ラバウル占領
第四帝国の内政や兵力などの情報を知る限り知らせてくれた、シュミット中佐の死亡。それは日本にとって大きな痛手となった。そしてそれを、未だに知らないラバウル基地近海で不穏な機影をレーダーで感知、直ちに日本海軍と空軍のF-3戦闘機5機が緊急発進した。他にも米のF-22が離陸した。
ラバウルから緊急発進した航空機は合計26機を数えた。
「This is the Japanese Navy. Your aircraft has entered the waters near the Rabaul base without prior notice.(こちらは日本海軍である。貴機は事前通告なしにラバウル基地近海に侵入ししている、直ちに引き返せ)」
2029年に勃発し、およそ3年続いた第三次世界大戦。
激戦地となったラバウルは現在、国際共同軍事基地としてアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国、日本が使用していた。ラバウルにはAC-130ガンシップや日本国軍の新鋭兵器の共通戦術装輪車である29式高機動戦闘車があった。
他にも最新鋭の装備が山ほどあるラバウルを多国籍軍は落とされたくはない、一方で第四帝国は絶対に落とさねばならない要所であった。
陸軍や海兵隊の駐屯地に空軍や陸海海兵隊の航空基地、さらには軍港。それはまるで、高級フレンチのフルコースかと言わんばかりの贅沢な品揃え。
ここを落とす為にアルノー総統が陸海空各大臣、幕僚や参謀たちとラバウル周辺の地図を広いテーブルの上に映したディスプレイの上で練った作戦は、“グリューン作戦”と名付けられた。グリューンとは、ドイツ語で『緑』を表す。そして、ラバウル基地周辺が緑地に囲まれていた為“グリューン作戦”となった。
フェーズは5段階に分けられ、フェーズ1では、戦闘機隊(黒烏400機)でラバウルに駐屯している多国籍航空隊と防空隊を引き付けて空戦を開始する。その間に高度6000mに編隊を組んだ禿鷲125機で精密爆撃を、雷装型、爆装型の黒烏が艦船や水雷艇などに航空攻撃を行う。フェーズ2では氷雪艦隊が艦砲射撃を行い軍港や沿岸砲を破壊する。フェーズ3にて、海兵旅団がラバウルに上陸したのち、フェーズ4で陸軍部隊がムレナ型エアクッション揚陸艇によく似た、ヴァッサーフォーゲル型クッション揚陸艇(ヴァッサーフォーゲルはドイツ語で水鳥の意)を使って上陸し、海兵旅団と共にラバウル基地内に侵入し、基地の戦闘兵、非戦闘員を射殺及び捕虜とする。
最前線の兵士たちは「そんなの上手く行くのかよ」と不安がっていたが、いざ作戦実行となると気合いを入れてそれぞれ配置について戦場に赴く。
「ケッ!誰が引き返すかよ、やるぞお前らぁ!」
黒烏の戦闘機隊の飛行連隊長が気合いを引き締めんとばかりに無線を入れる。すると
「隊長気合い入りすぎですよ、お陰で鼓膜が破れかけました」
と、同じ航空隊の航空兵が言った。それにみんなが笑い、飛行連隊長は、すまん、と顔を赤らめた。
爆装、雷装、ましてやミサイルまで装備した黒烏とラバウルに駐屯していた部隊が一斉に弾幕を張る。空一面、照明弾と曳光弾で照らされる。
ミサイルが飛び交い、次々と爆散する戦闘機やフレア。
中国の殲-20が7機とそれと同時刻に離陸したSu-57が4機。200フィート(60.96 メートル)と言う低空飛行で雷撃隊の正面、80キロメートルの位置にまで近づいていた。
「タリホー、タリホー!」
CAをコールサインとする中国空軍のCA6が、「敵機視認」を意味するタリホーを叫ぶ。
ラバウル基地にあと20キロメートルのところまで来た雷撃隊は、200メートルだった高度を、ゆっくりと下げて海面スレスレを飛行、超低空飛行を行い、雷撃態勢に入る黒烏。
それをさせじと中国空軍の殲-20が喰らい付いて空対空ミサイル、PL-15を発射する。雷撃態勢に入った黒烏は、躱そうとするが、高度を低くしていたことが裏目に出、次々と撃墜されて行く。
雷撃隊を叩いた殲-20は、撃墜を確認すると高度を上げ、機首の方向にいた戦闘機型の黒烏に再びPL-15を発射する。それを黒烏はフレアとロールでかわし、速度を落として宙返りする。黒烏を追い抜かした。
「クソッ!こちらCA4!背後を取られた、奴のケツを取ってくれ!」
殲-20の背後を取った黒烏は30mmの機銃を掃射し、殲-20の翼に命中。翼が機体から離れ、空中を回転しながら墜ちていった。
「行け行け行け!中国空軍の意地を見せてやれっ!」
他の殲-20が殲-20を墜とした黒烏の後ろにピッタリ付いてくる。
「来たな、間抜けな中国空軍が!」
そう呟いた黒烏のパイロットは、操縦桿を一気に左に倒す。機体が左回りにローリングし始め、更に右足部分のラダーペダルを思い切り踏み込む。殲-20からは、黒烏が左下方向に急旋回して下降して行くのが見えた。殲-20はすかさず追いかける。
「こちらCA2、CA3とCA5の2機!下方にて待機、挟み撃ちにする!」
「CA2了解!」
「CA5、コピー」
殲-20が2機、急降下中の黒烏の下方に回り込む。そして、3機はヘッドオンの形となり、殲-20の2機はPL-15を1発ずつ、黒烏はGX-46と呼ばれる対空ミサイルを2発、一気に腹の格納庫から発射する。
双方の機体がフレアを焚いて躱そうとする。しかし、GX-46はフレアには目も向けず、ひたすら殲-20に向けて飛翔する。慌てた殲-20の2機はロールをかけてGX-46を振り切ろうとするが、みるみるミサイルとの距離は縮まって行く。1機の殲-20にGX-46が命中して、爆散するのが見えた。
「CA5がやられた!」
「CA3!ミサイル来てるぞ、振り切れ!」
殲-20パイロット、CA3の言葉にCA2が無線越しに叫ぶ。しかし、程なくしてCA2の無線に響いたのは男の悲鳴と砂嵐の音だけであった。
「殲-20…。1機撃墜っと」
撃墜の瞬間をみたいた黒烏のパイロットは無愛想に黒煙を見つめ、旋回しながら呟く。
フレア対策が万全となっていたGX-46の前では従来のフレアでは対処しきれず、ロールも無意味であった。
同じ基地の食堂で飯を食らった仲間を見殺しにしてしまったロシア空軍のSu-57、4機は鬼神かの如く黒烏の飛行連隊の真ん中に勇猛果敢に突進。すぐさま交戦を始める。
「同じ基地で飯食った仲間がやられた、行くぞ!無念を晴らすんだ!」
4機小隊編成のSu-57は自慢の機動力とチームワークで黒烏の航空編隊内でミサイルに固定機関砲のGSh-30-1を乱射、相手の同士撃ちを誘う。
幾ら数がいようとも、少ない機数で編隊の中を飛び回るSu-57を狙うことに集中し過ぎた黒烏の内、29機が味方の機銃掃射によって撃墜、10機の黒烏が正面から衝突や、機体の一部が触れて制御不能になり、墜落していった。しかしながら多勢に無勢。勇敢なSu-57パイロットたちも、黒烏の前に成す術もなく破れ去っていった。
たった4機のSu-57が、380機以上いる大編隊のど真ん中に突っ込んでくるその勇ましさには、流石の第四帝国空軍も敬意を表し、落ちゆくSu-57の残骸に向かってパイロットたちは一斉に敬礼をした。
F-22ラプター7機が、黒烏の上方からゆっくりと降下してトマホーク(空中発射型AGM-109H TAAM)、14発を一斉発射し、黒烏にトマホークミサイルが命中。1機に1発ずつ、計14機が火花を散らし、翼をもぎ取り、あるいは火だるまになって海面へ真っ逆さまに落ちていった。それを黒烏の飛行連隊は勿論黙って見過ごしなんかしなかった。
下降していくラプターを追いかける機体を何機か出して、その他はそのまま飛行を続ける。
「サンダー4、後ろに付かれてる!」
「ケツに付かれた!助けてくれ…!う、うわあぁぁ…!」
ラプター、サンダー4は悲鳴を上げながら機尾から火花を散らしながら空中分解して墜ちていった。
空戦を地上の守備隊が黙って見ていた訳ではなかった。爆撃隊の機影がレーダーに写り、対空砲の発射用意を行っていた。
「対空砲員!各機銃、高角砲を撃て!これ以上犠牲を増やすな!」
野田倭牙中佐が対空陣に力強い声で指示を出した。その指示に、通信参謀の木更津龍太副長が「はっ!」と答え、射撃開始の合図を各砲台に送る。
その合図を受信した、ラバウル基地に配備されていた防空部隊が機銃や高角砲、地対空ミサイルで応戦する。
「連隊長!敵が撃ってきましたぞ!」
「全機!10機編成の飛行隊になれ、纏まってると落とされるぞ!」
それらを黒烏たちは的確に対処していく。対空砲陣地は黒烏を撃墜するばかりか、自陣に機銃弾と爆弾を雨あられと降らされる始末。次の瞬間、対空砲陣地は火の海と化した。爆弾の爆発により弾薬が誘爆。対空砲員の手足を引きちぎり、悲鳴と爆発音が入れ混じった音が基地に響き渡る。
この時、司令部の人間は自らの命の危険を感じ、部下たちを置いてさっさと逃げたようで、残っているのは下士官以下の現場指揮官及び部隊構成員だけだった。
その戦闘員たちは高官が逃げたのにも関わらず、必死になって戦い続けるが波のように押し寄せる航空機の前では無力であった。黒烏やBf109の爆撃、機銃掃射に加え、さらにはJu88の重量爆弾の投下。
「対空ミサイルを搭載したヘリコプター部隊は直ちに離陸しろ」
管制塔が指示を出し、それに従うようにAIM-9を搭載したAH-64アパッチや、AH-1コブラのQ型がヘリポートから離陸して行く。その時であった。どこからともなく40センチ級の榴弾が飛んできて、離陸しようとしたAH-64アパッチが5機、AH-1コブラのQ型が3機。一瞬で炎と煙、爆発音に包まれる。
「C-1、こちらCP!アーチャー5〜9、ガーディアン4〜6ロスト!」
「何っ!?一体どこからの攻撃…」
1人の管制官が呟いた途端、他の管制官が「おい、あれっ!」と管制塔の東側を指差して言う。指さす方向の先には、黒い人影が海面を、ヘリや艦載戦闘機などの航空機が空を覆い尽くしていた。
「甲級戦艦3番艦、セイレーン…。いざ…!」
甲級戦艦の3番艦であるセイレーン、同戦艦の4番艦であるメロウもを中心とした打撃艦隊がラバウル近海を制圧、包囲していた。そして、打撃艦隊所属の航空母艦、ベルゼブブとアガリアレプトがメッサーシュミットBf109G-6を、強襲揚陸艦フルーレティが艦載し、海兵旅団と陸軍兵を収容していたAS-532U2汎用輸送ヘリコプターを発艦させる。
「バルバトス、これより同型2艦と共闘。ラバウル沿岸部の対艦砲台を破壊します!」
高速戦艦バルバトスは、姉のプルフラス、妹のアモンと、上陸部隊を援護するために2基8門の主砲、41センチ砲を副砲18.8センチ砲と共に撃つ。
「海岸線と並進。攻撃を開始します!」
「沿岸砲発射!」
プルフラスに続いて、アモンが声を上げる。
ラバウル守備隊も艦隊を発見してから一斉に57口径の17センチ沿岸砲を発射する。
「きゃっ!?」
プルフラスに17センチ砲が命中し、プルフラスが短い悲鳴を上げ、バルバトスが「姉貴っ!」と叫ぶ。
背中に背負った艤装の主砲、副砲頭を沿岸砲陣地へ向け、ゆっくりと仰角を合わせる。
「…撃てっ!」
艤装に搭載された42.5センチの連装砲2基8門、17センチの3連装砲を2基6門が発射される。
ヒュルルルルルルル。
その巨大な火薬の塊は、ラバウルに有る航空基地に吸い込まれるように向かっていき、基地の格納庫に収容されていた、AC-130ガンシップに命中する。バキバキと翼やコックピットが折れながら火を上げる。燃料に引火して朱色の炎で包み込む。鼓膜を引き裂くほどの爆発音が航空基地に響き渡る。
さらに追い討ちをかけるように、AS-532U2汎用輸送ヘリコプターからの空挺部隊の降下が続き、完全に対空戦闘どころの話ではなくなった。更には第四帝国陸軍の歩兵、揚陸艦に輸送され揚陸してきたPL-01軽戦車にディンゴ装甲車。
「ターゲットとの距離完了、誤差修正!主砲発射用意、撃てぇ!」
15両のPL-01軽戦車が自慢の120mm口径砲を一斉に火花と火薬による煙幕を散らしながら発射する。そしてそれらに蹂躙させるラバウル守備隊の対空砲隊。
「29式、全車!射撃開始!」
「空中からだと陸上部隊は格好の的だぞぉ!」
やられっぱなしでは嫌だと必死に日米両陸軍部隊がAC-130ガンシップの105mm砲、ミニガンや29式高機動戦闘車の140mm滑腔砲で応戦。
「29式めっ…!我が軍の被害が拡大していかではないか…!」
29式高機動戦闘車はその火力、装填速度、機動性を生かして第四帝国の空挺部隊の背後を突いて足止め、第四帝国兵を蹂躙して行く。
帝国兵の兵器を破壊しては移動、破壊しては移動。
通信機器は破壊され、輸送トラックも炎上。単純な戦法であり、神出鬼没な高機動戦闘車に第四帝国の兵士たちは神経を使うハメになった。
しかしながら、次々と上陸してく帝国兵に撃破されていき、徐々に劣勢に立たされていった。
「いくぞ!空軍の連中ばかりに手柄取らせるなぁ!」
ラバウル東側の海岸から上陸してきた海兵旅団もラバウル攻撃に参加した。
多勢に無勢。万事休す。だが、彼らは必死に戦い続ける。P-90やミニガンの射撃音、MGL-140のポンポンという独特な射撃音。
第四帝国の兵士たちの腕や足を引きちぎり、破片で目を潰し、土煙を舞わせる。
陸軍と海兵旅団双方の陸上部隊が銃撃に砲撃と、一気に行っている。
「押せ押せ!ラバウルを落とせば中国占領も夢じゃないぞ!」
戦車や支援重機関銃でゴリゴリと歩兵を減らしていく。
生き残っていた、尉官や下級佐官(准佐や少佐)などの現場指揮官は自殺か降伏。残った兵士たちも隊長らしき白旗を持った男の後ろに、両手頭の後ろにしながら列をなして第四帝国の仮拠点へ投降して行った。
開戦時には晴れていた上空は、第四帝国がラバウルを占領した時には、灰色の厚い雲に覆われていた。
* * *
南極にある、ドイツ第四帝国の帝都、ダナス区にある総統官邸で、アルノー総統は1人の女性を高幹部指揮所に召集した。
「アデーレ・ツヴァイク、ただ今参上いたしました。ご用件は何でしょうか…?お父さん」
「うむ、ご苦労。早速だが、お前にはとゴーゼス・マッキンレー少将と共に海兵旅団を率いてロシア北西部の海岸から上陸してモスクワを目指してほしい」
アデーレ・ツヴァイク。アルノー総統と死別した妻との間に設けたたった一人の愛娘。小さい頃から兵法書やドイツ軍事史の本などを読みあさっていた為、第四帝国内でも高い軍事指揮能力を有していた。そして、彼女と共に出撃命令が下ったゴーゼス・マッキンレーは、アデーレのお目付け役であり、第四帝国の政治家兼海兵旅団少将。196センチという巨漢だが、その見た目に似合わず、性格は温厚であり、第四帝国内でも軍人からも、国民からも信頼が厚い、数少ない人物。
アルノー総統曰く、『ビスマルク作戦』が順調に進んでいるので、この際日本を挟み撃ちにすべくサマラビーチから上陸し、ロシアを攻め落とせと言うのだ。他の将官たちから見れば無茶な作戦であったが、よほどの自信があったのだろう。アデーレとゴーゼス少将はあっさりと承諾した。
「これより、サマラ上陸作戦を発動する!揚陸編成部隊は直ちに出撃、ロシアを占領するのだ!」
『ビスマルク作戦』も、最終段階を迎えていた。ロシアを倒す。ヨーロッパを制圧する上で欠く事のできない目標であった。ロシアを占領し、そしてそこに眠る大量の石油や鉱山資源を使い新たな兵器を生み出す…。それが第四帝国の目的であった。
アルノー総統は、常に攻撃に集中していた。守るために攻める、「攻撃こそ最強の防御」だと。
(この作戦を成功させれば、中東の油田の確保も、北米大陸上陸も現実のものとなる…。大総統の悲願もこれで…!)
アルノー総統自身、石油などのエネルギー資源問題には真剣であった。大半の兵器が石油で動いているにも関わらず、石油の絶対量が少な過ぎたからだ。
「早急に出撃に取り掛かれい!」
アルノー総統は、アデーレとゴーゼス少将に静かながら威厳のある声で言った。その声は、高幹部指揮所一帯をこだまする。
2人は「はっ!」と陸軍式敬礼をして、早歩きで高幹部指揮所に足音だけを残して去って行った。