表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/21

宴と狙撃手

ーーードイツ第4帝国司令部廊下、午後8時34分ーーー

 ニューギニアを取れなかった氷雪艦隊は緊急司令会議を開いた。アルノー総統はアジア太平洋方面の作戦は一時中断し、ヨーロッパ方面での作戦展開を増大させ、危険ではあるが、日本の海上及び航空戦力を削る為に日本には空襲を行うことを決定した。

「なぁ、ヨーロッパ戦線は結構優位だってのに日本には手こずるんだろうな?」

ルシファーがボソリと呟く。それに反応するとダブル、ヴィッツ。

「まぁ、昔から海軍強力な国だからな、日本は」

「それだったら、イギリス軍だってそうだろ?」

「そりゃそうだけどさァ、バフォメットが押してるから楽なんだけどさぁ。こっちが押され気味だからなって話」

「仕方ねぇよ。裏切りだの内通だのこっちも対応追われてたから大変だよ」

「前の作戦に反対してた佐官も監視の目を盗んで逃げだしたそうだしな」

「はぁ、監視は何してたんだよ…」

「さらに最近だとこっちの陣営の将校が何者かに暗殺されてるってよ」

 すると目を丸くしたルシファーが振り向く。驚きを隠せない顔だった。

「マジかよ…」

「マジだ」

「これだから最近の兵士供はなぁ」

「工作員は潜入させたんだろうな?」

「あぁ、勿論だ」

「ならよかった」


   ※


「曾山さん、元氷雪艦隊の佐官を名乗る男が降伏して来たんがどうする?」

 曾山司令は窓の外をぼんやりと眺めながら、呟く。

「何か情報を聞き出せるかもしれん、案内しろ。但し失礼の無いようにな」

「分かった、ちょっと待っててくれ」

 しばらくして、伊吹がその佐官を連れて来た。凛々しい目をした男だった。

「初めまして、私は氷雪艦隊の中佐をしていたMatthaus・(マテウス・)Schmidt(シュミット)です。奄美大島での氷雪艦隊の作戦展開を諫めたために、牢に入れられましたので、看守の目を盗んで脱走してきました。氷雪艦隊の基本情報でしたら私にお任せください」

「これは頼もしい、感謝する」

 曾山司令は深々とシュミット中佐に頭を下げる。慌てて顔を上げてください、と言うシュミット中佐。それを笑ってみる伊吹。そして曾山司令は「ちょっと待っててくれ」と言い残して部屋を出て行った。暫くして部屋に戻って来た曾山司令の手には、一升瓶が握られていた。「何始めるんだ?」という伊吹の質問に曾山司令はこう答えた。

「宴会だよ、今日はもう他の艦には言ってある、思う存分飲め!」

「い、良いんですか?」

 シュミット中佐が尋ねる。

「良いんだよ、アンタがこっちに来てくれて、氷雪艦隊(奴ら)の樹報を聞き出せるんだ、こんなに嬉しいつまみは無いぞ!」

「は、はぁ…」

「さぁさぁ飲め!今日は宴会だ!外でもう準備できた始まってるぞ!」

 曾山さんはホントに酒の事になると気が早くなる。それが俺が曾山さんを好きになった1つの理由でもあるんだが、今日の曾山さんは普段より早口だ。曾山さんが何か隠し事してる時の話し方だ。とりあえず、外に出てみんなと酒でも飲むかと伊吹は思う。

 外に出た曾山司令一行は、間宮や伊良湖、鞍崎たちが用意してくれた料理をほおばる。只でさえ賑やかなのに対馬鎮守府内にある陸軍と空軍の基地の人たちも加わり、一層賑やかになる。

「焼き鳥できたどー」

 鞍崎が開いている屋台からは炭火の香ばしい匂いがする。そして次から次へと飛ぶように消えていく食品の補充で間宮も伊良湖も鞍崎手がいっぱいの様に見える。予想以上の繁盛だったのだろうと、誰もが分るほどだった。

「おっ、焼き鳥か。日本に来たら一度食べてみたかったんだよ」

「アンタがこっちに新しく来た中佐だって?なら尚更だ、好きなだけ取ってっていいぞ!」

「本当か?ありがたい」

「いいてことよ!」

 皿に山ほど盛りつけた焼き鳥を、宴会の席に運び、食ってはビールで流し込む。これがたまらなく美味い。氷雪艦隊に居た頃では考えられないくらいのご馳走だった。そこに敷島がやって来て、「隣は良いか?」と尋ねる。「もちろんです」とシュミット中佐が答えると、よいしょと一声挙げて座り、シュミット中佐に話題を振る。

「まさかわしも氷雪艦隊の中佐がこっちに寝返るなど思わなかったわい。仲良くしようや」

「はい、よろしくお願い致します」

「何をかしこまってるのじゃ?お前、俺でいこうではないか」

「老将艦に敬意を表すのはどこえいっても同じです」

「はっはっは、気に入ったぞ」

 敷島はシュミット中佐の背中をバシバシと叩く。それを痛いですと笑いながらシュミットは言う。

「敷島、少しは力加減を考えろよ」

「おっと、これはこれは。曾山司令、シュミット中佐、失礼しました」

「これから気を付けろよ」

「はい」

 その会話を聞いていた前弩級艦隊司令長官の宇和島信之(うわじまのぶゆき)大将や甲鉄艦『東』、戦艦『石見』など、前弩級艦隊関係者が声をあげて笑っている。それにつられて笑いながら後頭部を書く敷島。

 曾山司令の護衛担当の岩崎俊輔(いわさきしゅんすけ)少佐も飯を部下と共にほおばり、談笑している。

しばらく談笑していた曾山司令が席を立ちあがる。

「ん?どうしました提督?」

 石川が首を傾げる。

「ちょっと酔いを覚ましてくる」

「分かりました」

 曾山司令はどこかへ急ぐような足取りで鎮守府内へと歩いて行った。伊吹も水を取りに行くと言って曾山司令の後を追って行った。

「あっ、まって!五十鈴も行くー!」

「おい、ただ水取りに行くだけだぞ?」

「いーもん!五十鈴も行きたいんだもん!」

 伊吹は歩みを止め、溜息1つついて後頭部をかく。そしてから「分かった。ただし、ちゃんという事聞けよ」と言ってついてくることを許可した。

 幼女である五十鈴には、これくらいの言い方で良い。ムキになるとギャン泣きして手のつけようがなくなるからだ。

「ねーねー、伊吹兄。曾山司令官はどこ行ったの?」

「俺はお前の兄になったつもりはない」

 目線を合わせずに伊吹は言葉を吐く。()()()()()()などという難しい言葉を言っても理解してもらえないだろうと思った伊吹は、自分なりに言葉を砕いて言う。

「曾山さんはお酒飲んでちょっと顔赤くなったから散歩して顔の色戻すんだと」

「へー」

 聞いてきたのにもかかわらず、返って来た返事が棒読みの空返事では、伊吹もさすがにもう説明したくないと思った。しかし、話し相手が幼女だから、流石に目を瞑ろうと思った。


   ※


 伊吹と五十鈴は鎮守府に入った後、曽山昭弘室の前にいた。

「五十鈴、ちょっと待っててくれ」

「どうして?」

「曾山さん居ないかもしれねぇからだよ」

「うん、分かった」

 五十鈴が理解したのを確認した伊吹は、曾山司令の部屋のドアを3回ノックして部屋に入る。

「曾山さん、入るぞ。やっぱりここにいたか」

「おぅ、伊吹か、どうした?」

 ぱたりとドアを閉めて、五十鈴に話の内容が漏れないようにする。幼い子が大人の事情に触れるのは、まだ早いと思ったからだ。

「ここに居るってことは、さては暗殺任務だな?」

「さすが伊吹だ、察しが速いな。そうだよ、狙撃任務だ。氷雪艦隊の参謀のな」

「まじかよ、こんな時に…。今日くらいゆっくりすりゃぁ良いのに…」

「そういう訳にもいかんからな。後々厄介になる」

 曾山司令の部屋は隠し扉があり、そこを通るとSR-25やSV-98を始め、62式7.62mm機関銃やブッシュマスター ACR、M-202まで多種多様な銃が壁に掛けられていた。それは、曾山司令の部屋から零れた月明りで輝いていた。

「で、どうする?俺が適当に、なんか理由つけて曾山さんが来ないって言っとくか?」

「あぁ、その方が怪しまれないだろうな」

「よし来た、絶対に成功させろよ、この暗殺任務」

「分かってるってよ」

「じゃぁな」

 伊吹は曾山司令の部屋から一礼すると出て行った。

「どうだった?曾山司令官はいた?」

「いたけど少し寝るんだと」

「そっかー。曾山司令官も疲れてるのかな?」

「そうかもな」

 伊吹と五十鈴が曾山昭弘室をあとにした後、曾山司令は、対馬鎮守府の裏にある、小型ボートが停泊している停泊所に向かい、伊吹はみんなの元に水を持って帰っていった。


   ※


 伊吹が鎮守府内から出てきて間もなく、伊吹と五十鈴は鎮守府から手に水の入ったケトルを持って、帰って来た。

「おーい、伊吹お兄ちゃーん」

 宴会場から少女に声がする。長良だ。

「妹が迷惑かけた?」

「かけてねぇけど、お前の兄ちゃんになった覚えはねぇぞ。俺の兄妹は義兄ちゃん最上とか義姉ちゃん鈴谷たち最上型重巡だけだ」

「何でよ、ウチも入れてよー」

 これだから長良型は苦手だ。幼いうえにわがままばかり言うのが本当にムカつくタイプだ。そんでもって見つけた司令や、人型艦艇に走っては、へばりつく。そんな子どもだらけの艦級だ。

 そんな長良を無視して強制的に話を終わらせ、宴会場に早歩きで伊吹は向かう。一刻も早く長良から離れたい、そんな一心だった。

 伊達中将が「曾山提督はどうした?」と聞き、曾山司令と交わした約束と言っていいのか分からない約束を守り、酔いを寝て覚ますと説明した。伊達中将は、そうかと答えるとまた、盃に酒を注いで飲み始める。

 桜のつぼみが膨らみ始める3月の、月明かりが照らす夜。1人の狙撃手は、低いPTボートのエンジン音を唸らせて、常闇の海へと消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ