#008 雨宮家家族会議(欠席一名)
母さんを加え、再び食卓を囲んだ俺たち四人は、雨宮家家族会議(欠席一名)を始める。俺と五十嵐、姉ちゃんと母さんがそれぞれ向かい合う形で座る。
「まず、貴女のお名前を伺ってもいいかしら?」
初めにそう口を開いたのは俺の母さんだった。
五十嵐はどこか緊張した口調で答える。
「わたしは五十嵐ひかりと申します」
「五十嵐さんね。私は慧と舞の母で、雨宮愛です。それで、もう一度確認したいんだけど、どのような用件ですか?」
母さんのその問いかけに、ゴホンと一旦咳払いをすると、五十嵐は母さんの目を見て、
「慧君の許嫁として、この家に居候させてもらいに来ました」
はっきりとそう宣った。
は……? 許嫁……?
俺はしばし言葉を発することを忘れた。食卓の上に空白の時間が流れる。
五十嵐は突然何を言い出すんだ……? 俺と五十嵐がそんな関係になったことは記憶にございません。むしろ全く違う。今朝は殺されかけたと殺しかけたの関係だったはずだし、それにさっきまでは恋人同士だと偽っていたよね? なんだろう、嘘のレベルが月までぶっ飛ぶレベルで跳躍している。
いくらなんでも、この発言は流石に嘘だと見破られてしまうだろう。だって、許嫁とは、双方の親公認の、幼い頃からの婚約関係にある男女のことを言うのであって、俺にはそんな人物がいなかったことは、親である母さんが一番分かっているのだから。
そう思って母さんを見るが、母さんはじっと五十嵐の方を見たままフリーズしている。
……いや、逆だ。五十嵐が母さんの目をじっと覗き込んでいるのだ。母さんはそこから視線を動かせないでいるように見える。
さらに、五十嵐の両目は金色に輝いている。確かコイツの瞳は茶色だったはずだが……。いったい何が起こっているのだろうか。下手に何か手を出すこともできず、俺はこの状況を傍観することしかできない。
それに、さっきから静かだと思ったら、姉ちゃんまでもがボーっと五十嵐の方を眺めていた。もしかして、姉ちゃんも五十嵐の悪い電波にかかっているのだろうか。気味が悪い。
そのまま数秒が経った時、突然母さんが嬉しそうに手を合わせた。
「ああ、貴女が慧の許嫁ね!」
「えっ⁉」
突然母さんが納得して、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
ナニナニ⁉ この数秒間で母さんにいったい何が起こったんだ⁉
俺の脳内が大混乱している間に、五十嵐はまるで何事もなかったかのように笑顔で言葉を続ける。
「そうなんですよ~」
「貴女が慧の許嫁だったのね。それだったら最初から言ってくれれば良いのに」
「すみません~」
……もしや、コイツ、母さんを洗脳したのか⁉
「そういえば、ひかりちゃんは許嫁だったわね~」
「姉ちゃんまで⁉」
隣を見ると、姉ちゃんもどこか恍惚とした表情で、サラッととんでもないことを言い放った。姉ちゃんの様子もおかしいと思ったが、五十嵐め、姉ちゃんまでも洗脳しやがったのか⁉
そんな洗脳を仕掛けた当の本人は、まるでこれが予定調和であると言わんばかりに、ニコニコと天使の笑顔を浮かべていた。
「それでは、ひかりちゃん。慧のことを、どうぞ宜しくお願い致します」
「こちらこそ宜しくお願いします」
「じゃあ、早速部屋を用意するからちょっと待っててくれるかしら……舞、手伝って」
「はーい」
「うぇいうぇいうぇいうぇい! ちょっと待って!」
俺は慌てて席を立ってストップをかける。
「おかしいって、なんでコイツが許嫁になるんだよ⁉」
「コイツって……慧! ひかりちゃんに失礼だよ‼」
姉ちゃんの剣幕に俺はビビった。これマジで怒っているパターンだ。
「そうよ。いくら他人だからと言って、同じ屋根の下で暮らす許嫁。そんな言い方、許されません」
「か、母さん……」
ダメだ。この場では俺の肩を持つ人は誰もいない。二人とも、五十嵐によって設定が書き換えられたことに気づいていないのだ。
今ここで俺が何か喚いたとしても、俺の方がますます変人扱いされるだけだ。
そもそも、許嫁でないことを証明できたとして、その後は? もしかしたら自暴自棄になった五十嵐が天使の力で家ごと爆破してくるかもしれない。突拍子もない予想だが、恐ろしいことに可能性はゼロではないのだ。
ならば、ここは大人しく『許嫁』という設定を受け入れ、対策は時間をかけて練っていくのがよいのではないのか……?
「……すまん、変なこと言った」
俺は、否定の言葉をぐっと飲み込み、代わりにそう吐き出した。
こういうわけで、五十嵐は母さんと姉ちゃんを洗脳して、この家に同居するというとんでもない暴挙に出て、無事(?)、この家の同居人となったのだった。
……解せぬ。
次回、2022/04/30 21:00頃投稿予定!