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最後のウキオロシ 01

 最後の訪問日時を知らせるメールが来たが、私は何度も同じ文字列を目で追っているだけだった。

 先月のウキオロシの後も、二二八九件のウキについて、ほとんどを溶かさずに放り出してしまっていたからだ。

 ほとんど、あの人のことばかり思っていた。

 その時の最後のウキには、こうあった。


―― 次で最後になるって、これからはもうあの人に会えないの? 思いを伝えるべきか、黙っているべきなのか。


 最後のウキオロシ前日に、楓さんが訪ねてきた。彼を目の前にしたとたん、私は堰を切ったようにわあっと泣きながら彼の胸にすがりついた。

 ぴくり、と楓さんの肩が震えた。でも私は自分のことで精いっぱいだった。

 泣きながら訴える。

 教えてくれたウキオロシをやってみたこと、訪ねてきた人を好きになってしまったこと、そのためにウキが減らなくなってしまったこと。

 次回、最後のウキオロシで「全部終わらせる」と彼が言ったこと。


「そうだったんだね」

 頭のすぐ上できこえる楓さんの声は、なんだか遠くきこえた。

「でももう大丈夫」遠いままだったが、声は続けた。

「今度は僕が何とかする」



 最後の回で、灰色の人は屋根に積もったウキを見上げながら言った。

「ずっと半分ずつ落としていましたが、今回は全部落とします。それから、今回に限って、落としたものを一緒に確認しながら溶かしていきます」

「えっ」動揺が声に出たのだろう。彼は淡々と続ける。

「たまにいらっしゃるんです。小箱のウキを溶かしてしまわない方も」

 気づかれていた。彼は屋根を見上げたままだ。

「いつも下ろしているので何となくわかります。これは、前に見たものと一緒だ、と」

「では内容もご存知なんですか」

「いえ」彼は息を吐くように短く笑う。すぐに真顔に戻って、更に静かに付け加えた。

「しかし本部から言われました。今回はちゃんと削除を確認していくように、と」

 彼が梯子に足をかけた時、

「待って」

 別の声に、ふたりで振り返った。

「楓さん」

 私の背後から走り出したのは楓さんだ。灰色の男は動じたふうもなく、突然の闖入者を見ている。

 しばし、沈黙があった。

「そうでしたか」灰色の男が、大きく息を吐く。

「内容が他に知れたことは確認していましたが、まさか相手がこの人だったとは」

 私は思わず大声を出す。

「楓さんと知り合いだったの?」

「いえ」

 灰色の人は静かに答えた。

「しかしその方がどんな方かはわかります。彼はすでに、この世には存在していません」

「嘘!」

 叫びながらも、急に心の中に別の声が響いた。


 楓さんはどうして、たまにしか来なくてすぐに帰ってしまうのか、不思議ではなかったの?

 私にとって、楓さんは何?

 楓さんにとって私は?


「恋人どうしだった」

 背後から、楓さんが答えた。

「君を置いて、先に死んだ。ひどい交通事故だったけど、君が助かったのが唯一の救いだった」


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