溶かせぬ想い
三ヶ月経った。定期的にメールが来て、あの灰色の人が来て、ウキオロシをやってくれた。
いつも作業の始めに
「半分残しますか? それとも全部?」
と尋ねられるたびに
「半分でお願いします」
というのは変わりなかったが、それにしてもいつもまた、新しくウキが積もっているのが気になって仕方なかった。
「わたし、ウキが積もり過ぎでしょうか」
三回目の時に少し心配になって聞いてみた、だが彼は
「若い女性の方ですし、そうですね、平均範囲内に収まっているかと」
それに、と屋根から見下ろして彼が続けた。
「少しずつ減ってきていますよ。だいじょうぶ」
見下ろす角度に、なぜか胸が高鳴った。
消す作業をしている時に、ふといくつか、あの灰色の人のことが出てきていたのに気づいた。
かたまりを転がした手のひらがぴくりと震えて、思わずそれを落とすかと構えてしまった。
かたまりは実在しない、だから落ちることはない。ただ、あるように見えているだけだ。
そこにはない……でも、どうしてこんなに動揺してしまうのだろうか。
―― 灰色の人、名前は何と言うのだろう。聞いてもいいのだろうか。
―― 好きになってしまった、かもしれない。
『とかす/はなす』のところで、指はずっと止まったままだった。
溶かすことのできなかった思いは、翌月もまたウキオロシで小箱に詰められ、手元に戻ってきた。
屋根に積もる量もだんだんと増えているのは、作業を見なくても分かっていた。
誰かに相談したかった。できれば、楓さんに。
でも駄目だ。相談するとなると、どうしてもウキの内容に触れなければならない。
重大な契約違反になる。
それに楓さんはだいじな……
だいじな、何?
彼は私にとって、どんな人なのか。まるっきり記憶から消えていた。
五回目のウキオロシの時、灰色の人はわずかに眉を寄せた。
「減っていませんね」
一緒に見上げている小さな家の屋根には、始めの頃よりももっとたくさん、ウキが降り積もっている。
「減って、いないですね」
彼がなんと言うのか怖くて、私はオウム返しにそう繰り返した。
「次回の連絡で契約終了となるのですが、ウキオロシも最後となります」
彼は相変わらず、淡々とことばを継いだ。
「それでも減っていなかったら?」
すがるような私の声に、彼はまともにこちらを見た。
優し気な目は、いつになく真剣だった。
「だいじょうぶ。最後のウキオロシで必ず終わります」
その言葉に思わず涙を落とす。涙は見えていなかったが、頬を暖かく伝わるのが分かった。
涙が頬を伝わると同時に、屋根の上にまた、見えないくらい細かいウキが降り積もっていくのが見えた。