修羅の海
「砲撃来たぞ!回避ぃ!」
ガングートが力の限り叫ぶと第8任務部隊全艦が回避行動を取る。しかし、ギリギリまで修復を行なっていたリソースがやや遅れる。
「ガングート!リソースが…!」
キング・ジョージ5世級戦艦3番艦アンソンが腕を振るその方向には、集中砲火を喰らうギリギリで回避しているリソースが存在していた。既に破けた袖の内の腕からは血が滲みそれが服を紅く染め、艤装にも凹みがところどころに見える。工作艦であり水上戦闘は専門外であるリソース。彼は至近弾による少しばかりの損傷が軽からず重からずあるようだった。無数の放たれた砲弾の内の一発がリソースを目掛けて引っ切り無しに突っ込みその勢いはまるで、リソースという掃除機に吸い込まれる埃であるかのようであった。
「リソース最大戦速だ、早く面舵か取舵!どっちでもいいから取れ!」
「今やってる!ただ舵がぶっ壊れてどうもうまく操舵できない!」
各艦はジグザグ航行で回避するが、リソースは操舵装置の故障によりほぼ直進するばかりである。そんな事をしていれば格好の的になるだけである。
「あの紅茶ヤロっ!」
リソースの当たるか当たらないかの航行に苛立ちを覚えたガングートが急加速して彼の元に向かう。曳航をするのだろう、戦艦である彼の馬力ならば出来ぬことはないが被弾面積が増幅されてしまう。しかし、ガングートに迷っているヒマは無かった。ここで燃え堕ちることは第8任務部隊旗艦としてもロシア帝国とソビエト連邦という波乱の時代を生き抜こうと抗った国家の象徴たる戦艦としてその誇りと戦友と生きて還帰る決意が許さなかった。対象、それが旧敵対陣営であろうが今は同志。この身が朽ち果てるその日まで彼らを守り通し、この混沌とした世界を打破せねばならなかった。そのために我々は戦っているのだと。
ガングートは、前に生きていた戦乱の渦巻ける世界とはまた違う戦いの一切ない平和な世界は望みつつも思想の違いから再び戦争は起こる。世の中は変わらないのだ、と胸の内で秘めた思いを叫びながらもその距離は着実に縮めている。
「おいリソース!俺が盾になる、針路そのままで艦隊に合流しろ!」
ガングートは驚くリソースに目もくれず、砲弾の飛んでくる左舷に、リソースと敵艦隊との射線を切るように立つ。その光景を見た瞬間、ミズーリがボソリ、「イージスだ」と呟く。実際はただの戦艦だが、ミズーリは戦艦が大洋でやり合う時代と航空機とミサイルによるアウトレンジの時代という2つの大きな時代を生き抜いた彼には少なからずそう見えたのだ。
ガングートは左舷方向に主砲全基を敵艦隊へと向け、煙幕を焚いて敵との射線と視界を切ろうと試みる。向こうも同じく煙幕を張って射線を切っている。しかし、敵はこちらから見えなくなるや否や砲撃を仕掛けてきた。
完全に切れて見えなくなる前に数発撃ち込んでおかなければ。そう思いガングートは焦る。リソースが損傷、自分も今は彼の盾となっているために敵にいつ撃ち込まれてもおかしくはない状況だ。ましてや、リソースは次第に速力も落ちていっている。
(不味いな、このままじゃ煙幕が晴れちまう…!そうなったら俺は兎も角リソースは持たねぇぞ…)
思い詰めたガングートは煙幕が晴れる前に、見えぬ敵に向けて数発叩き込むことを決めた。
「Стрелять(射撃開始)!」
その号とともに、ライフル溝により回転しながら305mm3連装砲4基、12発の弾丸を順次射撃して、煙幕の向こうの敵に対して牽制を行う。たかが1隻の戦艦に艦隊殲滅は難しいだろう。左舷からの砲撃は数こそは減ったが今もなお継続される。味方艦隊との距離はおよそ、20kmで敵艦隊とは38kmほどである。敵戦艦の射程距離内ではあるが、遠距離になればなるほど主砲命中精度は悪くなるはずだ。
「リソース、あと少しだ。頑張れよ」
ガングートは相変わらず愛想のないような言い方であるが、正の感情を表に出すことが苦手なガングートにはこれが精一杯だった。味方艦隊との距離は約10kmに迫った時。
「ガングート、リソース!右舷から敵艦隊!」
突如アイオワが叫んだ。
「何っ!?」
ガングートは顔を右舷へと向ける。そこにはいつのまにか8隻ほどの水上打撃艦隊と思しき艦隊が展開していた。
「うわあぁ!?」
リソースの艦橋付近にいくつかの砲弾が命中し、 バイタルパートは抜かれなかったものの、当たりどころが悪く、リソース自身は中破してしまった。通りで敵の砲撃数が減るわけだ。いつ展開したかはおおよそ見当がつく。煙幕を焚いたあの時、あの時しか考えられない。向こうは全艦が一斉に煙幕を焚いていた。それは向こうの動きをこちらに悟られぬようにするためだった。決して射線を切るためではなかった。ガングートは敵のちょっとした計略にハマってしまいブルネイ進出という作戦遂行上、艦船のそのためにも工作艦は最も重要な艦船であった。それを自分のヘマで損傷させてしまったと負の感情が襲う。
「ガングートサン!援護シマスノデ、早クコチラニ…!」
キング・ジョージ5世が敵艦隊を牽制するために砲撃しながら必死に手招きするのが見える。あと少しなのに敵の制圧射撃が激しくてなかなか前に進めない。しかもリソースの援護をしているとあっては自慢の61000馬力から出る23ノットも出せない。1番主砲と2番主砲、3番主砲も角度が悪くて狙えない。故に4番主砲のみでのリソースの撤退援護と自身の防衛を行わざるを得なかった。
「チッ…」
ただでさえ作戦がスムーズに行えていないのに更に時間をかけるように迫ってくる敵艦隊に苛立ちを覚えたガングートは歯を食いしばりつつもリソースの真横で舌打ちをする。
「お兄ちゃんとリソースを下げて!援護だよ援護!エリザベスの3番砲塔の状態はどう!?」
マラートがディリジェンスの方を振り向き聞く。すると「あまり無茶をしなければ撃てます!」と返ってきた。
「ならエリザベスを前に出して砲撃を──」
「マラートォ!無茶してまで撃たせる必要は無ねぇ、下げて修復を続行させろ!」
マラートの声をかき消すようにガングートが声を上書きしてくる。その声は、度重なる砲撃音に負けじと怒鳴り散らかすように言ったのであろうが、マラートにはどこか、ガングートには確信があるのだと感じる声であった。その声はまるで、命を懸けて戦う者としての魂が、声という形になって放たれたかのようだった。
艦隊に合流したガングートはすぐにディリジェンスの元に下げ、自身は攻撃してきた打撃艦隊に砲撃を喰らわせようと反射的に元来た方へ顔を向ける。
「分かったよお兄ちゃん、エリザベスはそのまま修理を続けて!ボク立ちで食い止めるから!」
マラートはガングートの言葉で自分の未熟さを実感した。同時にまだ兄には遠く及ばない自分に嫌悪感も抱いた。
「305mm砲、Стрелять!」
マラートも灰色の雲が低い海域の中、305mmの三連装砲が順次その口から火を噴き出す。誰から放たれたか分からぬ砲弾が、行き違いをしながら空中を切り裂く音が響き渡り、それはまるで嵐のように荒れ狂っていた。洋上は、双方の艦隊の巨砲から放たれた無数の弾の激しい悪魔の笑い声のような砲声に覆われる。
「このー!」
クリーブランドも主砲の47口径のMk16・3連装6インチ砲4基、計12門。全発を一斉射撃して応戦する。しかし、その砲撃も敵艦隊の圧倒的物量の前では無力であった。
「な、これ数多すぎ!どんだけ撃ってもきいてないよ!」
所詮は6インチのたかが12発の砲弾。12cmから40cmまで大小多々ある第四帝国海軍艦隊の砲弾の口径とその圧倒的な弾幕。それに対して第8任務部隊はそもそもの艦艇数が足りていなく、反撃も彼らの蹂躙という重みに潰されるのは時間の問題であった。
「何やってるのよ!?戦艦とか砲戦専門のアンタらが頑張ってくれないと私たちは何も出来ないじゃないのよ!」
ガングートやミズーリたちの砲撃の援護に合わせて魚雷を撃つタイミングを見つけられず、苛立ちを覚えたフレッチャーがガングートを睨みつける。それは明らかにとばっちりだった。
「数で負けてんだ、こっちだって手一杯なんだよ!さっさと魚雷を撃てよ!撃たねぇからこんな事になってんだろ!?」
「こんな時に責任を押し付けあってる場合ですかー!」
「そうですよ同志ガングート。同志提督のためにも今は頑張んないと」
フレッチャー級駆逐艦、識別番号BB680。フレッチャーにとって姉弟の中で124番目の弟であるメルヴィンと、スターリングラード級重巡洋艦1番艦スターリングラードがフレッチャーとガングートの言い合い(と言うかただの口喧嘩)に、敵艦に対して砲撃しながら割って入る。味方同士でこんなつまらない喧嘩をしている間にも、続々と敵は砲弾と艦載機を飛ばし、海峡に入ってくる。数をできる限りでも減らさねば艦隊は最悪の場合全滅する。
ニホンの在りし日の西村艦隊のように──。
「数が多すぎる!こっちの援護を頼む!」
「こっちも対空射撃で手一杯だ!」
所属艦艇たちが悲痛の叫びを上げる。第8任務部隊が不利と言うのは時間を重ねる毎により明白になっていく。その時だった。アーガスが発艦させていたシーハリアー飛行隊の一分隊から、ようやく敵艦隊詳細判明の一報が入った。アーガスはその瞬間、不思議と安心感を覚えた。不明だった敵の影が少しは明るみに出、それに希望を見出したそんな気がしたのだ。
「ブーゲンヴィルさん、敵艦隊の詳細が判明しました!鎮守府に打電の方をお願いします!」
ブーゲンヴィルは頷くとアーガスが伝えた情報をすぐさまモールス信号を打ち、鎮守府に伝えた。だが、ブーゲンヴィルの打電中も、敵艦たちはお構い無しに砲弾を撃ち込んで来る。ブーゲンヴィル自身、何度も夾差した。が、彼はそれに屈せず必死になって打電した。この打電が最期になるかもしれない。だが己に必要とされているのは、最期のその時まで生まれた時から自分に与えられた『どんな事があっても敵艦の情報を伝え続ける』という任務を遂行する覚悟。それは彼自身が一番理解していることだった。
* * *
「提督!通報艦ブーゲンヴィルより入電です!」
「分かった。大淀、読み上げてくれ」
対馬鎮守府の通信室において、大淀は石川副提督に対して、ブーゲンヴィルから送られたモールス信号の暗号文を翻訳し、読み上げる。通信室にいる他の通報艦や電信員も、皆慌ただしく室内を駆け回っていた。スガリオ海峡で戦闘が始まったことは全くの予想外であり、他の人型艦艇からの入電もひっきりなしに続いていたからだ。鎮守府の主要部からの電話の着信ベルや騒然とする電信員の声でかき消されそうになりながらも、大淀は声を上げる。
「はっ!読み上げます。『第8任務部隊・通報艦ブーゲンヴィル、宛。対馬鎮守府司令部通信室。我が第8任務部隊、スリガオ海峡内にて第四帝国海軍と戦闘状態に入れり。前衛と後衛に分かれ、その数は戦艦5、重巡12、軽巡17、駆逐20、空母6隻を認む。また、潜水艦複数と思しき音源も探知せり。現在、二艦隊、前衛艦隊は複縦陣、後衛艦隊は輪形陣を取りつつスリガオ海峡に突入しつつあり。』との事です」
想定していたのは複数の水雷戦隊であった。フィリピンにはまだフィリピン軍が健在であり、彼らと3日前に昨年末に開通した極秘海洋ケーブルを通じてフィリピン周辺の海域を通過すると通達したばかりであった。しかしフィリピン軍がどうなったのか不明かつ戦艦と空母、計11隻を含む打撃艦隊の出現。しかもそこに潜水艦まで付いてくると考えると、やはり第8任務部隊だけでは足りないだろうか。
「日本艦隊と第八水雷戦隊に出撃命令、直ちにフィリピンで交戦中の第8任務部隊を援護せよ。オーストラリアとの共同作戦上、絶対にこの作戦は成功せねばならん…」
対馬鎮守府の客将として迎入れられた旭日と彼の艦隊である日本艦隊、対馬鎮守府の第八水雷戦隊(略称・八水戦)は、第8任務部隊の攻撃の第二次攻撃及び、予備艦隊として出撃した。しかしながら彼らが出撃する前日前に第8任務部隊は出発しており、後衛艦隊が間に合う可能性は無に等しい確率であった。日本フィリピンとの距離はおよそ3070km。航行時間は36時間近くかかるので第8任務部隊がどれほど耐え凌げるかにかかっていた。
(なぜあの時に両艦隊を出撃させなかったのだ、何を考えていたんだ私は…)
同時出撃を容認しなかったことを胸の内で石川副提督は後悔するが、それを見ていた大淀に咎められた。
「思い詰めても怒ってしまったものは仕方ありません。今は作戦遂行に当たって、作戦の変更をすることを最優先とするべきです」
「そ、そうだな…。至急、作戦室に今いる長官たちを招集だ」
「了解しました」
手空きの将兵や指揮所にいた人型艦艇たちは出撃していない各艦隊の長官を召集し、作戦計画の変更のために会議を行った。その結果、最終目的であるブルネイ進出はそのままであるが、それまでの針路の大幅な変更、第8任務部隊を撤退させ、その代わりに伊達中将率いる連合艦隊第二艦隊を派遣することを決定した。出撃は早くて明日、遅くとも明後日という無茶苦茶な方針であったが何を思ったのか伊達中将はこれを引き受けた。
「それでは伊達中将、頼んだぞ。ただ特殊水雷艇隊での敵艦への斬り込みは可能な限り控えてくれ」
「そんな俺がバカスカ斬り込むアホに見えるか?あれは足掻きの手段にすぎねぇ。基本は砲戦と魚雷戦、艦隊戦の基本だろうが」
どんな階級の者であろうとラフに接してくる伊達中将は現場の将兵から人気がある。しかしその砕けた物腰から日本国軍本営や大臣など、中央の上級階級者の間では度々名が上がるほどの問題児であった。
藍色の総髪である彼は、軍帽を手に取るとそのまま会議室を後にし、連合艦隊が在籍している対馬鎮守府のドックに向かった。
「出撃は明日の〇七〇〇とする。チンタラしてっと置いてっからなぁ!?今まで散々即応できるように言ってきたんだから1日で準備くらいできるよなぁ!?」
午後3時丁度。連合艦隊が停泊している第三、第四ドック(この中に50隻近くの大小の艦船が停泊している)にけたたましく藍色の総髪の彼の声が響く。それは艦どころかドックすらも揺さぶらん勢いの大声だった。
「あーあ、またあの長官はうっさい声で言ってるよ…」
「手、止まってるぞ。ブツクサ文句垂れてねぇで手を動かせ、明日には出撃だぞ」
埠頭でトラックから食料を箱を出していた兵士が伊達中将のあの大声に文句を言い、それに准士官が口頭注意する。第三、第四ドックに存在するすべての艦艇は食料は生活必需品、弾薬に医療器具などの必要物品をガントラック(軍用輸送トラクック)の荷台や艀から下ろしては箱を大の男たちが担いで艦内に運び込む。その光景はあたかも大航海時代の港町の風景に戻ったかのようなものだった。
「長官。先日よりすおう型護衛戦艦艦長の任を拝命致しました、川路存知海軍大佐です。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」
「川路艦長か。俺が連合艦隊司令長官、伊達武治だ。頼りにしてるぞ?」
ニィっと笑顔を作る伊達中将に川路艦長も嬉しそうにありながら静かに「はい」と答える。
男2人が話している間も出撃用意は着実に進んでいた。
すおう型護衛戦艦、戦後日本が初めて建造した新鋭戦艦であり、原子力戦艦。その全長は脅威の272.4m。全幅36.4m、排水量は脅威の6万6500トン。主機は4軸35.5万馬力で満載時の速力33.4ノット。兵装も主砲に自動装填装置搭載の41cm3連装砲3基9門、副砲15.5cm3連装砲2基6門、12.7cm連装高角砲10門、オート・メラーラ127mm砲10門、CIWS30門、VLS140基(SM-3,ABM60発、VLA,SUM40発、 RGM/UGM-109Cトマホーク40発)、SSM4連装発射筒25基50門、ハープーン発射筒20基40門、68式3連装短魚雷発射管10基30門(水上発射管HOS-302、遠隔操作型)、12cm28連装噴進砲台(後部甲板のみ)。装甲も舷側500mm、甲鈑340mm、主砲防盾750mm、艦橋200mmと重装甲。乗組員は1500人でとても日本が持っていいものではなかった。岩崎重工造船所にて2027年に起工し、建造年数は3年半。同型艦には、現在建造中の2番艦、さがみがいる。大和型戦艦を現代艦風に改装したような風貌をしており、母港は対馬に置いている。
伊達中将と川路大佐が見上げ、向けられる目に映るその鋼鉄の城たる戦艦すおうは、波に揺られて眠っているかのようであった。
翌日の明朝、出撃予定時刻の15分前。出撃前の最終点検が終わり、各乗組員が所定の位置についていた。
「長官、出撃15分前です。乗組員は全員揃いました。他艦も同様にあと10分で出撃可能です」
「忘れモンはねぇようにしろよ?」
川路艦長は一瞬、「は?」というようなポカンとした表情を浮かべるがその一瞬で理解し、「了」と言い、航海長や砲雷長たちにそれを伝える。伊達中将は、艦橋の長官の椅子に座り地図を広げて航路を確認する。対馬とフィリピンに赤くバツ印、その間は赤い点線で繋がれていた。それは対馬から東シナ海を通り、沖縄本島南を通過してフィリピンまで向かうものだった。連合艦隊の内、出撃する第二艦隊は全艦船合わせて24隻。第8任務部隊は昨日からの戦闘でろくに補給すら出来ていないはずだ。時代遅れと言っても過言ではない、いわゆるジジババな艦も居る。ソイツらが足を引っ張らないかだけが不安だった。
ふと伊達中将が腕時計を見ると時刻は7時56分を示していた。目線を戻すと同時に目を瞑り、深く溜息をひとつつく。
(そろそろ出撃か。陸に居れないとなると連合艦隊のメンツは心配だが、もっと心配なのは…。新島の事だな…)
しばらく他の主任幹部がいなく静まり返った昼戦艦橋に艦長の川路艦長や副長、航海長などの艦橋要員が入ってきた。
「川路。主機動かせ、出るぞ」
「はっ!艦橋より機関室へ。機関始動、異常はないだろうな?」
伊達中将が静かに言うと、川路艦長は無線越しに機関室と連絡を取り合う。
「こちら機関室。機関始動、計器・システム、オールグリーン」
無線で機関始動を確認した直後にすおうは1秒も満たない間、大きく揺れて原子力の唸り声を上げる。川路艦長は艦内の各科への放送でそれぞれ、艦橋に人数報告をするように指示を出す。艦橋への無線電話には戦闘指揮所(砲術科、水雷科)、船務科、警備科、航海科、機関科、衛生科、炊事科、航空科の9つの科があり、それら全員で1485名(艦橋要員の人数は除く)。各科の科長が艦橋へ人員数と異常報告を行う。乗組員1500名全員が揃い、それぞれのシステムも異常はなかったようだ。
3070kmの航海、36時間強はかかるだろう。だがこうしてる今も第8任務部隊は第四帝国海軍と戦っている。
「抜錨だ、錨上げぇ!離岸!」
錨を上げたずっしりと重い艦体は、ゆっくりと接舷していた埠頭から離れてゆく。
よいしょと長官の椅子から立ち上がり、右舷ブリッジに出た伊達中将は埠頭で帽振れしている石川副提督や新島中将に「右、帽振れぇ」と言い、帽振りをする。連合艦隊第二戦隊は、すおうを先頭として次々に埠頭から抜錨し、湾外へと向かう。軍帽を被った伊達中将は艦橋内に戻る。
「航海長操艦。両舷前進微速、赤黒なし針路160度面舵」
「頂きました航海長。両舷前進微速、赤黒なし面舵。160度ヨーソロー」
川路艦長が航海長に舵きりを任せる。すおうには初の実戦であるこの出撃で皆緊張して冷や汗を流している中、伊達武治は1人、足を組んだり眼帯の紐を直してたりと随分と慣れた様子だった。伊達中将は皆が緊張していることを分かっていた。だからこそ普段のような言動は控えていた。こういうピリピリとした緊張感が今後の戦闘でも必要であるし、伊達中将自身が戦闘時と普段とで場を弁えていたからだ(普段でも場を弁えては欲しいが)。
対馬島沖合20海里の位置にまで出ると、いよいよ陣形の形成が始まる。フィリピンに行くまでに対空戦と対潜戦が見込まれる。それを加味すると輪形陣である第三警戒航行序列で2隊に分けるか、単縦陣である第四警戒航行序列のどちらかが妥当だろう。
「艦隊、第四警戒航行序列へ移行。まいかぜ、はまかぜ、ふぶき、しぐれを艦隊先頭4隻に指名。警笛鳴らせぇ!」
「警てーき、鳴らーせぇー!」
伊達中将は第四警戒航行序列と判断した。対水上、対空戦闘となった時に一番火力が出しやすいからだ。
航海長は舵輪右隣にある警笛のレバーを下げ、警笛を鳴らす。低いトーンの効いた体の芯から震えさせるような警笛だった。それに合わせてまいかぜ型ミサイル駆逐艦のまいかぜ、はまかぜとふぶき型ミサイル駆逐艦のふぶき、しぐれの4隻は第四警戒航行序列の先頭を請け負うために艦隊の前に凸の字になるような風に出る。連合艦隊は矢印のような陣形、第四警戒航行序列を築き、フィリピン方面へと向かう。
「艦長。あと何時間で向こうには到着しそうだ?」
「はっ、原速維持のままですと35時間、しかし現在、新たにフィリピン北部300kmの海域で台風が発生。九六〇hpa。大荒れとなることが予測され、迂回ルートを取るとならば40時間弱になりますね。それと、航空偵察は台風による嵐のの影響で難しいかと」
それを聞いた伊達中将は少し黙り、顎に手を当てて何かを考える。情報収集は最大の武器であることは先の第三次世界大戦で彼は痛いほど思い知らされた。現場指揮官として、現場の兵士として、情報が皆無であることは死を意味する。実際に情報の少なさ故に、彼や新島中将と常に行動を共にしていた海上自衛隊第67期生の先輩、宗谷整一二等海佐を始め多くの同期を失った。皮肉にも、情報戦の重要さを教えてくれた機会にもなった。
「航空偵察?んなもんいらねぇよ、一号偵を使う」
「一号偵…?一号偵察衛星のことですか!?」
驚く川路艦長の反応は何も知らないようである。そこまで驚く理由は、公には一号偵察衛星は墜落したと言われていたからだ。しかしそれはあくまで第四帝国を欺くための隠蔽であり実際は打ち上げに成功し、第四帝国領内の軍事基地の偵察と監視を行っていた。
「衛星画像を頼りにするしか方法がないかと…」
川路艦長に、伊達中将はコクリと頷く。ステルスを意識したこの艦は電子戦にも対応しており、偵察衛星からの画像や映像を国防総省を中継しなくても得られ、解析・分析が可能である。それによりよりスムーズに現場式を可能にしようとするものであるが、電波をジャミングされるとすぐに一号偵察衛星の位置がバレてしまうと言うデメリットも存在している。
今回の戦闘はこれを使わざるを得ない。いや、使わなければならない。他の方法は危険すぎる。
「全艦、対空対潜警戒を厳としつつ、陣形このままを維持。フィリピンまで直行する!」
悠々たる20隻の戦闘艦艇と4隻の補給艦は激戦のフィリピン沖へと舵を切ったのだった。
時は少し進み、第8任務部隊から交戦開始の伝達があってから丸一日、対馬連合艦隊が出撃した約1時間後。
第8任務部隊には戦闘経過や被害情報などの定時連絡を送るように指示していた。最初のうちは量は多く、内容も濃かったのだが、時間が経つにつれて文量は減少し、内容も薄くなっていった。
「日本、八水戦両艦隊の現在の地点は?」
「はっ。現在北緯11度02分、東経124度24分の海域を通過中。航空隊は発艦を開始していますが、現地の天気は曇り、風速毎秒6.7メートル。台風の余波の影響で時折気流が乱れ、通過後に発生している積乱雲の影響により高高度を飛行することは困難。波も時化ているため、日本艦隊より出撃した航空隊も戦闘海域到着まで時間がかかるかと」
満州がヘッドフォンに手を添え、走り書きした重要項を箇条書きにまとめたメモを渡しながら石川副提督に報告する。
出撃させた日本艦隊は、旧ゲリラ艦隊で第四帝国のやり方に不満を持つ人型艦艇や行き場のない浪人艦で編成された艦隊である。今回出撃した艦隊は同艦隊3代目総旗艦、50万トン戦艦の日本を旗艦とした6隻編成の4個艦隊、計24隻から成る大艦隊である。勿論、現在の日本艦隊総旗艦・旭日も含まれている。
あくまで日本艦隊は対馬鎮守府管轄ではなくあくまで外部部隊として扱われているため、この出撃要請は要請なので義務ではないが、伊吹との仲があると旭日が主張して快く引き入れてくれたのだった。元ゲリラの勇士たちは正規艦艇とともにフィリピンへと向かう。しかし、スリガオ海峡とはレイテ島を挟んで反対側、西側のカニガオ海峡付近を航行中。第8任務部隊との合流はまだ、時間がかかるようである。
「第8任務部隊の全空母に艦載機を発艦させ、全滅を防がせるよう打電だ…!こいつは、全滅するかもしれんぞ…」
石川副提督がその一言を口にした瞬間、通信室からは音沙汰ひとつしなくなってしまった。周囲に漂う空気が一層重くなった。その緊迫した状況下で、彼の心の中では、警鐘が響き渡っている。味方の命運がかかっていることを自覚し、打電による連絡が、第8任務部隊全体の命運を左右するかもしれない状況下で、彼らは鋭い集中力と的確な作戦指示能力を更に高め続けた。一瞬たりとも気を抜くことは許されず、彼らは自分たちの最大の力を発揮出来るように努力した。それは同時に石川副提督自身の精神を削り取ることを意味することだが、今はそんなことは言っていられる状況ではなかった。石川副提督が対馬鎮守府から自身が練ったその場しのぎの作戦を第8任務部隊へと送る。しかしそれは良い方向に向かうのではなく、寧ろ状況は最悪の一途を辿ってゆく。戦局が一瞬で逆転するかもしれないという、一筋の光だけを信じることしか出来ず、自らが指揮している作戦で第8任務部隊の人型艦艇たちが轟沈してしまうという恐怖が、彼自身の胸を締め付けていた。『全滅』と言うその2文字が石川副提督の脳内をひたすら回転し続けている。
もし仮に日本艦隊、八水戦が到着する前に敵艦隊が侵攻を成功させた場合、第8任務部隊は壊滅的な被害を被ることになるであろう。このような事態を回避するために、敵艦隊に対して全力を尽くして迎撃しなければならない。しかしながら日本艦隊と八水戦が到着したとしても、第8任務部隊は完全に被害を避けることはできないだろう。敵艦隊の攻撃に対して、技量と艤装を最大限に活用し、最善を尽くすことが必要であった。
頼み綱は日本艦隊と八水戦だけ、今から他艦隊を出撃させてもそれなりに距離があり間に合わない。そうなってしまえば、本来の任務であるブルネイ進出も、オーストラリアとの通信網の設置も、兵站の確保も失敗である。
フィリピン海軍も壊滅し、第四帝国が既に制海権を握っていたのか。それともフィリピンと言う国家自体を第四帝国が滅亡させたのか、それは石川副提督にも分からなかった。
* * *
スリガオ海峡海戦が始まったその日の内は、リソース中破とガングートの小破でなんとか耐えた。しかし、その翌日の早朝からの第四帝国艦隊の砲撃は、ますます激しさを増していった。その轟音は地獄の門を開け、その迫り来る業火のような砲火を切り、炎のようなその閃光は曇り空の下の海を真っ赤に照らし上げた。砲弾が悪魔が嘲笑うかの如く、唸り声のような音を上げながら次々に第8任務部隊本艦隊に向かって飛んでいく。そのうちの数発が、アイオワ級戦艦の1番艦、アイオワの元へと飛んで行った。
「アイオワ姉危ない!」
アイオワと飛んでくる砲弾との間にミズーリが、アイオワに背を向けるように割って入る。次の瞬間、彼の体の左右に着いていた艦体の形をした艤装の3番砲塔に砲弾が連続して命中し、 3番砲塔が大破、2番砲塔も中破する。
爆風で吹き飛ばされないように咄嗟に腕を交差させ、目を瞑ったアイオワ。黒煙がアイオワを包み込み、やっとの思いで目を開いた時に見えたのは、3番砲塔の砲身が曲がり炎上し、「うぐっ!?」と言う短い悲鳴を上げながら、爆風によって海面を水切りのように転がりながら吹き飛ばされているミズーリだった。
「ミズーリ!」
アイオワが反射的にミズーリに向かって声をかける。
被弾した3番砲塔の飛び散った破片がミズーリの額を傷つけ、赤い血がポタポタと滴り落ちる。その血が、海にまるで墨が滲むかのように広がっていった。
「大丈夫か!?」
近くで転進しながら弓を放ち、近づいてくるエンタープライズの問いかけにミズーリはフラフラと立ち上がり、額から流れる血が目に入らないように右目を瞑りながらも、その鋭い視線で前方を睨み続け答える。
「戦艦が簡単に沈むか!」
とてもでは無いが、戦闘に参加するには程遠い状態であった。しかし彼は、中破した2番砲塔をどうにか動かし、1番主砲や連装の副砲と共に絶えず砲弾を撃ち続ける。40.6cmの砲弾がひっきりなしに艦級不明の人型重巡洋艦に向かい、当たる当たらぬのギリギリのところへと飛んでゆく。それはまるでチキンレースのような感じではる。
ミズーリは、いかにして敵を殺さずに敵を降伏させるかという事を第一にしていた。そのためには牽制し、戦意を喪失される必要があえると思っていた。ミズーリに続いてニュージャージーも砲撃をする。しかしどれだけやっても重巡を狙って撃っても、他の人型艦艇を狙っても撃っても、戦意を喪失しての転針はなかった。
「何んだよコイツら、戦意のカタマリかよ!?」
戦意を喪失するばかりか逆にそれが彼らを過剰にまで刺激してしまっているようにも見え、後方に撤退しようと試みたが海峡の出入り口がすでに第四帝国海軍によって閉鎖されてしまい、第8任務部隊はスリガオ海峡の中心に挟み込まれるかのように封じ込まれてしまう結果となった。
「いいぞいいぞ!このまま押し込め!この下駄船供を海に還してやれ!」
『下駄船』と第8任務部隊を罵るのは、第8任務部隊に対して奇襲攻撃を仕掛けた艦隊、第3艦隊の旗艦『バアル級重巡洋艦』のバアル。彼もまた、第四帝国海軍が誇る氷雪4大艦 の一人であり、その弄れた性格を逆手に取った戦略や戦術により、数多くの戦いで世界各国が誇る精鋭艦隊を壊滅、もしくは全滅させてきた。その存在は対馬にとっても頭を悩ませる存在である。
「こんな時にバアル直々かよ…!」
イギリス海軍のカウンティ級重巡洋艦、ドーセットシャーが悲痛の叫びを上げる。彼は第二次世界大戦時に、北大西洋で勃発したライン演習作戦において、姉・ノーフォークと共に当時、連合国軍所属として同作戦に参加していた時以来、実に96年ぶりの会敵であった。
デンマーク海峡海戦ビスマルク追撃戦に参加し、その際にドイツ海軍の一隻として参加していたバアルと交戦しており、その火力と速力の強大さ故、同じ重巡洋艦であるドーセットシャーも太刀打ち出来ずに一方的な攻撃を受け続け、撤退せざるおえなかった程であった。
「ここにいる艦隊は一隻残らず潰せ、海の藻屑にしてやれ!」
バアルが激昂し、その荒々しい声が響き渡ると、第3艦隊の艦艇群が一斉に砲撃を開始した。 数多の砲弾が、その甲高い音を響かせながら青海面に衝突するその瞬間、轟音を放ち無数の水柱を上げ、 容赦なく第8任務部隊を襲う。飛沫を見ながら冷静さを失い、暴れ馬と化したバアルは更にセリフを吐き散らす。
「そこで沈め、落ちぶれ戦艦がよぉ!」
第8任務部隊の多数の所属艦と第3艦隊所属艦が激しい砲撃・雷撃戦を行っている中、バアルは迷いなくガングートに2基の28cm三連装砲を斉射する。彼にとってガングートがここにいると言う事自体、第二次大戦以来の復讐を行う絶好のチャンスだった。
バアルが復讐を誓った理由は1943年まで遡る。旧ドイツ第三帝国でP級装甲艦として進水していたバアルは、1941年より勃発した独ソ戦のさなかのスターリングラード攻防戦でソビエト空軍のロケット攻撃と爆撃により撃沈されていた。その因縁のソビエトの代名詞たる戦艦ガングートが、今彼の目の前に立っている。これほどの好機は他に無く、ここで彼を潰してその鬱憤を晴らさんと考え、異常なまでに興奮している現状にあった。
「簡単に沈んでたまっかよ。そこを退け、さもねぇとここでぶっ潰す」
余裕そうに答えるガングートだがその内心は不安が募っている。あのバアルが正面切って戦うことはほぼ無に等しいからである。何か考えがあるのではと疑いの念がどうしても晴れないのである。考えがあるかないかは50%50%、どちらか選んでその選んだ方がババなら、待っているのは死のみ。
「そうかそうか、お前は沈む気はねぇし俺を沈める気か…」
(アホ…。これだからЧетыре Небесных Короляは脳筋しか居ねぇって言われんだよ…)
胸の内で第四帝国海軍の氷雪4大艦を小馬鹿にしつつ、ガングートは勇敢にも加速して向かってくるバアルを哀れに思いながら腕を組んでいた。
「最初になりたいか?」
ボソボソっと聞こえる程度のボリュームの声で呟くとバアルは前進したまま「何か言ったか」とバアルは前進を辞めずに問いかける。
「最初になりたいか?俺はそう言った」
バアルはそれに対してあたかも自分がガングートとか言う共産のクソッタレよりも弱いと貶されているようで、怒りが今にも爆発しそうだった。そして、怒りを抑えるために取ったバアルの行動は、前進をやめて後進で距離を置き、そして自分で自分の首を絞めるというものだった。自分の首を絞めて頭に血を物理的に昇らないようにするのがバアル流の落ち着き方だった。
(落ち着け、落ち着け…。こんな奴なんかに殺られる程俺はヤワじゃねぇ…)
「誰もバアルに撃つ暇もねぇのか…!?兄ちゃんもぶっ飛ばされてる、姉ちゃんの所にも行けないし、どうしたらいいんだよ…!?」
必死になって降り来る弾をその鈍重な舵でなんとか避けながらアイオワ級戦艦の末っ子のケンタッキーが吐き捨てるように言う。ガングートの加勢に行きたいが、他のフォート級装甲艦たちがそれを邪魔して思うように進めない。
「ジョンの奴はどこに居るんだ!トマホークを送ってもらえ!」
「分かる訳ないでしょ!?第8任務部隊の中でも後続の方なんだから!そんなことよりもアンタ!私たち自身の心配しなさいよ!」
「コンナ時ニ喧嘩シテイル場合デスカ!今ハココニ居ル敵艦隊トノ戦闘ニ集中シテ下サイ!」
キング・ジョージ5世が2人を咎める。
ガングートは現在、バアルと1対1の状況、ここで横槍を入れられると確実にガングートは不祥どころではすまないだろう。至近弾が多数出てる中、ガングートに限ってはバアルとか言う文字通りの悪魔と一騎打ちをしていると言うのに呑気に味方同士で喧嘩するのは全く呆れるとキング・ジョージ5世は思いながらガングートとフレッチャーが被弾しないように近づく戦艦クラスの人型艦艇へ砲撃して援護する。流石に35.6cmの砲弾では貫徹力に欠けるか。戦艦クラスの敵艦への命中は確認しているが甚大な被害は出せていないように見える。行動停止も見られない。
振りくる砲弾の中、フレッチャーに怒りの声をぶつけられたガングートが言っていたジョンとは、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の3番艦のジョン・ポール・ジョーンズの事で、彼は第8任務部隊の別動艦隊襲撃部隊に所属してる。襲撃部隊とは、現代軍艦のみで編成された、特務支援艦隊である。その襲撃部隊は、第8任務部隊よりさらに後方のサン・ファニーコ海峡に存在していた。
一方その頃、その襲撃部隊もサン・ファニーコ海峡にて、対空戦闘に入っていた。先程の第8任務部隊主力艦隊を攻撃した、第四帝国第3艦隊所属の空母3隻から発艦した生物艦載機の、対艦武装を施した 黒烏がレーダーで発見したからである。しかし、不運な事に30キロ圏内まで接近を許してしまい、主砲による対空戦闘が行われていた。
1日前に偵察、及び索敵として艦隊から約80キロ前方を航行していたアーレイ・バークのレーダーで 黒烏の編隊を324キロ先に捉え、本艦隊と襲撃部隊へ伝達したが、その直後にレーダーからロスト。アーレイ・バークは危険を察知して襲撃部隊に合流すべく転舵し、進路を180度回頭。その後、アーレイ・バーク、襲撃部隊は対空警戒を厳とした。
19時間後に再びレーダーに機影を確認。対空戦闘に入り、ESSMやSM-2MRなどで迎撃し、一度は撃退したものの第二波、第三波と立て続けに波状攻撃を行ってきたために、中々前進出来ずにいた。
「本艦隊は、Октябрьская Революцияはどうなってる!?」
「あっちもあっちで交戦中だと、ヴェリーキイ!」
ジョン・ポール・ジョーンズ が甲高い爆装 黒烏のキーンというジェット戦闘機に近い飛行音に負けないように襲撃部隊旗艦、ピョートル・ヴェリーキイに告げる。米露(旧ソ)の水上戦闘艦が共闘しているという奇妙な構図であるが、彼らとしては呉越同舟であって一時的なものだと思っていた。
実際、第四帝国との戦いが終わればすべてが元通りになるため、第四帝国との戦闘の間は仮想敵国の人型艦艇と言え利害は一致していた。
現代水上戦闘艦は圧倒的長射程の火器とレーダーを装備していた。その代償は、その装甲を削り取ってしまったことによる、脆弱な防御だった。このことは、現代海戦において最も基本的な戦略である『殺られる前に殺る』という思想が、災いをもたらしたことを意味していた。
圧倒的な物量差に加え、現代水上戦闘艦の人型艦艇は撃たれ弱く、これほど接近されることは最悪の局面であることは言うまでもない。
「データ共有!」
コンステレーション級ミサイルフリゲート艦、コンステレーションから共有されたレーダーに映し出された機影を見て、襲撃部隊の艦たちは戦慄した。レーダーの円を埋め尽くすように 黒烏の機影が映し出されていた。
「す、スゲェ数…」
「ざっと300は居るぞ…!」
「こんな気流の中飛んできてんのかよコイツら…!」
襲撃部隊所属する人型艦艇の中には、不穏な動きを見せるものが現れ始めた。その中には、戦意を喪失してしまった艦もあった。
(コイツはマズい…。襲撃部隊内で戦意喪失した奴が出たら幾ら俺の檄だろうがミサイルだろうが何を飛ばそうが無意味になっちまう…!)
ジョン・ポール・ジョーンズは迫り来る第3艦隊の空母群から放たれた無数の 黒烏という刺客たちを眺めながら、汗を一筋流す。
自分たちの本来の戦闘スタイルとは全く異なる状況に直面していた。これほど膨大な数の生物艦載機を相手にすることは、今までの経験から考えると、まさに想像を絶するものであった。ジェット戦闘機やミサイルならまだしも、南半球のほぼ全土を支配する強大な帝国の生物艦載機という人間の技術力では作れないような多用途戦闘機をバンバン作って送り込んでくる。幾らミサイル駆逐艦でもこの数は武が悪すぎる。ましてや、本来ならば敵が侵入してくる前に倒す。艦隊防空・艦隊攻撃、双方の要ならばよくわかっている事だ。しかし、今回の編隊はコンステレーションのレーダーでやっと探知出来た。それは、この 黒烏の編隊がレーダーの探知機能が最も低くなる海面スレスレを飛んできたということだ。
第一波で不意をつかれて 数隻が中破か大破してしまった事により、本来よりも火力がやや低くなってしまった。
ジョン・ポール・ジョーンズは負傷を受けた艦を直ちに応急手当するよう、工作艦のヴァルカンとジェイソンに命じた。工作艦の彼らは負傷した艦を懸命に治療していた。しかし、その間にも、敵からの猛烈な攻撃に対して、彼らは必死の抵抗を続けていた。
20機程の黒烏の編隊が、海面スレスレまで高度を落とし、雷撃体制に入る。
「撃ち込めるだけ撃ち込め!全艦、対空戦闘。CIC指示の目標、攻撃はじめ!」
「シースパロー、発射用意!」
アーレイ・バークは、慌ただしく命令を下した。しかし、「シースパローじゃ間に合わない…!」と僚艦に即答された。シースパローで対応するには距離があまりにも短く間に合わない。結果としてシースパローを飛ばすことができなかった。アーレイ・バークの声は、焦りを隠せていなかった。
「主砲迎撃、「Стрелять(射撃開始)!」
「弾込めよし、行けー!」
ピョートル・ヴェリーキイの荒々しい声に率いられ、襲撃部隊の所属艦たちはそれを、主砲で迎撃する。流石はMk-45・5インチ砲にオート・メラーラ127mm砲そしてAK-130・130mm連装速射砲だ。襲撃部隊全艦艇を併せると搭載艦は30隻を優に超える。砲の門数は約40。それと同等の主砲弾がたった20機程度の黒烏雷撃隊に容赦なく撃ち込まれるのだ。砲弾が猛烈な勢いで飛来し、先陣を切って飛翔していた、3機の黒烏が爆散、或いはその銀翼から火を噴きながら海面に衝突したのを確認した。しかし、それを掻い潜る雷撃機も少なからず存在はする。
「怯むな!行け行け行け!」
黒烏雷撃隊長が無線で僚機たちに言う。襲撃部隊に向かって、まるで意思のないロボットの様にまっすぐ突っ込んでくる。
距離1.5キロまで黒烏が近づいた時だった。
「クソっ!CIWS作動、全艦攻撃始めAAオート!」
「ラジャー、AAオート!CIWS作動。ターゲットオートロック、ファイヤー!」
アーレイ・バークの指示により、全アメリカ海軍人型艦艇に搭載されたファランクスが一斉に火を吹く。赤や緑といった無数の曳光弾が生物艦載機に向かって飛んでいく。しかし、バルカン・ファランクスからヤケクソに引き金を引いて放った弾丸も、どうにも敵に有効的なダメージを与えることはできず、殆ど無駄な攻撃に終わった。そればかりか、敵は無数の弾丸の雨を掻い潜り、徐々にその距離を詰めてきているではないか。攻撃の手がかりを与えることなく、結果、不利な状況を強いられることとなった。
「魚雷投下!投下ー!」
対空砲火を生き残った黒烏が、距離1キロまで迫ったところで一斉に魚雷を投下する。投下された魚雷は、鈍いバシャンという音を立てながら水中に沈み、スクリューをフル回転させて襲撃部隊に迫ってくる。魚雷は襲撃部隊から放たれる無数の主砲弾を掻い潜り艦隊の横腹を突く形で突っ込んでくる。
「回避後、直ちに攻撃態勢!」
「応!魚雷を回避したら攻撃態勢だ、いいな!」
襲撃部隊は、之字運動と呼ばれるジグザグ航行から一気に面舵を切り、魚雷を回避しようと試みる。
艦隊行動においての之字運動は、針路を短時間で多く変更することによって、魚雷を回避することが可能。しかしそれは、艦と艦との息がピッタリ合わないと衝突の危険性が高まる危険な方法だ。しかしこの緊迫した状況で、手段を選んでいる余裕はなかった。ただただ、敵の攻撃を回避して、攻撃の時期を見計らうので精一杯であった。
「数機撃ち漏らしたぞ!」
「魚雷投下を視認!ネツァウァルコヨトルの方に!」
急いで全艦が回避行動を取る。しかし、メキシコ海軍の人型駆逐艦、ネツァウァルコヨトルに魚雷が2本命中してしまった。ネツァウァルコヨトルは、自力航行はできるものの浸水が発生し、中破となってしまった。
「ちょっとこれはマズ…があっ!」
「ネツァウァルコヨトル!」
苦しみに埋もれ、出ない激痛の声を上げるネツァウァルコヨトルに、ピョートル・ヴェリーキイと周囲を警戒する、キーロフ、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦の7男、モービル・ベイとその兄のヴィンセンスが駆け寄る。
「ピョートル、敵が相当数いる、半径100キロ圏内に敵艦艇がざっと30、航空機に至っては追加で130はいるぞ」
ピョートル・ヴェリーキイはモービル・ベイの報告を聞き流し、ネツァウァルコヨトルをどうするかを考えた。本人は戦闘続行したいと言ってはいるが現状としては中破、いつ撃沈されてもおかしくない状況が近づいている。もっとも、人型現代艦は耐久性が皆無であるゆえにたった一発の被弾が命取りだ。
「さっさとお前は下がれ。そんな損傷じゃ戦闘継続は無理だ、Хорошо?」
「De acuerdo…」
「タシュケント、レニングラード!」
「何だ同志ガングート?」
第8任務部隊から別れて襲撃部隊として行動していたタシュケントが、レニングラード級嚮導駆逐艦1番艦、レニングラードを連れてガングートの近くまで近づく。
「ネツァウァルコヨトルを戦闘海域から離脱させてくれ、このままの戦闘継続は不可能だ。だから──」
「ネツァウァルコヨトルが離脱するまで護衛しろと。そうですよね同志ガングート?」
ガングートの亀のほどに遅いガングートの言葉を断ち切るように言う。ガングートには、言葉に「トロトロと話すんじゃない」という様な怒りの心情がオーラとなって纏り着いているように聞こえた。
ガングートの命令により、ネツァウァルコヨトルはすぐさま進路を180度回頭し、戦闘海域から離脱していく。そのままガングート、レニングラードに守られて艦隊から離脱してゆく。
「対空目標は右舷に絞れ、左舷に抜けた敵機は無視をしろ!」
レニングラードがネツァウァルコヨトルに指示を出す。それに従った彼はタシュケントの嚮導に従い、度重なる第四帝国軍海軍航空隊の攻撃に晒されながらも必死に海域離脱を試み、戦闘海域から離脱。第一救難艦隊との合流まで、タシュケントとレニングラードが護衛する手筈となった。
「取舵いっぱい!第二戦速だ急げ!」
「皆聞いたな!?取舵いっぱいー!」
ガングートからの指揮で魚雷は取舵を取った襲撃部隊本艦隊の左舷スレスレを通って、遥か彼方へと消えていった。
「ヴェレーキイ、ネツァウァルコヨトルの離脱を確認した!」
「よし!針路戻せ、面舵だ!目標、左舷の敵雷撃隊と空母機動部隊。砲雷撃戦、Съемка(撃ち方始め)!!」
ジョン・ポール・ジョーンズの報告を聞き、ネツァウァルコヨトルが撤退したのを確認したピョートル・ヴェリーキイは、指令で、魚雷を搭載している襲撃部隊の艦艇たちは魚雷をレーダー上に映る敵空母に、その他は主砲の照準を黒烏に合わせて各個が射撃を開始する。その無数の砲弾は、雷撃を終えた黒烏目掛けて飛翔してゆく。完全に背を撃つ形となったが、彼らにはもう迷いも後悔もなかった。
皆恐怖のあまり我を忘れ、ただの獣が獲物を狩るのように目の前にいる黒烏を撃墜する。
「かわせ!後ろから撃たれてるぞ!」
黒烏雷撃隊隊長が雷撃隊総員に叫ぶ。雷撃隊の各機は急旋回して逃れようとするが、その圧倒的な弾幕量。
「たっ、助けてくれー!」
雷撃隊員の声が無線越しに聞こえた。その直後に短い悲鳴を上げてその後砂嵐しか聞こえなくなった。雷撃隊長が窓から様子を見ると、黒烏が次々に爆発四散していく。雷撃隊長はその光景をただ呆然と見ているしかなかった。彼は機を左に傾けると、残った機2機と共に撤退して行った。
「見ろ!敵の雑兵供が撤退していくぞ!」
カーティス・ウィルバーが黒烏を指さしながら歓喜する。しかしそれは、300機の航空隊の一隊を退いたのにすぎなかった。
爆発に雷跡、それを防ぐために放つおびただしい量の弾幕。襲撃部隊、第四帝国双方が入り乱れる乱戦状態になっていく。空には、曇り空を夜の如く黒く染めあげる無数の弾幕が張られていた。
「これじゃ数が多すぎる!こっちにも増援を回してくれ!」
「他の所でも戦闘してるのよ、こっちには回せないでしょ!?」
襲撃部隊は完全に孤立していた。他艦隊の増援も呼べず、サン・ファニーゴ海峡で足踏み状態であった。
爆装した黒烏が空に群がり、曇り空を灰色から黒一色に染め上げる。
「22敵機視認、方位202。高度10000フィート。タイプ167」
「なっ!奴らFi167出してきやがったのか!?」
61型フリゲート(レーダーピケット艦でもある)の1番艦、ソールズベリーが22機のドイツ第四帝国軍のFi167雷撃機を探知し、それを伝えるとそれを聞いたタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦21番艦のシャイローが発狂しそうな声で叫ぶ。
Fi167は、ドイツ国のフィゼラー社で第二次世界大戦の直前に製作された単発の爆撃機であり、ドイツ初の航空母艦グラーフ・ツェッペリンに搭載する艦上雷撃機として開発されたものだった。人型艦艇の装備である以上は何も発狂する事はないのだが。この一進一退どころかやや押され気味な中で雷撃機を撃ち込まれると対策のしようが海面に向けて砲を撃つか、デコイをぶつける程度しか対策がない。なぜならばFi167の魚雷は無誘導。対するこちらは誘導式への対応しかないが故にそれくらいしか防ぎ用がないのだ。
アーレイ・バークとジョン・ポール・ジョーンズ、それにカーティス・ウィルバーが互いに背を任せ合って主砲を空に向けて撃つ。同型艦で黒烏とFi167を撃墜するように努めた。しかし、やはり多勢に無勢。数機撃墜しただけでは、戦況に何らかの影響を与えられるものではなかった。
「クソっ!敵機が多すぎる、コイツらはウジムシか何かかよ!」
アーレイ・バークは、墜としても墜としてもやってくる黒烏やFi167に対して砲火を切りながら罵倒をするしか無かった。空に渦巻くその真っ黒な色をした黒烏の群れは、絶望そのものだった。
もはや、襲撃部隊は戦意を失っていた。特に、ピョートル・ヴェリーキイは襲撃部隊に対して敵編隊のここまで接近を許してしまったことを悔やみ、責任さえも感じていた。
「ヴェリーキイ!敵機直上ー…!」
ジョン・ポール・ジョーンズの声でハッと気が付いたピョートル・ヴェリーキイが真上を見上げると、3機の爆装した黒烏が急降下で接近してきている。しかし、もはやピョートル・ヴェリーキイにそれを回避し、迎撃するための精神は残っていなかった。そして、その3機の腹と両翼下に抱えられた爆弾を投下させた。
「避けろ!被弾すんぞ!」
「同志ピョートル…!」
「ピョートル・ヴェリーキイ何してる!早く退け!」
ジョン・ポール・ジョーンズ、スラヴァ級ミサイル巡洋艦のモスクワ、デューク級フリゲートのアーガイルがその順に叫ぶ。しかし、その呼びかけ虚しくピョートル・ヴェリーキイには聞こえていないようであった。
落ちてくる爆弾9発を、ピョートル・ヴェリーキイはただただ見つめていることしか出来なかった。大きさからして50ポンド爆弾であろうか。襲撃部隊の所属艦艇たちに周りを囲まれてしまった責任感と、もうどうしようもないという絶望感とそれに便乗するかのように襲ってくる虚無感に囚われ、ただ立ちすくむしか出来なかった。
いっその事このまま撃沈されて襲撃部隊の皆に詫びよう。
いつしかそう考えるようにもなっていく内にピョートル・ヴェリーキイの硬かった顔はみるみる和らいでいく。それは考えることを辞めた、目の前に落ちて迫り来る死を受け入れようとしている顔だった。
爆弾が頭上200mにまで迫った時だった。
「阿呆だら!何ぼさっとしとる、死にたいんか!」
どこかから男の声が聞こえた。するとその直後に9発の爆弾は何かにぶつかったのか微かにカツン、という音を立てたあとピョートル・ヴェレーキイの頭上で爆発した。
その一瞬、時間がゆっくりと流れるように彼は感じた。彼は間違いなく爆弾に突進する砲弾を目にしたのだ。気のせいではなかった。
「うおぉぉっ…!?」
爆弾が爆発した時のその爆風でピョートル・ヴェリーキイは、思いっきり海面に艤装ごと叩きつけられた。砲弾の飛んできた方を見ると、│人影《艦影》が2つ、3つと見えてきた。
「│日本艦隊、第三支隊。これより襲撃部隊の援護に入るぜよ!さぁさぁ皆、張り切って行くぜよ!」
声を張り上げるのは加賀型戦艦の2番艦でお調子者の第三支隊旗艦、土佐だった。その後に第三支隊の人型艦艇が続く。助けが来た。助かった…。襲撃部隊を助けに後衛艦隊だった│日本艦隊が救出艦隊を編成して来てくれた。
「お前ら、大丈夫か?怪我だの無いか?」
先程聞いた男の声だった。その男は、そのゴツゴツしたタコだらけの右手を差し出していた。本来ならば怪我のことを答えなければならないのだが、思わずピョートル・ヴェリーキイは「名前は?」と尋ねた。その男は表情を和らげて答えた。
「俺か?俺は金剛代艦型、六甲型戦艦の2番艦の身延。お前がピョートル・ヴェリーキイっちゅう巡洋艦か?確か原子力の…、えと、襲撃部隊旗艦の…?」
「あぁ、そうだ…」
ピョートル・ヴェリーキイは呆然と目の前で腕を組みながら戦闘している方を見る、銀髪に赤い目の筋肉質な男を見上げることしか出来なかった。
「それにしても、現代艦ならアウトレンジやる、だろ。これじゃアウトレイジ受ける、だな。がはははっ!」
ピョートル・ヴェリーキイは内心面白くはなかった。コイツに襲撃部隊を、20隻以上の大艦隊を率いることの難しさを分かっているのか。たかがゲリラの成り上がりの分際で。散々こっちの苦戦を笑いものにして苛立つその気持ちの一切を捨てようとする。苛立つそんな内心とはまた別の、良心的な気持ちがピョートル・ヴェリーキイの中にはあった。なんとも複雑な相対的な心情が渦を巻いていた。
この男、何か不思議な雰囲気だ。言葉には出来ないが彼は何か異様な空気を纏っている。
ピョートル・ヴェレーキイはそんな尊敬と憤怒の念を抱きながら身延の差し出した手を掴むと、一気に身延に引き上げられた。その力の強いこと。相当訓練し、場数を踏んで来たに違いない。ピョートル・ヴェレーキイは身延の傷だらけの顔を見てそう確信した。
「身延!敵艦隊回頭、H字にしようとしてっぞ!」
H字とはT字(丁字)戦方で不利な側の艦尾にも艦隊を配備し、その陣形がHの字を描いているように見えることから名づけられたT字戦方の発展型、いわば挟み撃ちである。
「よし、第三支隊第二中艦隊!複縦陣のままに。両舷、砲雷撃戦!」
「了解!全艦、複縦陣から単縦陣に移行。両舷砲雷撃戦用意!」
身延が味方の艦隊の方を見て叫ぶ。すると戦艦と重巡であろう人型艦艇たちはすぐさま主砲を左右両方に向けて照準を合わせる。
「砲雷撃戦、1・2番主砲旋回、左90!続いて3・4番主砲旋回右90!」
身延の怒鳴り散らすような掛け声に合わせ、ゆっくりと旋回した人型戦艦と人型重巡の艤装に載せられた砲塔は、射撃の最終段階に入っている。誤差の修正だ。
「仰角よろし!」
その声が聞こえたと同時に身延は、絶え間なく響く鋼鉄の咆哮に負けぬと「主砲斉射、始め!撃てー!」と怒鳴る。
「魚雷も流し込め。テッ!」
六甲の合図に彼以下8隻の中艦隊は砲撃を開始し、同時に5隻の重巡は雷撃戦も開始した。艤装に搭載されている対空機関銃や高角砲を撃ちながら主砲弾を撃ち続ける。鈍い音を立てて魚雷が海中へと沈み、雷跡を見せぬように敵へと接近する。
頭がかち割れそうな爆音で体は揺れる。その煙幕の中で第三支隊第二中艦隊は敵航空隊を袋叩きにする。たった20隻で編成されている第三支隊なのになぜここまで強いのかはピョートル・ヴェレーキイには全く理解できなかった。不屈の精神から来るものなのか、それともただ単に彼らの技量から来るものなのか。
「九四式高射装置指示の目標!目標敵空母艦隊、撃ちー方始め!」
「応よ兄貴、撃てぇ!」
身延の兄で六甲型戦艦一番艦の六甲が目標を示すと、身延はそれに従って座標を修正する。
流石は金剛代艦型戦艦である。その50口径という大口径の41cm三連装砲塔は、襲撃部隊では考えられないほどの砲音を放った。
乱射乱撃雨霰。
第三支隊第二中艦隊の8隻の止め処無い砲撃の間にピョートル・ヴェレーキイは、襲撃部隊所属、アメリカ海軍のマーシー級病院船コンフォートによる応急処置を受けた。
「まさかムリカに助けられるとはな…」
「今はそんなこと言ってる場合か。さっさと処置したら戦線に戻ってもらうから」
冷淡かつ溜息混じりに発せられたコンフォートの言葉はピョートル・ヴェレーキイの頭に血を昇らせた。それは身延のみならずコンフォートまでもこんな扱いを受けて居られるかと言う怒気ではなく、自分をこんな状態に陥れた敵航空隊に対しての怒気だった。同時に自分が数十秒前には死で責任を取ろうと言うバカの所業のような思考に辿り着いていたことに嫌気もさした。
「はぁ!?なら治療しねぇで出しゃいいだろうがクソムリカ!」
「お前は馬鹿か?そんな状態で戦闘して仮にもっと損傷が激しくなったらお前の同志を捨てて自分だけ逃げようだなんて思ってないだろうな?そしたらボクは君を軽蔑するし旗艦には向いていないと我が提督に解任請求もするから」
ピョートル・ヴェレーキイはその言葉に対して強く反発した。幾ら自分が損傷しようとも仲間を見捨てようとなんか今までに一度たりとも思ったことは無かったからだ。「誰が見捨てるかよ!殺られる前に殺ってやんよ!」とピョートル・ヴェレーキイは今まで以上に高揚する。
「やれやれ…。これだからコミーは血気盛んで助かるよ」
ピョートル・ヴェレーキイを散々煽った彼が呆れ半分に言う。そうしているその間にも、彼の手はピョートル・ヴェレーキイへの応急処置、第二中艦隊も砲撃の手を緩めない。
「いいぜよいいぜよ!そのまま押し込むんぜよ、弾ある限り撃ち続けるんぜよ!」
土佐はただ単に指示を出すだけではなく自分も主砲で対空戦闘を行っている。土佐も恐らく三式焼霰弾で航空機撃墜に専念している。41センチ砲から回転をかけながら放たれた鉛の塊は、敵航空機編隊の前面で炸裂。幾つかの敵機はその際に火を吹き散らしながら海へと墜ちていった。
「ターゲットロック!」
「Fire,Fire!」
「テェーッ!」
それに乗じるようにアーレイ・バークとサンプソン(アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦)、ジョン・ポール・ジョーンズの3人はSM2改を10発ずつ空へと飛翔させる。
SM2改とは、SM2のレーダーをサウンドホーミングシステム(和名、音響自動追尾方式。音を感知して敵機等を追う方式)を採用した艦対空ミサイルであり、チャフやフレアによる追尾ミスの対策を行なったものだった。他のミサイル同様、ロックオンをしてからの発射であり、発射後、母機自体は離脱が必須である。航空機全般はチャフとフレアしか搭載しておらず、このサウンドホーミングへの対策はなかった。いや、寧ろ不可能と言った方が妥当なのだろう。海軍で利用されている音響誘導を応用したこのシステムの対策はチャフやフレアのように音をばら撒く何かを焚く必要がある。しかし、その何かが開発されていない以上はサウンドホーミングの無双状態であった。
その弾道は真っ直ぐに黒烏へと向かっていく。着々と近づくSM2改は慌てて回避行動を取ろうとする黒烏に突進する。ブレイクでの切り返しにチャフ、フレアとあらゆる手を尽くしているのが洋上からでも見えた。しかし、SM2改はまったくそれらには見向きもせず、黒烏へと接近し続ける。一機の黒烏が爆散したのを皮切りに、次々に黒烏は撃墜されていく。
「なんだよこのミサイル!一体何で追って来やがんだ!?」
「グリッパー1、2ロスト!」
「ディエルガー18、19、20ロスト!」
「パークス7応答せよ!応答せよ!」
「隊長!もうこれ以上は保ちません…!」
次々に入ってくる撃墜の報告に攻撃総隊長は頭を抱える。たった20隻にも満たない艦隊が来ただけでこんなに戦況がひっくり返る事があって良いのか。戦艦やれ重巡が来ても300機の航空機の前には無力に等しいはずだった。だが現実はそうしてくれていない。こちらに微笑んでいた勝利の女神は今やこちらを嘲笑い、襲撃部隊の方に軍配を上げようとしている。そんなことは微塵も認めたくなかった。だが認めるしかない。これがあの日本艦隊かと攻撃総隊長はその実力を嫌と言うほど部下を失うと言うことで思い知らしめられた。ここで数に任せてゴリ押せば勝てるであろう。しかしそれでは航空隊の消耗は計り知れないし、どれ程の戦果を出せるかも未知数。全くもって危険で全ての数値が闇の中という文字通り命を捨てる戦術である。そんな危険極まりない戦法で勝ったとしても部隊に編入されているパイロットたちの命の保証がない。
「全機に継ぐ。機体を180度旋回させろ、撤退だ。繰り返す。撤退だ…」
攻撃総隊長は静かに無線を手に取って指示を出す。第四帝国海軍の航空攻撃隊は機首を180度反転、元来た方向へと向かう。これはつまりは襲撃部隊への攻撃中止ということを示唆している。
「おい見ろよ!アイツら、尾翼を巻いて逃げてくぞ!」
「ポート・ロイアル、それを言うならtailだぞ…」
ポート・ロイアルのアホさに冷や汗をかきながらタイコンデロガは撤退する第四帝国海軍攻撃隊を見上げる。
襲撃部隊と第四帝国第3艦隊の、サン・ファニーコ海戦に勝利したことを意味していた。
一方の第8任務部隊本隊は第3艦隊に対して苦戦を強いられて行く。
戦闘海域では砲撃は絶えず続き、その奥から航空機が随時襲来する修羅の海となり、第8任務部隊では、もはや無傷の艦はいない状況だった。
「シーハリアー全機発進、目標はバアル!攻撃開始!」
直後に甲板エレベーターから一機のシーハリアーが姿を露わにし、甲板に静止する。その後に異なる機体番号の同じ機体が甲板に一列に並べられた。その甲板に向けてアーガスはハンドシグナルで『発艦はじめ』と送る。
『ブラックホーク1。発艦開始』
『ブラックホーク2、発艦準備完了』
艦載機である黒塗りのシーハリアーが垂直に甲板から離れてゆく。それに続いて、2番機、3番機とシーハリアーが次から次へと発艦。偵察から帰投したシーハリアーを完全武装させて発艦させる。そして、シーハリアーたちは美しい編隊を空で組んで、敵に向かって勇敢に立ち向かって行った。その光景はまるで、勇猛な戦士たちが敵軍を血祭りにあげて蹴散らさんばかりの勢いかのようだった。
シーハリアーは全機で12機機。もう一方のアーガスは爆装させた艦上戦闘機フルマーを12機、既に発艦させている。
『全機に継ぐ、ターゲットはバアル級重巡洋艦のバアルだ!』
『了解!!』
シーハリアー隊統合隊長が荒々しく声を立てると、パイロットたちは己を鼓舞するように応答する。
全機離陸から約30分、ブラックホーク隊、ヴァーリア隊、ラインド隊の3隊のレーダーに敵艦隊を捕捉した。
『レーダー探知。ターゲットとの距離約57キロ』
『隊長、前下方20マイルに味方フルマー、イエロー中隊を確認」
「敵機補足!距離およそ35キロ…!10時の方向、数は14です!』
可笑しい。フルマーは敵艦隊の正面25kmまで接近できているのに、シーハリアーに攻撃を集中させようとしている。
シーハリアーがジェット戦闘機だからか?それともフルマーは艦載対空砲のみでも対処可能と言う慢心から来ているからか?
いずれにせよ、シーハリアーを待ち構えていたことはほぼ間違いないようだ。フルマーが脅威ならばすでに撃墜しているはずであるが、一機の損失もなく第3艦隊の25km前方まで接近できている。フルマー爆装戦闘機、イエロー中隊は250ポンド爆弾を2発搭載、計24発の爆弾が最大命中する。彼らの練度に今後の第8任務部隊の存亡はかかっている。濃く、厚い弾幕の中を勇敢にもフルマーは突撃するがその際に主翼に被弾し2機が翼をもがしながら、或いは炎を吹かしながら海面に機体を捻らせて一直線に落下する。それでも突撃をやめない。これは一か八かの賭けだ。失敗は許されない。失敗は艦隊の全滅を意味する。たった12機の爆装戦闘機は水平爆撃のために高度を20mまで下げる。第3艦隊との距離10kmの海域で高度を下げる間にも1機撃墜され、残る機体は9機のみとなった。爆撃体勢になったはいいものの、ここからが地獄である。12機が7機に減ったことと艦隊との距離が4kmにまで接近したにより、対空砲火がさらに厚く、正確さを増す。
フルマーの撃墜速度は異様なまでに加速し、1km圏内では既に3機にまで減少。そのうち2機は燃料の白い線を引きながら飛行している有様だった。その2機のうちの片方がレシプロエンジンから炎を噴き出しながら超低空飛行で空母機動部隊の随伴であるヨルク代艦級巡洋戦艦、アーダルベルト・フォン・プロイセン級巡洋戦艦のアーダルベルト・フォン・プロイセンに体当たりを敢行。アーダルベルト・フォン・プロイセンは後部艦橋付近の対空砲が使用不能に陥った。
残った2機は第3艦隊のジブラルタル級航空母艦を射程に収めると250ポンド爆弾を投下。その際の衝撃で被弾していた1機は翼がもげて墜落、もう一機も燃料庫に被弾し爆発四散。これによりイエロー中隊は全滅したが、4隻いるジブラルタル級航空母艦の内の2隻の飛行甲板が使用不能になった。
「クソっ…!ブラックホーク隊は、攻撃態勢!ヴァーリア、ラインド両隊はこのままバアルまで行くぞ!」
『ラジャ、ブラックホーク!攻撃態勢』
『ブラックホーク2、コピー』
『ブラックホーク3、ラジャー』
ブラックホーク隊6機が右に急旋回し、迫り来る黒烏を迎撃を始める。完全にヘッドオンの形となった。距離は一気に10km迄に縮まった。向こうもおそらくはジェット戦闘機だな。
『ターゲットロック、シーカーオープン。FOX2、FOX2!』
AIM-120AMRAAM空対空ミサイルがブラックホーク隊、6機のシーハリヤーの下腹部から放たれる。黒烏も翼下につけていたミサイルを、ブラックホーク隊に向けて随時発射する。ミサイルは音速の3倍を裕に超える速度で空という3次元運動が可能な空間の中を獲物に飢えた狼かのように駆けている。そのジェットエンジンで白い煙を双方が引いて、その空間の一部を真っ白に染め上げてゆく。
AMRAAMの射程は50~70km、マッハ4.0で飛行し弾頭はHE指向性破片効果弾頭(榴弾と爆発点制御による威力を発揮できる弾頭)。先のやや丸くなった太い槍に8本のトゲがついたような容姿をしたその音速の矢は黒い鳥の戦闘機へと狙いを定めて着実に距離をつめて行くのだ。
彼らの脳内ではヘルメットから流れるミサイルのロックオンの警報が騒ぎ続けている。頭の全てを揺さぶるほどに。
『全機、チャフとフレアを焚け、回避に徹しろ!』
『フレアフレアフレア!』
制空戦を行なっていたブラックホーク隊は海面から120m。そこから急上昇しながらフレアを焚く。しかし敵機・黒烏が放ったミサイルはフレアに見向くもせず、ひたすらにブラックホーク機を追いかけ回す。幾らロールしようが急旋回しようがピッタリとジェットエンジンに君が悪いほどの機動力で貼り付いている。
『ぐあぁぁぁ!?』
悲鳴と爆音を残してブラックホーク隊機が一機、撃墜された。黒烏の装備しているミサイルは従来のものではないと言うことを意味していた。
『クソう、コイツは赤外線画像誘導だ。これじゃぁチャフもフレアも使い物にならん』
「いいか時間を稼げ、ヴァーリアとラインド2隊が攻撃するまででいい!何としてでもここで食い止めるんだ!」
必死になってブラックホーク隊が現代化改修した黒烏を身を挺して食い止める。それにより航空路上には戦闘機が一機も居ないという状況が発生する。
『ブラックホーク隊の援護で道が開けだぞ!ヴァーリア隊!』
『ラインド隊!』
ヴァーリア・グラインド両隊の隊長が同時に「一気に行くぞ!」と声を上げ、それに僚機が続く。
しかし、バアルが率いる第3艦隊も決して手荒くはなく、激しい対空砲火の弾幕でシーハリアーを近づかせんとする。ブラックホーク・ヴァーリア・ラインドの3隊の構成員たちはそれでも決して動じず、己の技量とシーハリアーの性能、そして仲間だけを信じて反撃を続けた。
ブラックホーク隊が防衛している間にも流れ弾がヴァーリア隊とラインド隊機に命中する。数発が流れ弾として命中しただけで撃墜は免れる。しかし今度はミサイルがすっ飛んでくるのだ。しかも真下からで回避の仕様がなく、ヴァーリア・ラインド隊機でそれぞれ1きと2機の計3機が撃墜される。6機の攻撃隊のうち既に3機がやられたのは非常に痛い事だ。
『ケツを取られた!ブレイクする!』
黒烏の陽動を任されたブラックホーク隊であったが、一軽空母の艦載機の部隊。しかもたった6機の中隊で14機の2個飛行中隊を食い止められるはずもない。あくまでも時間稼ぎ、地獄の時間稼ぎである。
「攻撃隊はどうなってる!?」
『既に3機がやられている模様!』
すでに状況は最悪だ。ヴァーリア隊とラインド隊のみならず、ブラックホーク隊も6機中4機が物量に押されて撃墜されている。
残るブラックホーク隊機は2機。どちらも満身創痍で今にも撃墜されそうである。アーガス所属機はこの時点で12機中5機にまで減少、生存率は41%である。
『た、隊長…!敵機が張り付いて離れませ…』
生き残っていたブラックホーク5は敵機の機銃掃射によりコックピットが一瞬のうちに蜂の巣となって爆散しする。それと同時に流れ出た黒烏により照点が2つ消滅した。レーダーに写っているのはヴァーリア2のみ。
「ヴァーリア2、目標は捉えたか!?」
「はい、バッチリと!これより爆弾を投下します!照準、投下用意…。投下っ!」
ヴァーリア2が投下レバーを引くと両翼下に3発ずつ束ねられたペイブウェイレーザー誘導爆弾6発がシーハリアーからバアル目掛けて投下される。ヴァーリア2は素早く機体を右に旋回させるが、その時に濃い対空弾幕が数十発命中し、主翼がちぎれて撃墜された。
ブラックホーク1は彼の決死の攻撃を見届け、思わず敬礼する。右主翼の1/3が吹き飛んでいたために帰れそうにもなく、急降下してバアルに特攻しようと試みる。しかし、バランスを崩して制御不能の回転を始めてしまい、そのまま勢いよく海面と衝突し、ブラックホーク1は粉々に砕け散った。
フッ…っと最後の照点が消え、アーガスは察した。シーハリアー隊の全滅という最悪の結果で終わってしまったと──。しかし、あの散って逝った勇士たちの死を悲しむ暇も、弔う暇もなかった。シーハリアーが撃墜されたというその瞬間、空中戦の行方が我々の不利に傾いたことを痛感した。その瞬間、複雑な感情が心に渦巻いた。憤り、不安、そして恐怖。もはや、第8任務部隊は制空権を失い、敵機の襲撃に晒されることになった。
「なんて事だ…」
衝撃が押さえられなかった。生存率0%の航空攻撃が果たしていいものなのか。彼らはそれを分かっていて出たのか。
(もうあのバアルに対抗する力はこのアーガスには残っていない。もう戻れない…。やり直せない…)
死んだ搭乗員のことを1人悲しみ、自責しているアーガスは、その場に立ち尽くしてしまう。それを待っていたか如く、至近弾がアーガスを襲う。
「うっ…!?」
砲弾に足を掬われて後方に倒れこむアーガス。浸水はなかったようだが、航行装置がやはり損傷してしまったようだった。
「アーガスを後ろに下げて応急修理する!」
ディリジェンスが急いでアーガスの元に向かい、彼を担愚とそのまま艦隊後方へと向かって応急修理を始めようとする。
「アーガスを援護する!ウガッ!」
アーガスの撤退を援護しようとしたアンソンに吸い込まれるかのように砲弾が腹部に命中し、アンソンは崩れ落ちるかのようにその場に倒れる。
「アンソン!おいアンソン!しっかりしろ!」
ぐったりとして倒れ、目を閉じたアンソンの腹部には異様な凹みができ、そこから出血していた。服が血でみるみる内に滲んでゆく。
ここではもう撤退しかない。が、撤退しようにも退路も塞がれている。ここで諦めるしかないのか…。
ガングートが思い詰めている時だった。背後から独特の甲高い音が聞こえ、背後を塞いでいた駆逐艦を吹っ飛ばす。
「日本艦隊、第一戦隊。戦闘海域に到達。これより戦友の援護を開始する…!」
どこかで聞いたことがあるような声と共に、│艦影《人影》が1つ2つ、3つと現れ始めた。そのさらに後方にはイージス艦のような六角形の艦橋を持つ、戦艦や駆逐艦の姿まで見える。
その姿勢は、瞬く間に単縦陣から単横陣へ陣形変更をしたかと思うと、砲身から吹き出される炎のようなマズルフラッシュを放ちながら、前進してくる。同時に、遅れてやって来た鈍重な音がドンッ!と響き渡った。
「あれは…」
「日本だ、日本艦隊が来た!」
「助けが来たぞ!」
デューク・オブ・ヨークの声にケンタッキーが続ける。先程砲撃を受け、動けなくなっていたガングートは感激のあまり、涙をこぼしてしまった。デューク・オブ・ヨークもまた、胸中で援軍に感謝の思いを馳せていた。
へたり込んでいたガングートの近くに旭日が接近する。
「こちら連合艦隊旗艦すおう、司令長官の伊達武治だ。これより貴艦隊を援護する」
日本艦隊に続いて、対馬鎮守府連合艦隊第二艦隊も到着した。第二艦隊も第三支隊同等24隻だがそのうちの戦闘可能艦艇は20隻でやや少ない。第四帝国の第3艦隊は残存艦艇の総数でも60隻はいる。
「よぉしお前ら!いっちょうブッかましてやるぞ!前進一杯、面かーじいっぱい!頭を野郎に向けてやれ!」
「前進一杯、面かーじいっぱーい!」
航海長が舵を切るとすおうは左に傾きながら艦首を第3艦隊に向ける。主砲の41cm連装砲は左舷を向き、第四帝国第3艦隊に砲身を向けている。
「全艦に達する、攻撃始め」
「連合艦隊全艦砲撃はじめ、旗艦の諸元にて射撃。抗力射!」
「砲艦隊全艦!砲撃始めっ!」
伊達中将率いる連合艦隊と、日本艦隊第五艦隊に所属している砲艦隊旗艦・穂高が号令を出すと共に、伏見や隅田などの砲艦が一斉に砲火を切る。
穂高は、持参した抱え大筒を撃ち込むが、抱え大筒の反動が大き過ぎて後ろに吹き飛ばされた。
「おっと、穂高。大筒はもう少し扱いには気をつけろよ?」
吹っ飛んだ穂高をガッシリと旭日がつかむ。
「あ、あはは…。すみません旭日さん」
冷や汗をかく穂高をよそに旭日は飛鳥、50万トン戦艦の日本と遠巻きに支援砲撃を行う。
それとは別に、少し離れた海域から取り舵、第五戦速で接近してくる艦隊があった。土佐率いる第三支隊だった。
「アーガスさん大丈夫ぜよか!?第三支隊全艦単縦陣へ変更!右回頭、左舷砲撃戦ぜよ!六甲と身延はわしとこっちに来るぜよ!」
土佐が突撃の号令を下す。すると計24隻の第三支隊は土佐、六甲、身延を残して長い単縦陣をとり、水上スキーで右へ回頭を始める。
土佐は、2人と共に負傷したアンソンに接近の後に前でしゃがみ込み、傷の具合を確かめる。幸いにも後遺症になるほどの傷ではないようだ。
身につけた艤装を第四帝国の第三艦隊へと向けると次の瞬間、天にまで轟く砲声を曇り空の下の海にこだまさせる。もはやどの艦の砲撃音が分からないそのくぐもった音は音の並となって水面を振動させる。
土佐の耳元を一発の砲弾が数本の茶色の髪を切り裂きながら掠めた。
「向こうは本気見たいぜよね…」
土佐が逼迫した顔つきでアンソンの意識などを確認していると、異変に気付いた六甲が土佐の背中の方を振り返る。そこには、徹甲弾と思しき尖った砲弾が土佐やアンソンたちがいる場所にすっ飛んできているのが見えた。
「土佐さん!砲弾、上方3キロ!」
六甲の声で土佐が背後を振り返り見上げるとその目には回転をしながら迫る、無数の白い砲弾が瞳に映った。