陰で『氷の女王』と呼ばれている憧れの上司が、リモート会議で誤ってカメラをオンにしてしまい自宅が画面に映ってしまったのだが、部屋の壁一面に俺の写真が貼られていた……!?
「みんなお疲れ様」
「「「お、お疲れ様です」」」
「今週の定例会議を始めます。では最初に各自の進捗報告から――」
パソコン越しの狭霧課長の、鋭く低音の声が鼓膜を震わせる。
狭霧課長は28歳という若さで課長に就任した才媛で、常に冷静沈着な態度と、女王様を彷彿とさせる美しい容姿から、陰で『氷の女王』と呼ばれている俺の憧れの上司だ。
狭霧課長に認められたいがために、日々の仕事を頑張っていると言っても過言ではない。
「まずは辻森君、報告してもらえるかしら」
「は、はい!」
課長に名前を呼ばれ、ドクンと一つ心臓が跳ねる。
カメラがオフになっている在宅勤務でのリモート会議とはいえ、思わず姿勢を正してしまう。
「えー、僕は現在場利固商事の案件を進めているところです。予定通り来週末には仕様書をフィックスできると思われます」
「了解。場利固商事はとても細かく仕様書を確認してくるクライアントだから、誤字一つでもあると容赦なくツッコまれるわよ。くれぐれも気を付けてね」
流石『氷の女王』。
一ミリも仕事に対して妥協を許さないその姿勢は、俺も見習わないとな。
「しょ、承知しました」
「よろしくね。んーんっ。では次は春日さん、報告してもらえる」
「は、はい」
……?
まただ。
狭霧課長はリモート会議をしているといつも、「んーんっ」という謎の息継ぎみたいなものをたびたび挟む。
社内で会議をしている時はそんなことはないのに、あれはいったい何なんだろう?
疑問は残るものの、この日の会議自体はつつがなく過ぎていった――。
「みんなお疲れ様」
「「「お、お疲れ様で……す!?」」」
「今週の定例会議を始めます。では最初に各自の進捗報告から――」
その翌週。
リモート会議が始まった途端、激震が走った。
何と狭霧課長のパソコンのカメラがオンになっていたのだ――!
そこにはスッピンでも十二分にお美しい課長のご尊顔と、課長の部屋と思われる背景が……。
その背景を見て、俺は頭が真っ白になった。
――そこには夥しい数の、俺の写真が貼ってあったのだ。
みんなで社員旅行した際のものや、俺の社員証の写真等々……。
中には明らかに盗撮したと思われる、俺が仕事している最中の横顔の写真まであった。
えーーー!?!?!?
「まずは辻森君、報告してもらえるかしら」
「あ…………、はい」
ど、どうしよう……。
多分課長はカメラがオンになっていることに気付いていない。
指摘したほうがいいかもしれないけど、でも、何て言ったら……。
「あ、あの、課長!」
「? 何かしら春日さん?」
――!
春日さん!
流石『会社創立以来の天然』の異名を持つ爆弾ガール!
君ならこの地獄のような空気でも容赦なく、課長に指摘してくれるね!?
「私は――お二人のことを応援してます!」
「…………は?」
春日さんんんんんん!!!!
これぞ『会社創立以来の天然』や!
普段はどんなトラブルにも眉一つ動かさない『氷の女王』が、珍しく鳩がロケットランチャー食ったような顔してはるで!(謎の関西弁)
「お二人って、誰のことかしら?」
「あの、オレからもいいッスか課長!」
続いて声を上げたのは、『チャラさ度数530000』の異名を持つチャラ男、吉澤君。
もう既に嫌な予感しかしない!
「……何?」
「初めてのデートは、映画がオススメッス! そんで夜は夜景の見えるレストランで食事すれば、イチコロッスよ!」
「……さっきから何を言っているのあなたたちは?」
吉澤君んんんんん!!!!
そんなベッタベタなデートプランでイチコロできるのは、君かローラ〇ドくらいのものだよッ!
まあ、俺が課長にデートに誘われた場合に限り、そのプランでもイチコロだけどね!(迫真)
「まったく、今は会議中なんだから、私語は謹んでちょうだい。さあ辻森君、進捗を報告してもらえるかしら」
「は、はい」
クソッ……!
やはり俺が自分の口で言うしかないのか……!
他の社員たちからも、無言の「早く、早く」という圧を感じる。
あーもう、こうなりゃ自棄だ!
「あ、あのですね、課長。――!?!?」
「「「――!?!?」」」
その時だった。
おもむろに狭霧課長は、一枚のうちわを手にした。
そのうちわには俺の顔写真がデカデカと貼ってあり、手書きのポップな字で『辻森しか勝たん』と書かれていた。
えーーー!?!?!?
「どうしたの辻森君。んーんっ。早く進捗を報告してちょうだい」
「「「――!!!!」」」
狭霧課長は「んーんっ」の部分で、うちわの俺の唇に濃厚なキスをした。
課長おおおおおおおおおおお!!!!!!
まさかこんな形で、「んーんっ」の謎が解けるとは……。
クソッ、これ以上課長に、いろんな意味で恥をかかせるわけにはいかない――!
「か、課長ッ!」
「……?」
「オ……オンになってます」
「?? 何が??」
「カ、カメラが、です」
「カメ……ラ? ――!!!」
やっと気付いてくれたのか、瞬時にカメラがオフになった。
そして数秒間、キャバクラで自分の妹に会ってしまった時並みの、気まずい無言の空気が流れる。
さもありなん。
――が、
「失礼したわね。さあ、会議を再開しましょう」
「「「……!」」」
何事もなかったかのように、いつもの冷静な口調に戻る狭霧課長。
流石『氷の女王』!
そこにシビれる!
あこがれるゥ!
「ところで辻森君」
「? はい?」
課長?
「今週末、よかったら一緒に映画を観に行かない? それで夜は夜景の見えるレストランで、食事でもどうかしら?」
「――!」
――課長!
「は、はい! 喜んで!」
「フフ、じゃあ週末にね」
カメラはオフになっているはずなのに、狭霧課長がパソコンに向かってウィンクしている画が見えた気がした。
「おめでとうございます、お二人とも!」
「ウェーイ! FOOOOOOO!!」
「「「おめでとー!」」」
「コラコラみんな。今は会議中だって言ったでしょ」
「ハハハ」
この日のリモート会議は、何とも和やかな雰囲気で進んだのであった。