十四話 姿絵①
二刀闘士の姿絵に、まさかもう彼があるとは思わなかった。
「最短で準師範級を取っちまいましたからねぇ。アラトゥス・ゲオルギウスを名乗るだけのことはあるんですわ」
老齢の絵師。
「初め見た時は、あんなヒョロっこいのがその名を名乗りやがって烏滸がましい! って思ったもんですが……いやぁ、見事なもんで。で、どうでした。勿論今日も勝ったんでしょう?」
闘技場の周辺に広がる露店のひとつ。
人気剣闘士の姿絵を売っている店は多くあったのだけど、その中で一番に目を引いたのが、アラタだった。
他の剣闘士らと比べて、圧倒的に細身だったわ。元々細身の者が多い二刀闘士の中ですら……。
私が姿絵に見入っていたのを、絵師はこの絵を気に入ったからだと判断したのでしょうね。
しつこく彼を売り込んできた。
「今までで十七戦。ここ八戦続く魔獣戦は全て勝ち抜いちまってんですよ。先代も魔獣戦にはめっぽう強かったんですがね」
先代というのはお爺様のことね。
五戦連勝で新参から準師範だが、準師範に昇格してからも負けなし。けども、準師範から師範までは倍の十連勝が必要だ。それでももう三戦! と、嬉しそうに話す彼は、年齢的にも先代の戦いを目にしているのかもしれない。
「体格はともかく、成績は先代に勝るとも劣りません。あの若いアラトゥスも、まず確実に師範級までは上り詰めるでしょうな!」
「……これをくださいな。あと……こっちの二刀闘士も」
たまたま横に並んでいた、別の二刀闘士も一緒に購入したわ。一枚だけだと思っていたのに、二枚も買ってもらえるのかと、絵師の笑みは深くなった。
絹布に包まれたそれらを受け取り、一金貨を渡して、すぐに踵を返した。思考が舞い上がってしまっていて、お釣りは⁉︎ という声は、聞こえていなかったの。
アラタの姿絵を買ってしまった……。
はじめは買うつもりなんてなかったの。だけど、なんだかここにこの姿絵を置いておくのは嫌だったのよ。
絵師はどこでこの彼を見たのかしら? それとも想像から描いたの? 年齢的にも熟練の絵師なのだと思っていたけれど、こんなに……こんなにアラタらしい表情をしているだなんて――。
「サクラ」
不意にポンと肩を叩かれて、飛び上がってしまったわ!
賭けの配当を受け取りに行っていたはずのクルトだった。待ち合わせ場所へ先に到着していたみたい。
もっと時間が掛かると思っていたのに……。
「早かったのね」
「エヴラールが来てくれたから代わってもらったんだよ。大丈夫? 何か不快な目にあったりは……」
「何言っているの、大袈裟だわ」
まるで長時間会えなかったみたいな反応をするから、笑ってしまったわ。
配当を計算するのに時間が掛かるみたいだったし、アラタが身支度を整えて出てくるまでに、露店に寄る時間が無さそうだったから、二手に分かれた方が良いと思った。
ちょっと先に行ってくるって、ついさっき別れたばかりなのよ?
すぐそこの角を曲がった先にある露店だったし、視界から消えるのなんて、ほんの少しのことなのだから。
苦笑する私に、だけどクルトはなぜか眉を寄せた。そうして「心配して当然でしょう?」と、勝手をした私を怒るふり。
「サクラは女性で、今は奴隷も連れていない……。一人だなんてあまりに無防備だ」
だから急いで来たのだとクルト。彼の立場では、万が一私に何かあった場合、責任を問われてしまう。
そのことを失念していたのは確かで、心配を掛けてしまったことは素直に謝ったわ。
それでクルトは気を取り直し、私が腕に持つ絹布を見て……。
「ちゃんと買えたんだね」
「えぇ……。今度は間違えず、ちゃんと二刀闘士を買ったわ」
「僕が持とう」
「大丈夫よ。姿絵の重さなんて大したことないもの。エヴラールが来る時間帯なら、ゾフィもすぐ来るでしょうし」
なんとなく、クルトに知られたくないと思った……。私が、アラタの姿絵を買ってしまったことを……。
それからさほど待たずゾフィも到着し、彼女に姿絵を託したわ。
そうして、そろそろだと言うから、アラタが出てくる通用口へと向かった。
――今回は怪我もなかったから、あまり怒らないでおくべきよね……。
でも私にだけ内緒だったことは許せない。そこはしっかりと問い詰めなくては。
そんなふうに心の中で、拳を握っていた。
待ったのはほんの少しの間……。
馴染みの黒髪が見え、どこかおぼつかない足取りで、気怠げに現れたアラタを視界に捉えたら、それまでの決意や気持ちなんて、吹き飛んでしまったの。