#005 妄想炸裂シスター
俺たちはリビングに移動して、ソファーに向かい合って座る。
俺と姉ちゃんが並んで座って、その向かいにセラフィリ、という構図だ。
「ねえねえ慧」
「何だよ姉ちゃん」
姉ちゃんが小さい声で話しかけてくる。
「ウチの学校にあんな可愛いのいたっけ?」
「……しらんよ」
「もしかしてあの子は慧の彼女? キャー!」
「やかましいわ!」
俺は丸めた新聞で姉ちゃんの頭を叩いて静かにさせる。
また姉ちゃんの妄想が炸裂してるよ……。
「で、それでその娘は誰?」
「いきなり真面目!」
この十秒で態度が豹変する我が姉である。
いや、姉ちゃんはセラフィリを知らないから、この反応は当然である。それにしても、どうやって説明すればいいものか……。今朝ランニングしているときに俺を殺しに来た天使です、って言って通じるか? いや、普通の人ならなんの冗談か、と笑い飛ばすだけで、信じてくれないだろう。しかし、これが真実なのである。
俺が言葉に詰まり悩んでいると、セラフィリが口を開く。
「ええと、始めまして。雨宮慧君のお姉さん。わたしは、えーっと、五十嵐ひかりと申します」
「あ、ご丁寧にどうも。私は慧の姉で雨宮舞と申します」
おい! お前の名前はセラフィリだろうが! 誰だよ五十嵐ひかりって! 『り』しか合ってねーじゃんか!
思わずそうツッコもうとしたその時、突如頭の中にセラフィリの声が聞こえた。
『今指摘するのはやめて下さい。わたしが天使であることを明かすのは必要最低限にしたいのです』
うおっ⁉ なんだなんだ? 突然セラフィリの声が聞こえてきたぞ⁉
しかし、当の本人はニコニコしてるだけで、さっきの自己紹介から口を一切動かしていない。腹話術か、と思って姉ちゃんの方を見るが、その様子から察するに姉ちゃんにはさっきの声が聞こえていないようだ。
まさか、コイツ直接脳内に……⁉
これは超能力というやつだろうか? 流石は天使である。
それにしても、『天使だと明かすのは最小限にしたい』、ねぇ……ま、そう言うのなら、そうしておこう。バラしても姉ちゃんに信じてもらえないだろうが、セラフィリがどんな行動に出るか予想ができないからな。
その間も会話は進む。
「それで、五十嵐さんはウチに何のご用件で?」
「ひかりでいいです。ええっと、用件っていうのはお訪ねした理由ということでいいですよね?」
俺の抹殺以外に何の理由があるんだよ。
姉ちゃん騙されるなよ! 今は何故か畏まっているけど、本当は今朝俺を殺そうとした殺人未遂犯だぞ!
「もちろん」
「えっと、それなんですけれど……」
ここでセラフィリは急に言葉に詰まると、顔を赤くしてもじもじし始めた。
トイレにでも行きたいのか?
すると、セラフィリはすっくとソファーから立ち上がり、俺たち二人の目の前に来た。いったい何をしようとしているのか、俺は思わず身構える。
セラフィリは床に膝をつき両足をそろえて正座をすると、両手を膝の前方の床につき、上体を倒した。
そして衝撃の一言。
「お願いです! この家に置いていただけないでしょうか⁉」
セラフィリは俺たちに向かって綺麗にDОGEZAをした。そう、我が国日本の伝統的な座礼であり、相手に対し請願の意を表するあの土下座である。
俺たち二人があっけにとられていると、彼女のお腹がぐぅ~と音を鳴らした。
たちまちセラフィリは顔を真っ赤にして、
「すみません、ご飯もできればいただけませんか?」
と蚊の鳴くような声で付け加えたのだった。
次回、2022/04/30 08:00頃投稿予定!