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アンジェラ、無自覚に聖女っぷりをばらまく(本人は鬼の武闘家のつもり)①

「 …というわけなんですよ!! 俺、一発でアンジェラ聖女候補生さまのファンになっちまいました。…綺麗で美人で!! 凛々しくて!! なんというか…あの手で癒されたいっす。アンジェラさまなら、神様に愛され守られているのも納得っすよ。えこひいきも許せ……あの隊長、聞いてます? これからいいところっすよ。ああ、今でもあの可憐さ、まざまざと思い描けるっすよ……。あの人に出逢うだけで、きっと森の小鳥も嬉しそうに合唱するっす……」


興奮もあらわに、アンジェラがおかみ達を助けたときの酒場の様子を捲くし立てた後、思い出しモードに入り、


「アンジェラさまのためなら死ねるっす」


とぼーっと頬を染めてつぶやくのは、警備隊の見習いの少年ピーター。たまたま酒場に居合わせた彼は、アンジェラの(にせ)聖女っぷりに一目惚れした。……彼が絶賛するアンジェラがじつは男と知れば、たぶん自殺するだろう。


ここはこの街の護衛の要、警備隊の詰め所である。


なお、とうのアンジェラが、女でないどころか、じつは神に逢うては神を斬り、仏に逢うては仏を斬るという、危険きわまりない思想の持主であるなど、彼には知る由もなかった。


少年のボスである警備隊長は、その熱弁を若干しらけた表情で、右から左に聞き流していた。綺麗も美人も同じだろと突っ込む気も起きない。 


それも当然だ。夜通しかけて懸案事項解決のために奔走し、くたくたになって、ようやく帰ってきたら、馴染みのおかみの酒場がトラブルに巻き込まれたと知らされ驚き、そのうえ現場に居合わせたという警備隊の見習いの少年から事情を聴収すれば、状況説明もろくすっぽせず、美少女への賛辞を、熱に浮かされたように延々と語り続けたのだから。

 

おまえ、ふざけんなよ。と血気盛んな先輩警備隊員達なら激昂して、見習いの胸倉掴んでふりまわしているところだ。だが、この苦みばしった隊長は、人生を楽しむ術を心得ていた。


「 詳細な状況説明ありがとうな。ところで、ピーターよ。俺の聞き落としでなければ、今の話におまえの名前がいっさい出てこないんだが、おまえ、街の警備隊の一員としてなにしてたんだ? ん? 」


とにやりと指摘する。

 

それは……!! と少年は言葉に詰まり しゅんとなってしまう。青菜に塩をかけたような見事な萎れっぷりに 警備隊長は苦笑した。少々やりすぎたと反省した。


警備隊長はたたき上げの苦労人だ。

百戦錬磨の古強者であり、生き残ることの大切さと、実戦の怖さをよくわかっていた。


「 はは、しょげるなしょげるな。大怪我する前に実戦の怖さが理解できてなによりだ。訓練とはだいぶ違ったろ 」


と慰める。無鉄砲な勇気はときに死に直結する。矢一本で人はあっさり死ぬ。立ち竦んだわずかの時間が生死の分かれ目となる。おそらくこの街の住人としては最強で、かつ傭兵として戦場を渡り歩いた彼の言葉には重みがあった。


「 確かにそうっすね。俺もおかみさん達の助けに入ろうとは思ったんすよ。でもあの斧のうなり聞いたら足すくんじまって。あんなのに素手で立ち向かうなんて絶対無理っす。パニクっちまいます 」


見習いの少年はしみじみと言った。

その正直さには好感がもてた。

軽薄な少年もこれで一皮むけるかも、と隊長は期待した。

戦いの恐怖を知って、なおそれに立ち向かえるものだけが一流になれる。

もう一押ししておこうと隊長は思った。


「 だが、おまえの一目ぼれした聖女候補生さまは動じてなかったんだろ。誰かを守るため、恐怖をねじふせ立ち向かう。おまえもその勇気は見習うべきだな 」


「 ……そうなんすよね 」


そう隊長にからかわれ 少年は落ち込んだ。だが、さっきまでの自己嫌悪と違い、今回の理由は


「 …やっぱアンジェラ候補生さまみたいなのは特別なんすかねー。あんなほっそい美少女なのに、斧にもまったく怯えてなかったもんなあ。高値の花っつーか。俺らみたいな平凡もんじゃつりあわないっすよねー。あ、でも、優しそうだから、あきらめず、アタックし続ければ、かわいそうと思ってくれて、ワンチャンぐらいあるかも 」


少年は煩悩に正直なだけだった。


こいつ、やはり本気で反省していないな。


訓練の特別メニュー追加を、隊長はこっそり決意した。武器のぶつかり合いは筋力がものをいう。まずは武器を振り回してもバテないよう基礎体力向上は必須だ。なのにこの見習いは、努力が大嫌いなので、恰好いい技ばかりおぼえたがり、地道な体力上げからすぐ逃げようとするのだ。


「 それをいうなら、高値の花じゃなく、高嶺の花だろ。聖女候補生はインテリ中のインテリだぞ。最高峰の女性だ。足元にでもお近づきになりたいなら、おまえももう少し教養を身に付けろ。千里の道も一歩からというだろ。あと身体づくりもな 」


「 うーん、あまりマッチョだと、アンジェラさまが同情してくれづらくならないっすかね? 」


呆れ顔で隊長は立ち上がる。


「 言ってろ。俺はおかみの店の見舞いに少し出かけてくる 」


「 あ、まさか アンジェラちゃんをさがす気っすか。抜け駆けずるいっす。隊長 あんな美人の奥さんいるのに 」


ぶうぶう言いだす少年の見当違いに、


「 馬鹿。おまえと一緒にするな。そもそも聖女候補生はエリート様だ。いつまでもこんな下町に滞在してるわけなかろうが 」


と隊長はため息をついた。


聖教会のエリートなら、富裕ギルドを多く抱える中央教区の教会に滞在するはずである。 

こちらの教区はせいぜいが中の上の階級のエリアだ。 

聖女候補生クラスが、いつまでも腰をすえるわけがない。 

少し頭を働かせれば、わかりそうなものなのだが。


見習いは完全に、高嶺の花の聖少女にいかれていた。正常な判断力を失うほどのぼせていた。


若い男はちょっと美人を見かけると、すぐそのことで頭がいっぱいになりがちだ。そして、その女が自分の好みだった場合、とかく美化して考える。だから、隊長は、少年のアンジェラ賛美を話半分にしかとらえていない。


しかし、隊長は、少年のささやかな憧憬をぶち壊すほどすれっからしではなかった。ゆえに少年と話している間はアンジェラ批判を避けた。だから、彼は見習いに背を向け、顔がわからぬほど遠くまで来てから、漸く本音を呟いた。


「 …奇跡ね 」


街を足早に歩き、おかみの酒場に向かいながら隊長はひとりごちた。アンジェラ聖女候補生は、神の奇跡によってその場をおさめたと聞いたが、


「 奇跡なんかわけのわからんもんに頼ってちゃ、人も町も守れねぇんだよ 」


と無精ひげを指先でなで、吐き捨てた。徹底した現実主義者である彼は、自分の目で見たものしか信じない。 


聖教会の法術なら知っている。だが、暴漢が突然ひとりでにふっとぶ神の奇跡が顕現したなど、聖教会の施設内や催しならいざ知らず、こんな市井では聞いたことがない。どうせ相手は酔っ払っていて、足をもつれさせて自爆したのだろうと思う。


「 ま、結果、おかみやエリカを助けてくれたようだし、その点は神様に感謝しなきゃいけねぇな。神様というか、聖女候補生さまにか。……ただで回復法術とは、おおかた世間知らずのお嬢様の気まぐれなんだろうが」


だが、おかみの酒場の前に到着し、目にした惨状は、彼の予想をはるかに上回っていた。 


「 …こりゃ、ずいぶん派手に暴れたな。死人がでなかったことが奇跡だ 」


警備隊長は思わず呻いた。


テーブルや椅子があちこちに転がり、ほとんどが原型をとどめていない。前衛芸術家が酒場全体を使い、創作活動をしたかのようだった。


見習いの少年から報告を受けていたので、斧で破壊がおこなわれたとは知っていた。だが、まさかここまでとは予想以上だった。


ひっくり返った棚。割れて散乱する皿やコップ。足の踏み場はなく、充満する酒の臭いは床から立ち上ってくる。酒飲みが泣いて悔しがるほどの量が、瓶や甕ごとぶちまけられた証拠だ。


室内にも入らずなぜ様子がわかるのかというと、扉が蝶番ごともぎ取れて無くなっているからだ。この被害がとくに目についた。視界を遮るものはなく、店内は丸見えだった。


「 軍隊が踏みこみでもしなきゃ、こうはなるまいよ。やった奴は人として最低だな。地獄に堕ちりゃいいのに 」


おかみとエリカは無事だと聞いてはいるが、これを見てはさすがに心配せずにはいられない。


じつはその破壊のほとんどは、暴漢ではなく、アンジェラの一撃の巻き添えによるものだったのだが……。そして暴漢はすでに全身打撲と骨折で、寝たきり地獄に堕とされました……。


とんかんとんかんと壁に立てかけた扉にリズミカルに釘を打ち込んでいる少女が、べちこんっと変な金づち音を響かせた。悶絶しているのは指をうったのだろう。まるで警備隊長の言葉に反応したかのようだった。


それまで居酒屋の惨状にばかり気をとられていた警備隊長は、そのことでようやく少女の存在を意識した。背を向けているので顔は見えない。修理のため、さっそく大工ギルドから派遣されてきたのだろう。ならば、おかみとも接触し、話をしたろう。彼女におかみのことを聞いてみようと思い立った。


華奢な後ろ姿だが、体幹によほど恵まれているのか、金槌を振るっても身体がまったくぶれていなかった。断じて素人ではない。


隊長は感心し、好感を抱いた。これは大工ギルドの正規構成員に違いない。だからこそ、ひとり仕事を任せられているのだろう。まだ年若いのにたいしたものだ。


徒弟奉公だけでも最低三年はかかる。そこから職人になり、そして一人前として仕事を任されるようになるには、さらに相当の年月を要するはずだ。 


まだ少女なのに、よほど才能に恵まれ、かつ努力を怠らなかったのだろう。

この隊長はたゆまぬ努力をする人間が大好きなのだ 


「 なあ、君、作業中すまないが、ここのおかみが無事かどうか教えてほしいんだが 」


語りかけられ、少女は、びくっと肩をふるわした。よほど集中していたのか、と隊長は気の毒になった。少女は手をとめてこちらに振り返った。ちょうど屈んで作業していたので見上げる形になった。上目づかいでじっとこちらを見つめている。


「 …! 」


警備隊長は、そのあまりに整った少女の顔立ちに息苦しさを覚えた。鋭敏な少年の頃に立ち戻ったように胸が締めつけられた。


「 これは…鄙にも稀な… 」


古臭いものいいが、われ知らず口に出た。


身体の前半分を覆うようなごつい作業着と汚れたエプロン姿なのに、その可愛さは隠しようがなかった。

暫く自分が固まっていたことに気付き、苦笑する。 

女性の美しさに打たれて隙だらけになるなど、愛妻とはじめて出会ったとき以来の経験だった。


彼はがしがしと髪をかきまわし、長めの息をついた。いかつい容姿の巨漢が、じっと凝視して突っ立っているなど、女子供にとってはさぞ怖い体験になったろう。少女が目をそらしたことで、罪悪感で胸がいっぱいになる。


「 すまない 驚かせるつもりはなかった。俺はこの町の警備隊長で、おかみの知り合いだ。あやしいものではない 」


だから、宥めようとした。こんなことを言うと余計怖がらせたかもと後悔する。怪しいものが、怪しいものであると、名乗るはずがないからだ。


すると


「 …ちょっとまたかい!  おちおち片づけも出来やしない ! その子にちょっかい出そうするやつは、あたしがフライパンで頭かちわって成敗…おや 隊長さん 」


腕まくりして、フライパンを片手に店の奥から出てきたおかみと目があった。元気そうな様子に、ほっとする。


「 おかみ、怪我はないのか 」


「 おや、心配してきてくれたのかい。嬉しいね。おかげさまで、ぴんしゃんしてるよ。前より調子いいくらいさ 」


「 そうか。よかった…無事でなによりだ。ここは警備隊の憩いの場だからな。おかみになにかあったら、俺達の士気はがた落ちだ 」


おかみの店は良心的な値段でありながら、賭博などもしていない。 

客筋のいい店なのだ。


居酒屋は街の情報が集まる場所だ。

客筋がよければ、素性のいい信憑性の高い情報が得られる。

この店はいろいろな意味で警備隊に重宝されているのだった。


安堵の息をつく隊長に、嬉しいことを言ってくれるね、とおかみは破顔した。

散らかってるけどおはいりよ、と招き入れられ、無事だった椅子に腰かける。


おかみがカップに注いでくれたエールを煽る。徹夜あけの体に染みわたる感触を、しばしの間ゆっくり味わう。 


戸外ではさっきの子がまた金槌の音を響かせ出した。


「 しかし、いきなりフライパンで殴ると脅されたのは参ったよ 」


「 ああ、すまなかったね。あの子に声かけてくる男どもがわんさか沸いてさ。その度に手が止まるから気の毒になっちまってさ。いつでも飛び出せるように、見張ってたんだよ 」


おかみが嘆く。


「 まったく男どもときたら、女の気をひくことばかり夢中で、女の迷惑なんて考えもしない。それがどんなに女を幻滅させるか、わかろうともしないんだ 」


と言って苛立ったようにフライパンをテーブルに叩きつけた。だいぶ少女に肩入れしているらしい。


「 耳が痛いな。男の一員としては、耳を覆いたくなる 」


その正鵠を射た意見に、男の一人として隊長は、苦い笑いを浮かべた。なぜか戸外で少女も耳を塞いでいたが、二人からはその動きは見えなかった。


「 おかみの意見はもっともだがな、あの美貌なら仕方あるまい。化粧してないのに貴族の綺麗どころなんか目じゃないぞ。あれは 」


「 そうだろ。奇跡的な美しさだろ。まさに女の子そのものって感じさ。奥さん以外目に入らない朴念仁のあんたでもさすがにわかるかい 」


ころっと機嫌を直し、なぜか嬉しそうにおかみが胸を張る。


「 お、女の子そのもの……!? 」


そしてなぜか戸外では、話題の張本人の美少女が、がくーっと地面に膝から崩れ落ちていた。

その少女、アンジェラが、ふしゅううっと口から蒸気をはくような鬼の武闘家をめざしている野郎などとは、この二人が知る由もない。


「 奇跡といえば、おかみ、聖女候補生がこの店で奇跡を起こしたと聞いたが… 」


「 アンジェラ聖女候補生様の話かい。いくらでも話してやるよ 」


隊長の問いに、おかみが目をきらめかせて怒涛のごとく、昨夜の出来事を語りだした。待ちかねていたような手放しの熱讃だ。この感動を伝えずにはいられない、という布教感に燃えているような勢いに、警備隊長もさすがに辟易するのだった。まるで推しのアイドルの布教活動だ。


聖女、可憐というきらきらワードを連発され、不本意なアンジェラが、いっそ殺せと、戸外で恥ずかしさに身悶えしているのは、やはり二人からは見えなかった。

お読みいただきありがとうございます!!

今の自分が書いたものではないので。

もっとも、今の自分の作品もたいがいです(笑)

さすがにちょちょっと手は加えてます。

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