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見習いピーター①

「 霧の戦士と便宜上呼んでいるが……なにせ、ヤツは名前も正体も皆目不明なのでな。ここ二月ほど前から、霧とともに夜に南門に現れる、フルプレートの怪人だ。なにかを叫びながら、街中に歩いていこうとする。止めようとすると襲い掛かってくるんだ。そして…… 」


隊長は言葉を切り、苦笑し顎をしゃくるように、部屋の隅を示した。そこには積み重ねられた鉄板張りの盾が折り重なっていた。子供が上に乗って遊べそうなほど幅広である。この町の警備隊はこの盾を防具としてまた武器として使用するのだ。斧でさえ受け止める頑丈極まりないその盾は、警備隊の誇りであり強さの象徴だった。


だが、今その盾たちは見るも無惨に半壊していた。鉄の覆いは突き破られ、樫の木の木組みが露出して、あるいはそれさえ壊れている。隊員達の何人かはつらそうに視線をおとした。また唇を噛み締め残骸を睨むものもいた。これらの盾はそれぞれ各自の持ち物であり、隊の一員として正式に認められたときに与えられるものだ。へしゃげ、歪んだ盾の幾つかはそんな彼らの相棒だった。


「 止めようした結果がこれだ。三人いれば軍馬の突進でも受け止められるぐらいの力量はある奴らなんだが。恥ずかしながら、一瞬で距離を詰められ、このざまだ。人間が木の葉のように舞うという表現がぴったりだったよ。その怪人が腕を一振りしただけで、十人ほどがひとまとめで吹っ飛ばされた。とんでもない強さだ。そもそもフルプレートのまま、あんな身軽に動き回っている時点で、俺たちの手に負える相手ではないとわかりきっているんだが……」


隊長は苦虫を噛み潰した顔をしていた。フルプレートの鎧をまとって全力で動けるのは10分もないと、傭兵経験豊富な隊長は知り尽くしていた。重量をなるべく均等に割ってはいても、最終的には脚ですべてを支えることになる。騎乗ならともかく、徒歩で平気で動き回れるのは異常だ。まず脚が動かなくなる。さらに全身鎧の中は熱中症必至の蒸し風呂状態だ。実際普段鎧を着慣れない貴族が、開戦直前で、体調不良で昏睡におちいって家来達がパニックになることは戦場ではままあることだ。


それを動きが鈍るどころか飛燕のように動いて、風をつんざく一撃を叩きつけてくるのだ。この戦士なら軍馬どころか戦象さえ素手で気絶させられるだろう。騎兵もロングボウもなしで止められる相手ではない。しかし、それでも隊長は忸怩たる思いであった。


「 面目ない…… 」


男として言い訳はできない。だが部下たちはベストを尽くしたのだ。隊員達も悔しそうに黙り込んでいた。


「 ……あなたがたは幸運でした。その霧の戦士は、完全武装の一師団でさえ、押しのけて進める存在です 」


だから、隊長の気持ちを汲んで、アンジェラがそう評したとき、隊長は救われた気がした。現実主義者の彼だが、隊に対する自負も愛情もある。


「 ……よく、がんばりましたね…… 」


それは偽らざる本音だった。この街の警備隊では武装にろくにお金がかけられまい。考慮すれば大善戦だ。隊員達がアンジェラの言葉にざわめくが、その目には光るものがあった。隊長はアンジェラに感謝した。


「 それほどの相手と、アンジェラ嬢は判断するのか 」


「 断言してもいいですよ。あの頑丈な盾は見たところ魔獣の爪にも耐えうると思います。それを徒手空拳で容易く引き裂くのですから、人智を超えた存在です。殴られた場合、王国騎兵団でも自分の鎧に「中身」を傷つけられることになるでしょう。たぶん二度と自力では鎧を脱げなくなります 」


アンジェラの説明は短かったが、傭兵経験のある隊長はぞっとした。隊長と長らく行動を共にしている古参の隊員達も青ざめていた。彼らは投石や軍馬に潰された「そういった状態」の悲惨な被害者たちを見たことがあったのだ。


強力な外部圧力で鎧がひしゃげた場合、それは中の人間を傷つける刃と化す。ブリキ缶の中に豆腐を入れ、力いっぱい缶を握りつぶすようなものだ。そして、柔らかいブリキと違い、鎧は元に容易には戻らない。可動部分も破損し、脱がすこともできない鉄の棺おけの中で、被害者は己の血にまみれながら内臓と骨にめりこんだ鉄の激痛に身もだえするのだ。


そして、今のアンジェラの発言で、隊長と古参組は、彼女が只者でないという印象をさらに強くした。彼女の言葉には実体験の重みがあった。儚げにみえるが、相当な修羅場をくぐっているのかもしれない、そう思った。ただ、それは回復法術者としてなのだろうと予想してなのだった。まさかアンジェラが、霧の戦士と同じ「殴るほう」だとは思ってもみなかった。


「 皆様方が誰一人として死ななかったのは、日ごろの鍛錬のたまものでありましょう。相手が悪すぎです。盾の破損だけで済んだことをむしろ誇るべきです 」


アンジェラはとっくに盾には気付いていたのだ。この武道馬鹿が掃除中にこんな目立つものに、目を留めないはずがなかった。そして、まだ見ぬ霧の戦士の技量を想像し、ひそかに喜びを噛み締めていたのだった。


アンジェラの賞賛に、隊員達は、生気を取り戻し、笑顔で声高に叫びあいながら、互いをどつき合いはじめた。


「 そう言ってくれると救われる。やはり、力尽くでなんとかなる相手ではないか。しかし、口で話をつけようにも、言葉も通じなくて困り果てている……。もう使われなくなった昔の言語のようでな。おい、あれを 」


隊長に言われ、隊員の一人が板に貼り付けた紙を持ってくる。まだ少年だった。顔が赤く足取りがぎこちないのは、アンジェラを意識しすぎているからだ。隊長をちらちらと見ている。察した隊長がアンジェラの前の机に絵を置くよう促すと、少年はそれだけで嬉しそうに胸を張った。


「 こいつはピーターという。絵心があってな。霧の戦士の絵をおこしてもらった 」


尖らせた木炭で線をひいただけのものだが、生き生きと描かれた絵だ。細かい技量がなく荒々しい線だけに、逆に絵から息遣いが感じられる。描かれていたのは、ずいぶんと時代遅れの厚めの金属板を思わすフルプレートだった。戦士の重厚さが伝わってきた。


「 線に迷いがない。精進していますね。特徴が一目でわかる。助かります 」


アンジェラが褒めると、絵を前に置いた隊員はそばかすを赤く染めて照れた。手があちこち泳いでいる。同僚達の羨ましげな視線を一身に集め誇らしげだ。


「 …お役に立ててうれしいっす 」


「 こいつはおかみの酒場の一件から、アンジェラ嬢のファンらしくてな。この中で一番アンジェラ嬢に会いたがっていた人間だ 」


隊長の言葉にあちこちで不服の声があがる。自分達だって気持ちは負けていないと思ってるのがみえみえだ。自分がそうであるだけに、みなの気持ちが手にとるようにわかり、対抗意識を燃やすのだった。アンジェラにある種の恐ろしさを感じ、敬意に似たものを抱きだした古参連中と違い、互いが自分の思いの強さこそが一番であると彼女にアピールしたくてしかたないのだ。


「 ファンだなんておこがましいっす。ただ自分は…あのとき、現場にいたのに、あいつの斧にびびって動けなかったっす。 なのにアンジェラ聖女候補生様が恐れることなく、その場をおさめたのを見て…なんて、すごいんだって、感激したっす。そして、ずっと謝りたいと思ってたです 」


「 謝る…? 」


「 はい…街を守るのは自分の仕事っす。それなのに…自分が恥ずかしいっす。あのときは、すみませんでした!! 」


アンジェラについてあれだけ熱く語っていた見習いの少年。てっきりアンジェラに安っぽく惚れ込んだだけかと、そう隊長は思っていた。

だが、彼がアンジェラにいい格好をせず、己の失態を謝罪した。

あの激情にはアンジェラへの憧れだけでなく、己の至らなさへの後悔もあったのだと隊長は知り、ほほえましい気持ちになった。

お読みいただきありがとうございました!!

しつこいようですが、これは今の自分が書いたものではなく、4年前の自分が書いたものです。

嗤うならヤツを嗤ってください。

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