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決定版 対馬支部・明光艦隊  作者: 蒼山とうま
防空と裏切りと暗殺と
19/21

半舷上陸

 ラバウル陥落から2ヶ月が過ぎた。その間、第四帝国に対する大規模反攻作戦の作戦要項が新島参謀中将(同年2月に行われた昇格試験に合格したため中将に昇格)を通じて提示された。曾山司令はこれを容認し、国防総省と防衛省を通じて内閣府に作戦実行許可を求めた。然しながら、国防総省と内閣府からの回答は届かぬまま、曾山司令らは半舷上陸の日がやってきた。朝日が輝き、熱気が襲ってくる。そのまばゆいばかりの陽射しの下、私たちは陸地に上がるために準備を整えた。

「それじゃぁ、行ってくる。あとは頼んだぞ、石川」

「はっ!任せてください。提督不在の間、この石川将司が対馬鎮守府を預からせて頂きます」

 レンガ造りの鎮守府庁舎前にある、白いタイルが敷かれたクルドサックに、石川副提督や伊達中将、新島参謀少将などの海軍高官は勿論の事、独海隊戦線指揮官の横山大佐や同後方司令の大鳥風間(おおとりかざま)少将、その他多くの佐官たちが敬礼をして見守る中、曾山司令と伊吹、そして敷島は黒塗りのハイエースを背に返礼する。

「何かありましたらすぐにご連絡を下さい。我が独立海兵隊がすぐに駆けつけます」

 大鳥少将が黒く、その曇りない瞳で曾山司令を見つめる。その目に応えるかの如く、静かに頷く。

「わかっているだろう、大鳥。ここはもう戦場だ。これから多くの人命が失われることになる。それを責任持って受け止めてくれ」

曾山司令は、重々しい口調で言葉を紡ぎ、大鳥少将の肩に軽く手を置いた。闘志に燃える部下たちの前で、彼は自分たちが何を守り、何を失うことになるのかを、冷静に語りかけた。

「私たちは、国を守るために戦っている。そのためには、時には厳しい決断を下さなければなん」

 その言葉に、大鳥少将は深く頷いた。

「私は常に後方指揮官として最善の選択を追求します。そして犠牲を可能な限り抑え、人命を救う。それが、我々独立海兵隊の使命であると考えています」

 彼は、この戦場となるであろうこの対馬を守るという役割を果たすために、自らの感情を抑え、冷静に判断していくことを決意した。大鳥少将は、冷静さに満ち溢れた声で返答し、曾山司令に敬礼した。

 すると後ろから「曾山さん」と、伊吹の声がした。曾山司令が振り向くと、伊吹に「そろそろ時間です」と用心棒の岩崎少佐が続ける。

「分かった」

 曾山司令は大鳥少将にもう一度、軽く相槌を打ち、運転席に乗った岩崎少佐や助手席にいる敷島に続いてハイエースの後部座席に乗り込もうとした時だった。

「提督!」

 将官たちの背後から大声で叫ぶ者がいた。白龍だった。白龍は曾山司令に近づいてから、周りを注意深く見渡す。そして、その薄紫色に変色した顔で曾山司令に耳打ちした。

「実は、ヨーロッパ戦線に居る第四帝国軍とはまた別の第四帝国軍がロシアのサマラビーチに上陸し、ロシアを制圧しつつ、南下中。一部部隊がアフガニスタンまで到達している模様…」

「……」

 白龍の一報で曾山司令の顔つきは強張った。

 タイミングが悪すぎる。幾ら予測はしていた事とは言え、こうも早く第四帝国(向こう)が動いてくるとは。もしロシアが落ちれば、ただでさえ資源難である日本は物資輸送もままならなくなる。絶対的安全圏であったアメリカのアラスカ、ロシアのカムチャツカ半島経路の輸送路も絶たれ、日本はさらに厳しい状況になるだろう。そう思いながら曾山司令はハイエースに乗り込む。

 ドアガラスを下げてから「じゃぁ、行ってくるぞ」とその場にいる高官や護衛の兵士たちに向かって落ち着いた声で、曾山司令は言う。だが、表面上では落ち着いていてもやはり内心焦っていた。

ラバウル陥落も然り、ロシア陥落も然り。南北両方から一挙に攻められては幾ら人型艦艇という切り札があっても対処しきれない。

 鎮守府の柵の前に居た8人の門兵は、道の左右に、向かい合うように立つ。

「捧げー、(つつ)っ!」

 門兵長が号令を大声で上げて、それに合わせて捧げ銃を門兵全員が行い、その間を4人の乗ったハイエースが通り、彼らを見送った。

クーラーの聞いた車内は静かであり、岩崎少佐が運転し、残りの3人は揺られていた。窓の外では、対馬の島民たちが友達同士でサッカーをしたり近所の人で談話をしたりと戦渦に巻き込まれている人たちとは思えないくらい、それぞれが伸び伸びと暮らしていた。

まだ対馬(ここ)から戦線が離れているからか、それとも日本人が『戦争』という概念を忘れている所為かは分からない。ただ、「この対馬島民たちの、そして日本国民全体の笑顔を守り抜き、この不条理な戦争に終止符を打ち、空を飛ぶ鉄の鳥たちに恐怖を感じる必要のない日々を取り戻したい。」と、曾山司令は思いを募らせた。

7月3日。朝8時から気温は28度と暑いが、青空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。


 対馬海峡をフェリーで越えて、博多港についた4人は九州自動車道に乗り、曾山司令の実家のある長野県上田市に向かっていた。久しぶりの半舷上陸という事もあり、伊吹と敷島の2人は思う存分羽を伸ばそうと考えていた。最も曾山司令は、海軍大臣から何度も半舷上陸をするように命じていた。しかし、「自分は鎮守府55000人に加えて陸軍10000人、空軍2500人、独海隊7900人の命を預かっているためそう易々と休暇を取り、その間に何かが起こった時に、将兵たちを危険に晒す訳にはいかない」と、その度拒否していた。しかし、曾山司令の父の21回忌という重要な行事が重なったことで、彼はついに休暇を決断することになった。たとえ司令であっても、過労で倒れてしまうこともある。そうなれば最悪、責任を果たすこともできず、将兵たちに迷惑をかけることになる。そうなると石川副提督としても、対馬鎮守府総旗艦である伊吹としても、ましてや対馬鎮守府に所属する全員としても、困るどころか鎮守府全体の指揮や統率、ないしは有事の際に編成される即応艦隊の能力すら失ってしまう。この休暇は曾山司令にとってもまた、羽を伸ばす充分な機会であったが、それと並立してやらねばならない内通者の調査。休暇は1週間という短い期間ではあるが、やれる所まではやらなければならない。敵はこちらの都合に合わせて待ってはくれないのだから。

「そう言や、曾山さんは俺に家族については何も話してくれなかったよな」

 伊吹が不意を突くように呟く。

 確かに曾山司令は暗殺者であるし、秘密は守らないといけない。だが、曾山司令の一族はどうしても秘密にしないとならない事がある。それは、一族郎党が代々皆暗殺者だったりFBIの捜査員だったり、工作員だったりと何かしらと裏社会と繋がっている。それも1人2人の話ではない。曾山司令の先祖から、ずっと続いている。

「大人の事情ってやつ」

 曾山司令は窓の外を見ながらポツリと呟いた。

 敷島は「ふむぅ…」と、伊吹は「そっか」と呟いてそれっきり黙り込んだ。

 それからと言うもの、九州自動車道から関門橋を抜けて中国地方に入った。中国自動車道を通る途中で、折角だからと言って少し寄り道して、呉に向かった。大和ミュージアムに立ち寄り、第二次大戦当時の大和の勇姿や当時活躍し、今も日本の人型艦艇の空母の主力である零式艦上戦闘機、略称・零戦や大戦末期に出現した「人間魚雷・回天」など、貴重な歴史的資料を目にすることができた。ただ、それと同時に自分ら、人型艦艇が使用している兵器がどれほどの破壊力を持ち、どれほどの人々を葬ることが出来るのかも理解でき、言葉にできないほどの恐ろしさを感じにもなった。

 その後、昼食をとるために大衆食堂に向かった。緑色の暖簾をくぐり、いかにも昭和を感じさせるような引き戸を左に開けると、揚げ物の香りが漂っていた。

「いらっしゃいませ」

 凛々しいながらも元気な声で出迎えてくれたのは、元佐世保鎮守府所属で今は呉鎮守府、海上自衛隊呉地方隊双方の食を支えている、「蔵海(くらうみ)食堂」の野埼(のさき)。給糧艦の呼び名が示す通り、食糧を運ぶ船を担う役割を持っていた。幼少期から彼女は食材に触れ、その鮮度や仕入れ先にこだわりを持っていた。彼女は常に独自の方法で鮮度を保ち、食材を最高の状態で届けることを目指していた。

 テーブル席に案内され、「ごゆっくり」と野埼に言われた4人。伊吹は、テーブルに置かれたグラスに入った水を口に運ぶ。敷島はメニュー表を開き、それをテーブルの中央に広げた。「どれにするかの?」と言う敷島の質問に、曾山司令は「俺は呉海自がんすバーガーにしようかな」と、答える。

 呉海自がんすバーガーは2010年代後半に出て来た、魚肉の練り物で、魚カツであるがんすと呼ばれるものに千切りキャベツや、トマトなどを挟んだハンバーガーである。そして、このバーガーは今から14年前の2021年、海上自衛隊幹部候補生学校に在籍していた、当時の曾山司令も食べていた懐かしの味である。曾山司令はその味をもう一度食べたいと思っていた。

「じゃぁ俺もその呉海自がんすバーガーにしようかな」

 伊吹がコップをテーブルに置いて、メニューの「呉海自がんすバーガー」の字に目線を向ける。敷島も「わしも食べてみようかのぉ」と、言葉を続ける。確認を取った曾山司令は、すみません、と注文をしようと店員を呼ぶ。蔵海食堂で働いている、野崎とは別の女性店員が注文を聞きに来た。

「はい、ご注文は何でしょうか?」

「呉海自がんすバーガーを4人分頼む」

「呉海自がんすバーガーを4つですね?畏まりました。少々お待ちください」

 そう言うとこの女性店員は、軽く会釈をして厨房の方に向かって行った。

「これから、どうするんだ?第四帝国の事は今は石川さんに任せてあるが。何というかその…。燃料とか鉄鋼、ボーキの方がさ…」

 伊吹が身を乗り出して、小声で投げた問に対して曾山司令が即座に返答する。

「一応、第三四(さんじゅうよん)駆と第七水雷戦隊を遠征に出して、同時にヒ船団の護衛に当てているがどうなるか…」

「太刀風のところかの。あの者に心配は無用じゃが万が一を考えると対馬はとんでもない事になるのぉ。第三四駆逐隊は対馬鎮守府にとっては攻防の両方を行うことが出来る。そのうち太刀風はわしも一目置いとる、あの者のような鎮守府に存在する優秀な艦艇が失われるのは何としても避けねばならぬの」

 羽風を旗艦とし、秋風、太刀風、夕風から成る第三四(さんじゅうよん)駆逐隊と、改北上型軽巡洋艦の馬淵(まべち)を旗艦として、改阿賀野型軽巡洋艦の手取と揖保(いぼ)、改秋月型駆逐艦の槍風と薙風、若竹型二等駆逐艦刈萱(かるかや)、朝顔の第七水雷戦隊は現在、ヒ80船団と呼ばれる輸送船団の護衛艦、言わばコンボイとなっていた。彼らの目的は日本国内で逼迫している石油資源とボーキサイト、そして鉄鋼石の輸送、及び船団の脅威となる第四帝国の航空隊や潜水艦隊の排除であった。しかし、護衛と言うのはそう簡単には行かない。船団は護衛についている艦船より速力が出なければ舵取りも重い。しかも重巡や戦艦、ましてや空母でもなく、船団護衛は耐久性に欠ける駆逐艦に少々耐久性のある軽巡洋艦。潜水艦にとって、脅威となる駆逐艦だではあるが、制空権を握られては碌に船団護衛ができないどころか格好の的になるだけである。軽巡洋艦も同様、対空火器も申し分なく、三式弾を撃てる程の口径でもない。そのため、駆逐艦であろうと軽巡であろうと、空母を擁した機動艦隊の前に立ち塞がれると、瞬く間に破壊される運命にあることは明らかであった。

 状況は極めて不利なものであった。

戦艦を出すにしろ空母を出すにしろ、先の奄美大島奪還作戦やニューギニア軍港守備作戦で対馬鎮守府は補給不足に苦しみながらも、膨大な兵力を派遣していたため、反抗作戦の実行能力が一時的に大幅に低下していたことは否めない。そして白龍が言っていたヨーロッパ戦線の部隊とは全く別の第四帝国軍別働隊によるロシア上陸とアフガニスタン侵攻。もしもこれが本当ならば日本は北方と南方の両方に展開している第四帝国軍に挟まれる形となる。そうなれば日本は北方と南方の、西方の3方向に挟まれる恐れがある。しかし、なぜ彼があのタイミングで、耳打ちという形で、()()()()()を伝えたのか、曾山司令の心の内には黒いモヤが漂っていた。岩崎少佐のスマートフォンが、まるでモヤを払うように、ムームーという音を立てて鳴り響いた。

「ん?電話か。すみません提督、少し席を外します」

 曾山司令が頷くのを確認する前に岩崎少佐は席を離れて店の引き戸の方へ歩いていった。画面を確認すると、岩崎重工本店からだった。

「俊輔だ、どうかしたのか?」

「岩崎様。悪い報告で大変申し訳ありませんが、新型の戦車の試作及び製造で前に承った戦闘機の試作、見込みが大変後れており、初飛行は来年度になりそうです…」

 電話をかけてきた店員は初老くらいだろうか。声は掠れ、震えていた。

 ある程度予想は付いていた。最新鋭戦闘機の図面を持って社長室で説明していたあの日、どうもあの親父の食い付きが良くなかったからだ。それでも岩崎少佐はできる限り説得するような形でプレゼンをした。あとはあの頑固社長(親父)がどう出てくるかだった。そしたら案の定先延ばしにしたということだ。

(やっぱりか…。クソがよ…)

 岩崎少佐はその場で地団駄踏みたくなった。その気持ちをうんと堪えて、当時の事を振り返り、落ち着くように心がける。

「分かった、報告感謝する。だが、親父に伝えてくれ。『計画延長も2ヶ月までにしてくれ』とな。新鋭戦闘機がなければ 黒烏(からす)禿鷲(はげわし)も防げない。そしたら会社も日本という国もガラガラと音を立てて崩れるからな」

「心得ました、社長にもそうお伝えします」

 電話を切ると、不在通知がスマホの画面上部に映る。海自時代の先輩で、対鎮(対馬鎮守府の略)の参謀部に所属している渡辺清輝(わたなべせいき)中佐からだった。

「どうしたんです先輩?敵に動きでもありました?」

「そうなんだよねぇ。実は第四帝国陸軍と海兵旅団が南下して中央アジア、南アジア地域を占領したと先程CIA職員から連絡があってねぇ…。特にアフガニスタン全土とパキスタンの北部を併合、そこに実質的な傀儡国家、アフガニスタン王国を建国したと言う話でねぇ」

「アフガン王国だぁ!?渡辺先輩、それの情報は確かなんですか!?それが本当だったら中東以西の国家と陸路で通信を取ってたがそれも出来なくなる…。それがアイツらの狙いですか…!?」

 思わず声が大きくなった。

 岩崎少佐からしたら初耳であったため無理は無い。

 ヨーロッパとの衛星通信ができない以上、陸路で行うしか無かった。しかし、第四帝国に傀儡国家という形で壁を築かれてはもはやフランス西国境付近で発生している西ヨーロッパ戦線との連絡も、戦況の報告も分からなくなる。どこが滅びてどこが残っているのかさえもだ。アメリカどの通信ができな良い現状、情報戦で最も頼りになる存在であった、ロシアが降伏したという事が事実ならば、東ヨーロッパ戦線も西ヨーロッパ戦線も不透明な戦況に陥りかねない。その影響で、北海道上陸の警備も厳重に行わねばならない状況が生じ、その結果として、作戦参加部隊の数は飛躍的に減少し、極めて困難な状況が生まれたのだ。

「そう見た方が良さそうだねぇ…。独立海兵隊をそこに送り込んで米海兵隊と協力して、これを叩くと参謀部からは出ていてねぇ…」

「分かりました。しかし今、我々は半舷上陸中であります。あとは石川副提督に任せます」

「分かったよ、折角の半舷上陸中にすまないねぇ」

 渡辺中佐との電話を終えて、タバコ箱から1本タバコを取り出して一服する。

(アフガニスタン王国…厄介なやつになりそうだな…)

 そう思いながら彼は口に溜まった煙をゆっくりと吐き出した。ただただ、渡辺中佐との通話によって、岩崎自身の内面に複雑な感情が渦巻いていたことは間違いなかった。


 堂内で伊吹、曾山司令、敷島がしばし語らう中、岩崎少佐が堂内に戻ってくるとほぼ同時に、従業員が呉海自がんすバーガーを4つ、お盆に乗せて運んできた。

「お待たせしました、呉海自がんすバーガー4つです。ごゆっくり」

呉海自がんすバーガーに挟まったフライの香ばしい匂いがテーブルを囲う。

 食欲を唆るいい匂いだ。

 そこへ電話を終えた岩崎少佐が帰ってきた。

「岩崎、ただいま戻りました」

「帰ってきたか。岩崎、今は半舷上陸中だ、そういう堅苦しいの話にしよう」

 曾山司令に「はい」と言う返事をした岩崎少佐も席に着く。目の前には出来立てほやほやの呉海自がんすバーガーが置いてある。

「それじゃぁ、冷めてしまう前に食べようか」

 曾山司令が言うと一同が頷き、頂きますと言って呉海自がんすバーガーを食らう。

 サクサクとフライの衣が音を立てて口の中で砕ける。そこに瑞々(みずみず)しいキャベツの食感が広がる。

「うむ、これは美味いの」

 敷島も思わず両目を丸くするほど美味かった。

「懐かしい味だ。江田島に居た頃を思い出すな」

「曾山さんは前にも食べてたのか?がんすバーガー」

 曾山司令は伊吹の質問に頷き、答える。

 あの頃と変わらぬ味。青春時代を思い出させる味。これが曾山司令にとっての息抜きになる。まだ平和だった戦前、海上自衛隊幹部候補生学校に通っていた時に毎週末欠かさず食べていた、その美味しさは言葉に尽くしがたいものがあった。

「うむ美味いのぉ。そう思わぬかの、伊吹?」

「あぁ。対鎮の皆にも食わせてやりたかったなぁ…」

「そうじゃのぉ。特にあの讃岐・土佐・薩摩(3人組)とヴィットリオ・ヴェネトと出雲がこれの美味さを知ったら我先にここに殺到するじゃろうなぁ」

 敷島の言葉のせいで、伊吹は讃岐・土佐・薩摩の3人組がそれぞれ「うどん」だとか「ぜよぜよ」だとか「でごわす」と言っているのが脳内に浮かんだ。

 正直笑いそうになった。

「あの3人、今頃またどのご当地料理がいちばん美味いか言い合ってるでしょうな」

 岩崎少佐を水の入ったコップを口に運びながら伊吹は見る。そしてその水を一気に飲み干してから口を開く。

「そうだな。アイツら、讃岐うどんと芋けんぴとさつま汁のどれが1番か暇さえあれば言い合ってるからな。いずれも戦艦の癖してあんなつまらねぇ事をなぁ。特に讃岐と土佐ときたら…」

「でもまぁ。賑やかでいいのでは無いか?」

「そうだな」と岩崎少佐の質問に答えながら、伊吹は一瞬考え込んだ。本当に賑やかだからいいのか、と──だが、すぐには見つかりそうにない難題だった。伊吹は考えながら呉海自がんすバーガーを一噛みした。

 その後、雑談を交えながら、呉海自がんすバーガーを楽しんだ。

 会計を済ませようとする時に、家族にも食べさせてやりたい、と思った曾山司令は、会計前にレジの近くに置いてあったテイクアウト用の呉海自がんすバーガーを3つ購入した。

「ありがとう野崎、美味かったぞ」

「はい!またのご来店お待ちしておりますね」

「それと、この書面を呉鎮守府の連合艦隊参謀、北見聯(きたみれん)少佐、地方艦隊司令部参謀総長大橋武野(おおはしたけの)一佐に届けてくれないか?」

 曾山司令は窓を開けて丁寧に紙包みされた書面2部を野崎に渡す。キョトンとしながら書面の包み紙の表裏を、何回か返して見てみる。

「呉鎮守府の北見少佐。それと海上自衛隊呉地方艦隊参謀総長の大橋一佐ですね?それと確認なんですが、北見少佐は対鎮から呉鎮に異動されて来た方ですよね?」

「あぁ。先月の1日付で対馬から異動してきているはずだ」

「分かりました。しっかりとお届けいたします」

「すまないな、呉でも世話になってしまって」

 申し訳なさそうに曾山司令が悄然としていると、野崎が帽子越しに曾山司令の頭を撫でる。曾山司令が顔を野崎に向けると、彼女の微笑んだ顔が見に映る。

「困った時はお互い様です、そんな悲観的にならないで下さい。貴方は一鎮守府の司令官。どんな時でもどっしりと胸を張って居ればいいんですよ。貴方は私が出会った中で最高の司令官です」

「あぁ。ありがとう野崎」

「そろそろ車、出しますよ」

 岩崎少佐がそう言ってアクセルを踏み、発車する。ハイエースの真後ろからは野崎が「また来て下さいねー!」と、叫びながら手を振っていた。徐々に小さくなりゆくも、変わらず元気な野崎の声を聞いた一行は再び中国自動車道に戻った。


 その頃、対馬鎮守府では、ソビエツキー・ソユーズ級戦艦のソビエツキー・ソユーズやキング・ジョージ5世級戦艦のキング・ジョージ5世たちによる念入りな調査や、奇跡的に通信が取れた中央情報局(CIA)からの報告によりロシアの大半を占領し、首都・モスクワを陥落させたことがほぼ確実であることが判明した。その内の一部部隊は、南下を開始し、東アジアと中東以西の列強との連絡を遮断しようと試みている。その影響は計り知れない。亡命政府がドイツにて樹立したものの、国民のほとんどはドイツ第四帝国の占領下に入っていた。

「アドミラル石川、我ガ鎮守府ハ今、危機的状況ニアリマス。先手ヲ打タネバ我々ガ第四帝国ニ殺ラレマス。ゴ命令ヲ…!」

キング・ジョージ5世は石川提督(曾山司令が半減上陸で不在のために現在は石川が提督として対鎮の指揮を執っている)に指示を迫る。

「まだ行動を起こすのは早い。時期を待ってくれ。今行動を起こしても飛ぶ鳥落とす勢いの第四帝国と戦って勝てる見込みは万に一つもないんだ。」

「デハドウスレバ…」

羽矢政(はやつかさ)少尉と波松椋太(なみまつりょうた)一飛曹 、松本在明(まつもとありあけ)中佐、天神成海(あまがみなるみ)大尉の4人を呼んできてくれないか?」

 キング・ジョージ5世はそれを聞いてポカンとしたが、直ぐに「OK、少シ待ッテ居テ下サイ」と言って提督室を後にした。

 先程名が挙げられた4人は、伊吹艦載機の搭乗員であり、それぞれ震電改羽矢小隊小隊長、同2番機、流星改松本隊隊長、彩雲偵察隊隊長となっており、いずれも対鎮の中で相当な腕を持つ搭乗員であった。中でも羽矢少尉と松本中佐、渡辺中佐は共に同期であり、羽矢少尉だけは昇格試験を受けずに少尉として伊吹の直掩として母艦を守り、時には戦場に出、松本中佐も伊吹搭乗員で、自ら流星改飛行隊を率いていた、4人はいずれも第四帝国との開戦以来の精鋭である。

「パプアニューギニアを出航した佐世保所属のミ74船団の今の位置は?」

 石川副提督がイギリス将校に聞く。

「はっ。報告によりますとミ74船団は現在、台湾海峡を北上中との事です」

 饒舌な日本語でそのイギリス将校は返答する。そこから詳しく、持っている報告電文書を読み上げた。その内容は要約すると次のようだった。

 現在ミ74船団は、佐世保に所属し、2024年に再就役した護衛艦『くらま』を旗艦として、『はるな』、『てるづき』、『おおなみ』から構成された第2護衛隊と、対馬に所在する護衛隊群『こんごう』が旗艦で、『あけぼの』、『ありあけ』から成る第5護衛隊の第2護衛隊群の護衛の下、台湾海峡を抜けて佐世保に帰投していた。しかも、石油だけではなく、鉄鉱石も輸送中と──

「なるほど…」

「今のところ、接敵の報告は入っていません」

 報告を聞いていると、キング・ジョージ5世の後ろに先程名が上がった4人が入室してきた。

「伊吹直掩戦闘機隊、震電改羽矢小隊小隊長。羽矢政少尉です」

「同小隊2番機、波松一飛曹であります」

「伊吹所属、流星改松本中隊中隊長。松本中佐です」

「伊吹索敵小隊、小隊長の天神大尉です」

 勇士たちは横一列に並び、石川副提督の方を向いて敬礼する。

「クルーの当直中すまないが、君たち4人には伊吹が半舷上陸でいない間、空母赤城と空母加賀の方に移って居てもらいたい」

「赤城と…」

「加賀、ですか…?」

 「そうだ」と、石川副提督は4人に答える。

 一同、配属を伊吹から一時的であるが精鋭艦隊・一航戦の代名詞たる赤城、加賀に配属されることに驚きを隠せなかった。彼らにとって最高の栄誉であり、使命でもあった。

 石川副提督は、彼らに向かって再び話し始めた。

「一航戦は、我々にとって最後の砦である。それがどれだけ重要な存在か、皆が一番理解していると思う。だからこそ、いざとなった時、どうか、その時は力を貸してほしい…!」

「言われなくても分かっている所存です。松本隊一同、この命が果てるその日まで空を駆けるつもりです」

 松本中佐が勇んで一歩踏み出す。それに続くように羽矢少尉も「自分も松本中佐と同じです!」と声を出す。

「私も…。私の出来る全力を尽くす所存です!」

「この波松、最後の1機になってでも力になる覚悟はとっくの昔にできています!」

 松本中佐と羽矢少尉につられるように、残りの2人も一歩前に踏み出して全員が敬礼をする。

「ありがとう…。皆、ありがとう」

 石川副提督が返礼し、それぞれに一時転属艦の資料を渡す。

 羽矢少尉、波松一飛曹が赤城に、松本中佐と天神大尉が加賀に転属となった。

 全員が「了解」と言い、提督室を出るのと擦れ違いで1人の兵士が入って来た。

「第三四駆、並びに七水戦、帰投しました」

「被害などはあるか?」

「はっ、太刀風と夕風、刈萱が損傷。太刀風が中破、夕風と刈萱がそれぞれ小破。しかしながら輸送船団に撃沈、損傷の報告はありません」

 流石は第三四駆に七水戦、と石川副提督は思った。前世から輸送船団護衛と敵地出撃、攻・防の双方を行っていた彼らだからこそ為せる技だった。自らの身体を盾としても、己の信念を守る不屈の精神──それこそが、武士道精神の真髄であり、戦いに勝つことこそが全てだ。それが仇となる時もある。今回は後者に出たと石川副提督は見た。

 彼自身、このような状況に直面したとき、自分の信念を守ることが、結果的に自分自身や周囲の人々に害をもたらす場合があることを理解していた。

 海上自衛隊時代に彼には、唯一無二の親友が1人居た。しかし、2024年に発令された海上警備行動で中国海軍の昆明級駆逐艦の南京とその親友が乗艦していた護衛艦『はぐろ』が衝突、護衛艦『はぐろ』艦内で戦闘状態に入り、同期を交代させるために身代わりとなり殉職した。その親友の存在の影響で、石川副提督がそう考えるようになった。自分自身を犠牲にしてでも、より大きな利益を得ることが必要であるという気持ちも完全に消え失せた訳では無い。ただそれも、命というものが存在しての事であり、人命第一に考えるのが石川副提督のできる最大の戦略であった。矛盾しているのはは分かっている。だが、仲間の命があってこその部隊であり、鎮守府であり、国家だと彼は確信していた。

「太刀風は3番ドックに、夕風と刈萱はそれぞれ4番、8番ドックに入渠させろ!その後に太刀風は医務室に運べ!倉敷辰夫(くらしきたつお)工廠長に駆逐艦3隻入渠、そのうち1隻中破だと!」

「はっ!」

 そのに勢いよく兵士が1人駆け込んできた。息を切らしながらその兵士はやっとの事で声を出す。

「報告!東洋方面艦隊第8任務部隊が、スリガオ海峡で第四帝国の複数艦隊と交戦を開始したとの報が…!」

「何だと…!?」

 1週間前、石川副提督の指示により、東洋方面艦隊のガングート級戦艦1番艦・ガングート(別名オクチャブリスカヤ・レヴォリューツィヤ)、同2番艦・ラマート(旧艦名:ペトロパブロフスク)、アイオワ級戦艦のアイオワ、ミズーリ、クリーブランド級軽巡のクリーブランドなどが編成され、第8任務部隊を形成。この部隊は南太平洋に進出し、第四帝国に占領されたソロモン諸島の解放作戦に臨んでいた。その東洋方面艦隊第8任務部隊が、いるはずも無い第四帝国の艦隊とスリガオ海峡でぶつかったと言うのだ。予期せぬ事態に、石川副提督も一瞬呆然としてしまったが、すぐに冷静を取り戻し、厳粛な表情を浮かべ、第8任務部隊司令長官に、敵影を見次第攻撃を開始するように命じた。

 

 スリガオ海峡には、厚く重たい雲が漂っていた。その雲は、どこか憂いを含んでいて、海面を覆い尽くすように広がっていた。

「こんな天気じゃ艦載機も飛ばせやしないし、索敵もレーダー頼みかぁ…」

 ミズーリが、ガッカリした表情を浮かべながら第8任務部隊旗艦のガングートを見つめる。ガングートは変わらず正面を見ながら、耳に装着したレーダーに手を添えて警戒に身を置いている。反応はないようだ。

 数分前までは、規模までは不明確であるが、敵艦隊に砲撃を受けていた。これにより、クイーン・エリザベスの3番主砲は被害を受け、現在は工作艦・リソース、ディリジェンス、そして病院船のアーガスによって慎重に修復作業が進められている。

「ディリジェンス、クイーン・エリザベスの3番砲塔は直せそうか?」

「はい、あと45分もあれば完全修理可能です。ただ、敵の攻撃があるとクイーン・エリザベスは下げた方が宜しいかと…」

 ガングートの質問に対し、ディリジェンスは適当な返答をする。彼の緑色の瞳は、ディリジェンスを見つめたまま、少しばかり右に視線をズラす。ディリジェンスは「了解致しました」と言って再びクイーン・エリザベスの3番砲塔の修理を開始する。

「さっき撃ってきた敵艦影、見えませんね。逃げたんでしょうか?」

 クリーブランドが首を傾げる。

「分かりません…。一度撤退したのか、潜水艦による攻撃をするためなのか…。いずれにせよ、警戒はせねばなりませんね」

 第8任務部隊は、警戒陣から輪形陣に切り替える。クリーブランドを先頭に、ガングートを2番目に、そして両舷の前方にはアイオワとミズーリが位置し、中央にはクイーン・エリザベスとリソース、そしてディリジェンスが並びます。両舷の後方にはラマート、フレッチャー、メルヴィンが並び、後方中央にはアーガスが鎮座するように陣形を組む。

「アーガスさん、情報は何か入っていますか?」

 ラマートがヘリ空母、同時に病院船の役割を果たすアーガスから情報収集をしようとするも、何も入っていないと彼は言う。空虚な感覚に襲われた彼は、深いため息をついた。

「一応こんな天気ではありますが、シーハリアーを8機、2機分隊の4分隊を索敵に出しています」

「ご苦労さまです」

「何もそんな事…。自分は自分の出来ることをしているだけですから」

 ラマートがアーガスに敬意を表している最中、アーガスのシーハリアーのシールズ分隊からの通信が入った。

「シールズ隊からの入電です!…え?嘘…」

「どうした!?」

 驚きを隠せないアーガスの方をミズーリが振り返り見つめる。

「敵艦隊、既に我が艦隊の30km圏内に…!」

「まさかそんな事が…。全艦砲撃が来るかもしれん!対艦戦闘よーい!」

 その時だった。

 敵艦が砲火の下に第四帝国の艦隊が現れ、一斉に砲撃する。

「回避ぃ!」

 ガングートが力の限り叫び、第8任務部隊全艦が回避行動を取る。しかし、リソースがやや遅れる。

 放たれた内の一発の砲弾がリソースを目掛けて、猛スピードで突っ込んできた。その勢いはまるで、吸い込まれるようであった。

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