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呉からの訪問者

 狙撃暗殺任務を終えた曾山司令は、重装甲かつ50ノット以上の快速の出るPTボートに20代前半の男女2人を乗せて対馬に向かっていた。波切る音と潮の香りが心地よいが、それを邪魔するようにエンジン音もまた響き渡る。それもまた、若かりし頃の自分に戻ったかのように感じて良いと感じた。

 航行の途中で、曾山司令が何処かに無線を入れているのを梶尾大佐は目撃したが、暗殺任務が終わったあとの必須報告なのだろうと思った。しばらく航行を続け鳥取県の夏泊海岸付近を通った時、曾山司令は取り舵を取って夏泊海岸に近づき2人と共にPTボートから降りた。

「待ってたぞ、ジャック」

 曾山司令が荷物をPTボートから取り出していると、男の声が聞こえ、その声のした方を見る。筋肉質で大柄な男性と藍色のロング髪を後ろで結んでいる女性が黒塗りのNV2500HDバンを背に立っていた。

「後ろの2人は誰だい?」

「お、あぁ。俺の同郷の旧友の…」

 女性の方が曾山司令に問いかけ、それに応えようとする。

「自分は梶尾先彦で陸軍大佐、第8戦車連隊の連隊長しております」

「瓦井波留です」

 2人が曾山司令の声を遮って声を発する。

 瓦井の可愛らしいが聞こえる。まだ10代の若い女性の声であった。

 曾山司令が京都の城浜海岸に上陸したのは梶尾大佐と瓦井の2人を、梶尾が所属している第8戦車連隊の駐屯地、宮津駐屯地に送り届けて欲しいと伝えた。すると梶尾大佐が曾山司令に問いかけて来た。

「なぁジャック。この人たちは誰なんだ?」

 その質問に曾山司令の代わりに例の男女が答える。

「俺はフリッツ・クラサキ、日系アメリカ人だよ。対馬鎮守府所属のメカニックで今は休暇中だ」

「私は一ノ瀬姫華(いちのせひめか)。宮津駐屯地所属の一等曹よ」

 フリッツと一ノ瀬に頭を下げた梶尾と瓦井の2人は、そのまま2人が乗って来た黒塗りのNV2500HDに乗せられて海岸を後にした。それを見届けた曾山司令は再びPTボートに乗り込み、対馬鎮守府を目指した。


    * * *


 対馬鎮守府のボート港にPTボートを止め、佐渡島から帰って来た曾山司令はすぐさま着替えて、宴会場に向かった。赤い明かりがまだ見える。宴会は行われているようだ。

「あ、司令官。ようやく起きましたか」

「おう、今起きた」

「そうでしたか早くしないと食事が冷めてしまいますよ?」

 周りでは相変わらず、酒に酔った男どもが騒ぎ立てている。「おい後ろうるさいぞ!」と近藤中将が注意するが、全く聞く耳を持たない。相当酒を飲んだのだろう。顔も真っ赤になっている連中もいる。それを見て今日は宴会だ、許してやろうと近藤中将は思う。

 普段は楽しめない宴会を楽しんでいるという点では確かにいいのかもしれない。ただ、それでも今攻撃されないとは限らない。あくまでも今は戦時中なのだ。

「司令官、もうじき定刻です。そろそろ宴会も終了なされては?」

 石川中将がそっと曾山司令に近寄り、耳元で提案する。

「そうだな、いつ敵艦隊が来るか分らんからな」

 曾山司令が宴会の終了を告げると、参加していた艦や将兵たちは後片付けを済ませ、宿舎に戻っていった。


   * * *


 翌朝、提督室に西郷大将と宇和島大将がやって来た。

「失礼します。」

「ん?どうかしたか?」

「司令、呉鎮守府から前郷英輔(まえごうえいすけ)海軍元帥がやって来まして…」

「前郷教官が!?」

 前郷英輔元帥は、まだ曾山司令が日本国軍の前身である自衛隊敵地攻略科の海上自衛隊部門の教官であった。彼は、若き日の曾山司令の圧倒的命中率や運動神経などの能力を高く評価していた。

 そんな前郷元帥が、いきなり呉から遥々対馬へとやって来たのだ。普段は連絡をしてからやってくる前郷教官だ。これは何かあると曾山司令は確信を得た。

「失礼の無い様にお通ししろ」

 曾山司令は、顎に手を添えて何かを考えるような体制になりつつも指示を出した。

 「はっ」と言い、敬礼をしてから部屋を出て行く2人の背中を見つめながら、曾山司令は頭の中で様々な状況を考えた。この鎮守府に爆弾などが仕掛けられている場合、前郷元帥が偽物だった場合、輸送路や通信無が完全に断たれた場合。どれを考えても碌な物がない。

 しばらく待つと、懐かしい顔の高身長の男がやって来た。彼こそが前郷元帥だ。

 曾山司令は懐かしさのあまり涙が止まらないのを感じた。それを見た前郷元帥は、ハンカチで曾山司令の涙を拭きながら言う。

「涙を流すなんてお前らしくないな。お前は笑って何ぼだろ」

「そうでしたね、教官。あまりにも懐かしすぎて…」

「それもそうだな。はっはっは!」

 前郷司令の部屋を包み込むような笑いは、そこにいる誰もがつられるほどだった。

 何もかも懐かしい。まるで、青春時代を過ごした江田島の海上自衛隊第1術科学校の生徒に戻ったかのようだ。

 10年振りの再会であろうか。昔の思い出話をしながら、入れた熱々のコーヒーを口に運ぶ2人の鎮守府の司令官。前郷元帥も曾山司令も、昔から変わっていない。その為、十分に温かく柔らかい空気になごんでいった。

 しばらく談笑をした2人のうち、先に話をプツリと切ったのは曾山司令の方であった

「…それで、今日は何しに来たんですか?前郷教官が、連絡をせずに来るとなるとやはり何か重大なことが…」

「曾山君は勘が鋭いな。そうだよ、今日は君に伝えないといけないことがあってきた。電話じゃ向こうが傍受されるかもしれんし、で無線も同じだ。だからお前に直接伝えるしかないのだ。大声では言えんからな。人払いを頼む」

「分かりました。お前たち、しばらくこの施設内の警備をしていてくれないか?」

 曾山司令は提督室にいた護衛の兵に向かって頼む。するとコクリとその部屋にいた数人の護衛の兵は頷き、「失礼します」と言う声だけを残して部屋を後にした。

「人払いをするまでという事は相当ですね」

「そうだ、これから少し聞いていて欲しい」

「はい、前郷教官の頼みならば」

 すると、前郷元帥はゆっくりと深呼吸をして話し始めた。

「話というのはな、第四帝国・氷雪艦隊の事だと言うのは知ってるだろう。ここ最近、ヨーロッパ方面に戦力を集中させているの知って居るな。だが、それと同時進行で最近、向こうの太平洋地域での動きが活発になってきた。それに国防総省の情報通信課が傍受した通信では、ここには()()()がいる。しかも、いつの間にかこの鎮守府内に潜り込まれているんだ。誰か見当のつく奴は居ないのか?」

「今のところは…」

「そうか…」

 前郷元帥は少々残念そうに言った。内通者に心当たりがない以上、ソイツを探し当てる必要がある。しかし、将兵や人型艦艇に紛れ込んでいるのか、それとも基地のどこかに潜り込んでいるのかは全くの闇の中である。

「分かっていれば、未然に崩壊を防ぐことができるかも知れんのに…。悔やんでも仕方ないな。今もこの鎮守府内にその内通者は潜んでいるだろう。くれぐれも気を付けろよ、私もできる限り手は打っておこう」

「分かってますよ。それくらい」

 微笑む曾山司令が分っているかを確認した前郷元帥は、よいしょと重い腰を上げて部屋を出ようとする。部屋を出ようとした直前に最後だけと言ってこう続ける。

「曾山君、これだけは言い残しておく。いいか、司令というのは、司令室や艦橋に籠って指示を出す者ではない。部下を守るものだ。命をかけてでもだ。この事を決して忘れるな」

「分かりました、前郷教官!」

 無意識に硬い表情で敬礼した曾山司令にゆっくりと優しい老人の笑顔で返礼した前郷元帥。

 返礼を終えると、前郷元帥は「頑張れよ」と言う言葉を部屋の空気に染み渡らせて部屋を出て行った。

(ありがとうございます、教官!)

 曾山司令はそう心の中で感謝の言葉を何度も述べた。前郷のその後ろ姿は、曾山司令が海上自衛隊の訓練生だった頃に見たものと変わっていなかった。広い肩幅にがっしりとした背中。それとあの優しいようで威厳のある歩き方。


   * * *


「何、ホフマン少将が殺された!?」

 電話越しに耳に入ったその報告に、身体中に稲妻が走った。それは、佐渡島に築いた第四帝国の特設駐屯地からだった。

「間違いは無いのか!?何かの間違いでは…!」

「はっ、事実です。昨晩何者かによって頭を狙撃され…」

「そうか…。ご苦労だった…」

 電話を切ったアルノー総統は椅子から立ち上がる。

 ホフマン少将はアルノー総統が最も信頼していた腹心であり、知略に長けた知将で合った。彼は佐渡島に来る前は、ドイツ連邦海軍やロシアの黒海・バルチック艦隊、イギリス王立海軍と戦い、幾百もの勝利を飾って来た。彼への信頼は、最前線で指揮をとらせるほど厚かった。しかし、身元不明の暗殺者によってホフマンは暗殺された。

 誰かはわからない。ただ、見当はつく。日本ならば、佐渡島を取った報復として暗殺くらい指示するだろう。

 しかしながら、まだ分からないことがある。日本にそんな腕を持った暗殺者がいただろうか。噂だと、暗殺者連合というものがあるという事が聞いたことがある。そいつらの仕業としたら、厄介なことになる。

 ヨーロッパ戦線は順調に押し上げている今、第四帝国の戦力は8割方向こうヨーロッパ戦線に回している。ここで日本やオーストラリアに苦戦していたら、世界帝国を築き上げるという野望が達成されないではないか。それどころか、反撃の隙を与えることにもなってしまう。

「やむおえんな、ビスマルク作戦を発動する。各員戦闘に備え、準備せよ!」

「はっ!」

 窓の外を見ながら、アルノー総統は部下に命を下す。

 常闇に見える第四帝国の部屋の零れた光は何か、死期を悟らせるほど不気味であった。そして総統はニヤリと笑い、心の中で呟く。

(そろそろ決着をつけようぜ、曾山クンよぉ…!)

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