら僕にもできるから」

 そんなふうに謙遜してはいたけれど、それが本当に最低限じゃないことくらい、私にも分かっていた。

 彼の趣味の研究は今も続けられていたし、知識だてもう学者顔負けだってアラタから聞いていたもの。

 私のことにさえ関わってなければ、彼はすでに学者の道を歩み始めていたっておかしくなかった。

 ――私が、クルトの足を引っ張ってる……。

 だけど、そう……。

 クルトにとって、工事現場は天国のようなものだったのね。それなら良かった、ただ辛く、苦しいことを無理に続けているのじゃなくて……。

おはようございます。

いつもご覧いただきありがとうございます。

確認しましたら、今日か明日で全部アップし終える感じですかね?

残りわずかですが、楽しんでいただければ幸いです。

続きも頑張って執筆せねば。

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