表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/21

奄美大島奪還、あ号作戦

引き続き工事中。

 翌、1月29日午前5時00分。

 曾山司令は、勲章をジャラジャラとつけた白い海軍軍服に真っ白な海軍元帥の帽子を持参して、出撃に出る総旗艦・伊吹以下28隻から成る作戦艦隊に訓示と激励の言葉を送っていた。

 盃を交わす出撃式というものを始める。この出撃式は各鎮守府によって作法が違いがあり、対馬鎮守府は大規模作戦への参加が確定すると必ず、この出撃式を始めて行った。

 いわば出撃式の聖地なのだ。

 そしてその聖地から、第三次世界大戦以来初の大仕事、奄美大島とその近海、南西諸島の制海権奪還に向け、『奄美大島奪還作戦(作戦コード:あ号作戦)』が発動したのだ。曾山司令は演説台に登壇し、所属しているすべての艦と司令官たちが集まったのを確認して、静かにそして何処からか強い信念のあるかのようなオーラを醸し出しながら訓示を述べ始める。

「全ては昨年の『【そうや】沈没事件』から始まった。今や、全世界でも100万人、日本でも10000人の死者がでてしまっている現状である。そして、我が領土、領海、領空までもが侵され始めた。北方四島、先島諸島に尖閣諸島、そして奄美大島。第二次世界大戦終結以降、我々日本は非戦を誓ったが、第三次世界大戦次の中国の前例もあり、今回の第四帝国による不当な侵略を受けている以上、自国防衛のための戦争は避けられない。もうこれ以上、お前たちにも日本国民やこの対馬の島民にも、苦しく辛い思いはさせない。第四帝国の好き勝手にはさせてはならぬ!遵って、この占領された領土を奪還せねばならない。我々はもう軍事機密の鎮守府ではない!思いっきり暴れてよい。対馬鎮守府艦隊初の大仕事は編成された28隻、編成された艦もされなかった艦も、尽力し、この大規模な侵略戦争を乗り越え、共に勝利を掴もうではないか!」

 曾山司令が無意識に拳を振り上げる。数秒ののちにその拳を戻し「これを対馬鎮守府司令曾山昭弘の訓示とする」と威厳のある声で訓示を言い終わると、対馬鎮守府のあ号作戦参加艦艇、未編成艦艇、そして対馬鎮守府の将兵たちの皆から盛大な拍手が起こった。マイクから響く彼の透き通った声は、出撃する艦艇の心を奮い立たせた。伊吹が「よし、やってやろうじゃねぇか!」と大声で叫ぶと、その場にいる全員が雄叫びを上げた。

「水杯の儀を行う、対象艦艇と将兵は整列!」

 雄叫びの中、1人の担当士官が声を張り上げる。その声を聞いた人型艦艇や将兵たちは雄叫びをやめ、整列する。

 あ号作戦計画上、参加艦艇はのべ100を超え、人員に関しては10万人以上となる大規模なものとなった。しかしこれは横須賀以西の海軍区や九州にある基地に所在する自衛隊なども含まれ、日本国にある戦力のごく一部にあたる。そのうち対馬からは人型艦艇を含む陸海軍艦艇を50、参加兵力はおよそ17000人となった。人員数は全体の約1/6に当たるこれほどまでの人員を動員できるのは対馬鎮守府が他鎮守府とは異なり、日本国陸海空軍、独立海兵隊(以降、独海隊と呼称する)、日本国自衛隊の共同鎮守府であるからと言うことが関係していた。故に他鎮守府と比べ、人員も装備数も多く、備蓄している弾薬や燃料なども多かった。最高司令官は対馬鎮守府司令、つまりは現状は曾山司令が最高司令であると言うことである。

 一列ずつ盃が配られて行き、一升瓶に入った水がその漆色の小盃に汲まれてゆく。よく透き通った清水。顔を覗き込ませると自分の顔とその奥にある青空が見事に反射している上に小盃の底まで見える。さすがは阿蘇の清水だ。

 人型艦艇も将兵も、頭を下げながら清水の汲まれた小盃を頭の上まで持ってき、その姿勢を2、3秒ほど維持する。そして顔を上げると一気に水を喉へと流し込んだ。無言のこの儀式は、無を大切にしつつももう会えないかもしれないと言う気持ちを惜しむものである。それはまるで()()()()()()()()を示しているかのようであった。

「あの伊吹さん、いつものをお預け致します」

 出撃式も終わり出撃最終準備段階に入る中、伊吹の元へ昭和十九年式航空衣袴(旧日本軍のカーキの飛行服)を来た一人の若い航空兵が駆け寄って細い封筒を渡す。

「あぁいつものだな。分かった、任せてくれ」

 その航空兵は封筒を伊吹に託すように渡すと、お辞儀の敬礼をして急いで人型艦艇の艦載機の格納庫へと走っていった。

 出撃の盃を交わし、艤装を保管している武装保管庫で艤装を装着し、空母はその時に艦載機を自身の格納庫へと配備する。靴の裏に水上を走ることのできる水上航行装置という特殊な機械を張り付け、武装保管庫と壁一枚向かいの射出棟へ向かう。

「こんごう。俺らは第一射出棟、お前ら護衛艦隊と第六駆は第二射出棟に向かえ。射出後は、鎮守府正面海域まで航行。合流は鎮守府正面海域、20浬の海域」

「了解、護衛艦隊、第六駆逐隊は第二射出棟に向かいます」

 伊吹ら作戦艦隊28隻は射出棟と呼ばれる武装保管庫と扉一枚挟んで向かいにある出撃用の施設に向かう。射出棟は武装保管庫とは扉一枚挟んで向かい側にある人型艦艇の出撃専用の施設である。艤装を装備した人型艦艇はそこから出撃するのだ。

「くれぐれも潜水艦隊には気をつけろよ」

 常に殺気立ったようなオーラを漂わせながらポン、とこんごうの肩を叩く前弩級艦隊所属の安芸に「了解です」と返して、作戦艦隊は伊吹ら前衛艦隊と、こんごうら後衛艦隊の二手に分かれて射出棟に入る。

 射出棟には航行甲板というカタパルトがあり、これは6連装の3基。つまりは最大18隻の計3艦隊まで一気に射出可能と言うものだ。これはアメリカ海軍の原子力航空母艦と同様、艦推進機関のボイラーからの高圧水蒸気を圧可能と言うものだ。これはアメリカ海軍のこれはアメリカ海軍の原子力航空母艦と同様、艦推進機関のボイラーからの高圧水蒸気を圧カタンクに貯めておき、航空機の発進時に一気にシリンダー内に導いて、その圧力で内部のピストンを動かすと言うものを採用してしている。カタパルト・シリンダーの断面はアルファベットのCの形になっており、一部に隙間があり、この隙間を通じてピストンとシャトルが接続されている。シリンダーの隙間は、蒸気の漏れを可能な限りまで防ぐために隙間の両側からゴム製シーリングが塞いでおり、ピストンとシャトルの接続部分だけがシーリングを押しのけている。

 伊吹ら前衛艦隊の入った射出棟の方は既に用意は完了しているようだった。

「いよいよ出撃か、気をつけて行ってくるんだぞ。特に対空と対潜警戒、折角随伴に護衛艦がいるんだからしっかり使ってやらなくっちゃいけないからな」

 背後から灰色の作業服に身を包み、皺がある顔で髪は白髪混じりの黒髪な50代後半ほどの男が来た。その男は対馬鎮守府に所属している人型艦艇や軍人たちの装備を開発、管理している対馬工廠の工廠長である倉敷辰夫(くらしきたつお)であった。

「おぉ、倉敷さん!例のアレ、建造は順調か?」

 これから出撃だと言うのに伊吹は滅多に会うことのできない倉敷工廠長に出会えたことと、対馬工廠内で現在建造中の()()()()と言うものがどんな様子かと言うことに心を躍らせていた。しかし倉敷工廠長は顔つきを険しくする。

「バカ今はそんなこと言ってる場合じゃないだろう。出撃予定時刻まであと5分だ、例の件は時間が取れたらその時話そう。それでいいな?」

「楽しみは取っておけって言うもんな。分かったぜ、忘れんなよ倉敷のおやっさん。お前らぁ!航行甲板につけぇ!」

「オゥ!」

 伊吹や他の人型艦艇たちは、航行甲板のカタパルト部分に航行装置を接着させる。全艦が固定したのを確認した伊吹は、左にあるガラスの窓のカタパルト管制室に親指を立てて用意よしを意味するサムズアップのハンドサインを送る。管制官は、伊吹のハンドサインを確認するとすぐに射出の警報を鳴らす。警報音と共に部屋の色が元の色と赤色に交互に変化する。

「射出まで10秒。10、9、8、7、6、5、4、3、射出用意。射出」

「対馬鎮守府総旗艦、伊吹以下奄美大島奪還作戦艦隊。前衛艦隊全艦、出撃ッ!」

 管制官がボタンを押すと、カタパルトのピストンが一気にこちらを投げるかのように引っ張る。風圧で顔が首ごと吹き飛びそうになるのを耐えながら航行甲板を滑走して行く。3秒ほどすると海面が見える。設計上、航行甲板と海面は5m近くの差がある。そのため、まだ練度の低い艦が使用すると着水した時に衝撃に耐えられずに転倒してしまうという事態が発生したりするのだが、さすがは曾山司令に選ばれた作戦艦隊構成艦である。敷島や太刀風たちは勢いよく射出されると、そのまま断崖絶壁から飛び降りるように射出されて海面に着水する時も水飛沫はほぼ立てず、そのまま射出棟の出口、対馬島沖の日本海へと抜錨してゆく。

「前衛艦隊全艦の出撃を確認。カタパルト戻せ」

「後衛艦隊出撃用意、射出!」

 後衛の作戦艦隊を出撃させた射出管制塔は警報を解除して警報灯は黄色にする。射出後の整備のためにカタパルトは整備員によってゆっくりと元の位置に戻される。

「…誰一人死ぬんじゃないぞ…」

 倉敷工廠長は1人、徐々に小さくなってゆく前衛艦隊の影となった後ろ姿を見つめながら呟いた。

 前衛艦隊は、第二射出棟から出撃した人型護衛艦などの後衛艦隊と合流し、奄美大島へ向かうために大きく右に舵を切る。

「正面、ぼぉ振れぇ」

 静かであるが、同時に威厳に満ちた聞きなれた男の声がかすかに聞こえる。振り向くと、曾山司令を始めとする、司令一同が帽振れをしていた。伊吹たち28隻も敬礼で答えた。

 司令長官や多数の人型艦艇、将兵たちに見送られる作戦艦隊は徐々にその姿を黒い小さな影へと変えて、遥か水平線の彼方へと消えていったのだった。

「あ号作戦艦隊、南西諸島海域へと進路を転針しました」

 曾山司令は鎮守府作戦司令室に足を急がせた。いよいよ文字通りの戦闘が始まる。この戦闘で失敗すれば100を超える艦艇も、10万を超える現場兵士の命も無駄に散らしてしまうことになる。

 3分歩いたのちに鉄の分厚いドアを勢いよく開けた曾山司令は、レーダーディスプレイ上に英語表記で書かれた各艦の艦名と緑色の三角形が進む姿を見あげる。佐世保より武蔵以下第二艦隊も出撃するとは聞いていたが、合流は現地で詳しい海域などは知らされていなかった。南西諸島はほぼ全て陥落。残っているのは現状、沖縄本島だけとなっていた。

「沖縄だけなんで飛び石みたいな感じで取らないんでしょう?私ならすぐに取るのに」

 1人の通信士が疑問視する。確かに沖縄を取らないのはおかしい。あそこには日本国軍、自衛隊、在日アメリカ軍それぞれの基地がある。侵攻が始まってすでに半年近くが経過しているのに一向に侵攻する気配がないのだ。通常、脅威は早く取り除く方が良い。しかしそれがないとなると、沖縄自体は脅威として認識されていないのではないか?と言う仮説が浮かぶ。その仮説が浮かんだ直後、電撃が頭をよぎる。もしも第二次大戦の連合軍と同じで第四帝国が飛び石作戦(アイランドホッピング)を行っていたら。沖縄を孤立させて弱ったところで取るとしたら?それなら沖縄にすぐに侵攻しないのと辻褄が合う。曾山司令は艦隊に飛び石作戦の可能性があることを伝えるように指示し、同時に沖縄が再び戦場になるのではと言うことを懸念した。


   * * *


 対馬鎮守府からの打電を受け取った艦隊は坊ノ岬沖230kmの海域で佐世保所属の支援艦隊と合流し、屋久島西方を抜けて奄美大島から北へ200kmの海域、屋久島から僅か16kmの海域まで接近していた。

「すまねぇなぁ。わざわざ佐世保から来てくれるなんてよ?」

「提督の指示なら断れないわよ。それに対馬には前大戦の借りもあるみたいだしさ?」

 武蔵は銀に近い薄いピンク髪の女性。佐世保に存在し、佐世保鎮守府の総旗艦を務めている。姉の大和とは連合艦隊の華と呼ばれ、全国の野郎の海軍軍人たちからは人気がある。ランキング投票をしたら恐らく首位を姉妹で争うほどだろう。弟の信濃は対馬で第六航空戦隊の旗艦を務めているが、彼だけ男なのでしばしば「信濃も女だったらよかったのに」と言われることもある。信濃本人に聞かれると爆撃されかねないので言うときは本人がいない時のみになっているが。

 武蔵は佐世保鎮守府の精鋭、第二艦隊を率いて輪形陣を展開する。艦隊の数は合計で40隻。名目上は支援の主力艦をぶち込んでいる完全なる主力艦隊である。人型艦艇もいれば海軍の水上艦もいる。幾ら数があっても目的は艦隊支援であるので全権限は作戦艦隊旗艦の伊吹に渡ることになる。

「そ、れ、でー?伊吹は恋人とかできたの?」

「は?」

「あれ?前に会った時に作るとかなんとかって言ってなかったっけ?」

「うっせぇ!んなこと覚えてなんかねぇよ!」

 ニヤニヤと笑う武蔵に対して顔を赤くさせなながら伊吹は殴りかかる。それを武蔵は右に避けると伊吹は顔面から転ける。海水を被ったその長い水色の髪は頭を上げた時の遠心力で海水の雫を涼しげに飛ばしているが、その顔はマグマのように真っ赤っかなままだった。

「ははっ。惜しい惜しい、やっぱり伊吹って面白いねー」

「こっちは面白くねぇわボケェ!」

 反射的に思わず声をあげてしまう。それに他の人型艦艇たちがじいっと2人のことを見つめている。一瞬艦隊が静まり返る。

「そ、総旗艦殿が転けたのであります…」

 やっとの事で太刀風が口を開く。

「はっはっは。これは愉快じゃな」

 敷島も声を発しながら前弩級艦隊第一戦隊を率いて前に出てくる。太刀風と並んで戯れ合う伊吹と武蔵を眺めながらお決まりの「最近の若い者は盛んじゃのォ」という台詞を零す。第一戦隊の朝日、初瀬、三笠、薩摩、周防の5人も声を上げてその光景を笑うと、釣られて艦隊の連中の全員が笑い出す。

(クソ、災厄だ…!完全に笑い者になっちまってるじゃねぇか!全部あの武蔵のせいだ…)

 武蔵に自分の恥の責任転嫁をしながらそう思いつつも、前世と異なりこれはこれでみんなと一緒にいられていいかもしれないとつくづく感じる。

「と、兎に角、偵察隊を出す!対空見張りは厳だ。いずも、かが、ひゅうが、いせは哨戒ヘリを順次発艦、艦隊より半径20km以内は対潜警戒も厳重にしろ。対空は直掩戦闘機隊を空母は交代で全艦発艦。こんごう、お前は護衛隊群と共にその電探で敵機の位置を炙り出してくれ。いいな?」

 隠しきれない恥ずかしさを隠しながら伊吹が飛行甲板を付けた左腕を前に伸ばすと、背中の艤装の箱のような部分がガレージのシャッターのようにゆっくり開く。その中から胴体がやや長い、3人乗りの暗緑色の機体に風防のやや後ろの胴体と主翼には真っ赤に塗られた日の丸が描かれたレシプロ機が3機、飛行甲板にゆっくりと現れる。その機は彩雲と言い、旧帝国海軍が開発した偵察機である。その性能には目を見張るものがあり、世界でも指折りの航空機メーカーであるグラマン社の戦闘機、F6Fヘルキャットでさせ追い付けなかった程の速度を出せるという頼りになる速力を持った偵察機である。3機の彩雲は、それぞれが飛行甲板に三角形の頂点になるような形で静止すると一番機の彩雲の操縦員、つまりは隊長が風防を開いて伊吹の方を見て微笑見ながら敬礼する。

 その隊長は坂本という、明茶色の短い顎髭が特徴的な海軍大尉だ。坂本はそのまま伊吹の表情を確認する前に目線を戻す。

「彩雲坂本隊、全機発艦始め」

 伊吹の発艦許可の号令を聞くと坂本は、フラップを開いて彩雲はゆっくりと動き出させ、加速させていく。すのまま滑走路を全て滑る前に機体はフワリと宙に浮き、そのまま大空に飛び立っていく。続いて2機目、3機目も飛び立ち、3機の小隊はどんどん黒いゴマ粒のように遥か彼方の大空へと消えていく。

 ヘリコプター艦載護衛艦のいずもとかが、ひゅうが、いせも哨戒ヘリSH-60Kを10機出し、対潜及び対空警戒を厳重にする。

「本当に静かっスよねぇ。敵さん、俺らにビビって尻尾巻いて逃げたんじゃないスか?」

 ひゅうがが呑気に見えるか見えないか分からないくらいの坂本隊が飛んでいった方向の青空を見上げながら独り言のように呟く。

 しばらく経った頃だった。彩雲小隊から『敵艦見ユ』と報告が入った。その入電のしばらく後に『我、敵機ニ追尾サレツツアリ』という入電もあった。伊吹は低空飛行で敵機を振り切ることを指示し、急いで偵察報告を確認する。

 報告によると、敵艦隊の位置は奄美大島から南西方向に20海里(マイル)。詳細は戦艦が1隻を旗艦とし、重巡が3、軽巡5、駆逐が8隻に海防が1、空母が2隻との事だった。他にも艦隊がいるかもしれない。早く次の偵察隊を出したい。が、どの彩雲も敵機から追撃されているとの報告だった。考えられる状況として、不幸なことに出撃した彩雲3機が合流したところを敵戦闘機隊に襲われたという事であった。


 艦隊に報告を行った彩雲小隊は現状、第四帝国海軍艦隊に存在を知られ艦載機型にした旧ドイツ第三帝国空軍主力戦闘機のBf-109T型の航空部隊10機に追い立てられていた。並のBf-109T型ではありえないほどの速度、それに加えて翼下に備えられている機関銃はおそらく、20mmではなく30mmの機関砲。デフォルトで搭載されている7.92mm機銃でも十分すぎるほど高火力であるが30mmが追加で来るとなるとなかなか、後部機銃のついていない偵察機3機にとってはしんどいものである。しかし幸運なことにこの彩雲3機全てには後部機銃が搭載されている。仮に背後を取られたとしてもそれこそ最期の抗いは出来そうだ。

 彩雲はそれぞれクネクネと右へ左へと回避しながら、スロットルを開け閉めしながら速度を調整し、なんとか追い越してくれるのを待つのだが中々そうも行かないようだ。向こうも、やはりこちらの速度低下に合わせてスロットルを絞っているようだ。気持ちが悪いほどにピタリと後ろに張り付いてくる。

「高度を一気に下げる!水面スレスレを飛んで艦隊まで逃げるぞ!」

『りょ、了解…!』

 彩雲小隊小隊長、坂本はスロットルを全開にして出力を最大にし、そのまま操縦桿を無理に前に押し倒す。隊長機が機首を下げて水面に向けると、そのまま海面に引っ張られるように加速しながら降下していく。彩雲2機は、それを追い同じく高度を一気に下げる。勿論それを逃さんとするBf-109の部隊も急降下を開始する。

『隊長、あまり速度出しすぎて海面にぶつかんないでくださいよ!』

 坂本とあろう人に限ってそんなことをするわけがないと言うことは誰しも分かっていた。しかしこんな状況でもジョークを言ってられるあたり、よっぽど冷静なのだろう。3番機の機長の天神成海(あまがみなるみ)大尉は。

(やはり女と言うのはこう言う時に本能を発揮するのだろうか。男である俺には分からないが…)

 隊長はそう思いながら高度100mのところで操縦桿を引くと、機首もそれに合わせて上を向く。まるで横滑りのような感じで滑っているのを感じる。ふと横を見ると、真上から緑色の曳光弾が流れてくる。言うまでもなくBf-109からのものである。風防の上を見上げるとハヤブサがまるで獲物を喰らうために突っ込んでくるかのように戦闘機という()()()()がうねり声をあげながら急降下してくる。

「2・3番機。俺の前を飛行し、そのまま艦隊を目指せ。ケツは任せろ」

 坂本がラダーペダルの右側を踏み込むと坂本機は大きく左旋回をする。降下を終えて水面スレスレを飛行する2・3番機の後方について完全に盾になる準備をした。その間も機銃は絶え間なく撃ち込まれる。一列に並んだ彩雲の列の最後尾についた。

 Bf-109はと言うと、あまりの速度性能さゆえにスピードが出過ぎてフラップの展開が間に合わず4機ほどそのまま海へとダイブしてしまった。海面にはその残骸と航空機油が虹色に輝き浮いているのが見え、残る敵機を6機確認する。対するこちらは3機、2対1の状況はなんとしても避けなければならなかった。

「武井、どれくらいならサバけそうか!」

 坂本は後部機銃手の武井に問う。

 武井は機銃の引き金に掛けた指を離す事なく、機銃の咆哮をBf-109に聞かせながら彼もそれに負けまいと坂本に伝える。

「自分と坂本隊長で4機はいけるでしょう!」

 その言葉を聞いた坂本は若干微笑してフラップを収納。

 スロットルを開き、操縦桿を手前に引く。

 機体は垂直尾翼から伸びる糸に引っ張られるように機首を上空へと向け、海面から弾き返されるように上昇を始める。

 Bf-109隊の指揮官はコックピットの中で何かを合図するのが影となって見えた。しかし距離があるので何を指示しているのかは全く予想もつかない。

 6機のBf-109のうち4機は抗戦すると判断した坂本機を、残る2機は逃した彩雲2機を追跡する。

 正面から後ろへと重力とGで引っ張られ、背もたれの方に背中がぶつかる。

 坂本が振り返ると、やはり4機のBf-109は背後にピタリと着いてくる。それをさせまいと武井は後部機銃の一式旋回機銃(ドイツのMG15と呼ばれる機関銃を日本でライセンス生産したもの)を撃ち込んでいく。7.9mmの口径の機関銃は吸い込まれるようにBf-109へと飛んでいく。

 放たれたその弾は曳光徹甲榴弾。軌道は光るので修正でき、命中すれば内部で爆発し発動機や燃料タンクに命中したなら火災、火薬庫なら爆発を起こさせるという代物だ。この弾を4機のBf-109に飛ばすと、1機のBf-109の主翼から火を吹いて来た方とは逆、つまりは海面へと落下してゆく。

「3番機が殺られたぞ!」

「奴を逃がすな、追い続けろ!」

 3機になったBf-109のパイロットたちは、怒りに任せて操縦桿を握り愛機のBf-109はまるで腐ったカボチャに集るハエのように坂本機へと迫ってくる。しかし暫く追跡すると2機が左上方に、一機が右上方へと移動する。いくら上昇したとはいえうざったらしいくらい数で負けてるのに、そこにピタリと張り付いてくるので坂本は更に苛立ちを覚える。しかし、軍人ならば感情的になって動いては行けない。そうなった日には、その者は死ぬという事が軍人の理だからだ。

 彩雲の上空100m程度の空中で合流して、Bf-109は3機で長機(リード)僚機(ウイングマン)が援護する形を採る。これはロッテ戦法と呼ばれるもので、長機(リード)が攻撃を行っている間、僚機(ウイングマン)が上空ないし長機の後方に付いて援護、哨戒を行う。攻撃を行う長機(リード)は後方に留意する必要がないために攻撃に集中する事ができるというものだ。1機の僚機(ウイングマン)なら後方に回るのは簡単なのだが、僚機(ウイングマン) が2機となると大分ハードルは高くなる。2機の護衛を気にしながら大将首を取るのは至難の業である。

「どれくらいなら裁けそうか」

 機銃の引き金から手を離さず、迎撃を続ける武井に坂本が問いかける。武井は彩雲のコックピットの後部、つまりは武井の座席に搭載された一式旋回機銃の銃口から黒鉄の咆哮と共に噴き出される曳光徹甲榴弾を彩雲の後方にしつこいほどピッタリと追尾してくるBf-109にプレゼントする。

 この弾は10mm以下、20mm、30mmと口径が分けられ、日本では23式曳光徹甲榴弾と呼ばれている。北大西洋条約機構(NATO)加盟国の間で共有されており戦前(第三次世界大戦前のこと)にアメリカ、日本、イギリスの3カ国をの主導の元、中国やロシアの戦略・戦術爆撃機や再び出現した重戦闘機、新たに出現した重装甲多用途戦闘機の撃墜を目的として開発された航空機用機関砲弾で、この彩雲で使用されているものは後に第四帝国の出現によりNATO内で人型艦艇の艦載機にも使用可能にするために機関銃弾化したものである。この曳光徹甲榴弾は、曳光弾の軌道修正可能な点、徹甲弾の貫徹力、榴弾の爆破力の3点を兼ね備えた銃弾であるが、その欠点は大凡(おおよそ)の位置と弾の軌道が推測され、通常弾と軌道が異なり、扱いには相当な訓練を積む必要があると言うことだった。

「隊長と自分で2機は確実、残りの2機は先導の()()()墜とした時のこちらの被害で判断します」

 宮下はその言葉で笑いを堪え、武井のどこか上から目線のような声を聞いた坂本はふとキャノピーの前上部に装着されたバックミラーに目を映す。そこには一式旋回機銃を撃ちゆっくりと降下しながら攻撃してくる3機のBf-109を一度に相手し、苦戦する武井の姿が反射し映されていた。その姿を見た坂本はニヤつきながら「了解だ」と呟く。そして操縦桿を左に傾けるとそれに従って左に機体は傾き、高度600mから再び降下に入る。Bf-109は機関砲を連射するが、弾が坂本機を避けるかのように飛んでいき何度撃っても当たらない。次の瞬間には一機のBf-109の左主翼がもげ、打ち上がり、空中でコックピットを軸とする縦回転から横回転になりながら落下していった。坂本と宮下はそのことが発生した直後に武井の戦果だと言うことを悟った。武井はわざと坂本が彩雲の機体を滑らせていると言うことに気づいた上にBf-109はピッタリ付いてくると言うことを逆手に取り、一機の忌々しいBf-109を一瞬のうちに撃墜したのだ。

「よくやった武井」

「気を抜かない方がいいですよ。アイツら、ストーカーみたいに引っ付いてくるんで」

 武井は一式旋回銃の引金から一度指を離し、弾倉を取り替える。弾丸が向かってくる中のこれもまた中々怖いものであるが武井は顔色ひとつ変えずにリロードする。宮下も敵機の撃墜数や坂本機の現在地などをリアルタイムで伊吹へと電信を打つ。

 残りのBf-109は2機のようだ。そのうち1機は高度を下げてゆく。恐らくは機体の死角である下方から槍を突き上げるように一撃離脱するのだろう。背後の1機は翼下懸架した2門の30mm機関砲を撃ってきている。どうしてこうも一機の偵察機、しかも戦闘している方に拘るのか全く持って理解できない3人は、そのまま戦闘を続行するのは危険と考え始めた。右へ左へとのらりくらりと坂本は弾丸を避け、宮下はその状況を平文(暗号化していないモールス信号)で伊吹まで架電、彩雲というネズミに乗る武井は一人でBf-109というネコを返り討ちにし続けている。いつまた敵の増援が来るか分からない。離脱の時期を伺っていたが今がその時だろう。

「よし離脱するぞ、母艦に帰投する!」

「この敵機連れてくんですか!?」

 坂本が帰投を宣言すると驚いた表情の宮下が顔をあ上げ、武井も「はぁ!?」と驚いた反射で思わず引いた引き金は、機銃弾を銃口から発射、その弾丸を後方にいたBf-109のコックピットにぶつけ、風防にパイロットの返り血をベトりと付着させて撃墜されるBf-109に目もくれず顔を操縦席の方に向ける。

「あ、墜としてる…」

 宮下が武井がBf-109を撃墜したことに気づいてボソリと呟く。坂本は驚く2人を見ながら1対4での戦闘で既に2機落としたが残りの2機の行方が不明でいつ攻撃されてもおかしくないと言うことと、仮に撃墜したとしても燃料の問題でそう長くは飛べないと言うこと、それに敵機がいても艦隊に合流できれば人型護衛艦によるSM2(スタンダードミサイル)による撃破が可能と言うことを伝えた。

 すでに燃料は1/5まで減っており、偵察のために発進してから既に6時間が経過。増槽も敵機襲来と共に切り離している。まだ飛び続けられる程の燃料はあるが、先ほどの空戦でだいぶ消費してしまっている。艦隊との距離も軽く見積もっても100kmは離れているだろうか。

「坂本隊長がそこまで言うのでしたら従いましょう」

 宮下は直ぐに納得し、従うことに決めた。武井はと言うと、完全にそっちに任せます的な雰囲気を醸し出しており、そっちのけで後方警戒にあたっていた。武井のことを鼻で笑う坂本がスロットルを開き機体を右に傾ける。すると発動機の音に混ざって「ギャッ!?」っという短い悲鳴が聞こえてきた。

 一瞬だった。敵機が坂本機の左斜め下へとほぼ垂直に降下していくのを宮下が見たとき、宮下は何か嫌な寒気に襲われて、恐る恐るその声のした背面方向に首を向ける。

 目線を向けたその先には、風防にベットリと血がつき、首は左に90度にへし曲がってその首の付け根からは骨が剥き出し、右の頭部から脳みその一部をこちらに見せながら流血し絶命している変わり果てた武井の姿だった。

「おいしっかりしろ武井!武井!返事をしてくれ!」

 宮下は表情が分からぬ、何かによって凍らされたかのような武井に何度も応答を呼びかけるが、返ってくるのはいつまで経っても彩雲の発動機の音だけだった。

「隊長…!武井が…!」

 涙目になり、声を震わせながら宮下は坂本に武井の状態を知らせる。坂本は顔を機首の方にやったまま反射的に答える。

「分かっている!」

 怒鳴り声だった。しかし彼自身も涙を堪えていた。宮下、武井とは航空自衛隊時代からの仲であり、坂本が6つほど入隊年数が上でよく2人に静岡県の岩川航空自衛隊駐屯地で航空戦術などを教えていた。小隊もこの3人で組み、一心同体と言っても過言ではなかった程の連携が取れていた小隊だった。

 戦の空を駆けるその日から、同胞を失う覚悟していたはずだった。しかし、いざそれが実際に起こってしまうと人間というのは耐えられないものである。

 無論、武井という男の死は他の者の小隊のメンバーよりこの2人にとって大きな悲しみであった。

「こうなったら武井の弔い合戦です!奴らを全員殺して武井の仇を…!」

 高揚する宮下に対し、唇を噛み締めるその強さは今にも唇を切てしまいそうなほどだった。案の定、唇をガリっという音を立てながら切ってしまい、その傷を手の甲で拭いながら坂本は言う。

「ならん。ここで弔い合戦をやったところで何が残る、武井を死なせたのは私の責任である。せめて武井の亡骸だけでも丁重に弔ってやるのが私の、隊長としての責務だ」

「……」

 言葉に詰まらせ黙り込む宮下。彼はそれでも弔い合戦を行うように進言する。

「隊長!」

 しかし、坂本の気持ちに揺らぎはなかった。メタメタに打ちのめされ、魂の抜けた武井の肉体を水葬に付してやるか、内地に残された家族の元に最後に一度合わせてやりたいと思ったからだ。

(ありがとう、武井。お前だったから背中を預けることができた、お前じゃなかったらきっと背中は今ごろとっくに穴だらけだっただろう。つい数分まで生きていたお前を私の不注意故に死なせてしまった、こればかりは申し訳ない。どうか、どうか…。許して欲しい)

 改めて坂本は人生の不条理さ、理不尽さを同じ“班”の仲間を失ったと言うことで思い知らされた。それと同時に、今まで伏せていた武井への感謝が込み上げてくるのを心内で爆発させる。坂本の胸の内は今は嵐と化していた。村雨が降り、雷は絶え間なく落ち、暴風が吹き荒れる。そんな気持ちだった。モヤモヤする気持ちは鋼同士がぶつかる音で吹っ切れた。再び受けたBf-109の攻撃で翼内の燃料タンクに穴が空いてしまったようだ。音のした右翼方向を見ると白い線を引いているのが見えた。その白い線が燃料であることは見ずともはっきりしている、幸いにも火はついていないがおそらくは帰れないだろう。少なく見積もっても艦隊とは300キロは離れてしまっている。頭が空っぽになりそうだった。つい今さっきに武井を連れ帰ると言ったばかりではないか。こんなマンガみたいな事があってたまるか、と坂本は脳内で怒鳴る。しかし、いざ帰れないとなるとどうしようもない。

「艦隊に救難信号を出せ、こうなったら一機でも道連れだ…!」

 気づいた頃には遅かった。何か巨大な波に飲まれたかのように、人格が一瞬変わり出た言葉だった。

「…了解…!」

 宮下はモールス信号で艦隊へ救難信号を送る。頭の中では悩んでいたが、自分で言ったことには最後まで責任を持って行わなければならない。それが例え()()ではなく()()であっても。例え最後の1人になったとしても。

「後方より敵機!機銃を掃射しています!距離およそ720m!」

「宮下!しっかり捕まってろよ、武井を振り払われないように固定しろ!」

 坂本は戦う気だった。母艦の元へと帰れない男が3人。そのうちの一人のために、残された者たちに神も仏も鎮魂歌(レクイエム)すら歌わせてはくれないのか。これも運命なのだと受け入れる。もうここで坂本が死んでしまっては宮下という男に会えるかどうかも分からない。先に逝った武井には二度と会えないだろう。感謝の思いを伝えられなかったのが悔いだった。

「宮下ぁ、お前には偵察員として今まで頑張って貰ったよなぁ。お前の視力には驚かされたぞ、2.5キロ先の敵機の数、機種まで当てちまうんだからな。でもそのおかげでこっちは高速偵察を行えた。宮下、お前には本当に感謝しいる」

 坂本は自分が撃たれて死んでしまう前に、生きている間に宮下へ感謝の意を伝える。坂本の感謝は端的でありきたりであった。それ故に変に遠回しに言わない偽りのない真に心の内から思っているのだと確信することもできた。

「こ、こちらこそ隊長のような人が機長であったこと、誇りに思います!」

 相変わらず堅苦しい、が。そう思えるのも残り短いだろう。

「いくぞ宮下、俺ら人生最期の空戦だ」

 驚きつつも覚悟を決めた宮下は普段と比べて異様なほどに早く打電を行う。モールス信号機が壊れてしまうくらいに力も速度もあった。一方の坂本は後方についているBf-109の後方につくため、わざと機体を持ち上げる。

 いわゆるコブラ戦法と呼ばれるものだ。

「クソ!なんだコイツ…!」

 Bf-109の隊長と僚機は咄嗟に機体を逸らして、坂本機の両翼を通って避ける。

 この時を待っていた。

 そのまま機体を一回転させて今や2機のBf-109の背後をついている。撃墜も坂本の技量では不可能ではない。しかし、Bf-109は左右に分かれ、彩雲を撹乱しようとする。左に逸れた坂本は隊長機を追い、空戦を続ける。もう一機のBf-109は彩雲の背後につき、自慢の30mm機関砲で機体の部品を抉り取ろうとしてくる。

 左右上下の3次元運動が可能な中、坂本は敵機を追いつつ自身も撃墜されぬように神経を尖らせる。

 照準器の中心にBf-109の後ろ姿を捉えて、スロットルレバーについた機銃の発射レバーを引く。火花と共に黒塗りの発動機のカバーから弾丸が発射されていくのが見える。

「クソ!当たれよ、当たれ!」

 武井を失った怒り任せに撃ったからだろうか、なかなかに当てづらいものである。セミオートのように発射レバーを引いては離し、引いては離す。残弾数の計測器の桁がどんどん少なくなって行く。250m、240m、230m…。少しずつではあるが、地道に軌道修正をしながら背後から撃たれる球を交わし続けて5分。ようやくBf-109隊長機に彩雲の7.92mmが命中、主翼をもぎ取る。

「一機落としたぞ、背後のを狙う!」

 隊長機を撃墜した彩雲は黒煙の中を通り、大きく右へと旋回する。それをさせまいとBf-109は左旋回をする。明らかな機首格闘(ヘッドオン)のつもりだろう。機首を向け合って機銃を撃ち合う古めかしい攻撃方法だが、レンプロ機である以上ミサイルは搭載できない故に避けられない運命的なものでもあった。

「宮下!ヘッドオンは距離的にあと30秒後だ、それまでに打ち込んで欲しいものがある。頼めるか?」

「勿論です、任せてください。最期の打電になるかもしれないなら気合い入れないとですね」

「あぁ。打電内容は」

 打電内容を聞いた宮下はすぐさま打電に取り掛かる。坂本はBf-109に対してボロボロの彩雲で機首格闘(ヘッドオン)を開始しようとする。

 射程距離は大体720m。敵機との距離は目視距離だが1.4kmはあるだろう。まだ時間はある。再装填した機銃、各計器を確認する。敵機を撃墜することはできるだろう、しかし案の定、燃料はもうそこをつきかけている。伊吹へと帰ることは難しいだろう。

 一航戦として編成されたことは大変な名誉ではあった。…が。それが自分に同時に不幸を(もたら)していたことにようやく気がついた。一航戦は精鋭故に出撃回数も戦闘中に急襲に遭う回数も圧倒的に多かった。その度に命を落とす確率が高くなっていると言う重要な初心的なことを忘れてしまっていたことは坂本にとって大きな欠陥であった。

「宮下!お前は脱出しろ」

 その言葉に宮下は一瞬躊躇った。坂本とは第三次世界大戦時のシューター小隊から今日(こんにち)の彩雲坂本小隊に至る日まで生死を共にしてきた。今更、坂本という男を一人死なせることはできなかった。

「拒否します!ここで機を離れたら、ここに入った意味も理由も全てがマリアナ海溝行きですよ!」

 宮下らしいジョーク混じりの答えだった。坂本は「いいだろう」と言うのを躊躇った。その大きな要因としては、数年前に聞いた「俺、実は恋人がいまして。名前は加井枝千賀(かいえだちか)っていうんですよ。ほら、可愛いでしょう?」と恥ずかしそうににやけて写真を見せながら言う宮下の姿だった。ここで宮下が死んでしまえば、残されたその恋人の人生は大きく変わってしまう。家族の人生もだ。

「クソ…!なんでだよ宮下ぁ!なんでお前はいつもそうなんだよ!?」

 振り向く彼のその声は涙ぐんでいた。今まで実の息子のように可愛がっていた武井を失い、その上宮下が自分一人死なせないと言って坂本がしがみついた死に自らもついて行っている。坂本のそれは、決壊寸前だったダムが一気に決壊して抑えていた水が一気に流れ出るようなものだった。

 怒り、恐怖、悲しみ、憎しみ。

 それら全てがごちゃ混ぜになって一気に溢れ出た。1キロを切った死への片道切符を宮下も切る。

 空を駆ける暗緑色の鋼鉄の鳥は、白い血を流しながらも懸命に飛び続ける。散るなら刺し違えようという意志が運命づけたようなものだった。

「喰らえクソ野郎!武井をよくも殺しやがったな、お前が死んだとしても俺は許さねぇ!地獄で永遠に償い続けろぉぉぉっ!」

 怒鳴り、涙を流しながら引き金を引き、雷火の雨を降らせる。対するBf-109も搭載機銃を全て活用して迎撃する。

 距離は最有効射程の700mを切った、これなら撃ち負けることはないと思った時だった。風防正面にヒビが入り、ドスドスと鈍い音がした。Bf-109の機首搭載機銃が彩雲の風防を突き破り搭乗員席を蹂躙、坂本の体にガラスとその弾が刺さる音だった。血の匂いが更に強くなり息もできない程に風防内に溜まる。

「まだまだぁ!行くぞ宮下ぁ!」

 銃弾が刺さる中、坂本は海軍軍人としての意地を見せる。時々散る火花を見て照準を微調整して連射し続けると、Bf-109から大きな火花が上がりその僅か0.5秒後には爆発四散したのだった。彩雲はその焔の中へと突っ込んで抜ける。

 やっと勝てた。しかしもうこの傷では帰るどころかもう死ぬのを待つしかないだろう。咲いて散る華のように儚い人生だった。まだ39年の人生、これからまだやることはあっただろうがやむを得なかった。仲間を逃すために最善は尽くした、あとは皆に任せようと言うのが望みだった。

 これが夢なら覚めて欲しかった。またケロッと顔を出してくる武井を見たかった。しかしそれももう叶わない。武井はBf-109の銃弾に倒れ、大空を越え、もう手の届かない天へと旅立っていってしまったからだ。

(すまない千賀…。もう、俺もダメみたいだ…。本当にすまない…)

 宮下の脳裏に浮かんだのは、千賀が人型航空母艦として戦う姿と、部屋の隅で泣き崩れる彼女の姿だった。彼女と撮った、黄ばんだモノクロ写真を握りしめると、ポタポタと写真に垂れる血で気づいた。先ほどのヘッドオンでの機銃の命中時に脳に機銃を喰らったのだ。だんだんと宮下はボーッと、意識が朦朧としてくる。その中で、彼の幼少期の埃被っていた記憶や千賀と過ごした日々の思い出が込み上げてくる。これが走馬灯か、俺は死ぬのか、宮下は閉じそうな目を必死に開け続けるが、最後に「千加…。持ってきた情報は全てお前に渡したぞ…。また、逢おう…」そう言い残すとぴくりとも動かなくなった。

 通信席を坂本が振り返ると、俯いたまま機体が揺れるのに対応するように頭を左右に揺らす宮下の姿だった。宮下も逝ったか…。俺も今から武井の元に向かう。また今度は争いのない平和な世でアイツと逢ってみたい。そう内心思いながら坂本はゆっくりと燃え堕ちる機体の中で目を閉じた。ついに主翼から炎を噴き、操縦者を失った彩雲は、金属音がするとそのまま機体は制御を失い、横移転しながら落下していく。

 サイウンは、地獄の鷲Bf-109を返り討ちにした所で力尽き真っ逆さまにおちる。

 その銃弾でボコボコに凹んだ身体を持つ偵察機彩雲は、大きな水飛沫を上げながら海面に衝突。奄美大島沖300kmの海域にて、彩雲坂本機は、6機を撃墜した上で坂本少佐39歳、宮下中尉27歳、武井中尉27歳と共に永遠の眠りについた。

 墜落したその海面には、彩雲の胴体に塗られていた桜のマークの刻まれた破片と死ぬ間際、宮下が握りしめていた、千賀と撮った写真が浮かんでいた。


    * * *


「2番機着艦!続いて3番機着艦進路入ります!」

 艦橋の航空管制室は忙しく騒がしい。伊吹の飛行甲板に戻ってきた彩雲坂本小隊の列機たちは隊長機、坂本の帰りを待っていた。

「隊長たち大丈夫かしら…」

 彩雲が格納庫に収容されたあと、ポツリと格納庫の中で天神大尉が呟く。

「隊長がそう簡単にくたばるわけないでしょ、大丈夫ですって大尉」

 同じ3番機の機銃手が肩を叩き励ますが、天神大尉はやはり心配であった。格納庫の中、天神大尉は1人コックピットに戻り、無線の波調を坂本機のものと合わせる。しかしそこから聞こえるのはいつまで経っても砂嵐だけ。撃墜されたのではないかと頭をよぎる。

(隊長に限ってそんなことは絶対にない…。きっと通信機器の故障よ、そうよ!まだ隊長は死んでない!)

 都合の悪いシナリオを改変して、自分に言い聞かせる。しかしどこか彼女の心には埋め合わせの出来ない穴が開いたような気がしてならなかった。


「加賀。宮下からだ、帰投したら読んでくれと」

「え?宮下さんから?」

 ポカンとした表情を浮かべる加賀に伊吹はいつ包んだか分からない、明朝体で加賀様と書かれた白い封筒を渡す。加賀は何が何だか分からぬままそれを太陽の方へ(かざ)して何が書かれているのかを確認するが、三つ折り以上になっていて陰となって全く内容が見えなかった。内容が分からぬまま、その封筒を加賀は懐の内へと仕舞う。

「総旗艦殿!こんごう殿より入電であります、敵艦隊合計12隻が我が方へ接近中との事!」

 太刀風がこんごうからの打電を受け、それを伝える。太刀風によると、敵は4隻編成の3個駆逐隊。こんごう所属の哨戒ヘリの画像をもとに分析した結果、艦級は武装からおそらくはロタール・フォン・アルノー・ド・ラ・ペリエール級駆逐艦とエーリヒ・トップ級駆逐艦の2つと予測された。

「となるとやっと大規模艦隊戦か…?」

「アホ、3個駆逐隊っつってたろ。そこまででかい海戦にはならねぇよ」

 いせがあまぎりの頭を飛行甲板の角で叩く。ゴンッと鈍い音がして、あまぎりは叩かれた部分を両手で押さえて「痛いよー」とその場にしゃがみ込む。

「数的には聯合艦隊じゃないかのぉ。6隻編成の艦隊であれそうでないであれ、基本は4から7隻編成が艦隊じゃ。7隻は臨時じゃがなぁ…じゃから、大規模とまではいかぬが連合艦隊故に艦隊決戦は激化するじゃろうな」

 敷島が長く白い顎鬚を撫でながらもあまぎりを擁護とまでは行かないが解釈を言い、間違ってはいないことを伝える。

 敵艦隊が姿を現したのは彩雲2機が着艦し、収容されて間も無くのことだった。

「敵艦隊を視認、距離20キロ!」

「砲雷撃戦用意、護衛艦は之字運動を取れ!」

 双眼鏡越しに駆逐隊を視認したいずもが叫ぶように言うと、伊吹がすかさず声を張り上げる。装甲の薄い人型護衛艦は砲弾が仮に命中でもすると、簡単に中破以上の損害をこうむる、被弾する恐れがある為伊吹は回避行動である之字運動を取るように指示、艦隊はそれに従った。

射撃開始(コンメスファイヤ)、撃てぇ!」

「トマホーク発射始め!」

 本来ならば20km圏内に敵を近づけてはならないのだが、護衛艦たちはこの時ばかりは彩雲収容と哨戒ヘリコプターがまだ上空に存在したということもありミサイルは発射できずにここまで近づけてしまった。

 ヘリコプター艦載護衛艦のいずもとかが、ひゅうが、いせの4隻はそれぞれ3発ずつ、巡航ミサイル、トマホークを、背中に背負っていた艤装に搭載されているVLS(垂直発射機)のハッチを開けて放った。煌めく赤白い閃光、それに続くように駆逐艦と突撃艦たちが突撃を開始する。

 敵艦隊は報告通りロタール・フォン・アルノー・ド・ラ・ペリエール級駆逐艦とエーリヒ・トップ級駆逐艦。それぞれ、Z52型駆逐艦と呼称されていたロタール・フォン・アルノー・ド・ラ・ペリエール級駆逐艦は主砲にSK,C/41(Drh,LC/41 砲架のもの)42口径12.8cm単装砲を4基、対空火器にFlak,M/42,69口径37mm連装機銃4基とSK,C/38 65口径20mm四連装機銃3基、水雷兵装に53.3cm三連装魚雷発射管が2基m魚雷18本、対潜武装で爆雷投射機4基爆雷30個、おまけで機雷50個。ナチス時代にZ46型駆逐艦と呼ばれていたエーリヒ・トップ級駆逐艦は、主砲に128mm連装砲塔3基、対空火器は37mm対空機関砲6基と20mm対空機関砲8~14基(艦によって数が異なる)、水雷兵装に4連装533mm魚雷発射管2基、爆雷投射機4基と機雷60発だった。

 対艦誘導弾(ハープーンミサイル)はロタール・フォン・アルノー・ド・ラ・ペリエール級駆逐艦をロックオン、迷わず突っ込む。

「なんか飛んでくるぞ!」

「対艦ミサイルだ、対空戦闘!機銃射撃開始、急いで止めろ!」

 ミサイルの存在を目視で確認し、急いで対空機銃の引き金を引き、その砲口から火を吹き出させ、必死に墜とそうと抵抗するエーリヒ・トップ級駆逐艦。乱射して飛ばすその銃弾の圧倒的な弾幕量を掻い潜り、トマホークはまるでイノシシのように突っ込んでこようとする。

「左舷ミサイル!おそらくトマホーク!」

 電探にやっと捉えるエーリッヒ・トップ級駆逐艦たちだったが、時速880kmの亜音速の誘導弾を落とせるはずもなく、次々にトマホークが命中。その場にいたエーリヒ・トップ級駆逐艦はなす術もなく、全て沈んで行ってしまった。

「エーリヒ・トップ級全滅!」

「ヤバいぞ、砲も魚雷も射程外だぞ!?」

 ロタール・フォン・アルノー・ド・ラ・ペリエール級駆逐艦は一瞬にして目の前で前衛を請け負っていたたエーリヒ・トップ級駆逐艦たちが全滅した事に混乱を引き起こし、戦意を損失してすぐさま反転。撤退して行った。

「目標、半数が沈黙。恐らく沈黙した全て撃沈したと思われます」

「残存艦艇、南方へと離脱。撤退していきます」

 いせが静かにディスプレイを模した小型の機器に目線を移しながら波に声が負けそうな程静かに報告する。それに続けていずも状況報告を行う。もひゅうがとかがはその背後でそれぞれ双眼鏡で上空を見上げるか、SPYレーダーで敵影を距離を調節しながら確認して敵機が来襲していないか見張っていた。

「よし。第二波を送れ、それと太刀風と槍風、薙風を前に出して哨戒させろ。前衛の偵察はアイツらで十分だ」

 伊吹が指示を出すと艦隊後方から3隻の駆逐艦が速力を上げて戦艦や重巡の間をすり抜けて行き、その後に伊吹の前をガッチリと固めるように陣形を整える。すると後方についていた武蔵が不満を垂れる。

「ちょっとちょっと!私ら佐世保艦隊を忘れないでくれる!?伊吹だけの仕事じゃないんですけど!」

 頬を膨らませた武蔵はヤケクソになって近く(と言っても艦隊から30km、上空2000m)を飛行していたドイツ第四帝国の偵察機Ar196を三式弾で撃墜する。伊吹はよく分からない内に砲撃して敵機を撃墜する武蔵を見て唖然としていた。

「わかったわかった!武蔵も前衛だ、それで文句ねぇだろ?」

 その言葉を待ってましたと言わんばかりに彼女は目を輝かせて小さな駆逐艦(色んな意味で武蔵が大きすぎるだけ)とともに前衛に編入され、その護衛的になってしまったが第34駆逐隊所属の峯風型駆逐艦11番艦の太刀風、第七水雷戦隊第62駆逐隊所属の改秋月型防空駆逐艦(槍風型防空駆逐艦)の1番艦槍風、同2番艦の薙風が艦隊の前衛を請け負う。

 彼らの航路が艦隊全体の道標となると同時に、()()()()()()()()()()()がこの戦いで確実に出てくるだろう。そう感じた伊吹はこの3隻を前に出した。すでに駆逐艦は数隻いたのだが、やはりこの脳筋駆逐艦トリオ(肉弾三人衆)(槍風はいつもバカ2人といるので巻き込まれただけで別に脳筋ではない)がいると格段に安心感が上がる。脳筋なはずなのに安心できると言う奇妙な感じだ。力技でゴリ押しているからであろうか、安心感は例えるなら実家にいるくらいであった。

 肉弾三人衆と呼ばれるほどあって基本戦術は突撃。それ故に曾山司令もこの3人の運用には頭を悩ませていた。しかし悪いだけではなく、3人は脳筋な割に連携がしっかり取れていると言う珍しいものである。恐らくは前弩級艦隊第二戦隊に所属している薩摩型戦艦の薩摩の扱きの賜物なのだろう。槍風、薙風を率い、立ち回りや槍風の提示した戦法を的確な時に指示する太刀風、三人衆の頭脳で戦闘次の作戦立案担当の槍風、力でゴリ押して突破口を開く薙風。この3人が揃って初めて肉弾三人衆としての力を発揮するのだ。

「前方に敵影、複数艦隊。おそらく彩雲小隊の報告のものです」

 艦隊右前方を航行していた槍風が敵の主力と(おぼ)しき艦隊を確認し、太刀風、薙風ともに距離を詰めて交戦状態に入る。

 腰に下げていた主砲を取り出した太刀風は連装砲の仰角をあえてずらす。所謂(いわゆる)、交互射撃という、砲の仰角を高いものと低いものを設定して、その誤差を修正して再び射撃するという砲術であり、最少の砲弾の使用量では3発と少ない弾薬で射撃が可能であった。

「交互撃ち方!撃ちぃ方ぁ始め!」

「俺らで援護する、槍風は突っ込め!」

 太刀風と薙風が砲撃雷撃を浴びせるその砲弾の嵐の中、槍風は自らの槍を持って敵艦隊へ突っ込む。

「私の蜻蛉切りの斬れ味はどうですか!?」

 槍風は蜻蛉切と呼ばれる名槍を思いっきりぶん回し、敵を撹乱している。突かれるのは誰であろうともちろん嫌なのだ。死ぬほどに。

 太刀風と薙風にヘイトが向いているために槍風には魚雷一本もやってこない。それを好期に槍風は持っている蜻蛉切を右へ左へと振り回し、飛んでくる流れ弾を斬り捨て、一気に敵駆逐隊との距離を詰める。気づいた駆逐艦が数隻、槍風に向けて主砲や魚雷を乱射する。しかし槍風は自分に命中しそうな弾のみ蜻蛉切で斬り伏せ、魚雷は飛んで避ける。そのまま撃ってくる駆逐艦たちを三度腹を突いてそのまま通り過ぎる。3隻の蜻蛉切に突かれた駆逐艦は血を吹き出させながら倒れ沈んでいく。その返り血が彼のメガネに付着するが彼は気にせず突撃をやめない。

 艦隊の数が増えているのだろう、弾幕が徐々に濃くなるのを感じるが彼はそれどころか却って勢いは増す一方である。逆に太刀風と薙風にはサバけないほどの砲弾と魚雷、それと無数の航空機が群がっている。

「我こそは、海の武士(もののふ)、太刀風だ、敵旗艦は何処ぞ、我が相手になろうぞ!」

 紅の大鎧に身を包み名乗りを上げる彼は、腰に帯びていた太刀と細い縄、魚雷を3本取り出し何かをしようとしている。太刀の柄にある穴に縄を通し、しっかり固定して魚雷を空中に全て投げてからフックを投げる様に回し始める。そして狙いを定めてその太刀を魚雷に向けて投げた。そし手縄を思い切って左に引っ張る。すると太刀も縄に引っ張られて左へと引っ張られる。太刀は右から左へと水平に信管に太刀が触れて魚雷は空中で爆発、残りの2本も誘爆した。2機の黒烏(からす)が爆散、その両翼を飛んでいた3機も爆風に巻き込まれ翼がもげ、胴体がパカりと割れて撃墜られる。太刀風は生物艦載機黒烏(からす)が5機墜ちていくのを確認した。

「敵機を5機撃墜しましたぞ、総旗艦殿!」

「よくやった、そのまま対空警戒だぞ太刀風?」

 生物艦載機とは、戦闘機の胴体と鳥を掛け合わせた様な奇妙な航空機で、翼は勿論、タイヤが鳥の足になっていたり、戦闘機の機首先端が嘴になっていたりともはや、戦闘機(プラス)鳥ではなく、人が乗れる武装のついた鳥であった。そんな生物艦載機は大きく分けて3種類ある。黒烏(からす)の様な黒く、小型な黒烏(からす)A型(戦闘機型)をベースとし、そこから雷撃機や艦上爆撃機に発展させたもの。白鶴(つる)の様な形を模した、白い水上偵察機型。大鷲(わし)の様に巨大で爆弾を大量に搭載可能な爆撃機型。その3つの型の生物艦載機と、通常の航空機の織り混ざったのが、第四帝国軍の主力となる航空戦力の実態であった。

 太刀風は独自に編み出したこの戦法で対空戦闘を行っていたのだ。もっと奥深くまで切り込んで敵の旗艦の首を挙げる。そのために敵艦隊へ突撃すると必然的に航空機の数が増え、対空用の弾薬が切れて、斬り込むのが困難になってしまうというのが太刀風の考えだった。それを回避するためにも爆発する魚雷や爆雷を必要ない時は、対空兵器と使用しているのだった。

「分かっておりまする、おぉい槍風、薙風ぇ!早く戻ってきなされぇ!」

「あぁわかった、今行く!」

 槍風と薙風が艦隊本隊に合流しようとした時だった。砲弾が薙風の右前方から飛んできて彼を掠め、そのまま水柱を立てて爆音を響かせる。

「うおっ!?何だ!」

「うざったらしいんだよ。ちょこまかと攻撃躱しやがってよぉ!」

 そう苛立ちを覚えたのは、第四帝国の奄美大島占領部隊支援艦隊の旗艦兼氷雪4大艦(別名:4大艦)のサタナキア級戦艦2番艦、ダブルだった。第四帝国内なら戦艦同士での1対1(サシ)で右に出るものはおらず、同時に第四帝国中でも最も強力な艦4隻の別名であり、四天王と呼ばれるものだった。ダブルはその筆頭である。

 ダブルは47糎連装砲を8門の全てを撃つ。機動性の高い駆逐艦は避けられたが、47糎の砲弾は真っ直ぐ最上の元へ飛んでいく。他の艦を逃がしていた最上が気付いた時はもう500mも無かった。回避行動を取るにも時間が足りない。500メートルと言う距離は砲弾は一瞬で駆け抜けられる。最上は逃げることさえ、できる余裕はなかった。

「最上兄!」

 鈴谷が必死に叫ぶ。構わずに砲弾が降り注ぎ、最上が衝撃に備えたその時だった。

装甲(シールド)!」

 伊吹が装甲巡洋艦に艦種を変更して黒い追加装甲(アーマー)を付けた右手を最上へ伸ばし、最上の頭上には黄金色の《装甲》の字とそれを囲む魔法陣が展開していた。装甲(シールド)に47糎は衝突、その爆音と爆風は空を切り裂く。展開を終えた装甲シールドは消え、最上は爆風の中、伊吹に感謝の言葉を贈る。

「助かった、すまん」

「大丈夫だ。お返しは、しっかりしなければなぁ。主砲安式30(センチ)連装砲、撃てっ!」

 伊吹は、当然だ、と言わんばかりの返事を声と砲撃音で返す。共に戦う戦友・仲間を、しかも装甲が満足にない巡洋艦を狙って戦艦が砲撃して来た。しかも最上型の4兄妹は改鈴谷型の伊吹にとっては義兄に当たる。仲間を守れなかった前世を持つ伊吹にとって、義兄が撃たれたことは怒りの頂点へと彼を沸騰させる十分な理由だった。

 戦艦は、機動力では劣るが、その圧倒的な火力と防御力を兼ね備えた海の覇者とも呼べる存在であり、それに次ぐのが巡洋艦、駆逐、潜水艦の順で強さの順位ランキングは粗方(あらかた)決まっていた。

 そのトップの戦艦が、巡洋艦を狙うとは、伊吹の目には、まるで弱い者いじめをしているガキ大将の様にダブルは映ったのだ。

「おいテメェ!戦艦なら戦艦同士で戦い上がれ!」

「ここには俺の相手になるほどの戦艦が居るのか?いないだろ?」

 額に血管を浮き出して高揚する伊吹がダブルに対して口煩く叫ぶ。

「超大和型戦艦である俺、尾張が居るだろ!お前の目は後頭部にあるのか!?47糎連装砲の火力だけを鼻にかけてるバカは俺が成敗してやる!」

「まぁ、相手がいないよりはましか…。来い、相手してやる!」

 尾張とダブルは向かい合い、どちらも最初から最大戦速全速力で突っ込んだ。尾張は高角砲、機関銃、副砲だけを先に放つが、ダブルは47糎砲を全門発射している。ダブルのその圧倒的艤装量由来の弾幕が張られ、空は黒くなり、海には無数の水しぶきが上がる。砲声は他の戦ってる艦からも聞こえるが、さすがの40糎越え大口径の主砲なので皆がチラチラと見るほど大きかった。只、直ぐに主砲を撃ったダブルは主砲を8門の内2門分しか命中せず、尾張の予想より損傷は軽微だった。

「ケッ、全然当たらねぇか…。散弾しちまうな、あとでヴィッツに直してもらわなきゃいけねぇなぁこりゃ…」

 独り言と一斉斉射を繰り返すヴィッツに対し、超大和型の尾張は少し間をおいてから順に51糎砲を無言で撃つ。わざと外して自身の射程圏内へと上手く誘導、誘い込む。

 目標への最有効射程距離まで残り200m、100、50、0、今だ。

 もっとも敵艦への攻撃で効果のある最有効射程へと誘導してから、尾張は一気に残っている方を斉射する。ダブルはまんまとその計略にはまり、51糎砲が6門分、艦体()のあらゆるところに命中する。

 単純な力比べでは、ダブルは負ける筈はない。しかし尾張は勇将と名高い軍艦。ダブルが武を持つ脳筋艦ならば、智と武を両方兼ね備えたエリート艦である。

 ダブルの損傷は3番主砲塔が損傷、攻撃不可、対空装備も1/10が発射できなくなった。彼は舌打ちをすると、「少しは、骨のあるようだな…。俺だって死んじまってはいけねぇならな。今回は帰らせてもらうが、まだ負けたわけじゃねぇからな!」と吐き捨てるような遠吠えだけを残してさっさと撤退していった。その後を追うように南西諸島方面艦隊は撤退していった。その後、奄美大島上陸していた氷雪艦隊・海兵旅団は陸上自衛隊の10式戦車、16式機動戦闘車、25式自走榴弾砲と普通科連隊によって蹂躙され、完全に奪還したのだった。

 大仕事はほぼ一瞬で終わった。一瞬と言っても3時間はかかっているが、それでも半日の戦いなどを平気でこなす、明光艦隊にとっては容易い事だった。

「よし、勝鬨を挙げろ!」

 太刀風が大声で呼びかける。「えい、えい、オーー!」と雄叫びと共に青空の下には無数の拳が降り上げられていた。

 だが、勝鬨を挙げた直後だった。砲音と共に14cmの鉛・弾・がどこからともなく飛んできたのだ。幸いにも、命中はしなかったが、至近弾により、伊吹は海水を頭から被ることとなった。

「誰だ!?」

 『いずも』が振り向きざまに大声を張ると、直ぐに返答が来る。伊吹はとっさに左手を横に突き出し、その場にいる全員の動きを止める。

「俺はの寧海(ニンハイ)級巡洋艦1番艦、寧海(ニンハイ)だ!」

「同じく寧海(ニンハイ)級巡洋艦の2番艦、平海(ピンパイ)です」

 寧海級巡洋艦の2隻は氷雪艦隊の第五遊撃部隊(軽巡洋艦と駆逐艦、海防艦で編成された改造水雷戦隊的な艦隊)を率いてやって来た。

「とっとと下がれ、俺らは世界帝国を作る為に総統閣下からの命を受け、こっちに来たのだ。お前ら見てたいなウジ虫共がわくとこっちも苦労するものだ、早々に立ち去れ!」

 寧海(ニンハイ)は溜息を1つついて言った。すると、さすがに太刀風の堪忍袋の緒が切れたようで、

「うぬらは我が領土を侵しておきながら、我が物顔にする気か!」

するとそれに続くように、槍風が言い放つ。すると、伊吹の元へ通信が入る。

『伊吹、満州だ。そちらに第五遊撃部隊が接近中との情報を奄美大島守備隊から報告を受けた』

「あぁ、今目の前にいる」

『気を付けろ、相手の旗艦の寧海(ニンハイ)と弟平海(ピンパイ)は結構やり手だ。寧海(ニンハイ)級軽巡洋艦の所言を伝える。主砲は50口径14cm連装砲3基、防空火器は40口径7.62cm単装高角砲6基とヴィッカーズ式40mm機銃8丁、マキシム8mm機銃を10丁、魚雷は53.3cm水上魚雷発射管連装2基。航空機は機種不明だが1機だ、いいな。幸運を祈る』

「あぁ。分かった」

 満州との通信を終えた直後だった。

「俺らが相手だ、相手にとって不足は無いぞ!」

 太刀風と槍風、薙風がその場にいる作戦艦隊を通り越して突撃する。

「おい、お前らよせ!」

 伊吹が制止させようとするが全く聞かない。しかし、相手は軽巡洋艦を旗艦とした艦隊。駆逐艦3隻では到底勝てない相手だった。駆逐艦3隻はもろに14cm砲を喰らってしまった。だが、幸いにも轟沈する艦は居なかった。直撃と同時に黒煙が立ち込め、中から、「グハァ!」と槍風が思いっきり腹パンを喰らったかのような悲鳴を上げたのが聞こえた。

 その煙が晴れて見えて来たのは、出血した箇所を手で必死に抑える槍風。太刀風は刀を杖に片膝立ちし、薙風はその場に座り込んでしまっている。

「どうした、大口叩いて突っ込んできながらそのざまか!」

 寧海が高笑いをして空を見上げる。

「クソ野郎…、駆逐艦と軽巡じゃ勝負にならんことくらい分らぬか…!」

 太刀風が吐き捨てるようにぼそりと呟く。

(相手が悪かったのもあるが、俺らが回避行動を取らなかったのも原因か…)

 すると寧海はその言葉を聞いて太刀風の胸ぐらを掴み、顔面を殴りつけた。そして、敗れた癖にまだ言うか、と言い残して投げ捨てる。

「ケッ、暗黒の野郎供が…。一撃で揉み潰してやる…!」

 もう我慢ならんと三隈や他の艦たちが勇み出る。しかし伊吹は首を横に振った。

「ダメだ、大勢で行っても、伏兵が居るかも知れん」

「じゃぁ、どうしろと…!」

 三隈が伊吹の方を振り返るが、伊吹は何も言わなかった。只々、太刀風たちを眺めているだけであった。

「あのままでは、太刀風や槍風、それに薙風が轟沈してしまいます!」

 改利根型重巡洋艦の荒川が助けようとするが、伊吹は、ならん、と言って一蹴した。

(幾万もの絶望的な戦場を生き抜いてきたあいつ等なら、必ずやってくれる…。頼んだぞ…!)

 伊吹は確信していた。敵を倒すほどの力をあの3隻にはあると。

「全艦に通達!太刀風、槍風、薙風は戦闘を続行し、他の各艦は周りにいる艦隊を一掃せよ!」

「了解です!」

 伊吹は一か八かの賭けに出ていた。軽巡と駆逐艦ではやはりどうしても相性が悪い。しかも旧中華民国海軍の新鋭艦を相手にどこまで立ち回れるかは、全く予想できない程である。詳細が不明な艦艇が出てきた以上、今までの経験を活かして戦わなければならない。伊吹があの3隻に託したのは、彼らには実力があることが分かっていたからだ。

 希望を肉弾三人衆に委ねて、伊吹や敷島たちは、周りの第四帝国海軍の防衛艦隊の軍艦を狩ってゆく。それに負けじと敵艦隊も攻撃を再開して、落ちる両陣営の艦載機、燃える第四帝国海軍所属の軍艦の残骸に吹き飛ぶ日本国海軍のミサイル駆逐艦。文字通り、海も空も大乱戦となった。

「全艦砲撃!両舷いっぱい、全砲自由射撃。砲撃開始ぃ!」

 伊吹の荒々しい声と共に砲火が切られ、無数の砲弾が纏まって飛んでいく。対する第四帝国も必死になって砲戦に雷撃戦を展開する。敷島は自身が率いる前弩級艦隊の全艦を単縦陣に布陣させ、敵艦隊の正面に一点集中で突っ込もうとする。防衛艦隊は来いよと言わんばかりに発砲炎を撒き散らす。するとどうした事か。敷島率いる艦隊は防衛艦隊の前で反転し始めるではないか。反航戦を想定していた防衛艦隊は呆気を取られた。

 双方がタコ殴り状態になり、戦傷艦も次第に増えていく。

「あの3人に敵艦隊を近づけさせるでないぞ。薩摩、撃ってい!」

「言われんでもやるでごわす!」

 敷島の指示に反抗する薩摩は、自身の呉式30cm砲4門、呉式25cm砲12門、安式12cm砲12門など数えられないほどの砲を安芸、河内、摂津と共に圧倒的弾幕で圧倒する。一瞬で100発を超える近くの砲弾が放たれるが、精度は最悪というほどに終わっていた。しかしめくら滅法で薩摩らがその体に搭載する数多の砲を焼き、熱を帯びた鉛を飛ばす。薩摩から渦を巻いて飛び出した鉛の塊は、文字通り敵を引き裂く。一発で軽巡と駆逐艦、2対3の戦闘に横槍を入れようとしていた艦級不明の重巡洋艦は体が一瞬膨らみ亀裂を走らせ、その膨らみの亀裂から光を秒も洩らさない内に爆発四散した。こちらに目もくれず、あの人を沈めんと駆逐艦*p艦、

 敷島も相当必死になっているのか、いつものような穏やかな声ではなかった。砲撃を繰り返していくごとにだんだんと若返っている。そう隣で敷島の補佐をしていた弟の朝日は思った。明らかに敷島は興奮している。これほど興奮する敷島は、今までに見たことはなかった。この戦いを楽しんでいるのだろうか?朝日には敷島の心情は理解しいれなかった。

「懐かしいのぉ。よく狙え、撃てい!」

 

「辱のぉござりまする敷島殿!」

 太刀風は平海が振り落とした中国刀を自らの太刀で受け止めながら敷島に感謝を述べる。

「お前、いい気になるなよ…!」

 頬から血を流しながら、槍風は自分の槍を手に取り、寧海に向かって槍を突く。その槍は寧海の耳元をかすめ、寧海は耳から血を流す。

「あ…寧海!貴様ぁ!」

今度は平海が胸ぐらを掴むが、今度は薙風の攻撃にあい、殴れなかった。

「テメェ等いい加減にしろ…!」

 威厳に満ち溢れた声で薙風は叫んで薙刀を振るう。次の瞬間、鋼の冷たい音が響いた。平海は手に装備した艤装14糎砲にで薙刀を防ぎ、薙風は平海を斬りつけられなかった。そのまま、2人はもみ合いとなった。その間に伊吹は周りにいる、第五遊撃部隊を叩くように指示を出す。

「全艦、吶緘!」

 伊吹がその四文字を言うと、待ってましたと各艦は最大戦速全速力で敵艦隊に吶緘を開始。戦場には吶喊が響き渡り、大乱戦となった。『ひゅうが』や『かが』のSH-60Kが対潜機雷を落とし、伊吹の艦載機の烈風、敵の生物艦載機黒烏からすが空では巴戦(ドッグファイト)を始める。海上では砲撃音で海面を絶え間なく共鳴させ、水しぶきがいたるところで立っている。

「コンメス・ファイヤ!撃てェ!」

 伊吹の近くで護衛艦『ちょうかい』が対艦誘導弾ハープーンミサイルを1発、もう1発と撃つ。ミサイルの熱が伊吹にもつたわる。そのミサイルは何かに操られたかのように敵の『丙級海防艦』を目指して飛んでいく。

 体のまわりを節足動物の様な、鎧で守られた、前進真っ黒の人型の海防艦。

今いるだけでも6隻は確認できる。

 それらを適切に対処するために、護衛艦は遠距離からミサイル、主砲、CIWS(ファランクス)の順で対処する。今回はそこまで遠くなく、主砲のオート・メラーラ127mm砲でも十分射程内なのだが、主砲精度などもあるために、なかなか撃つことができない。したがって、ありったけのミサイルを『丙級海防艦』にぶち込む。

 為す術もなく、『丙級海防艦』は悲鳴を上げて沈んでいった。

 粗方、第五遊撃部隊を片付けた、太刀風たちも奮闘し、徐々に押し返していった。

「槍風は左翼、薙風は右翼から回り込め!俺は正面から突撃する!」

「応!」

「任しとけ!」

 3隻はうまい具合に連携をとって寧海と平海を囲む形で戦力を分散させる。機関銃や高角砲が迫り来る駆逐艦3隻それぞれを狙い、直ぐに撃沈しないようにする。

「早くあいつ等を沈めろ!」

「分かってますよ、でも機関銃も高角砲も各個が狙いが分散しててとてもじゃないけど沈められませんよ!」

 そんな会話をしていると、太刀風が消えていることに気付いた。槍風と薙風もどこに行った」かは分からなかったが、次の瞬間からはもうどこに居るのかは分かった。

「ソォォルァァァイ!」

 どこから聞こえ、周りを見渡すが、どこにもいない。ふと上を見渡す。

「うっ…」

 寧海は瞳の瞳孔が小さくなるのを感じ、詰まった声しか出なかった。

「どうした、寧海…」

 平海も上を見上げると、言葉を失った。

 太刀風が空中から落ちて来たのだ。避けようとすると、槍風の槍と薙風の薙刀が光を放つ。

寧海は避けられずに太刀の餌食となった。肩を負傷してしまったのだ。

 その場から逃れようとする平海。しかし、そうはさせまいと槍風と薙風が立ちはだかる。

「クソッ!」

「縛れ」

 太刀風が指示すると、すぐに縄で槍風と薙風によって寧海と平海は捕らえられた。

「敵艦、捕らえたり!」

 その声は、奄美大島近海に響いた。

「やったな。今度こそ勝ったぞ、勝鬨を挙げろ!」

「エイ、エイ、オォォォ!」

 勝鬨を上げて、勝利を喜ぶ仲間たちを背景に、その場に座り込んでいる寧海と平海に伊吹は近づき、呟くように言う。

「お前たちは勇敢に戦った。そして鹵獲(捕虜)となった。第五遊撃部隊が崩壊した今、降伏しても何も抵抗は無いだろ?どうだ、俺らの仲間にならねぇか?何も悪いようにはしねぇしジュネーブ条約に則った扱いも保証する」

「…」

寧海と平海は黙り込んだまま、うつむいた。

「…ます」

ボソリと何かを寧海は呟く。

「ん?もう一度言ってくれないか?」

すると今度は先程よりもはっきりとした口調で言った。

「仲間になります。但し、任務は基本的に輸送護衛任務にしてください」

「分かった、それは曾山さんと話してどうにかしてもらう」

「お願いがあります。心を切り替えるために、名を日本らしくさせていただけないでしょうか?」

「名を、日本らしく…?そのままでも良いんだが…」

「名前が変わったところで性能は変わりませんよ」

 平海は戸惑う伊吹を即答で一蹴した。

「いいでしょ、寧海?」

 少々威圧的に寧海に平海は近づく。

「わ、分かったよ」

「俺は、ちょっと対馬鎮守府に通信入れるから、その間に決めといてくれ」

「分かりました」

「おぉい、氷川丸!」

「あいよ、この者たちの手当てだろ?分かったよ」

 氷川丸が到着し、寧海と平海の傷口に柔らかいガーゼを当てる。消毒液を塗る。その様子を見ていた伊吹は少し頷いて寧海と平海から少し離れて対馬鎮守府の通信室の満州に通信を入れた。

「よぉ満州。曾山さんに伝言」

『通報艦は伝言板じゃないんだが…』

「オメェは戦線に来てねぇし来たとしても軍艦(いくさぶね)見てぇな戦闘しねぇからこれくらいしてくれよ」

『ウッ、何も言えねぇ…』

 少し黙ってから溜息をするのが通信機越しにも聞こえた。切り替えが済んだ満州は伝言を伝えることを決めた。

『伝言てのは?』

「新しく仲間に寧海と平海が来るから、よろしくと伝えてくれ」

『寧海と平海?そんな艦仲間にいたっけ…』

 しばらく考えてから、「アー!!」と大声を上げた。彼は、『奄美大島奪還作戦』で寧海と平海を鹵獲(捕虜)にし、仲間に入れたことに気付いたのだ。

「うるせぇ!鼓膜ぶっ壊す気か満州テメェ!?」

 無線越しにブチ切れている音割れした伊吹の声が聞こえる。

『分かった、曾山司令には俺から伝えとく。ゆっくり帰って来いよ。あと事故るなよ』

「余計なお世話だ」

 少し馬鹿らしいが気遣ってくれる満州の正確を無性に笑いたくなった伊吹は、それを耐えて通信を終えると、寧海と平海の元に向かった。

「じゃぁ、これから僕は八十島(やそしま)と名乗ります」

「俺は五百島(いおしま)でいいか?」

 名前を変えて、人生(艦歴)をリセットし、第二の人生(艦歴)を今、この2人は歩もうとしている。しかもそれは、つい5分前まで敵であった対馬鎮守府でだ。

「良いんじゃねぇか?じゃぁ戻るか。対馬鎮守府へ」

「お、いよいよ帰投っスか?」

 『ひゅうが』が目を輝かせる、それをシカトして伊吹は「帰投だ!」と大声を張り上げた。あえてひゅうがを無視したのは、応答するとあれやこれやと言ってくる「しつこい輩」であるからだ。

「またシカトっスか?なんでシカトするんスか!?」

「しつこいからだ」

 同じことを2回も聞いてくる伊吹はいつもこの一言で一蹴する。するとひゅうがは、いつもの様にしょぼくれる。

 それを気にしない伊吹は、奄美大島奪還作戦を成功させただけでなく、2隻の新たな仲間を率いて、対馬鎮守府を目指した。


「こちら横山彰二(よこやましょうじ)。これより我が独立海兵隊、日本国陸軍以下1万名は奄美大島本島への上陸作戦を開始する、送れ」

『こちら独立海兵隊対馬基地司令部。あ号作戦フェーズ2に移行を許可する。送れ』

「横山あ号作戦フェーズ2移行了解。送れ」

『上陸地点は奄美大島南東端のサガリバナ幸緑。敵兵力、機甲師団数など詳細は不明、警戒しながら進軍せよ。武運を祈る、終わり』

 その後、奄美大島には鎮守府の海兵隊と日本国陸軍が上陸、10式戦車や新鋭28式戦車、96式装輪装甲車から日本独自の改良を施したストライカー装甲車が上陸し、日本陸軍仕様のCH-47チヌーク、独海隊所属のUH-60ブラックホークが空中から独海隊員や陸軍兵を輸送し、奄美大島にいた氷雪艦隊の関係者は戦死したか降伏した。

 開戦からわずか5時間半という、驚異の速さでこの戦いは幕が下ろされたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ