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十五話 共謀①

「俺は、お前らを巻き込みたくなかっただけだ!」

 苦悶に表情を歪めたアラタは、切羽詰まったような声音でそう叫んだわ。

 命のやり取りの後ですもの。ただでさえ消耗しきっている彼の思考は、きっと上手く働いてくれなかったのね。

 叫んだせいで呼吸を乱したアラタは、そのまま崩れ、座り込んでしまった。

「あのクソ親父には遠慮なんてねぇンだよ! 関わったら、お前らからだって躊躇(ちゅうちょ)なく搾取(さくしゅ)するに決まってる。食い物にしやがるっ!」

 アラタの口から家族の話を聞いたのは、これが初めてだった。

「あんなクソ野郎に翻弄(ほんろう)されるのは俺だけでたくさんだ……。身内のことくらい、自分でなんとかしなきゃ、できなきゃ、また俺は……っ。今度こそ俺は、ちゃんとやるんだ。そのために、こうして生き直してンだからっ!」

 今度こそ? 生き直す?

 アラタの言葉が引っかかった……。だけど、今はまだ駄目だと自分を(いさ)めたわ。

 頭を抱えてしまった姿が痛々しかったけれど、本当に対等になりたいのなら、ここを越えなきゃ駄目なんだと、そう思ったの。

 アラタの家族構成については、ゾフィから聞いていた。

 私の交友関係は全て調べ上げられている。アラタのことも当然、お父様は調べていた……。それをゾフィが、こっそり教えてくれたの。

 本来なら、私は彼と接すること自体が許されない。

 だけど、クルトがアラタを好み、自ら関わっていると知っているから、お父様はこの関係を敢えて黙認しているのよね……。

 私たちの絆って、本当はそれくらい、(もろ)いものだった。


 アラタは現在、父親と二人きり。十年前に母親を亡くし、その翌年に祖父も亡くした。

 どちらも事故死。特に母親は、(いさか)いに巻き込まれて亡くなったそう。

 その諍いというが……剣闘士らの乱闘。

 豺狼剣闘士団の花形剣闘士による、抗争だったそうよ……。

 それまで父親は、ありきたりな、ごく普通の、どこにでもいそうな父親だったのですって。

 けれど今は日々酒を浴び、剣闘士を酷使し、息子を危険な闘技場に向かわせることすら(いと)わない、堕落者に成り果ててしまった。

 原因の剣闘士は、とっくの昔に他の剣闘士団に移籍しているというのに……。

 そんな父親をアラタは、嫌い、疎んでいるのね。

 だけど捨てられない。

 最愛の人を失って悲しみの底に沈んでしまった人を、責めきれない。

 母を殺したに等しい剣闘士団でも、お爺様が愛し、育て、残したものを、憎めない。恨めないのだわ……。


「……私やクルトを、貴方は親友と言うわね。勿論私たちもそう思ってる。でもそれって、こういうことかしら?」

 今やっと話してくれたそれを、どうして今まで、言ってくれなかったの?

 苦しんでることを話せない。辛い時に(すが)れない。それって親友かしら?

「私たちって、そんなに物知らずに見えるかしら? 無力に見えるかしら?」

 そうであったとしても、貴方のために動こうと思うことは、間違ったことなのかしら?

「少なくとも貴方は、私の時、関わってくれた……。それがどれほどの救いであったか、貴方には分からなかった?」

 貴族(パトリキ)の私に、平民(プレブス)の貴方が差し伸べてくれた手が、他の誰よりも、何よりも力強かった。温かかった。貴方の言葉が私を絶望の沼から引き上げてくれた。私を救ってくれたの。

 貴方に同じものを返せるだなんて、そんな烏滸(おこ)がましいことは思っていない。でも……私たちにだって、できることはあるはずよ。

 女の私にだって、やれることはあるはずだわ。

「親友だって言うなら、それを許してくれるべきじゃないかしら。相談してくれるべきじゃなくって?」

 貴方がどうしたいのかを言ってくれなきゃ、分かるはずないじゃない。

「言ってくれれば……貴方が良いと思う方法を、最善を、模索するわよ。当たり前でしょう?」

 さっきまで、舞台(アレナ)で無双していた人物とは思えない姿が、痛々しかった。

 傷ついて疲れて、誰にも頼れない不器用な姿が、ひどく小さく見える……。

 だから……その頭を引き寄せ、キュッと抱きしめた。

「言っておきますけど、貴方の親友辞める気なんてさらさら無いわ。覚えておきなさい」

 ピシリとそう言うと、ピクリと反応する後頭部……。

「……お前、まさかさっきのは演技……」

「私にだけ黙ってたのだもの。意趣返しくらいするわよ」

「はぁ⁉︎」

「自分の行いを深く反省することね」

「ちょっ、なんだそれっ、俺は本気で言ってンだと思って……っ」

「もちろん本気だったわ。けれど、親友を辞める気がないのも本気よ」

「なんっだそれっ、フザケてんのか⁉︎」

「とっても真面目」

 そんなやりとりをしていたら、ぐいと背中側から引っ張られて、誰かの腕にすっぽりと収まってしまった。

 そして耳元にかかる息――。

「サクラ……悪いけど君は僕の婚約者だから控えて?」

 そう言われてハッとしたの。

 お、怒ってる……クルトが怒ってるわっ⁉︎

 こんな底冷えしたような声初めて聞くわよ⁉︎ 急にどうしてしまったの⁉︎

「たとえ親友でも、アラタは異性だし、そんなふうにするものではないよ」

「ご、ごめんなさいクルト。で、でもね……」

「それに、僕まで騙すことはないんじゃないかな」

「あっ、あの……そんなつもりはなかったのよ?」

「それもこれも全部アラタのせいだよ……アラタが彼女に黙ってろなんて言うから……」

「お前だって合意したくせにっ!」

「アラタのせいだよ」

「……わ、悪かった。悪かったって、その顔はやめろ、な? 百年の恋も冷めンぞそれは……」

 どんな顔なのかしら。

 つい好奇心に負けて振り返ったわ。

 だけどその時には、にっこりといつもの美しい笑顔を取り戻したクルトが、それでも何か……冷気を纏って私たちを見据えていたわ……。

「サクラも。次にこんな嘘を吐いたら、僕は許さないよ?」

「………」

 目は笑ってない。

 逆らっちゃ駄目なやつだわ……。

「き、肝に命じ、ます」

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