#129 The other patient③
「それではお嬢様、私はこれにて失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」
そう言ってお客様――桜を部屋に招き入れてすぐ、老執事は菫が何かを言う隙を与えずに部屋の外へ引っ込んでしまった。
菫は小さなため息をついた後、改めて桜の方を向く。
「それで……この格好はやりすぎでは?」
「こういうのはしてもしすぎることはないんですよ~」
桜はマスクをもごもごさせながら答える。
それはさておき、果たして花粉対策用の眼鏡に効果はあるのだろうか……。確かに効果がありそうな気がしなくもない。
そんなことを考えていると、桜が様子を尋ねてくる。
「具合はどうですか~? もうよくなりましたか?」
「……吸引薬により、だいぶ改善された」
「そうですか~、それはよかったです~。それなら、明日から学校に来れそうですね~」
菫はその言葉に頷く。そして、ふとあることが頭をよぎり、恐る恐る彼女は桜に尋ねた。
「その……我が病により、他者が欠席を余儀なくされてしまったことは……」
「ええっと~それはないと思いますよ~……」
「……ホントか? 我としてはレーゲンパラストが心配だが」
「…………」
桜は黙り込んだ。なんと答えようか、一瞬逡巡する。その間を菫は見逃さなかった。
「まさか、インフルエンザに罹ったのか?」
「……まあ、そうです」
「どうしよう……」
これは絶対自分のせいだ、と菫は思う。やはり、慧からマスクを受け取る前に、自分がインフルエンザウイルスをばらまいたせいでうつしてしまったのだと。
そんな菫の心中を桜は察するも、教員という立場上、慧のことも配慮して慎重に返さなければいけない。
数秒間考えた後、桜は当たり障りのない言葉を選ぶ。
「大丈夫ですよ。雨宮君は強い子ですから。きっとすぐに学校に戻ってきます」
「でも……」
「今は、インフルエンザを完全に治すことに専念しましょう。雨宮君が戻って来た時に、水無瀬さんが居なかったらきっと心配しちゃいますよ」
「……確かに」
菫はその言葉に納得するものを感じたのか、コクリと頷く。
だが、数秒後、その言葉をもう一度頭の中で反芻すると、急に菫は顔を赤くして、
「……ってこれじゃまるで我が奴のことが好きみたいになっているではないか!」
「え? そうじゃないんですか~?」
「違う! 我は絶対そんなことは無い!」
あれ~? と桜は自分の見立てが間違っているのかな、と首を傾げる。
だが、菫の猛烈に否定する姿を見て、桜は改めて確信する。ただし、今度はそれを口に出さずに心の中にしまったままにしておいた。
それから桜は腕時計を見ると、未だに顔を赤くしている菫へ。
「ごめんなさい、もうそろそろ帰らなくてはならないのです……」
「あ、うん。……我が見舞い、感謝する」
「それでは、お大事にして下さいね~」
桜はあくまでマイペースに菫の心をかき乱して、去っていった。
菫はそんな彼女の背中を見送りつつ、再びため息をついてベッドの中に引っ込むのだった。
次回、2022/06/30 07:00頃投稿予定!