#128 The other patient②
「お嬢様、お嬢様」
「……ん……?」
微睡の中、聞き慣れた低い男性の声が聞こえ、水無瀬菫はゆっくり目を開ける。
薄明りの中、彼女は焦点を合わせて部屋の天井を認識した。
「……今、何時……?」
「本日は一月十四日日曜日、只今の時刻は午前九時三十四分二十五秒でございます」
「……いつの間にか」
確か、最後に時間を確認した時には、一月十日水曜日の午後十時だった。つまり、もう四日間もずっと自分はベッドの中にいる、と菫はまだボヤっとする頭で考える。
ベッドで横になっているとはいえども、お粥を食べたり、部屋に備え付けられているトイレに行ったりすることは何度もした。だが、それ以外はずっとベッドの中にいたので、なんとなくの時間帯は把握できても、正確な時刻は把握していなかったのだ。
菫が首を右に倒すと、そこには見慣れた老執事の姿。インフルエンザ対策のため、マスクをしている。
菫が視線を向けると、老執事が言葉を続ける。
「お嬢様にお客様です」
予想外の言葉に、菫は一瞬言葉に詰まる。が、すぐに眉根を寄せて。
「大丈夫? マスクとかしていないとうつっちゃうかもしれないけど……」
「はい、ご心配いりません。お客様は万全の対策をしておられます故、この部屋にお入れしても感染する恐れはないものかと」
「この部屋に入れるの?」
「はい、お客様はそのように希望しております」
「ふうん……」
伝言を介さずに、インフルエンザ患者とわざわざ同じ部屋に入りたいなんて、よほど重要な話なのだろう。菫はそう考えて、どんな客が来てもいいように心の準備をする。
「分かった。入れて」
「畏まりました」
老執事は菫の許可が出ると、一旦部屋の外に消える。『お客様』を呼んでいるのだ。
数分間、ベッドから身を起こして待っていると、コンコンとドアが叩かれる。
「お嬢様、お客様をお連れしました」
「どうぞ」
ガチャリとドアノブが鳴り、音を立てずに静かに開いたドアの向こうには、老執事。
ん? お客様って言うのは誰? と一瞬菫は疑問に思う。
老執事にそのことを聞こうとした瞬間、彼の後ろから突然ひょっこりと小柄な女性が姿を現した。そう、老執事の体で背後にすっかり隠されていたのだ。あるいは、意図的に隠れていたのかもしれない。
「水無瀬さん~お久しぶり~」
姿を現すと同時に聞こえた予想もしなかったその声に、菫は咄嗟に中二病モードを発動させる、
「むむっ、貴様は……ってその恰好ナニ……」
が、すぐに素に戻る。
菫に問いかけられた本人――一年C組担任の堀河桜は、頭上に?マークを浮かべると、すぐに『その恰好』が何を指しているのかを悟って、ニコニコ笑いながら説明する。
「ああ~これはインフル対策ですよ~」
「……それはちょっと」
ゴム手袋とマスクと花粉症メガネをして防護服をしているのは流石に少し過剰なのでは、と菫は思わざるをえなかった。
次回、2022/06/29 19:00頃投稿予定!