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決定版 対馬支部・明光艦隊  作者: 蒼山とうま
防空と裏切りと暗殺と
21/21

少数精鋭ダンネ

 フィリピン本島スリガオ海峡。太陽の光さえも遮る厚い雲に覆われて今にも夜となりそうな中、第8任務部隊の援護のために伊達武治中将率いる対馬鎮守府連合艦隊、対馬鎮守府の客将たる旭日型戦艦の旭日が旗艦を務める日本(ひのもと)艦隊が到着。大規模艦隊戦が勃発していた。そしてその海戦の最中、誰かが放った砲弾が土佐へと向かっている現状に曝されていた。

「やっば…!これは不味いぜよ…!」

 土佐は流れ来る無数の鉛玉を見つめていたが、土佐の近くで砲戦していた、元ギリシャ海軍の超弩級戦艦であるポセイドンが咄嗟に土佐を庇わんばかりに手で押し飛ばす。左に飛ぶような形になりながら受身を取る。振り返ると、つい5秒前までに居たその場所の海は水飛沫と爆発に包まれる。

「ポセイドン!」

 彼が叫ぶその刹那、熱風が差し迫り腕を咄嗟にクロスさせる。熱風と煙、硝煙のニオイが土佐を包む。3秒程が経ち、煙が晴れてきた頃にゆっくりと目を開ける土佐。その眼中には、その白い長髪を靡かせながら降り来る弾幕を自らの三叉槍(トライデント)で器用に信管だけを切り落とすポセイドンの姿が写ったのと同時に遠方に上がる黒煙と切られた砲火が目に焼き付けられていた。砲火の大きさから推測するに、恐らく20km以上先からであろう。

「ポセイドン!敵弾来てるぜよ、早くそこから退くぜよ!」

 土佐の呼び掛けに対して、ポセイドンはコクリと頷き、さっさと土佐の方に近づき撤退する。

 しかし、どうもおかしい。

 もし敵弾がつい数秒前までいたその場所を狙うのなら些か仰角が大きすぎるように見える。弾頭はこちらの予想よりも大きい放射線状となって飛んでこちらに向かってくる。

 やはり、なにかおかしい。

 ひっきりなしに放たれる砲弾を目で追うと、それはやがて、着弾地点から徐々に奥へ奥へと進んでゆく。その先にはこちらにまっすぐ突っ込んでくる、連合艦隊所属のはるかぜ型ミサイル駆逐艦、ふゆかぜがあった。ふゆかぜは左側面を敵艦隊に向けると主砲やCIWS、そして各種対空ミサイルを放ち着弾しうる、全ての砲弾を叩き落とすように試みる。

「艦長、目標は依然接近中!」

「面舵いっぱい、第三戦速。急げ!」

 土佐を救わんと後先考えずに突っ込んだが故に、確実に孤軍奮闘の状態になっている。ふゆかぜは右に舵を切り砲弾を回避しようするが、その無慈悲な射撃に行き場を失う。いくらタービンエンジンを持ち30ノット以上の速力が出るとはいえ、音速の矢には到底敵うまい。周辺には水柱が複数建てられる。幸いにも土佐の存在は、ふゆかぜで完全にかき消されている。彼はその隙にポセイドンと共に撤退した。

「土佐、及びポセイドン。撤退します」

「よし。我々もここから離脱、本艦隊と合流を急げ!」

 ふゆかぜは早急に現場海域から離脱しようとするが、戦闘している敵艦隊、ドイツ第四帝国海軍の装甲巡洋艦であるヒュルスト・ビスマルクが見逃す筈はなかった。フュルスト・ビスマルクと彼が指揮する第3艦隊第8中艦隊は戦艦や巡洋艦など、選りすぐりの高火力水上艦艇で編成、練成された水上打撃艦隊である。今や彼らはヘイトをふゆかぜに向けてヒュルト・ビスマルクの24cm連装砲、クラウゼヴィッツ級巡洋戦艦(O級巡洋戦艦)のSK C/3 38cm連装砲をひたすらに浴びせ続ける。それに対してふゆかぜも、トマホークやハープーン、シースパローなどを飛ばして反撃を試み、攻防を両軍が行う奇妙な構図が発生した。

 最新の誘導ロケットを使う現代艦艇、それに対して原始的な主砲や副砲、高角砲といった高火力砲を大量に詰んだ旧式艦艇。彼らが一対一で戦えばどちらが勝つかは明らかだっただろう。しかし、幾らその現代ミサイル駆逐艦といえど、圧倒的火力と門数、そして艦艇数を誇る第3艦隊第8中艦隊に対し、ジワジワとジリ貧状態を強いられる。多数の至近弾に後部甲板に命中する副砲弾。止まらない砲撃にそのうち最初のようにひっきりなしに行われるミサイルや艦砲、魚雷の発射はすっかり沈黙に近くなってしまった。それは、ヒュルスト・ビスマルクに残弾数が残りわずかだということを伝えてしまう事となった。

「敵は沈黙に近い状態だ。今なら()れるぞ!撃て撃て撃て!」

 彼の高揚した声に続いて、鋼鉄の咆哮が響き続ける。その悪魔の砲撃は全てふゆかぜに向かって、これでもかというほど飛翔してゆく。ドボンドボンと鈍い音と共に、バシャンと水飛沫が昇る。10秒も経たないその砲撃の後、ふゆかぜの左舷中央よりやや後方の区画に鈍い金属音がしたと共に炎が上がる。砲弾がふゆかぜの横っ腹を、バイタルパートを突いたのだ。

 命中した区画にいたクルーたちは、悲鳴を上げる間もなく四肢も内臓もグチャグチャにされて、肉片へと成り果てた。もしくは命中した際の爆風で腕が切られる者、首を刎ねられる者、爆風によって、壁に背中を打ち付けられる者。あるいは爆炎をもろに喰らって火だるまとなり断末魔をあげ、そのまま黒く焦げ死ぬ者。艦内が一瞬で地獄となった。救護班は向かうも、負傷者が多く応急処置も手が回らない。排水ポンプを起動して排水作業と応急修理、そして火災を鎮火しようと乗組員たちは必死になる。が、乗組員たちの踏ん張りを踏み躙るかのように次々に命中する砲弾。排水ポンプでの排水作業も間に合わなくなり、応急修理班は艦内に流れ込んだ海水の餌食となり、その全てを飲み込んでいった。鉄の雨に打たれ続けるふゆかぜは、左舷にゆっくりと傾き始める。

「こちら前甲板主砲回転給弾機制御室、火災発生!至急消火を……」

 傾いたことにより一気に海水が飛び込んでくる。火災と浸水区画は徐々にその規模と範囲を広げ、遂には前部主砲に砲撃が命中し誘爆、主砲が吹き飛ぶ。その誘爆は主砲火薬庫にまで火の手が回り、回転給弾機に保管されていた砲弾の信管に衝撃が加わったことによるものだった。主砲は撃ち上がり、それと同時に、高く打ち上げられた焼けた肉片が血とともにベチャベチャ、と音を立てて金属片とともに艦橋のガラスに付着する。赤い警報灯と重低音の警報が響き渡るCICで、

「…総員退艦。急げ…」

「しかし艦長!それでは…」

 ふゆかぜ艦長は、総員退艦命令を出すが副長はそれに反発する。しかしながら、ふゆかぜにこれ以上継戦能力はないことは事実であった。

「もうこの艦に戦闘継続能力は残っていまい」と続けた艦長は念を押すように「総員退艦」としか発さなかった。

「皆も早く退艦しなさい。ここまでよく戦ってくれた。諸君らの活躍に感謝する」

 艦長が敬礼すると慌ててCICの総員は返礼し、艦長が敬礼を終えると半秒遅れで敬礼を終える。

「さぁ早く、皆はいきなさい。艦長命令だ」

 温かな目でCICで共に戦った兵士たちを見送る。ふゆかぜ副長は艦長以外の全員がCICを後にしたことを確認すると、艦長に海軍式敬礼をしてCICを後にした。

 総員退艦命令は艦内放送で全区画に発せられ、生き残ったクルーたちは我先にと救命艇に乗り込む。

 ふゆかぜ副長は軍艦旗を降納するが、その場に艦長の姿はなかった。救命艇に乗り込んで数百メートル離れると、雷火を轟かせふゆつきは爆散する。第8中艦隊の円弾が次から次へとひっきりなしに命中。爆風は水面を揺らし、救命艇に乗ったクルーたちは思わず感嘆の声を上げる。その内の一人の男が静かに敬礼する。それに続いて1人、また1人と敬礼を行い気づけば最後には全員が敬礼していた。艦体を艦橋部付近で、爆発音と熱風に包まれ、その鉄心をギシギシと軋む音を立てながら艦体を真っ二つに折ってその断面からゆっくりと海へ引き摺り込まれるふゆかぜは、97人の屍とともに戻ることのない、星々への航海の任務に就くことになった。

 伊達中将は少しばかり離れた戦闘海域でしぐれから発艦した哨戒ヘリのカメラで映された、ふゆかぜ轟沈の様子をディスプレイで見る事しかできなかった。

 伊達の脳裏にふと、同期で第三次世界大戦時、伊達中将が副長を務めたミサイル巡洋艦ざおうの艦長で同期の、宗谷整一(むねたにせいいち)1等海尉(1等海尉は他国海軍では大尉に相当する階級。死後、二階級特進にて2等海佐、いわば中佐に昇格)との最期の海戦が頭をよぎる。あの思い出したくもないような記憶がひしひしと甦ってくるのだ。


 彼との最期の戦闘は第三次世界大戦の日本海・太平洋戦線、第5台湾沖海戦だった。

 艦を敵のミサイルから防ぐ、対空戦闘だった。中国海軍の東海艦隊から発射された無数の対艦ミサイル、YJ-83が日本海軍の第五艦隊にまで押し寄せてきていた。その迎撃で数発を撃ち漏らし、内3発のYJ-83がざおうに命中。78名の死者を出し、懸命な排水作業も虚しく総員退艦ののちに破棄することが決定された。その時に宗谷1等海尉は「伊達、先に退艦しろ」と言ったが、当然のように伊達は反発した。すると彼は、「艦長として、いや。1人の人間として取り残された生存者は見逃せない。先に行け、艦長命令だ」と言って来たのでいくら伊達であろう者でも、艦長命令には従うほかなかった。その後に彼は「あとで合流する」とだけ付け足すように言い残し、そのまま帰らぬ人となり、その亡骸が見つかるのはそれから数日も立たないうちである始末だった。


 その時と今、目の当たりにしている景色があの時の記憶と重複して、怒りと悲しみが込み上げてくる。思わず伊達は帽子のツバで目線を隠す。しかしいつまでも悲観している訳にもいかない。敵はこちらの心情なんて気にもしないからだ。

 これは戦争。気持ちを押し殺さなければ殺されるのは自分や家族、同郷の友である。

「長官、新たな飛翔目標。距離35000m。弾着までおよそ42秒!」

 すおうのレーダー員がその艦内のCIC内にて悲鳴のような声で目標補足の一報を伝える。それに対して、反射的に振り向く伊達中将はレーダーのディスプレイを見上げる。そこにはA015からA023の表記が近くにあるレーダー範囲を示す円の中心、つまりはすおうへと点滅しながら一直線に進む赤い三角形が8つ確認された。第四帝国第3艦隊から放たれたその火のタマ。弾頭の進み具合からして恐らく重巡クラス、20cm級の砲弾だろう。

 ふゆかぜの轟沈と無数のクルーの戦死を伊達は悔やみ、伊達が心から恐れていた、第二・第三の宗谷となる者が表れてしまった。

「武治、貴方は窮地に立たされると恐ろしい程に慎重になります。その慎重さは自らを守る上では大切でしょう。しかし、それは自らの命と引き換えに何か代償を支払う()()()であると言うことも忘れてはなりません」

 それと同時に、まだ任官を受けて間も無い第三次世界大戦の最中、新島中将に言われた言葉が蘇る。

 伊達中将は心の中で「クソ!クソ!クソッ!」と叫んだ。自分の慎重さのせいで仲間を殺したことに怒りを覚え手は震え、唇を噛んだ。

 頑なに守ることしか出来ない苛立ちを押し殺し、火力を前方の敵に集中するように指示する。この艦隊とふゆかぜが身を呈したこの軍艦(フネ)を守る為に──。

「単装速射砲を準備、右舷全砲使用して土佐に向かう砲弾を撃ち落とせ!」

「了解、右砲戦。オート・メラーラ127mm単装速射砲発射用意!撃ちー方始め!」

 伊達中将はミサイル、艦砲による防衛システムが突破された時の最後の砦、CIWS(シウス)、バルカン・ファランクスをこれでもかと言うほど搭載していた。海軍省の反対を押し通して建造したすおうの、この、バカです、と言わん数のファランクスは、伊達中将の第5台湾沖海戦での反省を生かしたものだった。

 すおう艦橋にて、伊達中将が砲術長に無線連絡をすると、砲術長は怒鳴り声混じりの指示を出す。そして、艦内で警報が鳴り響き、それが終わるのと入れ替えで艦橋右側面下方からは鋼鉄の咆哮が艦橋で木霊する。5門のオート・メラーラ127mm単装速射砲が個々に砲火を切って迎撃する。神速の風を切り無数の黒弾が2250m、2000m、1750mと着実に近付いている。

「インターセプトまで5秒。4、3、2、スタンバイ…」

 次の瞬間、怒涛の如く海を大きく揺さぶる爆発が起こる。その紅の焔は大きく(ふね)を揺さぶった。

 砲弾は目標に多数の命中、見張員は無数の爆発を確認する。ビーと言う音と共にCICのディスプレイから5つ6つばかりこちらに向かってくる三角形は消滅したが、爆発音が聞こえたのはさらにその数秒後だった。撃墜したところで撃ち漏らした弾、遠方から砲火を確認されて新たな目標がひっきりなしに現れる。気づけばA015から始まった対空目標はA133と115発を超える数が発射されていた。

「艦長、砲術長は弾幕の追加を要請」

「分かった。後部噴進に指示を出す」

 艦橋要員の報告を聞いた伊達中将は川路艦長よりも先に無線電話を取り、後部甲板に設置されている12糎28連装噴進砲(無誘導対空ロケット砲)を4基を搭載している。その噴進砲の砲台長にコールをかける。

「後部噴進砲台、砲台長」

「こちら後部噴進砲台、砲台長の月野晴仁(つきのはると)です」

「今すぐ右舷の砲弾、撃ち落とせるか?」

 伊達中将の問いに月野少佐は薄ら笑いながら答える。

「はい勿論。目標諸元は既に打ち込んであります、残るは発射後の仰角の修正のみです」

 月野少佐はこうなる事を先読みし、右砲台へ敵弾数や距離、相対方位などを入力し終えていた。

「おぉそうか。ならあとは頼めるな?」

「勿論であります、お任せ下さい」

 月野少佐との通信を終えた伊達中将は、すぐさま取舵で反転をするように伝える。しかしそれでは、土佐から離れてしまい、土佐の目の前で見捨てる動きとなってしまう。

「長官!それでは土佐を見捨てる形となりますが…!」

 伊達中将の艦橋要員の切羽詰まった状況を把握した上でこのような発言。幾ら何でも性格破綻が過ぎると川路艦長は思った。

「あぁ、わざとそうする」

 川路艦長はやはり「は?」と言ってしまう。味方をも見捨ててしまうほど、この男は冷酷なのか。もしも自分が連合艦隊司令長官ならば、この艦がたとえ沈もうが土佐を救うと言うのに。噂に聞いていた通り、この男はアホなのか。

 川路艦長が伊達という男を、分かっている情報だけで脳内分析いるその一瞬一瞬の時間も、土佐は敵のヘイトを向けられている。土佐が身を屈めた直後に砲弾は爆発、砲弾の代わりに土佐は熱風に襲われた。

 大和型戦艦を超える排水量6万6500トン、史上最大の戦艦すおうはその象徴たる41cm3連装砲は濃く黒い煙を吐き出しながらゆっくりと左に旋回させている。すおうが砲撃を開始するまでの間、時間を稼がなければならない。

「Fire until it sinks(撃沈するまで撃て)!」

 ヤケクソになったニュージャージーは英語で叫びながら自らの主砲、副砲、機関銃とありとあらゆる火器を乱射する。フランスの人型戦艦、アルザス級戦艦の四兄妹も全員が数多の13.2mm4連装機銃、全ての37mm連装機関砲を使い、敵第四帝国海軍の生物艦載機、黒烏(からす)を撃墜しようと試みる。あの黒鉄の悪魔は高度30m程度、雷撃機かという程の低空飛行で接近する。その腹には2発の250kg爆弾が抱えられていた。

「当たりどころが悪いと一発で持ってかれるぞ!ここで叩き落とせ!」

 アルザスは32門もの1925年型オチキス37mm機関砲の弾雨を浴びせんと必死になって機関砲を撃ち続けると、ジューっと何かが蒸発するような音が聞こえる。音は艤装の右舷方向からしたようでその方を見ると、機関砲が、銃身を真っ赤にさせながら発射不可能に陥っていた。いわゆる、過剰銃撃(オーバーヒート)の状態に陥ったのだ。

Merde(メルディ) alors(アロ)(しくじった)…!こんな時に…!」

 アルザスは降り注ぐ爆弾を見上げ、咄嗟に前に滑り込むように航行する。が、爆撃隊もそれを見越していなかったわけではない。250kg爆弾が一発、二発、三発。次々とアルザス四兄妹に突き刺さる。真紅の血がサーっと空に散りばめられる。

「はっはっは!見たかあのアルザスの惨めな姿をよ!」

 黒烏(からす)の搭乗員たちは自らが落とした爆弾で損傷するアルザスとその弟妹たちを見ると嗜虐心に擽られる。戦果を挙げられた嬉しさと、作戦遂行に当たって目の上のコブである対馬鎮守府の艦艇に一矢報いることができたその興奮、そして敵を葬ることへの爽快感からだ。

 一方のアルザス兄妹もここでやられれば艦隊の戦力を削がれるどころか第四帝国を打ち倒して祖国フランスに帰ることも叶わなくなる。この戦争が終わるまでは死ねないし、弟妹も死なせない。フランスがEU軍の一角として第四帝国と戦争を始め、それによる第四帝国の無差別艦船攻撃で海上物資が全損、多くの民間人が殺されたその時からそうアルザスは心に誓い続けていた。

 第一次爆撃を終えた黒烏(からす)爆撃隊は反復爆撃のために旋回してくる。キーンという甲高い機音と共に爆撃体制を整えんとする黒い刺客。彼らの攻撃体勢が整う前までに撃墜しなければならず、時間は刻一刻を争う。先程の爆撃で左舷の対空砲群8八割方が沈黙し、機関部にも水跳爆撃で喰らった爆弾のせいで浸水と火災。速力も徐々に落ちている。それに追い討ちをかけるかのようにアルザス以下4隻の戦艦部隊と第8任務部隊本隊の戦艦群は分断されており、援軍は絶望的。距離も向こうにぽつんと本隊が見えるだけ。完全に本隊から離されて、完全に孤軍奮闘状態を強いられた。

 日本海軍の連合艦隊が来ても状況は打破できない。これはまずいのでは無いのか。孤立無援で囲まれている艦隊が数個、本隊も海峡に閉じ込められた形で身動きできない。伊達中将が率いるすおう以下、連合艦隊もここの封鎖に巻き込まれた。当初の作戦では、第8任務部隊の全艦隊をブルネイ進出の道中で回収し撤退を援護、そしてブルネイに展開している敵地上部隊および泊地施設を叩くというものだった。ふゆかぜが轟沈した今、この損失は痛かった。なぜならそれは単純明快だ。数で劣る日本海軍は一隻でも水上戦闘戦力を確保せねばならなかったからだ。絶望の縁に立たされている現状において、幾ら度胸の塊である伊達が奮戦したところで結果は目に見えている。徐々に人型艦艇たちの戦意も失われている。被弾して炎上し黒煙を上げ続ける日本海軍連合艦隊の艦艇たちも、第8任務部隊の損傷艦たちもしきりに砲弾を放ち抗い続ける。

「はぁ…。ったく、その努力は認めるがいい加減に負けを認めた方が身のためだぜ?」

 ため息混じりに呟くヒュルスト・ビスマルクの電信を受けたルシファーは主砲口を連合艦隊旗艦、すおうの艦橋に向ける。他の艦艇たちも一様にすおうに砲口を向けてそれに向けて熱を増した鉄の塊を投げつけた。

「次弾、2(ふた)発来ます!」

 度重なるほぼ一方的な砲撃に晒されて、ついに追尾士官が声を荒らげる。

 すおうは未だ健在。艦隊も未だ屈せず。

 今は只々(ただただ)耐え凌ぐ他ないのだが、増援が来る見込みは限りなく薄い。その理由は明白であろう、健在と思われたフィリピン軍が今はもう居ないのだから──。

「面舵いっぱーい!機関砲撃ち方よーい!」

「長官間に合いませぬ…!」

 川路艦長が即座に被せ気味に言葉を発する。鈍足な旋回を急かすように(たま)は落つ。

「命中予想まであと20秒──!」

 もう時間は無い。伊達中将はありったけのバルカンを使うように指示を出し、一斉にその高速回転するバルカンの砲身から熱をました鉛の塊を飛ばすが当たらない。まるで弾が命中を避けているようであった。

「命中まであと10秒!」

 もう間に合わないと伊達中将が覚悟を決めたその時、その砲弾は突然炸裂し黒煙と残骸をうみに落ち散らしながら消えた。

「状況報告!」

 お偉い方も戦闘員らも、何が起こったのか分からない。川路艦長が怒鳴るような声で叫んだ。

「全砲弾、我が艦の左舷7kmの地点で消滅」

「我が艦に被害なし!」

「我が艦隊の左舷50km!艦影探知、目標敵味方識別不明(アンノウン)!」

 それを聞き伊達中将はふと左舷方向を見た。そこには横に20kmは広がっているであろう無数の人影と艦影が見えた。伊達中将はそれを一目見ただけで友軍であることを確信する。

 伊達中将は軍帽を手に取りCICを飛び出すとそのまま艦橋に戻り、見張り台(デッキ)へと飛び出した。悠々近づくその艦隊から通信が入る。内容は『我味方ナリ、第四帝国海軍撃滅ニ協力ス』というものであり、それに対してすおうは『協力感謝スル』と応じた。

 電信を送り終えたや否や、一個中艦隊がすおうに急接近。伊達中将は甲板へと部下と共に下り、戦闘中でありながらそれを出迎える。

「我々はパラオに拠点を置いているデンマーク海軍のダンネです。私は、ヘアロフ・トロレ級海防戦艦のヘアロフ・トロレです。後ろに控えていますはスキョルです」

 ヘアロフ・トロレの後ろに控えるスキョルが静かに、なおかつ礼儀正しくお辞儀をする。

 突然の攻撃で第四帝国海軍の顔々は一瞬混乱する。どこからともなくやってきた義勇軍という予想外の援軍が現れたからだ。それに加えて旗艦のヘアロフ・トロレが先程の穏やかな声とは裏腹に荒々しい声を立てて、現場はさらなる混乱へと陥れられた。

「ニールス・ユール級全艦行くぞ!」

 それに率いられたニールス・ユールも兄妹たちと共に陣形を組み突撃をするのだ。

 デンマークの国旗、ダンネブロを掲げた戦船(いくさびと)たちは堂々烈火の騎兵の如く帝国海軍へとその怒りをぶつけて行くのだった。

「何だ、ヤケに敵は士気が上がっているぞ」

航空偵察(レコニッサンス)によると敵の増援が来たらしい、どうするヒュルスト・ビスマルク?」

「フィリピンは既に占領済み、これ以上時間を稼いだところで被害はデカくなるだけだ、ここはひとまず撤退するぞ」

「分かった。おい通信艦!包囲を解け、撤退だ!」

 直援の軽巡洋艦は通信艦を呼び寄せて第四帝国海軍は撤退、フィリピンにある各軍港へと我先へと撤退していく。その様子はまさに敗走兵そのものだった。

「何だツマンネェもう終わりかよ。第四帝国って大したことネェのかよ?」

 口をへの字に曲げながらニールス・ユールは残念がる。

「済まない、助かった。我々だけではどうなっていたことか」

「すべきことをした迄。礼には及びません」

 厚く覆われた雲の下。天使の梯子が所々にかかる。

 南太平洋のど真ん中で帝国という媒体を通して新たな仲間を得るということは実に皮肉なものであるが、日本にとって大きな収穫であることはまた事実。伊達中将はダンネと名乗る総数50にも満たない人型艦艇、10の駆逐艦を臨時で艦隊に組み込み行動を共にすることをダンネ遠征艦隊司令と旗艦ヘアロフ・トロレと協議の末に決定したのだった。


   * * *


伊達中将は自室に戻ると一人暗がりの部屋の中、デスクライトだけを照らして電信を対馬鎮守府宛にモールスで送る。

 机には紺色の軍帽と眼帯、それからノートや戦闘詳報、書類にペンが散乱している。


『フィリピン海ニオケル第四帝国トノ戦闘詳報、我ガ艦隊ノ被害報告。本日23時00分現在。


艦艇被害、以下ノ通リ。


轟撃沈数6隻

ミサイル駆逐艦:フユカゼ、ナミカゼ、サワカゼ、タツナミ、キリナミ

ミサイル巡洋艦:ミミナシ

護衛戦艦:ナシ

航空母艦:ナシ

戦闘支援艦:ナシ

人型艦艇:ナシ


大破数4隻

ミサイル駆逐艦:ナシ

ミサイル巡洋艦:ナシ

護衛戦艦:ナシ

航空母艦:ナシ

戦闘支援艦:ナシ

人型艦艇:アルザス、ノルマンディー、フランドル、ブルゴーニュ(戦艦4)


中破数4隻

ミサイル駆逐艦:フブキ

ミサイル巡洋艦:クラマ

護衛戦艦:ナシ

航空母艦:ナシ

戦闘支援艦:ナシ

人型艦艇:土佐、ポセイドン(戦艦2)


小破数5隻

ミサイル駆逐艦:サザナミ

ミサイル巡洋艦:センダイ

護衛戦艦:ナシ

航空母艦:ナシ

戦闘支援艦:アカシ

人型艦艇:日本、菊花、初波(戦艦2、駆逐1)


人型艦艇搭載艦載機ヲ含厶航空機被害、以下ノ通リ。

撃墜94機

内訳

戦闘機:41機

雷撃機:33機

爆撃機:20機


全戦死者合計:904人

                   以上。 』

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