荒天
対馬島沖防空戦で爆撃隊を追い返したディフェンダー大隊と、新鋭戦闘機軍団は対馬鎮守府の航空基地に着陸、搭乗員たちが機体から降りて来る。それから少し遅れて、出撃していた鳳翔やキング・ジョージ5世なども帰還した。
出撃していなかった鎮守府の将兵・艦艇たちは拍手喝采、紙吹雪で祝った。
「やっぱり曾山司令官は出撃時は決まってロッテ戦法か?」
伊達中将が可笑しく笑いながら言う。それに釣られて笑いながら、失礼でしょ、と言いつつ頭を軽く叩く。
「今回はロッテ戦法じゃなくて、大隊内で小隊を編成して各機で喰らわせたよ」
「結局ロッテ戦法じゃんかよ」
伊達中将の発言に周りにいた伊吹や横山大佐、石川中将たちが笑う。それで曾山司令も腹を抱える。
「ヤハリ、向コウモコチラヲ潰ソウト総力ヲ挙ゲテ来テイマスネ…。『ビスマルク作戦』ハ順調ニ運ンデ来テイマス、モシヨーロッパガ落チレバ、今度ハコッチヲ徹底的ニ叩キニ来マス。ソノ前ニ第四帝国ヲ滅ボサナケレバナリマセンヨ?」
オリガ中将が曾山司令に近付いて言う。帽子を被り直した曾山司令は、コクリと無言で頷いて鎮守府の方に歩いて行った。
* * *
迎撃作戦を終えたその夜。1人の男がレーダーの施設のゲートで見張りと話していた。
「司令官の命令で電探の仕組みや探知範囲を教えてくれ」
「はい…?司令部には詳細を書いた書類を送ったはずでありますが…」
「来てないから教えろと行っているんだ。兎も角中に入れてくれ」
少し困惑したような顔を見合わせた門番の兵士は、施設の本部に連絡し、男を施設の中に入れた。
「この電探は何で探知しているんだ?」
「はい、この電探は音で敵機を感知しております。また、最大感知範囲は最大で六〇〇〇浬ほどです。探知可能な最大高度は高度100万m以上です」
「そんなにか!?凄い電探を作ったものだ…。実物を見たい、案内してくれんか?」
「んー…、施設長に問い合わせてみます」
1人の見回りの兵士が施設長の元に向かおうとした時だった。案内されていた男が兵士の頭を拳銃の持ち手で殴って倒す。その場に倒れ込んだことでやっと気づいたもう1人の兵士が振り返った時はすでに遅かった。
不意をつかれた。
男の持った拳銃が火を吹くのが見える。その場に倒れ込んだが衝撃を感じない。ぼんやりとだが、体から流れる血が見える。もう唸り声を上げることしかできない。
「トドメ…」
男は拳銃の引き金を引き、唸り声はピタリと止んだ。急ぐように倒れる兵士の元を去り、巨大なパラボナアンテナの真下あるコンピューター室に侵入した。
「ここだな、さてと…。プログラムに小細工をしなきゃな…」
背中に背負っていたカバンに入れていたプログラムに侵入ための特別なコンピューターウイルスを使って侵入。プログラムをいじってレーダー圏内に航空機が侵入しても、反応しないようにする。その細工をしたプログラムに元々のプログラムを上書きする。コンピューターウイルスを取り除いた男は、素早くコンピュータールームを出て、まるで何も起こっていなかったかのように正門を通って去っていった。彼は、見つかっても何らかの異常を察知されないように、完璧な錯覚を演出していた。
* * *
「最近、氷雪艦隊の爆撃が少ない、何か理由があると思うが…、なんだと思う?」
伊達中将が酒を盃に汲んで新島参謀少将に問いかける。新島少将はティーカップをテーブルに置き、ゆっくり目を開いて言った。
「考えられる可能性としては、『ビスマルク作戦』のためにアジア・太平洋における戦力も回しているのか、はたまた単にこっちが出てくるところを待っているか…。そのどっちかですね」
「または誰かが裏工作でどっかを破壊だの細工してるだのかもな」
伊吹が盃に汲んだ酒で喉を潤す。盃を音を立ててテーブルに置き、しばらく沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは部屋に入ってきた兵士の声であった。
「伊達・新島両将、並びに総旗艦・伊吹に伝令!何者かによって海栗島分屯基地所属の兵士2人が死傷しました!」
部屋に緊張が走ったのが分かった。どこの回し者かはすぐに分かるが、まだ誰がやったかはわからない。
「で、曾山さんの指示は?」
「はっ!曾山司令官は明日、陸海空司令官、独海隊司令官及び各艦隊旗艦と協議するとのことです」
また対策本部会議だ。今年に入ってすでに34回は開かれた。しかもほとんどが第四帝国と氷雪艦隊関連のもの。戦時中って事もあるだろうが、いくら何でも多すぎる。特に曾山司令の教官である前郷元帥が訪れてからは、回数が圧倒的に増えた。
何かがおかしい。何か引っかかる。
伊吹はそう考えながら「分かったと曾山さんに伝えてくれ」と言って兵士を下げた。
「空返事とは、総旗艦も疲れてるのか?」
伊達中将がケラケラと笑いながら伊吹を見る。ソファから腰を上げた彼は、新島参謀少将に問う。
「新島さん、少し聞いてもいいか?」
「何です?聞きたいことって?」
「仮に内通者がこの鎮守府内にいたとしたら…?」
「まずは指揮官系統がやられるか、シュミット中佐が口封じのために殺されますね。早めにでは打っておくべきでしょうね」
「やっぱりか…。ありがとうな」
「いえいえ」
伊吹は新島参謀少将の返事を待たずして部屋を出た。
外では大雨が降り、雷鳴だけが、伊達と新島の部屋をこだました。
翌日、地下軍法会議所に呼び出された鎮守府首脳部は会議が始まるまでお茶で喉を潤したり、この事件の重大さについて議論していたりしていた。しばらく経ってから少し早足で曾山司令と伊吹、シュミット中佐が入室した。
「それでは軍法会議をはじめる」
静かに響き渡るその声は、落ち着いてはいたのだがどこか冷淡な感じがした。
曾山さんはこの件の重大さに気づいているのか…?下手したら文字通り全てを失う事になる…。曾山さんのことだから分かってはいるだろうが…。伊吹がそんな不安を頭の中で回転させながらそう思った。
「巡視兵が2人、謎の人物を連れてレーダー施設に入ったらしいですが、その人物は彼らを隠し持っていた銃で攻撃。1人が殉職し、もう1人もレーダーのメインコンピューター室に侵入して、プログラムを操作しているところをカメラが捉えています」
「して、その人物は特定出来ないのか?」
手元の資料に目を通しながら新島参謀少将の報告を聞く黑川大将がシュミット中佐に問い詰める。これにはシュミット中佐は即答だった。
「ある程度の目星はついていますが、詳しい情報が第四帝国にいた時には入っていません」
その話にピクリと反応する人がいた。白龍だ。
「その人物が国際テロリストと言うこともあり得ませんか?現にアフガニスタンで秘密兵器を製造しているとFBIからも連絡ありましたし…」
彼は前に報告があった事を思い出しこの場で論ずる。通信システムが、根こそぎ破壊されて連絡つかずだったアメリカと奇跡的に連絡が出来、この情報を掴むに至ったと言う。
「白龍さん?少し話が脱線していますよ?」
鳳翔の言葉に顔を真っ赤にさせた白龍は急いで顔を下に向け、無駄に肩に力を入れていた。
そんな白龍を置いて、話は進んでいく。白龍は話に、必死に食らいつくことに必死になりつつあった。
「この件はレーダー施設の警備部隊の警備ミスで片付きそうだな…」
「んな馬鹿な事が…!?電探施設警備部隊の警備ミスで片付くなんて事合ってたまるか!」
伊吹が阿部俊彦中将の発言に反発する。長門と翔鶴が冷や汗をかいて顔を見合わせる。
「ね、ねえ長門。伊吹最近キレやすくなってない?結構何にでも反発するしさ…」
「あぁそうだ。最近伊吹は寝ずに仕事やってるらしいからな…」
そんな事をヒソヒソと長門と翔鶴が話している時に、曾山司令が伊吹に向けて言葉を放つ。
「伊吹、あまり反発するなよ…。これは警備ミスと言う事で処理をしておく、大丈夫だ。考えがある…」
伊吹が頷くのを待たずして「それでは解散」の言葉を続ける。
司令たちが地下軍法会議所を後にする中、曾山司令は伊吹に近づいて来た。
「伊吹、実は前に前郷教官が来てこの鎮守府の中に内通者がいると伝えてくれた。そこで提案があるんだが…」
曾山司令は突拍子もない作戦を考え、誰にも聞かれない用に耳元で伊吹に伝えた。
「なっ!?それは正気か曾山さん、それは幾ら何でも危険だ!第一に曾山さんが危険だし家族だって…!娘さんもまだ14なんだろ!?まだまだ居てやんなきゃ…」
伊吹の話をプツリと切るかのように、曾山司令が割って話す。
「だからやるんだよ、相手もハマってるとは分からんだろ?」
「そ、そうだな…」
曾山司令が未来の安寧秩序の願いを願う気持ちは凄まじかった。それに折れた伊吹は曾山司令に応える事を決めた。
彼らが第四帝国に一泡吹かせるべく、命を掛けた計画を立て始めていた。