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アンジェラ、警備隊の面々を虜にする

ーそれは、はるか過去にこの街で起きた出来事ー


迫りくる大軍の進軍のどよめきが、遠雷のように大地を揺らしていた。ぴたりと閉じられた分厚い鉄扉を背に、戦士はしばし瞑目していた。戦士は全身を異形の鎧で包んでいた。彼はその姿で拳をもって戦う。


彼の後ろには、ぐるりと街を取り囲む街壁が続いていた。彼一人だけが門の外にあった。味方の軍はすべて壁のなかで身をひそめている。


街の住人たちの仕打ちを不当と憤る感覚は麻痺していた。それほど彼は酷い待遇になれきっていた。その目に表立った苦痛や悲哀が浮かぶことは殆どない。だが、それでも彼は人間であった。責務を放棄しないことで人としてあり続けようとした。だが、彼が内心苦悶しているなど、街の人間は想像もしていなかった。彼にそそがれるのは、人間ではなく、力の強い魔獣を見る目つきだった。


それでも彼は、いつかは報われるときが来ると信じていた。その願いは実にささやかなものであった。


……誰か 俺を認めてくれ。

いや、認めてくれなくてもいい。 

ただ、せめて俺という人間がいたということを、ほんのわずかにでも覚えていて欲しい。


俺は化け物じゃない。人間だ。人間なんだ。

だから、この街を守りきれたら。

俺が死んでいたとしても。

せめて、せめて、一本の花を手向けてくれ。


彼は祈るような気持ちで、冷たい石壁に背中を預け、曇天をにらみつけた。


いや、ひとりだけ必ず彼の気持ちをくんでくれる人はいるのだ。

だが、今、その人は遠い聖都にいる。


一日たりとも忘れたことはない。彼の素顔を見ても怪物扱いしなかったはじめての人。彼の異形な外見に隠された、含羞を帯びた純粋さと才能を愛でてくれた女性だった。彼女に出会い、彼はうれし涙という泣きかたもあることを知った。


美しく生命の輝きに満ちた女性だった。だが、彼女を肉欲の対象と見るには、彼は純真すぎた。わずかにでもその衝動を感じただけで、己の罪深さに恐れおののいた。

彼は憧憬を通り越し、その女性に崇拝に近い感情を抱いていた。


だから、侵攻軍の足音が地鳴りのように近づいてくる中、危機に瀕した人が神に祈るように、彼はその女性の顔を思い浮かべた。不思議と心が落ち着いた。


いったいどれだけの人数が来るのかと、止まらなかった膝の震え、それが消えた。

彼は心のうちで彼女に感謝し、そして腹をくくった。


もとより生きて帰れるとは思っていない。 

ならば、あの人の耳にも届くよう、最後まで雄雄しくあろう。

そうすれば、あの人はきっと、いつか又ここに来てくれるだろう。

そして、俺のために泣いてくれるはずだ。


「 ……聖女ホワイト様、あなたに受けた恩も返せず散ることをお許しください。あなたに出会えて、俺は幸せでした。あなたは俺に人間であることを思い出させてくれました。だから、どうか俺に最後の勇気を与えてください。俺があなたに胸をはれる死にざまを見せられるように 」


彼は構えを取った。脚を踏み込み、大地の感触を何度もたしかめた。そして、あとは敵を静かに待ち続けた。


戦士が慕い敬愛するのは、八代目の聖女ホワイトだ。

アンジェラの師匠の聖女ホワイトは十六代目にあたる。


「 わずかにでも教えを受けた者として、せめて今このときだけは、あなたの弟子であったと、俺が心の中で誇りながら、戦いに赴くことをお許しください 」


誰にも聞こえない声で、祈りを捧げる巡礼者のように、彼はそっと呟いた。敵は間近に迫っていた。隊にとぶ命令が聞き分けられるほどの距離だった。津波のような人の群れが、彼一人めがけ、集束し、殺到する様は背筋の凍る迫力だった。彼はかっと目を見開いた。


そして、絶望的な戦いが幕を開けた。怒号と金属のぶつかり合う音。足音。鈍くなにかがひしゃげる響き。断末魔の呻き。それらがごちゃまぜになった戦場の音は、いつまでも絶えることなく、遠方の里まで鳴動させた。そして、長い喧騒ののち、静寂と一拍おいて、ときの声のどよめきが爆発した。


戦いの夜が明けたとき、そこにあったのは、たった一人で街の門を守り抜き、仁王立ちしたまま息絶えたフルプレートの勇士の姿だった。


そして足の踏み場もないくらい散乱した敵兵たち。蟻の群れを無造作に踏み潰しまくったかのような惨状だった。だが、一方的な虐殺ではなく、それを行った本人も等しく傷を負わされていた。


よほどの憎しみをかったのか、戦士の体中に槍や矢が隙間なく突き刺さっていた そう()()()()()()()()


彼が背にした街は炎に包まれていた。

彼が命懸けで守ろうとした門は、内側から開け放たれていた。彼を抜くことはついに誰にもかなわなかった。だが、内通者がすでに街の中に潜んでいたのだ。戦う前から決着はついていた。最初から無駄な勝負だった。茶番劇だった。そして敵軍は裏切り者どもごと最初から街を焼き尽くす気だった。敵の本当の狙いは、この街の入手ではなく、この国の攻略最大の障害になる戦士の抹殺だったからだ。


戦士の願いはかなわなかった。


焔の照り返しに赤く染まる鎧は、まるで血を流して悔しがっているように見えたという。


わきだした霧が、戦士の亡骸と背徳の街を覆っていく。


今から数百年ほど前のことである。


……………………………


ーそして、舞台は再び現代へー


……………………


その日は警備隊の面々にとって忘れられない日となった。

詰め所に交代にやってきた隊員たちを、当番任務を終えるはずの連中が拒絶しようとしたところから、その騒ぎははじまった。


普段なら、待ちかねたと言わんばかりに、小躍りして酒をかっくらいに矢のように飛び出す、そんな連中のあやしすぎる態度。


不審に思った交代要員の隊員たちが、むりやり戸口に肩をねじこみ目撃したもの、それは驚くほど綺麗に掃除された室内と


「 お勤めご苦労様です。アンジェラ・ホワイトと申します。しばらく皆様とご一緒に行動させていただきます。よろしくお願いします 」


きらきらと輝きを振りまきながら、掃除に励んでいる、見たこともないような美少女だった。彼女が触れたものが片っ端から綺麗になっていくような、人間離れした美しさだった。アンジェラのまわりの空間が発光しているように錯覚し、彼らは目をこすった。法衣姿の美少女と、男所帯の屯所の組み合わせが異常すぎ、なにが起きているのか正しく認識できず固まっていた。


そして床磨きを中断し、立ち上がり礼儀正しく、且つにこやかに挨拶してきた少女の笑顔で、これがまぎれもない現実と悟った。あんぐりと口を開いたままの彼らは、同僚たちが頑として交代を拒絶しようとしたわけを理解した。そして怒りに身を震わせだすのだった。


「 おまえたち…用がないなら家にとっとと帰れ。狭くてかなわん 」


隊長がぼやく。突然勤労奉仕の精神の塊となった隊員達によって、詰め所はまさに足の踏み場のないすし詰め状態になってしまった。


その間をするすると器用に縫ってアンジェラが白湯を配ってまわる。掃除をあっという間に手際よく終らせ、そのあとも休むことがない。おせっかいになりすぎないくらいに分をわきまえ、常になにかやることを見つけて動き回っている。


その場のほぼ全員が、理想のお嫁さんをもらった新婚気分を味わい、相好を崩していた。

そいつが♂だとも知らずに……。


呆れた隊長が咎めても、


「 そうだ。隊長の言うとおり帰れ。俺の仕事の邪魔だ 」

「 おまえ。もう当番終ったろ。俺が今の当番だ 」

「 そういえばこいつ、当番なんかいつでも喜んでくれてやるって言ってたぞ 」

「 なに ほんとか! よし、俺がもらう! 」

「 いや 俺だ! 気にするな。俺は屯所詰めでやらねばならぬ仕事がある。なんなら明日もあさっても詰めてやろう 」

「 黙れ! 勤務中飲酒の常習犯が!! 」


かえって牽制しあい、火に油を注ぐ結果となった。全員が全員自分の正当性を声高に主張し、誰一人帰ろうとしない。街を守る誇り高き番犬たちの姿ではない。まなじりをけっし、必死に喰らいつこうとする野犬の群れだった。


それが、アンジェラから白湯を受け取る時だけ、だらしなく崩れた笑顔を浮かべるのだ。

少女漫画なら、男っていやね、と他の女性キャラから侮蔑されるところだ。


……アンジェラは本当は美少女どころか、ついこのあいだまで、スラム街に君臨し、ぶち壊した鎧と武具の山のてっぺんで、ギシシッと嗤ってた鬼の野生児だったのだが……。知らないということは幸せなことなのだった。

 

それでも、混雑のどさくさに紛れて、アンジェラを触りにいく不埒な真似をするものが皆無なのはさすがだった。粗雑だが根は気のいい連中なのだ。

もっともなるべくアンジェラに近寄ろうと席替えをはかる隊員達もいるのだが、その度に隊長に鬼の形相で睨まれ、すごすご退散するのだった。


そして、当のアンジェラはというと


「 みなさん この街の人達を守ることを本当に誇りにお思いなのですね。勤務時間を終えて、自分の自由時間を削ってまで…そこまでして弱きものを守りたいとは、まさに(武の)神の教えにかなう行動です 」


あいかわらず誤解を招く感心の仕方をし、目を輝かせて隊員達を見つめた。

本気でそう信じ込んでいるから性質が悪い。

そのまなざしに、隊員達は眩しげに目をそらした。


脳筋のアンジェラとしては、 


〝 自分よりも弱者の保護を優先する、これぞまさに武の教え! 〟 


と相変らずのあさっての解釈をしているだけなのだが。


その曇りなき純粋な瞳に、アンジェラ降臨でむやみやたらにテンションの上がっていた隊員達は、ばつが悪そうに黙り込んだ。


酒を愛しすぎるきらいはあるが、もともと誠実な連中だ。


全幅の信頼を理想の美少女に寄せられて、しかもプライドを呼び覚まされて、いつまでも恰好悪いところを見せているわけにはいかなかった。彼らの顔が引き締まる。


「 やっと落ち着いたか。では全員静聴! アンジェラ嬢、あらためて正式な自己紹介をお願いする 」


怒鳴り飛ばさなくても自ら威儀を正した隊員たちに、隊長は満足してうなずいた。アンジェラにだらしない隊員達だとは思ってほしくなかったのだ。


「 聖女候補生、アンジェラ・ホワイトです。警備隊の皆様の熱い志に、心震わすことをお許しください。皆様と同じ道の端を歩むものとして、是非お力添えの許可を 」


聖女候補生、と広がったどよめきが、ホワイトの名でさらに大きくなる。街々を渡り歩く隊商の警護任務も請負う警備隊は情報通だ。聖教会の事情にもある程度通じている。


「 つまりアンジェラ嬢は、聖教会の頂点の聖女ホワイト様直轄のファミリーの聖女候補生だ。今回、完全に私的な好意で我々に手を貸してくれる 」


自分たちが誰にお茶くみさせてしまっていたか知り、蒼白になる警備隊の面々だったが、アンジェラはつとめて明るい笑顔で、 

 

「 今回の件は、私の個人的な出しゃばりでして、つまり、私と皆様だけの秘密というわけです。どうか聖教会にはご内密に 」


と茶目っ気たっぷりに、軽く片目をつぶってみせるのだった。


隊長を除く全員がその可愛らしい仕草に心を鷲掴みにされ、蕩けた顔をさらし、アンジェラの一挙手一投足から目が離せなくなっていた。アンジェラが右に動けば右に、左に動けば左に顔をふる。七面鳥のような一斉行動に、隊長は頭が痛くなった。


アンジェラ本人としては、


〝 もし霧の戦士が〈拳鬼十三羅漢〉でなかったらどうしよう……。霧の戦士の武術が見たいから首を突っこんだと鬼の師匠にばれたら殺される。同じ武の道を歩むもの同士、そこのとこ、わかってくれるよね。今回の件、絶対内緒!! 〟


と、どうしようもないことを考えての、必死の目配せのつもりだったのだが。


わずかにでも武に関わりのある人間は、皆アンジェラにとっては仲間なのである。


あほの元鬼の仔は、常に周りの思惑に気付きもせず、にこにこしながら、無自覚に恋の病の感染を拡大し続けるのだった。

お読みいただきありがとうございます!!


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