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決定版 対馬支部・明光艦隊  作者: 蒼山とうま
防空と裏切りと暗殺と
18/21

帰郷計画

 2035年の4月6日。ベトベトとする湿気に包まれたジャングルに、シトシトと雨が降る。それに加えて蚊があちらこちらに飛んでいるその薄暗いジャングルを数人の兵士たちと共に、木更津龍太(きさらずりょうた)通信参謀と野田倭牙(のだわかさ)中佐は命からがらラバウルから撤退し現在、輸送トラックの荷台に揺られていた。護衛には、3両のハンヴィーと5両の29式高機動戦闘車がいるだけであった。

 あの戦闘を生き残ったのは、わずか57名。その他は戦死か捕虜となったか、はたまた自殺をしていったか…。いずれにせよ、この57名の他に生き残った者はいなかった事に、変わりはなかった。

 木更津通信参謀が少し大型の無線を手に取って対馬鎮守府に通信を入れる。

「すみません提督…。ラバウルは陥落です…」

 その疲労して掠れた声を、提督執務室で聞いた曾山司令は陸路で上海を目指すように指示した。それはまるでラバウルが、落とされるのを知っていたかのようだった。

「ラバウルが急襲されて落とされた。ラバウルは南太平洋を防衛する上で重要な拠点であるが、今や落とされて成す術もない…」

 それを聞いた伊吹と敷島、それに加えて丁度遠征に出ていた東洋方面艦隊の戦果報告に来ていたヴィットリオ・ヴェネトが目つきを変えて曾山司令の方を見る。それに対して曾山司令は机の上に手を組み、目を瞑ったまま少しばかり黙り込んだ。

 チクチクチクと時計の秒針が聞こえる。秒針の音からするに、10秒した後、曾山司令はゆっくりと口を開いた。

「やむを得ないが、ラバウルを放棄する。駐屯していた兵士たちも殆どが降伏したか戦死だろう、残ったのはさっきの通信をした木更津通信参謀と以下60名弱。上海に陸路で向かってもらっている、そこで回収する」

「じゃぁCina(中国)との回収するためにesercito(軍隊)を派遣するという交渉はもう?」

 そう言って曾山司令の顔を見るヴィットリオ・ヴェネトに、曾山司令は「既に外務省を通して話がついている」と返した。ヴィットリオ・ヴェネトはなぜこんなに仕事が早いか不思議がっていなかったどころか、曾山司令を褒めに褒めまくっていた。

(提督の発言、まるでラバウルが急襲されて落とされるのを知ってあったようじゃ。この男、何か裏があるの?)

 しかしながら敷島程の熟練者にはそう簡単にウソを通しきれなかった。少しばかり冷や汗を掻き、その白髭を右手で撫でる。

「それでーは私は次の仕事があーりますので」

 そう言い残して何やら楽しそうに提督の執務室を、ヴィットリオ・ヴェネトは後にした。

 すると、しばらく経ってから敷島が、

「提督…」

 と呟くように曾山司令に話しかけた。その目は普段通りの糸目であったが、その2文字の言葉の、何処か曾山司令が隠し事をしている事についての追求したいと言う気持ちは、明らかに伝わってくるようであった。それに曾山司令は「何だ、敷島」と柔らかく返す。

 その言葉に反応するかのように敷島は執務用の机の椅子に座る曾山司令を机を挟み、向かい合う形で近づいた。

「提督、何かわしに隠している事が。有るのではないかの?」

 曾山司令は一瞬ギョッとしたが、すぐに表情を元に戻す。伊吹は余計な口を挟まないように2人を後ろから見守る形で黙って見ていた。

「隠し事か。どうしてそう思った?」

「敗残兵を上海で回収する計画のために中国と交渉するのは分かる、明らかにこれは行動を起こすのが速すぎやしないかの?」

「ーー何が言いたい?」

「提督、こんな事を言いたくありませぬが…。提督は鎮守府に秘密で誰かと繋がってありますな?」

 その言葉を聞いて血相を変えたのは曾山司令ではなく伊吹であった。伊吹は曾山司令が『()()()()()()()()()()()』として世界中で要人暗殺を行っていたと言う過去を知っている。しかしそれも曾山家の人間しか基本的に知らず、話した事があるのも伊吹以外誰にもない、と言っていた。

「敷島には隠し事はできないな」

 曾山司令は目を瞑り笑いながら答え、そこに続けるように言う。

「ここだと不味い、付いて来なさい」

 そう言って提督執務室を後にした曾山司令に伊吹と敷島の2人は付いて行く。5分ほど歩き、たどり着いたのは、将官寮内にある曾山司令専用である提督室であった。2人はそこに通され、室内に入ったことを確認した曾山司令は鍵を閉め、自室のベッドが置いてある壁にかけられたとにかく大きい絵の額縁の左下を力強く指で押す。すると、思い石が互いにぶつかり合うような鈍い音を出しながらベッド側の壁が動き始め、石段の階段が現れた。

 流石の敷島もこれは想像もつかなかった事であり「何だこれは…」と心のうちの言葉が思わず口から出てしまった。敷島の声が聞こえていないかのようにそこに入って行く。2人もそれに続いて薄暗い階段を下って行く。暫くすると、また来た方から先程の鈍い音と同じ音とガタンと閉まる音がした。

 螺旋階段を降ると突然光と開けた場所に来た。

「ここは?」

 伊吹が思わず声を漏らす。

 その部屋は、ロウソクの温かい光に包まれ、それらの光に反射するガンラックに掛けられた無数の火器の数々。通常の機関銃もあれば、ロケットランチャーやバズーカ、軍刀に軍用のサバイバルナイフと多種多様な武器が壁にかけられていた。

「俺の仕事用具置き場ってところかな。まぁここに掛けてくれ」

 そう言って曾山司令は2人にソファを勧め、それに頷いて2人はソファに腰を掛けた。

「敷島、今までずっと黙っていたことがあった。伊吹くらい信用できる敷島だから言えることだ。すでに伊吹は知っているが、私は暗殺者だ…」

「…!?」

 敷島の左の糸目が開き、その黒い瞳が見える。敷島自身にもかなり衝撃的な一言だったように伊吹は思った。

「すまない、だがこれは信用できる者にしか話してはならないものでな。ーー例えば()()()とか」

「わしはその者の1人となった、どう言う訳じゃな?」

 曾山司令の言葉に敷島はやや食い気味に発する。曾山司令はそれに落ち着いて答える。

「そうだな。今まで黙っててすまなかった」

 曾山司令はそう言うや否や頭を下げた。すると慌てた顔つきで敷島が反射的に手を差し出す。そして「顔を上げてくだされ」とお決まりの台詞を口にする。しかし、曾山司令は石像のように動かなかった。

「曾山さん、敷島も分かってくれたんだよ。顔を上げてくれよ」

 曾山司令は伊吹の言葉を聞き、ようやく頭を上げた。そして、すぐさま「すまない」と小さく呟いた。

 暫くの間沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのは敷島だった。敷島はそのシワが多い顔を曾山司令に向けて言う。

「提督、わざわざ此処に来てまで話す内容がそこまで薄い物ではないとわしは考えるが…。何か他に言うことがあるのではないかの?」

「あぁ。実はだな、この鎮守府内に第四帝国との内通者、及び工作員が居ると教官である前郷英輔元帥から告げられた。恐らくはここの指揮系統と防空システム、及び他鎮守府との通信回路の遮断だろう」

 孤島である対馬は九州、特に佐世保との通信が取れなくなると確実に孤立する。対馬が敵艦隊に囲まれたらとてもでは無いが我が鎮守府の戦力では防ぎきれない。旧対馬要塞の砲台を全て活用してももって数週間だろう。従って何としてでもこれを防がねばならない。しかし現状、貴重な情報源であったシュミット中佐の死亡により、第四帝国の内政を知る者はこの対馬鎮守府いや、日本国内に誰も居なかった。

「なら、その内通者をあぶり出さねぇとな」

 伊吹の言葉に曾山司令は頷き、先程の言葉に付け足すように言った。

「俺は暫く、その内通者を調べるために安全な場所に身を置こうと思う」

「安全な…」

「場所…?」

 伊吹と敷島がポカンとした顔で首を傾げる。曾山司令の方を向く2人が「何処だ?」と聞く前に答えは明らかになった。

「実家だよ、長野にある実家だ。あそこなら信用できる人ばかりだし何しろ内陸部だから艦船による攻撃がない。それに、そろそろ俺の父さんの21回忌だからな」

「要はわしらにもその調査に協力して欲しいと言うのじゃな?」

「そうだ。それに少し君たち2人は頑張り過ぎているからな、少し休暇も兼ねてだな」

「あい分かった、感謝の意に堪えぬのぉ」

 敷島が脱帽し、礼をするのに釣られて伊吹も曾山司令に感謝の気持ちを伝え、頭を下げた。


   * * *


 提督室の隠し地下室から出て来、曾山司令は提督執務室に戻り、遠征報告に来た大尉に石川副提督を呼ぶように指示を出しだ。

「石川将司、入ります」

 数分経ってから、部屋の外からドアをノックする音と石川副提督の声が聞こえた。

「入ってくれ」

 曾山司令が静かに言葉を放ち、それに応答する様に入って来、海軍式の敬礼をドアを背後にする。それからゆっくりと曾山司令の座っている提督用の机と椅子の元に向かう。

「ご用は何でしょうか?」

 曾山司令は、対馬鎮守府に内通者がいると言う可能性が浮上しており、その内通者が誰なのか調べるために暫くの間、伊吹、敷島と共に鎮守府から離れて曾山司令の実家に向かうと言う事を話した。

「分かりました、提督が不在の間、この石川が責任を持ってこの対馬鎮守府の提督を努めさせて頂きます」

「頼んだぞ石川、この鎮守府が落とされれば本土が危ういからな」

「分かっております」

 握手をしながら石川副提督の力強い声を聞き、曾山司令は安心したのか、数秒間目を閉じてゆっくりと開ける。そして、すぐさま鎮守府通信室に向かい、鎮守府放送で暫く実家に帰省する事を伝えた。

 満州と大淀は急に帰省すると言うことに不思議がり、鎮守府に居なければならないと言っていたが、曾山司令が説得した。

 曾山司令は提督室で荷物を纏めて、黒塗りのハイエースバンに伊吹、敷島の分の荷物と自分の荷物を乗せ、多くの将兵、人型艦艇に見送られながら曾山司令の実家のある長野まで向かうのだった。

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