十六話 暗躍①
セクスティリア・シラナより、セクスティリア・カエソニアへ文をしたためます
日差しはまだ強いですが、お変わりないですか?
先日はお祝いの品をありがとうございます。
曙の女神のカメオ、とても素敵だったわ。
こんなに高価なもの、十五になったばかりの私には、まだ分不相応なのではと思ったのですが、お姉様の見立ててくださった外套飾りですもの。見合う女性になれるよう、努力しなければいけないのだと身の引き締まる思いでいます。
クァルトゥス様との婚姻までには、そうなれなければいけないわね。
そう。先日正式に、アウレンティウスのクァルトゥス様との婚姻条件が決まったと、私もお父様からお聞きしました。
とはいえもう少し先の話です。私が十六歳を迎え、あの方が、無事視察隊の首席百人隊長となり、お役目を果たされてから。
その日が待ち遠しいです。
私たちもお姉様とカエソニウス様のように、睦まじい夫婦となれるかしら。
私の曙たるセクスティリア・カエソニアへ、貴女の月のセクスティリアより
アラタが剣闘士をしていると知ったあの日から、私はお父様の接待で行われる賭け事へ、積極的に参加するようになった。
賭け事は参加人数が増える方が喜ばれたし、闘技場はお酒が入って気が大きくなってしまう殿方が多かったから、私の急な変化を怪しむ人も特にいなかった。
一度だけ――。
「剣闘にはあまり興味がないんじゃなかったのかい?」
と、懇意のお客様に聞かれたことがあったけれど……。
「お恥ずかしいことなのですが……武器を振りかざす荒々しい姿が少し怖くて、苦手だったのです」
正直な理由を言えば、それで済んだ。
「君のように嫋やかな女性には、少々刺激が強すぎるもんなぁ」
そう言って笑ったお客様は、私の心境の変化についてまでは言及せず、それよりも誰に賭けるのかと楽しげに問うてきたものよ。
宴席は情報収集に重宝したわ。
元老院議員には、贔屓にする剣闘士団を持つのが当然という風潮があるの。
だから大抵どこかの士団を支援していて、そこにいくら出資しているだとかの自慢話や、目をかけている剣闘士の名前などが耳にできた。
私はそれらを一つ一つ記憶して、後でゾフィに伝え、記してもらう。
ゾフィは名前の上がった剣闘士についてをさらに調べ、後で私に伝えてくれるの。
城塞都市には多くの剣闘士団が経営されていたけれど、興行師によって運営方針が極端に違うし、訓練士や教練士の技術でも差がついた。
食事に力を入れているところがあれば、鍛錬に資金を注ぐところもあった。剣闘士の人数や設備、出場する種目、階級、成績。私たちはそれらをひとつずつ細かくまとめていったわ。
半年もすると、私はかなりの情報通になれていた。八割以上の勝利を得られる自信もあったけれど、流石に悪目立ちしそうだったから、当初の予定通り七割程度に抑えておいた。
接待するお客様を不快にさせず、大金を得ても見咎められない賭けを見極め、私は淡々とお金を得た。
接待で勝ち負けが決まっている試合以外にも賭けた。
正直言って、私自身はお金にはさほどの興味もなかったから、勝負事をただ楽しんでいるように見えていたと思う。
「君は剣闘士の見極めがとても上手いな」
ある宴席で、とあるお客様にそう言われた。
「何か君なりのコツがあるのかな?」
「コツ……というほどでは……」
困って笑い、ごまかしたけれど、お客様は引き下がらず、ちょっとでいいから教えてくれと食い下がってきたものだから。
「そうですね……実は私、舞を嗜んでおりますから、剣闘士たちの体格に自然と目が向くのです」
本当のことを言うと、体格を見るようにと教えてくれたのは、アラタだったわ。
私が賭け事に参加するようになってから、彼は剣闘士の仕上がりを見極める要点を、少しずつ私に教えてくれるようになっていたの。
「たとえば、二刀闘士と重装闘士は体格にずいぶんと差がありますが、細身の二刀闘士が弱いかと言えば違いますし……その職種によって、良いとされる体格が仕上がっているかどうか、それを考えるようにしています。あと肌艶を、見ているのですわ」
「肌艶?」
「ええ。素晴らしく鍛えあげられた肉体でも、疲れ切っていては能力を発揮できないと思い……」
「なるほど! 君は面白いところに目をつけたなぁ!」
それで納得したお客様は、しきりと私を褒めてくださった。
その方はお父様にとっても重要なお客様であったものだから、その日は珍しく叱責もなかったほどよ。
といっても、アラタに言われるまでもなく、体格を見極めるというのは私にとって日常ごとに近かったわ。
身体の使い方は、舞の鍛錬でいつも意識していたし、どの筋肉を鍛えればどの姿勢が美しくなるか、それを考えるのが日課だったから。
女の私は、男性からか弱く見えなくてはいけないけれど、舞を舞うには見た目通りの肉体では美しく舞えない。
だから、外見を変化させず肉体を鍛える方法が必要で、日々模索していた。
それで私……アラタの動きをよく見ていたの。
彼は心臓が弱くて、長く激しい運動ができないはずなのに、どういうわけか引き締まった身体を維持してる。クルトより細身ではあったけれど、決して軟弱そうには見えなかったのよ。
特にアラタの鞠遊びは、不思議な動きが多くて面白かった。
たとえば、彼は鞠遊びの前に必ず身をほぐす。身体の柔らかさを保つことは、動くうえで重要なことなのだと友人に話しているのを、私は何度か耳にしていたわ。
でもそのほぐし方がとっても独特なの。変な格好をたくさんするのよ。
ある時、どうしてそんなおかしな格好をするのかって、友人の一人に大笑いされたことがあった。すると――。
「バッカやろ。これはな、無茶くちゃ効率良くいろんな場所を鍛えてンだっつの」
彼は不機嫌そうにそう言ったわ。
「とりあえず同じ姿勢になれるもんならなってみやがれ」
「え……ちょっ、いっ、いだダダダダ!」
「オイこら脚がまだあがってねえ」
「ムリムリムリムリ!」
アラタと同じ姿勢になれたのはクルトだけだった。
「僕は昔からやらされてたからね」
涼しい顔でクルトはそう言ったけれど、初めは大変だったのだって苦笑い。
「絶対できないと思ってたんだけど……いつの間にかできるようになったんだ」
ただし、やらないとまたできなくなるから、毎日行うのが重要とのこと。
「朝と夜寝る前にやってるよ」と言っていたから、私もこっそり家で真似してみたの。彼らと同じことが私にできるようになるかしらって、少し心配だったのだけど……。
「あら? できたわね……」
なぜか私には、はじめからできてしまった。
だけどやってみて分かった。いろいろな場所が伸ばされたり、使われたりしていた。これは確かに凄いことだったわ。
その運動を日課にしてから、私の舞は格段に良くなったと褒められるようになったし、確実に効果も出ていたのでしょう。
難しい姿勢をとった時に体勢を崩したり、動きが流れてしまったりしなくなったのも自覚していたわ。
アラタにそれを言うとね。
「筋肉だけじゃなく、体幹と柔軟性を鍛えるやつだからな。内臓周りの筋肉がつくんだ」
彼は勝手に真似したことを怒るどころか、ウキウキと嬉しそうに話してくれたわ。
「……内、臓?」
「身体を内側から支える筋肉って言えば分かりやすいか? こう……腹の奥に力を込められるようになると、無理な姿勢でも身体がブレたり、バランスが崩れたりしにくくなるんだよ。腹まわりも引き締まるし、いいことづくしだったろ?」
そう言って彼は、他にもいろいろな姿勢を教えてくれた。
簡単なものも、難しいものもあったわ。彼は私が鍛えたいと思っている場所を伝えると、それに適した姿勢や動作を丁寧に指導してくれ、的確な助言を惜しみなく与えてくれた。
私は当初、これを剣闘士の訓練方法と思い込んでいたの。
剣闘士団の訓練は独自のものが多く、不思議なことをしているところは多々見受けられたから。
とはいえ、商品を研磨する手段でもあるから、訓練の仕方は秘匿されていることがほとんど。
なのにアラタは、それを惜しげもなく私に伝えてくれる。
だから、ゾフィ以外の奴隷には見られないように気をつけることにしたわ。
アラタが豺狼剣闘士団を買い取り、剣闘士を指導できるようになったら、きっと弱小剣闘士団なんて言われなくなるに違いない。そう確信を持った。
その日まで、この訓練法は極力内緒にしておかなければ。
おいしい料理もたくさん知っているし……アラタは本当に博識ね。いったいどこからこんな知識を得てくるのかしら?
とはいえ。
「まだまだね……」
剣闘士団を買い取るほどの金額を貯めるのは、気の遠くなるような話だった。
結局アラタが私たちからお金を借りることを嫌がったのも理由のひとつだったけれど、そもそも私たちが学徒で、自由にできる時間に限りがあったことも要因だったわ。
また、クルトは近く十六歳を迎えることもあり、いったいいつ休んでいるのか分からないくらいに忙しくしていたの……。
十六歳は城塞都市にとって……とくに上位平民以上の地位を持ち、騎士階級者となった者にとって、人生を左右するほどに重要な年齢。
なのに私のせいで、クルトはさらに困難な立場に立たされていたから……。
いつもご覧いただきありがとうございます。
本日最後の更新です。
これより加筆された新話ですね。残り少しですが、楽しんでいただければ幸いです。




