アンジェラ、無自覚に聖女っぷりをばらまく(本人は鬼の武闘家のつもり)②
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おかみから、聖女候補生アンジェラの活躍の顛末を聞き終わり、隊長は疑惑を口にした。
「 …回復法術をただで大盤振る舞いか。ピーターには聞いていたが、やはり信じらんな。おかみ、聖教会が回復法術を施すにあたって、どれだけの寄付を要求するのか知らんわけでもあるまい」
「 知ってるさ。おぼこじゃないんだからさ。こんなぼろ酒場売っぱらてできる金くらいじゃ門前払いだろうさ。でも、アンジェラ聖女候補生様はちょっとちがうよ。あたしがエリカを、エリカをあたしがかばったことを褒めてくれてね。そんな人達から金なんか取れないってはっきり言ってくれたんだってさ。エリカなんか泣いてたよ。あたしも後から話聞いて嬉しくてさ… 」
「 うちの若いもんがのぼせるわけか… 」
これはどうも聞けば聞くほどたいした女性だったらしいと思わせる。
美人に贔屓目になりそうな若い衆でなく、人生経験豊富なおかみが、こうも同性の人柄に太鼓判を押しているのだ。
それだけに惜しかったと思う。
そんな人物なら、警備隊が今抱えている問題にも、いい知恵を貸してくれたのではないだろうか。
昨夜は、その問題に手いっぱいだったゆえに、この酒場に来れなかったのだ。
「そうか。そんな人なら、霧の戦士の件で、相談に乗ってくれたかもしれんなあ 」
それは警備隊が手に負えず、解決が暗礁に乗り上げている事件だった。
「 気さくな方だからきっと力をかしてくれるだろうよ 」
おかみが笑って戸外に目をやった。つられて隊長も首を伸ばし、その視線を追った。
さきほどの少女がたてかけた扉を少し離れて見ながら、うんうんと頷いている。会心の笑みが浮かんでいる。納得の出来だったらしい。
笑うと目を見張るほど可愛さが増す。美形ゆえの少し近寄りがたい印象が崩れ、あたりがあかるく色づくようだった。
「 なにせ、回復法術をただでかけてくれたうえ、壊した扉を修理したいって、翌朝やってくるような、今どき珍しい律儀な女の子だからね。あれは神様があの子を守ってしたことで、あの子にはなんの責任もないのにさ。もっともそういう方だからこそ、あれだけ神様に愛されてるんだろうさ 」
「 …じゃあ あの子が… 」
隊長は眩しそうに目をしばたいた。見習いピーターの貧困な語彙では、彼女の実像の十分の一も伝えられていなかったのだ。なにが「高値の花」だ!! あの馬鹿。
この美貌で、回復法術もちで、聖女候補生!? あいつ、惚れこんでる相手がどれだけとんでもない代物か、まったく理解できてない……! 下っ端騎士が王女に懸想するようなもんだぞ……!!
「 それが傑作でさ。さっき大工ギルドのトム爺さんが、ふらっと様子を見に来てくれてね。あの子の仕事ぶりをむすっとして見てたんだけどね。ぼそっと、「おい あれ どこの親方の娘だ。あんな優秀なの知らんぞ。流れの職人なら俺のとこに来るよう伝えておいてくれ。あいつなら、来週にはモノになってる」って言うんだよ。信じられるかい 」
「 あの偏屈親方がか 」
トムは大工ギルドの顔役で頑固な職人気質で有名だ。下手な職人は彼の名前を聞くだけで震えあがる。腕はぴか一なので、「大工なら言葉でなく仕事で語れ」の一言で、口ごたえさえ出来なくなるのだ。
「 笑えるだろ。聖女候補生さまと教えてやったら、目をむいて驚いてたよ 」
ぶっとびすぎて笑えなかった。優秀なんて枠組みから完全に逸脱している。一を聞いて十を知る人間というやつだ。絶句し思わず目をやると、アンジェラ聖女候補生と視線があった。隊長に目を向けられたことを察知したらしかった。にっこり笑いかけられ、どぎまぎする。とびぬけて勘の鋭い子だ。
その臆さない瞳に気後れし、隊長は目をそらしてしまった。
こちらの隠している苦しみも、哀しみも、すべて見通すような不思議な瞳だった。
……まさかアンジェラが、師匠の聖女に、「カタギのもんに迷惑かけたら破門ですよ」、と脅されていて、あわてて自分で酒場を修理し、証拠隠滅をはかろうとしていた姑息なヤツなどは、隊長は思いもしなかった。さらに無関係をよそおい、そのまま知らんぷりして修理を続行しようとしていたので、隊長に声をかけられ動揺していたなどとは。
そして、アンジェラがじっと隊長を見ていたのは、立ち振るまいで剣に長じていると気付いたので 興味津々でその力量を観察していただけなのだった……。
ただの脳筋なのに、アンジェラはその可憐な容姿ゆえに、今日も周囲に誤解され、聖女候補生としての名声を高めていくのだった……。鬼の武人と呼ばれたい本人の意向と真逆をいっているのは言うまでもない。少々気の毒だが、因果応報をその身で体現しているアンジェラなのだった。
お読みいただきありがとうございます!!
いろいろお見苦しいところはございますが、お見逃しを!!