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スキル『厄受け』の伯爵令嬢、呪いで眠る王子を起こしたら懐かれてしまった。

作者: 香月深亜

 この国の王子は、一度も国民の前に顔を出したことがない。

 国民には『病弱だから』という理由が伝えられているが、実際のところは違う。


「おはようございます、マルクス殿下」


 彼は生まれてから今日にいたる十三年の間、眠り続けているのだ。

 魔女から受けた呪いによって。


 伯爵令嬢リーゼロッテはそんな彼の元に毎日通い、話しかけ続けている。

 返事は来ないけれど、挨拶をして、昨日はどんなことがあったのかなど、他愛のない話をする。

 まだ十三歳の小さな彼の手を握り、呪いが解けるように祈りながら。


「私の祈りも今日で千日目です。そろそろ、スキルが発動してくれるとよいのですが」


 そう言って彼女は優しく微笑みながら、千日目の祈りを捧げた。



────リーゼロッテの人生は、二年と九ヶ月ほど前に大きく変わった。


「スキル……『厄受け』ですか?」


 国民は皆、十五歳になると神殿に行って神託を受け、最低でも一つスキルを受け取る。

 スキルは基本的に、火・水・風・土・雷・光・闇の七大属性のどれかに分類される。多く見られるスキルは、火属性の『発火』や風属性の『風起こし』。それから、多くは現れないけれど重宝されるのは光属性の『治癒』などだ。

 しかし中には稀に、特別なスキルを受け取る人間がいる。


「ええ、そうよ。神父からそのように聞いたわ」


 神託を受けた神父は、その全てを王城に報告する義務がある。

 しかも初めて見られるスキルの場合、そのスキルが悪用されてしまう可能性を考慮してひとまず本人にはスキルを知らせず、王立研究所の研究対象になる。そんな特別なスキルを受け取った者は秘匿対象者となり、リーゼロッテもそれに当たっていた。


 だから彼女は、今日初めて自分のスキルについて知らされた。

 ……思いもよらない相手から。


「それは……どういうスキルなのでしょうか? 王妃様」


 リーゼロッテの前に座っているのは、この国の王妃。

 理由も分からず王城に呼び出されたと思ったら、なぜか王妃から自分のスキルについて知らされるという不思議な状況だ。


「スキルについての詳細は分からないわ。でもどうしても、あなたに頼みたいことがあるの」

「……何でしょうか?」

「これはこの国の国家機密なのだけれど」

「……はい」


 国家機密と言われ、肩がずしりと重くなった。リーゼロッテは息をのみ、王妃の頼みを真剣に聞く。

 王妃は扇で口元を隠しながら、真剣なまなざしで国家機密を打ち明けた。


「王子は病弱ではないの。……ただ、眠っているのよ。生まれてから十年間、ずっと」


 王妃の目には悲しみが浮かんでいるが、リーゼロッテにはその話がいまいち理解できなかった。


(生まれてから今まで眠っている……? それって一体……)


「王子は魔女から呪いを受けてしまったの」

「呪いですか?」

「ええ。一族全員が闇属性スキルばかり持って生まれる一族がいて、その者たちを魔女と呼んでいるのは知っているわね? この国の王妃を決めるとき、魔女の一族はその候補にもなれなくて、その上、王子の誕生を祝して開いたパーティにも招待はしなかったの。そしたら魔女の恨みを買ってしまったようで、王子は永遠に眠る呪いを掛けられてしまった」


 予想外の国家機密を聞いて、リーゼロッテは反応に困ってしまった。

 魔女の存在は少なからず知っていたが、その理由を聞く限りは逆恨みのようで、しかも生まれてすぐ眠らされてしまった王子は完全な被害者である。


「世継ぎである王子が永遠の眠りについていて目覚める見込みもないだなんて、民に知られたら不安を煽ることになる。だからこのことは国家機密にして、私たちは必死にこの呪いを解く手立てを探していたの」


 単に病弱なのだと思われていた王子が十年という長い年月眠っていただなんて、国民の誰も知らない。

 この国の平和を守っていた裏で、王妃たちが理不尽な呪いと立ち向かっていたことに、リーゼロッテはただただ驚く。


「魔女本人に解呪をお願いしようにも、彼女は姿を消してしまって見つけられなくて。呪いや解呪に詳しい専門家へ調査を依頼していろいろと試しはしたものの、この十年、これといった成果は無し。最終的には光属性のスキルに縋るしかないのでは、という結論になった。……そこであなたよ」


 王妃は突然パシ、と扇を閉じ、興奮してぎらついた目でリーゼロッテを見つめて言った。


「先日神託を受けたあなたのスキル『厄受け』は、間違いなく王子の呪いを解く鍵になるはず! どうかお願い。王子のために、そのスキルを発動させてちょうだい!」


 王妃の勢いあるお願いを聞いて、リーゼロッテはぱちぱちと瞬きをした。


 ……どうしたものか。

 スキル『厄受け』がどういうものなのかは、リーゼロッテも分からないのだ。

 発動条件も去ることながら、そもそもその名前からして、もしスキルが発動したら今度は自分が眠ることになるのでは? という考えも捨てきれない。


 厄を受ける。

 王子が眠り続ける呪いを厄と捉え、それをリーゼロッテが受け取れるのだとすれば、確かに希望はあるだろう。……リーゼロッテにとっては、恐怖でしかないが。


 ただまあ、そんなことを考えたところで、リーゼロッテは伯爵令嬢で、頼んできているのはこの国の王妃。そして呪いを解く相手はこの国の未来の王。

 つまり、リーゼロッテが言える答えは一つしかない。


「……最善を、尽くします」


 そう言ってリーゼロッテは、無理矢理笑顔を作っていた。



────それから二年と九ヶ月。


 リーゼロッテは王妃に頼まれた後すぐ王子へ会いに行き、目覚めるように願い、手を握って祈りを捧げたりしたものの何も起きなかった。

 何か発動条件があるのか、あるいはリーゼロッテの持つスキルポイントが足りていないのかは不明。だが、未知数なスキルであるが故に、いろいろと試して継続するしかない、と王立研究所からは言われていた。


 その結果、リーゼロッテは毎日王子が眠るこの部屋を訪れて、祈りを捧げている。ピクリとも動かない彼の手を握って、一日も早く目が覚めますようにと願いを込めるのだ。


 初めは無言で祈るだけだったが、いつの日からかリーゼロッテは王子に話しかけ始めた。もしかしたら、眠っている王子に言葉が届いているかもしれないと思ってのこと。もちろん返事は返ってこないけれど、十年以上眠り続ける王子が孤独に思えて、何でも良いから話しかけるようになったのだ。

 最近はリーゼロッテが通っている学園での話が多い。「いつか殿下も通う時が来たら、この先生には気を付けてくださいね」なんて耳寄りな情報もあげたりして。


 そして今日、祈り始めて千日目を迎える。


 初めは一万にも満たなかったリーゼロッテのスキルポイントも、おかげさまで十万近い数字になっている。今日は、もしかするともしかするかもしれない。


 これまでも、百日目や一年目などの節目の時には王妃が見にきていた。けれどどの節目でもスキルは発動せず、目覚めてくれない王子を見ては落胆して帰っていくのが恒例だった。しかし、今日は千日目とあってか王妃だけではなく王も見守りにきているので、いつにも増して緊張が走ってしまう。


「殿下。今日は王様も王妃様も来てくれました。そろそろ、起きても良い頃合いですよ」


 ふふ、とやわらかい笑みをこぼしながら、いつものように王子の左手を両手で包み込み、そこに額を当て祈る。

 リーゼロッテは、これまでで一番気合を込めた。


(……あれ。なんか……いつもと違う?)


 祈って数秒、違和感を覚えた。

 いつもは祈っても何も起きず、起きる気配すらなかったのに。


(もしかして……これが、スキル発動の兆候?)


 体内で何かが膨れ上がっている。

 光のような、温かさを感じる何かだ。


 スキルを使ったことがないリーゼロッテには初めての感覚で、どう処理をすれば良いのか分からない。分からないけれど、とりあえず王子の手をグッと強く握り締め、再び祈る。


(どうか、王子の呪いを私に……!)



 ……すると、王子の指が僅かに動いた。


「! 今、指が……!」


 リーゼロッテは即座に振り向き、王と王妃に伝える。


「本当か!」


 二人は目を見開いて、王子に駆け寄った。

 勢いに押されるようにリーゼロッテはすぐにその場を明け渡し、後ろに下がる。


 ベッドの横に膝をついて王子の手を握る二人は、間違いなく親の顔をしていた。


「マルクス!」

「王子! 分かりますか?」


 必死の形相で声をかける二人に応えるように、この日、マルクスは十三年振りに目を覚ました。



「…………?」



 天井を見つめる彼はまだ呆然としているが、目を開けてくれただけで王と王妃は歓喜した。


「王様、王子が目を……!」

「ああ……。ああそうだな。マルクス、我が息子よ……!」


 体を起き上がらせることもできない王子だったが、王様が上体を起こしてあげて力一杯抱きしめた。王妃も傍らから王子の背中をさすり、あどけない寝ぼけ顔を両手で挟み、これが現実であることをその手で感じているようだ。


 王子側はこの状況を理解できずに混乱しているが、口をぱくぱくさせるだけで言葉は出てこない。彼は今生まれたばかりの赤子と同じだ。発語は今後徐々に覚えていくだろうから、それまで会話はお預けだろう。

 でも、とにかく目覚めただけで御の字である。


(殿下が目覚めて良かった。……これでもう、私の役目はおしまいね)


 家族の喜ばしい空気を壊さないよう、リーゼロッテは静かに部屋から出て行った。

 そしてすぐ、彼女は意識を失った。



────三年後。


 あの、マルクスが目覚めた日。

 スキル『厄受け』を使って意識を失ったリーゼロッテは、その一週間後には目を覚ましていた。


 幸いにも、そのスキルは呪いの身代わりになるという訳ではなく、対象の厄を受け取り体内で浄化する、というスキルだったようで。


 意識を失ったのは十万ほどのスキルポイントを一気に使ったことによる反動であり、その後一週間目が覚めなかったのはマルクスから受け取った呪いを体内で浄化していたから。十三年もの間マルクスを眠らせていたほどの呪いの浄化が一週間で済んだと思えば、リーゼロッテは幸運か、あるいはそのスキルが最強なのか。


 ……どちらにせよ、一週間で目覚めたリーゼロッテは、もう王城に通うことも無くなり、平凡な毎日を送るようになっていた。

 そんな中で舞い込んできたのは、マルクスの王太子即位と婚約者を発表するという朗報だ。


 半年ほど前、長年病弱とされていたマルクスは病が完治したと正式に発表され、彼は初めて国民の前に姿を現した。それと同時に、国中から婚約者候補も募ることが発表された。


 マルクスは眉目秀麗な青年に成長していた。

 透き通るような銀髪にパープルダイヤモンドのような色の優しい瞳は、一瞬で世の女性たちを魅了して、国中の貴族子女が彼の婚約者に名乗りを上げた。

 そんな高倍率の婚約争奪戦に勝った令嬢が誰なのか、発表されるときが来たらしい。


「噂では、ワグナー公爵家とシュミット公爵家が有力視されているそうだよ」

「そうですか」

「リズも参加してみればよかったのに」


 リーゼロッテをリズと愛称で呼ぶのは彼女の両親だ。

 家族で食卓を囲みながら、マルクスの婚約者が誰になるかという話題について話している。


「有力視されているのはどちらも公爵家ではありませんか。貴族の位は問わずということでしたが、結局最終候補がその二家門では……私が参加してもきっとすぐ落ちていましたね。それに、私のスキルは秘匿対象だから普通の結婚相手も見つからない状況です。そんな私が王妃だなんて、夢のまた夢ですよ」

「リズ……」

「ああ、お母様。そんな顔なさらないで。神託はお母様のせいではありませんから」


 両親は、リーゼロッテのスキルについても、彼女がそのスキルでマルクスを目覚めさせたことも知らない。

 彼女は毎日学園に通う道すがら隠れて王城へ行っていて、スキルを使って意識を失ったときも、王妃が伯爵家お抱えの医者を買収し、両親向けには原因不明として処理させたからだ。


 今でもスキル『厄受け』は秘匿対象。

 場合によっては危険な闇属性スキルの可能性がある秘匿対象者は、結婚相手としては疎まれる傾向がある。

 そのため、もうすぐ二十一歳になるというのに、リーゼロッテはいまだ独身だった。


「婚約発表のパーティにはたくさん貴族が集まるだろうから、リズにも良い相手が見つかるかもしれないな。たくさん交流すると良い」

「……がんばりますが、期待はしないでくださいね」



 ……そうして両親に背中を押されつつ、リーゼロッテはパーティにやってきた。


 遠目から見るマルクスは、三年前に見ていた子供らしい寝顔とは比べ物にならないくらい大人びていた。

 寝ていたから分かりにくかったのもあるが、この三年で身長もたくさん伸びたようだ。

 運動もしてほどよく筋肉もつき、男性的な体つきになっている。


(立派な王太子になられましたね。殿下)


 見た目だけではない。

 目覚めてから三年ということは、普通に考えればまだ三歳レベルの脳のはずなのに、マルクスは頭脳も明晰という噂だ。

 以前は毎日会えていたマルクスが、今では月ほど遠い存在に感じて、少しだけ寂しさを感じてしまう。



「集まってくれた皆に感謝する。今日をもって僕は王太子となり、これからもより多くを学び、この国のために尽くすと誓う。皆が平和に暮らせる、よりよい国に出来たらと思っている。今日は楽しんでいってくれ」



 中性的な聞きやすい声音でマルクスが乾杯の音頭を取ると、皆が彼のカッコよさに惚れ惚れしたのが分かった。

 その後、なぜか婚約者の発表はされないままにパーティが進んでいくと、婚約者が発表されないことを良いことに独身の貴族令嬢たちはマルクスとダンスを楽しみ始めた。まるで最初で最後の思い出と言わんばかりに、見目麗しい彼との甘いひとときを過ごしている。


「リズは行かないの? こんな機会、もう二度とないわよ?」

「私は……」


 母にそう言われるも、リーゼロッテは顔色を曇らせる。


 彼が眠っていたときは、いつか彼が目覚めたらダンスを、と想像したことはあった。けれどこんなに皆の視線が集まっているところでは無理だ。

 特に秘匿対象者のリーゼロッテは、皆の前で踊ればマルクスがなんて言われるか……。


 しかしその時。

 ふとリーゼロッテがマルクスを見つめると、丁度一曲が終わったところでこちらを向いた彼と目が合ってしまった。

 リーゼロッテは反射的に目を背けたが、たった数秒でマルクスに完全に捕らえられてしまう。


 彼は颯爽とリーゼロッテの前までやって来て、紳士的なお辞儀をしてダンスに誘った。


(あああ、だめです殿下。私は……)


 心ではだめだと言いながら、目の前で誘われてしまったこの状況では断れない。

 リーゼロッテは苦渋の決断をして、恐る恐るマルクスの誘いに応えた。


「お名前を聞いても?」

「……リーゼロッテ・ローマイヤーです。殿下」

「リーゼ……ロッテ……?」


 リーゼロッテの名前を聞いて彼女の手を取ったマルクスが、歩を止めて目を大きく見開いた。


「? 殿下?」

「ああ……この声、この感触。そうだ、この感触だ。間違いない」


(え、感触?)


 マルクスがぶつぶつとおかしなことを言い出したので、リーゼロッテは首を傾げる。

 そんな彼女に、マルクスはあり得ない行動を取った。


「やっと会えた! リーゼロッテ!」


 ガバッと思いきり彼女に抱きついたのだ。

 突然の出来事に、マルクス以外の全員が目を丸くした。


「は……へ……?」

「ずっと探していたんだ、君のことを」


(これは……夢? そうよね、夢よね。夢に違いないわ。殿下が私に抱きつくなんてそんなまさか)


 これが現実だと理解できないリーゼロッテに、マルクスはぐぐいと想いを伝え始めた。


「婚約者を募集してたくさんの女性に会ったけど、そのたびに僕の頭の片隅には顔も名前も分からない女性がいた。その女性は僕が眠っている間、ずっとそばにいてくれた。眠っている僕に話しかけてくれて、外の世界を教えてくれた人だ」

「……聞こえて、いたんですか?」

「ああ、なんて言うのかな。眠っているけど、意識はある状態? と言っても、最初は何を言ってるかも分からなかったけどね。とにかく君の声は聞こえていたし、君の手のぬくもりは感じていた。だから、ずっと君を探していたんだ。……ようやく見つけた」


 彼はとびきりの笑顔でリーゼロッテを見つめる。

 まるで、飼い主をずっと探していた子犬のようだ。彼の腰付近にブンブンと左右に振られる尻尾が見えるのは、きっと気のせい。


「あの、殿下……」

「なに?」

「それで、どうして私をお探しに……?」

「それはもちろん、僕の妻になってほしくて」

「……?」


(つま……?)


 リーゼロッテはぱちくりと瞬きをして、何も返事ができなくなった。


「リーゼロッテ? おーい」


 マルクスは彼女の目の前に手をかざして、遠くに行った意識を呼び戻す。

 名前を呼ばれて、リーゼロッテはハッとなり再び現実に戻ってきたが、それでもやはり、理解は追いつかない。


「あ……すみません。その、よく意味が……。だって今日は、殿下の婚約者を発表する予定なのでは……?」


 動揺を隠せないリーゼロッテを見て、マルクスは優しく教えてくれた。


「うん。君をね」

「……殿下と私は、今日初めて話したと思うのですが?」

「会話はしていないけど、君の話は毎日聞いていたよ?」

「……ワグナー公爵家とシュミット公爵家のご令嬢が有力視されていると聞いたのですが?」

「ああ、それね。一応母上が最終候補にしてはいたけど、僕は初めからリーゼロッテしかいないと思っていたよ?」

「はい?」

「母上がね、僕が王太子に即位する今日までに君を見つけ出せたら、婚約者は好きにして良いって言ってくれたんだ。逆に、見つけられなければ母上の決めた候補者から選ぶ予定だった。だから表向き、噂ではその二家門の話が出回っちゃったのかな? でも僕は絶対に君を見つけるつもりだったし、僕としてはリーゼロッテ一筋だったから、そこは信用してほしい!」


 今度はぐっと両手を包み込むように握られて、リーゼロッテは仰け反った。

 このわん……いや、マルクスは、どうやら人との距離感が近いらしい。

 先ほどからぐいぐい近づいてこられて、リーゼロッテとしては人の目があるので一定の距離を保とうとしているのだが、なかなか難しい。


 そして理解の追い付かない彼女からすると、「信用してと言われましても」状態である。


「その……王妃様が反対なさっているのであれば諦めるのはどうでしょうか?」

「え、嫌だよそんなの」


 マルクスは絶対にありえないという目でリーゼロッテを見つめる。


「リーゼロッテは僕のものだ」

「私はものでは……」

「あ、ごめん。でも本当に、それぐらい誰にも渡したくないんだ。十三年、眠り続けた孤独の中で感じた……君は僕の光だから」


 彼の美しくはかなげな瞳が、リーゼロッテの心を撃ち抜いた。


 リーゼロッテは、秘匿対象のスキルを受けてからこんな風に誰かの特別になったことはない。

 学園に通っていた頃は友達すらできなくて、リーゼロッテにとってもマルクスは、唯一気兼ねなく話せる友達のような存在だったのだ。

 だから、マルクスからそう言ってもらえるのは、素直に嬉しい。


「ね? 僕の妻になってくれる?」


 でも、友達ではなく妻になってと言われるのは予想外。


 彼の押しの強さはきっと母親譲りなのだろう。

 リーゼロッテの脳内で、王子の呪いを解いてほしいと頼んできたときの王妃の顔が被ってしまった。


(これはもう、私に拒否権ないのでは……?)


 返事を待つマルクスの背後にはキューンと可愛く鳴く子犬まで見えてきて、もはや末期だ。


「は……」

「は?」

「はい……」

「!」


 蚊の鳴くような声で答えたリーゼロッテだったが、それを聞いたマルクスはぱあっと目を輝かせて、すぐに喜びを露わにした。


「やったー! ありがとうリーゼロッテ!」

「で、殿下!?」


 華奢なリーゼロッテの腰を持ち上げて、その場でくるくると回転する始末。

 思う存分回ってから優しくリーゼロッテを下ろすと、マルクスは改めて彼女に伝えた。



「大好きリーゼロッテ。これからも僕のそばにいてね」



 ……スキル『厄受け』の神託を受けたときには、誰も想像しなかっただろう。

 そのスキルが呪いで眠る王子を目覚めさせ、目覚めさせた王子からこんなにも懐かれてしまう未来をもたらすだなんて。

お読みいただきありがとうございました!

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