十四話 姿絵②
大丈夫だと、クルトは言っていた。そして実際大丈夫だったし、怪我も無かったわ。
でも、アラタがギリギリの、命懸けの戦いを強いられていた事実は変わらないのだって、思い知った。
消耗して疲れ切った様子の彼は、今にも倒れそうに見えた。
視線を落とし、億劫そうに足を引きずるようにして、かろうじて歩いてる……。
その姿は絵師の語っていた、英雄さながらな快進撃を続けてきている人物とは程遠かった。
私たちの前を気づかず通り過ぎそうになって、クルトの手に止められたアラタは、虚ろな瞳をこちらに向けたわ。
そうして私を見て、ギクリと身を竦めた。
「……サ、クラっ⁉︎」
どう言い訳しようかって、一瞬考えたのね。
視線を彷徨わせながら一歩身を引いて、クルトに気づいて、お前なんでこいつをここにっ⁉︎ って顔をして、今はそれどころじゃないって思い直す。それを余さず全部見ていたわ。
「あっいや、これはその、ちょっとしたバイトっていうか……っ」
なんの言い訳にもなっていないことを言って、手を空中に彷徨わせ。
そして指の背で私の頬に触れようとして、それを引っ込めた。
「クルトっ、お前の婚約者だろうが!」
泣いてんぞ、お前がなんとかしろよって、そう……。
それが、どうしてこんなに腹立たしいと思うのかしら。
アラタに言われ、私を抱き寄せようとしたクルトの手を、ペチリと叩いて払い除けたわ。
婚約者に対し、して良いことじゃない。お父様が見ていたら、どんな叱責を受けていたかっていうほどのことよ。
だけどその時の私は、それすら気にならなかったの。
「私に言うべき言葉は、それではないわよね?」
声に気合で力を込めたわ。
涙はどうしようもなかったけれど、気持ちが折れては駄目だと思ったから、声が震えないようお腹から振り絞った。
こんな姿になるようなことを、私にだけ隠していた二人。
私だけが、蚊帳の外……。
「わざわざ、隠す必要はなかったはずよ。私には、貴方のやることをとやかく言う権利なんてない。そうでしょう?」
所詮他人で、しかも私は女で、殿方のやることに口出しして良い立場じゃない。だから本来は、私の目なんて気にしなければすむ話だわ。
「私を除け者にしたいなら、女の分際で口を出すな。しゃしゃり出るなと言えばいい。貴方の口がそう言うのなら、私はそれに従うと約束します。だから、私に関わってほしくないなら、こそこそしないではっきりそう言って」
私の言葉に、アラタは狼狽える素振りを見せたわ。
「私は貴方たちと対等なんかじゃない。知る権利なんて無いのだってはっきりそう言って。そうすればもう、私は貴方たちと金輪際、こんなふうにしない」
「さ、サクラ⁉︎」
クルトまで慌て出したわ。でも私は、引き下がるつもりなんてなかった。
だって、貴方が私を認めたの。
対等に接したのよ。貴方が、一番初めに!
女の私がこうすることを貴方が受け入れてくれたからこそ、私は自分に素直であれた。そう振る舞えたの。
それを貴方自身が否定するなら、私が今の私でいる意味なんてどこにもない。
お父様の望む通り、正しい貴族女性をしていけばいい。
殿方に言われるがまま頷き、されるがままを受け入れて、子を孕んで産み落とす役割の駒になって過ごせばいい。生涯を終えるその時まで。
どんなにそれが苦しくったって、そうするのがここでの正しい女の生き方。それしか望まれない。そこにしか道がないのよ!
アラタとクルトは、強張った表情で私を見ていたわ。
私がどれくらい本気か、まだ疑っているのかしら。
私たち三人を遠まきにしていたゾフィの所に、エヴラールが大きめの鞄を持って到着し、固まってしまっている私たちに、訝しげな顔をしたわ。
だけど状況が分からず、ゾフィの袖を引いて説明を求めた。
「待つのはあと十呼吸する間だけよ。そうしたら私、帰らせていただきます」
そう宣言したら、ギクリと肩を跳ねさせたアラタ。
そうして私は瞳を伏せ、静かに自らの呼吸を数え始めた。
声にはしない。心の中で刻む。
「……ごめん」
それは答えにはなってないわね。
「サクラ、あの……悪かったって、機嫌直せよ」
六、七、八……。
「お前を退ける気はないっ、今回のことは例外っていうか……っ」
九……。
「しゃしゃり出るななんて、微塵も思ってない、俺はただっ……」
十。
いつもご覧いただきありがとうございます。
本日最後の更新です。
続きはまた明日。
あと数日で現在の最後(一巻分全て)までアップできるかなという感じです。




