対馬島沖防空戦
「目標情報入りました!鎮守府南西、距離約240海里。爆撃機180機と直掩機160機です!」
「ディフェンダー大隊との会敵予想時刻まで、あと17分!」
「独立海兵隊の横山大佐に通達!OH-1改防空ヘリコプターをいつでも出せる様にしろ!」
電探室から無線で伝わる緊迫した声は、曾山司令や他の搭乗員たちに冷や汗をかかせた。何が起こるか分からない、ましてや、敵の全部層が分かるかと言われるとそうでもない。14機のディフェンダー大隊は緊張に包まれる。
『隊長、本当にこっちに来るんでしょうか?』
ディフェンダー2が曾山司令に問いかける。すると曾山司令は、最短距離でくる、と答えて周りを見渡し始めた。機体の上下を変えて、下も見渡した。航空機の死角である下向からの戦闘機に備える為だ。
(隊長として、大隊員を1人たりとも死なせるわけにはいかん…!)
曾山司令の頭を隊長になった時に誓った言葉がよぎった。その時だった。航空方面隊戦闘指揮所から無線が入る。
『Defender 1, this is SOC, we will be in visual range shortly. Weapons are clear, attack the bombers immediately.(ディフェンダー1、こちらSOC。まもなく視認範囲に入ります。武器の使用を許可する、直ちに爆撃隊を攻撃せよ)』
「Defender 1, copy. I'll kill the bombers.(ディフェンダー1,了解。爆撃隊を撃墜ます)」
曾山司令は少しばかり沈黙した。すでに爆撃隊は目の前。迂闊に戦闘を始めれば、どれくらいの被害を被るか分からない。
「Defenders 2, 3, and 4, follow me, and Defenders 5 through 14, spread out in three platoons and begin the attack(ディフェンダー2、3、4は私に続け、ディフェンダー5から14は3小隊に分かれて攻撃を開始せよ)!」
「Defender 1, copy. I'll kill the bombers.(ディフェンダー1,了解。爆撃隊を撃墜する)」
ディフェンダー大隊は、ディフェンダー1〜4と11〜14は4機編成、残りの部隊員は5〜7と8〜10が3機編成の小隊構成となり、計4小隊分の航空機が、上下左右に展開して禿鷲や黒烏を迎え撃つ。数では圧倒的に不利だが戦場は海上。こちらには艦艇の支援があり、撃墜されたとしても、即死じゃない限り救助される。迎撃部隊はいつも有利なのだ。
「さぁ、狩りの時間だ!獣に喰らいついて離すなよ!」
曾山司令はディフェンダー大隊全員に呼びかける。曾山司令は、ディフェンダー大隊で攻撃を始める時には、このセリフをいつも使っている。その一言で、なぜかディフェンダー大隊の士気は上がり、戦闘が有利になる。
対馬沖防空戦が始まった。ディフェンダー大隊は黒烏には構わず、新鋭ステルス爆撃機である禿鷲の後ろに喰らいつく。
「Fox3!」
日本が独自改良した30mmのバルカン砲の焼夷曳光弾が吸い込まれるように数機の禿鷲に命中、一瞬で火だるまになる。
ただ、その喜びも束の間、黒烏が群れをなして接近してくる。ディフェンダー大隊は3,4機の小隊編成。さらに散開して直掩機を撹乱する。そこに真下に待機していたタイコンデロガ級ミサイル駆逐艦のシースパローやズムウォルト級ミサイル駆逐艦のトマホークミサイルが発射され、爆撃隊は1/3が既に撃墜された。しかし、直掩機・黒烏も黙って落とされているわけにはいかない。黒烏も自慢の格闘性能でディフェンダー大隊のF-35、1機に機銃弾痕を空ける。1機のF-35がエンジンから火を吹き、回転しながら落ちてゆく。
『1機やられたぞ!パイロットは!?』
『パイロットは無事だ!』
コックピットを蜂の巣にされなかったからパイロットは助かった。だが、ディフェンダー大隊の航空機が1機撃墜された。
「ターゲットをロックした、FOX1!」
曾山機から遠距離ミサイルが白い雲を引き、禿鷲に向かって飛翔する。禿鷲がフレアとチャフを発射する。禿鷲に向かっていたミサイルはフレアに吸い込まれるように弾頭の向きを変え、フレアに衝突するや否や、火花を空に散らす。数秒後に爆音も聞こえた。
「まだまだぁ!目標捕捉、FOX2!」
機体の腹から中距離ミサイルが、迷わず禿鷲に向かう。禿鷲は再びフレアを焚くが、今度は小細工に目もくれずに禿鷲を一瞬で爆散した。
曾山司令が離脱しようとしたその時だった。
『ディフェンダー1、後ろに付かれてるぞ!』
ディフェンダー8が曾山機に通信を入れる。反射的に背後を振り返ると、3機の黒烏が機体の後方に編隊を組んでピタリと付いてくる。
黒烏から放たれたミサイルのアフターバーナーとJHMCSのミサイル接近中の警告アラームが脳内に響く。
曾山司令は機体を横にグルグルと回しながら、フレアを焚き、スロットルレバーを手前に引き、機首を下げる。
背後を振り返ると、やはり付いてくる。自動空戦フラップを展開し、機体の速度を下げる。マイナスGで、体の至る所が後ろに引っ張られる。
まだだ。まだ機首を上げる時ではない。雲を切り裂き。海面が近づく。
1000m…。750m…。500m…。今だ!
フラップを収納、機首を上げる。アフターバーナーを使って敵編隊とも距離を置く。
1機の黒烏が水面と衝突、大きな水飛沫を上げる。
残りの2機はまだ追ってくる。
「高度は200か…、もっと下げるか」
そう呟くと、機体を左に傾け、高度を下げて前進する。水面ギリギリまで、左翼を近づける。するともう1機も機体の腹をぶつけて、水面で縦に一回転する。
残るは1機の黒烏のみ。曾山司令は高度を上げ、巴戦に持ち込む。
流石、生物艦載機と言う事あってか、格闘戦は得意なようだ。しかし、F-3を改修し、すべての性能を底上げしたFX-3はF-35と同様、垂直離着陸システムを備えている。これを使い、上手く敵機の後方に回り込めば、こっちの勝利ー
操縦桿のミサイル発射ボタンに手を掛けた瞬間。曾山司令は我に返った。
もう後戻りはできない。不戦主張こそしてきたが、『「そうや沈没事件」』のニュースを聞いてからは考えを変えた。軍と何の関係もない、ただの研究者たちの乗船した観測船が沈没…。曾山の内に秘めていた、暗殺者時代の魂が蘇る。
無意識のうちに発射ボタンに掛けた手を下ろす。
やるからには徹底的にやる。
愛すべき、家族の姿が目に浮かぶ。
向こうにも家族や友人はいる。
ただ、己を捨てなければならない。
私情を捨てなければならない。
何か底知れぬ葛藤は味方の無線でプツリと途切れた。その瞬間、何かを失ったような気がした。
『ディフェンダー1!ミサイルきてるぞ!』
「クソッ!」
ギリギリでフレアを焚いて難を逃れる。ミサイルがFX-3の近くで焚かれていたフレアに命中し、機体を揺さぶる。
「やってやるぁぁ!」
再び巴戦に持ち込み、垂直離着陸システムのボタンを押し、一気に減速。機体を180度着た方向に向け、垂直離着陸システムを解除する。アフターバーナーでヘッドオンを始める。機体に機関砲が命中し火花を散らす。
「まだだ…。まだまだ…」
相手は休まず機関砲の火を吹かせている。
「今だ、中距離無誘導ミサイル発射!」
「来たか、ミサイルゥ!」
黒烏は無誘導だと気づかずにチャフ、フレアを発射する。
しかし全く方向を変えない。
「何か変だぞ!?う、うわぁぁぁぁ…!」
黒烏はパイロットと共に悲鳴を上げるだけで、一瞬も回避行動を取らずに撃墜された。
ろくに訓練されていなかったのだろうな。と、曾山司令はガラス越しに煙を出して墜ちていく黒烏を見つめながら思った。
空戦開始から2時間。ディフェンダー大隊の機体も、ミサイルは底をついた。機銃弾も残りわずか。黒烏が食いついて補給するわけにもいかない。その時だった。1発のミサイルが、黒烏の3機小隊の真ん中で爆発、黒烏が火だるまになって落ちてゆく。
「何だ!?」
黒烏のパイロットは後方を振り返る。そこには見たこともない戦闘機軍団、ヘリ搭載型のシースパローミサイルを積んだ独立海兵隊OH-1改防空ヘリコプターが20機編隊を組んで飛行してくる。5機の明灰色に塗装したUH-60ブラックホークが飛行している。1機にはドアの内側に把っ手棒がつけてあり、そこを掴んで、身を乗り出した横山大佐が全機攻撃開始の合図を手信号で送る。それに従って独海隊のヘリコプター部隊は左右に展開、戦闘機隊はその間から爆撃隊の進路に進入、殴り込みの肉迫攻撃を仕掛ける。
爆撃隊は既に半数以上が撃墜か海に不時着、直掩機の黒烏もバタバタと落とされていく。遂には進路を180度転回して撤退を始めた。
勝ったのだ。
対馬の島民と5万人の鎮守府将兵の命を救ったのだ。ディフェンダー大隊は2機撃墜と言う被害を結果的に被ったが、タイコンデロガ級ミサイル駆逐艦が救助、幸いパイロットは無事であった。
「This is Defender 1, returning to base.(こちらディフェンダー1、帰投する)」
『Copy that. Thanks for the battle.(了解、戦闘ご苦労である)』
ディフェンダー大隊と独海隊ヘリコプター部隊、戦闘機隊は対馬鎮守府の帰還の途についた。
太陽に照らされた海には艦艇たちの航跡だけが残った。
※
「こちら爆撃隊隊長。作戦は失敗。我が爆撃隊の半数以上を損失…。ラバウルに帰投する」
対馬鎮守府の敷地内の人気の無い薄暗い森林の中で、頭を抱える男がいた。
外部ののみで攻略は曾山がいる限り不可能に近い。ならば内部から混乱を起こしてそのどさくさに紛れて鎮守府に氷雪艦隊や第四帝国の兵士を送り込んで殺す。そうするしか無いかー
男は不気味な笑みを浮かべ、通信機器を片付ける。
「この鎮守府を落とし、佐世保も占領すれば、九州上陸は現実的になる…。あと少しの辛抱だ…」
曾山司令の命に不穏な足音が忍び寄っている事に、まだ誰1人として気づいてはいなかった。