◆二章◆ 八話 逢引き①
セクスティリア・カエソニアより、セクスティリア・シラナへ文をしたためます
十五歳おめでとう。
先日カエソニウス様より、貴女の正式な婚姻が決まりそうだとお聞きしました。
お相手はアウレンティウス家のクァルトゥス様とのこと。
貴族ではないけれど、元老院議員を目指し躍進されている、今最も有力な議員候補なのだと耳にしています。
見目麗しいと噂の方でもあるわね。
実は私も、ずいぶんと前ですが、カエソニウスの庭園で彼にお会いしたことがあるのです。
勤勉で、優しそうで、誠実そうな方だったわ。きっと貴方を大切にしてくれる。そう確信しています。
細やかですが、十五歳のお祝いにカメオを贈ります。
どうかクァルトゥス様とお幸せに。
私の愛する妹であり娘、セクスティリア・シラナへ、貴女の母でもあるセクスティリアより
それからは、時が過ぎるのがずいぶんと速くなった。
毎日が楽しくて、刺激的で、なんだか違う世界に来たみたいに感じたものよ。
「お嬢様、本日もクァルトゥス様とお出かけですか?」
お祈りを終えた私にゾフィがそう声を掛けてくれたのは、他の奴隷たちに聞かせるための演技でもあったわ。
「えぇ。ゾフィ、今日もお遣い、貴女にお願いできる?」
「ふふっ、お嬢様のお望みとあらば」
ゾフィとは、軽口を叩くくらい仲良くなったのよ。
学び舎へも相変わらず通っていたけれど、前ほどの取り巻きはおらず、かといって浮いているわけでもなかった。
私とクルトが婚約したことで、色々と学び舎内での力関係が変わったの。
特に、クルトが元老院議員を目指し始めたことは、大きく状況を変化させたわ。
後で知ったのだけど、クルトは元々、政治的なことからは身を離してきていたそう。
クルトの家も、私の家と同じく元老院議員を多く輩出する血筋。貴族ではなく上位平民だったけれど、屈指の財を持つ発言力の強い家だった。
元老院議員は世襲ではなかったけれど、それも結局建前でしかなくて、息子や婿を議員にして、権力を引き継ぐのは当たり前のこと。
お父様が元老院議員であるクルトも、当然のように議員となることを望まれ、だけどずっと拒んでいたの。
なのに私との婚約を条件に、それを受け入れたのですって……。
彼の人生を、私が犠牲にして良いはずがない。
そう思ったから、取り止めるべきと彼に言ったの。だけど……。
「良いんだ。そうするだけの利点が、僕にはあると思ったのだから」
クルトは成績優秀だったし、人望もあったし、外見にも恵まれていた。
だから周りは、クルトの希望などお構いなしに、彼が元老院議員を目指すことを疑っていなかった。
でもクルトには別の夢があることを、私は知っていた……。
彼は、歴史学者を目指していたの。
なのに学びの時間を全て、私に捧げさせてしまった……。
申し訳ないと嘆くしかできない私に、それでもクルトは優しかったわ。
「良いんだよ。そんな顔をしないで。元老院議員になることだって、僕の本当の目的に近づく手段だもの。
政治家にならなければ知ることのできない歴史というものもあるし、学者を目指すのは役割を果たしてからでも遅くはない」
当然のことのように言って、慰めてくれた。
「だって仕方がないでしょう? 夢を追うよりも、貴女と共にいることのほうが大切だったんだ」
そんな冗談を真顔で言うのには、呆れてしまったけれど。
「ねぇゾフィ、おかしくないかしら?」
「お美しいですわ」
「でもちょっと……肌が透けすぎじゃない?」
十五になって、私の体つきも女性らしくなってきていたわ。だから……こんな風に体型の変化を強調する衣服は、なんだか恥ずかしかった。特に、誰かに見られるかもと、思うことが……。
「逢瀬なんですから、そんなものですよ」
今日初めて着た薄絹の礼装。これがびっくりするくらい肌の透ける仕様だったの。
極南の国の貿易品である絹の薄衣を、贅沢に重ね使いした高価な意匠。生地の重なる胴回りはともかく、一重の腕はくっきり透けていた。
動きによっては、他も透けてしまうのじゃないかしら……。
「ねぇ、本当に似合ってる?」
「素敵ですとも! 私が言うんですから間違いありませんっ! それにその生地はクァルトゥス様からの贈り物ですよ?」
今日着ないでいつ着るんです。と、ゾフィは言うけれど。
「ゾフィの審美眼を疑ってるんじゃないのよ。ただ……いくら生地や意匠が素敵でも、私に似合うかどうかは別問題ってだけで……」
「ちゃんとお似合いですし、セクスティリア様はいつも本当にお綺麗ですよ? クァルトゥス様だって、絶対大絶賛してくださいますよ」
「クルトは婚約者だし……この品の贈り主なら、私がどんな格好をしてようが世辞を言うしかないじゃない」
その点、アラタは正直なのよ……本当に。
この前だって、髪を一部結い上げていたら、頭に鞠を乗っけてんのかと思ったって、笑われてしまったのよ?
「それはアラトゥス様が変なだけです」
「でも……」
「セクスティリア様! 貴女の婚約者はクァルトゥス様です。外野の目なんて気にしなくていいんです!」
……そう、分かってはいるの……。
私はクルトの婚約者で、アラタの目なんて気にする必要ないって。
でも……アラタは私の親友なの。彼にだって恥ずかしい友だなんて、思ってほしくないの。
女の私を友人だと言ってはばからない……対等に扱ってくれる貴重な人よ。
口答えすることだって笑って許してくれる、大切な人。
世間知らずの私に、沢山のことを教えてくれる、かけがえのない人なの……。
衣服を整えたら次は髪型。髪を綺麗にくしけずり、一部を結いあげたわ。
そしてその纏めた部分を覆うように、婚約の証としてアウレンティウス家から贈られた、豪奢な髪飾りを添え、固定していく。
蔦模様の見事な、とても大きい髪飾り。琥珀製の揺れる飾りがふんだんに取りつけられ、節々に木の実や花を模した宝石が散りばめられている、まだたった十五の小娘には気後れしてしまうほどの逸品だった。
私とクルトの婚約が、この財力を目当てのひとつとしていることを、当主のアウレンティウス様も当然ご承知なのだと思う。
新興勢力である上位平民は財力のある家が多く、貴族には疎まれている。特にお父様は貴族としての矜持が高いから、常なら上位平民との婚約など認めなかったことでしょう。
しかしその意志を覆すほどにアウレンティウスの発言力は強く、財は莫大で魅力的なのだわ。
身支度を整え、クルトに会ってくると言うと、皆はどんな時間であっても、私を快く送り出してくれる。
言葉を喋るのに不自由しなくなった弟たちは、お土産を要求してくるようになったわ。
今日は闘技場に行くのだって、どこで聞きつけてきたのか……。
「おみゃげ!」
「剣闘士の姿絵が欲しい!」
「この前買ってあげたじゃない」
「僕が欲しいのは二刀闘士の姿絵だよっ。重装闘士はもうあるもん!」
「あぅもん!」
男の子ってどうしてああいうのが好きなのかしら……。
「分かったわ。見つけたら買ってくるけど……無かったら我慢なさいね?」
「うん! いってらっしゃい!」
「らしゃーい!」
ブンブンと手を振る二人が可愛くて、どうせまた買って帰ってしまうのよね……と、溜息。
……本当のことを言うと、闘技場はあまり好きじゃない。
だって怖いもの。大きな声で怒鳴り合っている観客たちが。
血を流して戦う闘士たちが。
でも……今日は行かなきゃ。
だって、あそこにアラタが出るのだもの……。
いつもご覧いただきありがとうございます。
本日最後の投稿です。
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