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四話 もう一人の淑女④

 真っ直ぐに視線が合って、お互いが誰かを理解したのだと分かった。

 だけど次にお姉様は、引き連れている者たちを気にするそぶりを見せたわ。

 開きかけていた口も、途中でキュッと引き結ばれた。

 けれどそこで今度は、クルトが。

「そちらのご婦人、もしかしてカエソニウスの方では?」

 ピシリと居住まいを正し、私の前に一歩進み出て、そう問うたの。

 警戒した奴隷と護衛が前に進み出てくると、礼儀正しく

「失礼、私はクァルトゥス・アウレンティウス・ドゥミヌスと申します。

 この石柱庭園の様式をこの目で見たくてお邪魔させていただいたので、お会いできて光栄です」

 まだ子供の私たちだったけれど、アウレンティウスの名は絶大だった。

 護衛と思っていた方は、カエソニウスの支持者であったのでしょう。慌てて礼を取り、クルトに挨拶を始めたわ。

 するとまた外套が引っ張られ、小声で「ほら、今のうち」と、アラタの指示。

 クルトは熱心に石柱について話し、支持者の方を引っ張って移動し始めていた。奴隷もどっちに行くかと迷い、クルトの方へと足を向けたわ。

 私はそれを確認し、ゆっくりとお姉様の前に。

「お久しぶり……会えて嬉しい、お姉様……」

「やっぱり。見間違いではないのね……貴女、こんなところにまでどうやって!」

「そこは聞かないで。あまり誉められたことじゃないのは分かっているけれど、お姉様にどうしても、お会いしたかったの」

 嫁がれた時より、痩せているように思えた。

 身だしなみは完璧だったけれど、少し疲れているようにも見受けられたわ。

 両手は腹部で重ねられ握られていたけれど、お姉様の瞳は、私とアラタ……向こうに歩いて行ったクルトに向けられた。私が淑女らしくない行いをしたことを、きっと気になさってる……。

 けれどお姉様は、それ以上私を怒ることはせず、まずは笑ってくれたの。

「私もよ……ずっと会いたかったわ」

 その言葉がどれほど嬉しかったことでしょう。できることなら、お姉様に飛びつきたかった。

 けれど、目立つことをしてはいけないから……必死で堪えた。

「でもねセクスティリア。こんなことはもうしては駄目。貴方は立場ある身よ。そして淑女なの」

 そう言いながらも、お姉様は心配そうに、私を見つめていたわ。

 言葉は世間体について正していたけれど、お姉様が私を案じ、諭してくださっているのは伝わっていた。

 だからもうこんなことはしないと、お姉様に約束すべきだった。でも――。

「セクすてぃリア様は、我儘なんか言ってねぇよ。俺たちが無理に連れて来たんだ」

 そうアラタが口を挟んだの。

「俺たちの勝手なんだから、こいつは悪くない」

 アラタの言葉に、お姉様は目を見開いた。

 私は慌ててアラタの手を引っ張って、背中に隠したわ。

「わ、私が、無理を言ったのよ。どうしても、お姉様にお会いしたかったの! あの白い子(ねこ)のことを言い訳にして、何とかお会いしたかったの!」

 アラタたちには、言わなかったのよ。

 だけど二人は、私の本当の気持ちを、きっと汲み取ってくれたの。

 それでこんな無茶なことをしてくれた、私のために、無理を通してくれたの!

 だから彼らを怒らないでほしかった。

 そしてお姉様はきっと、そんな私の気持ちも、分かってくださった。

「……学び舎は楽しい場所なのね。手紙でも伝わってきたわ。貴女が日々を健やかに過ごせているのなら、それで良いの」

 口を挟んだアラタを咎めることはせず、そう、言ってくれた。

 それから陽が沈むころまで話すことができた。

 クルトが頑張って時間を稼いでくれていたの。

 あの白い子が天に召されたことを言うべきかも、考えた。

 でも、お姉様の様子と、ずっと腹部にある手……それが私にこのことを言うべきか悩ませたわ。

「あのこ、元気にしている?」

「……しているわ。でも庭の暖かな場所で寝てばかりよ」

 咄嗟にそう嘘をついた。お姉様に死の穢れを寄せたくなかったから。

 するとお姉様は、ほっとしたように微笑まれたわ。

「良かった……長く返事が返らなかったから、気になっていたの。ちゃんと持ち直したのね。ありがとうセクスティリア。貴女があのこを大切にしてくれていることが、嬉しいわ」

 お姉様の言葉の矛盾には気づいていたけれど、それも伏せると決めた。

 きっと私の手紙もお姉様のそれも、手元に届くまでに、色々なところを巡るのでしょう。

 そこでまた、アラタが咳払いしたものだから、時間が来たのだと理解できたわ。

 見ればクルトたちが、こちらに戻ってきていたの。

「……また、手紙を書くわ。お姉様はどうか、お身体を大切になさって」

「あら。気づいていたの?」

「私はまだ何も知らないわ。また次の手紙で……きっと、教えていただけるはずよ」

 そう言うと、お姉様は自身の腹部をゆっくりと撫で、そうね。また手紙でね。と、そうおっしゃったわ。

「楽しい散策でした。ありがとう存じます」

「私もです。ではごきげんよう」

 帰ってきた護衛に、お姉様と他人のような素振りで別れの挨拶をしたわ。

 そしてクルトと合流して、庭園を後にした。

 庭を出るまでは気を張っていたのだけど、外に出てしまうと途端に気持ちが弱くなってしまったわ。

「ありがとう……。本当に、嬉しかった。楽しかったわ」

 外套があって良かった。

 少しこぼしてしまった涙の滴を、ごまかすことができたから。

「お姉様、身籠られて忙しかったのね。それで手紙の返事が遅れてしまったのよ。本当は何か大変なのじゃないかって心配だったの。ホッとした……良かったわ……」

 そう話す私の手をクルトが引いて歩いてくれて、アラタは後ろをついてきた。

 二人とも無言だったけれど、私の涙に気づかないふりをしてくれているのだって、分かっていた。

 だけど問題は、もうひとつ残っていたの。

「……嘘」

 上層民地区に入るための門が、閉じていた。

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